2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(25)

国家テロリズム(2)

今回取り上げる辺見さんの論考の表題は「社説」であり、国家テロリズムをめぐっての新聞の社説の体たらくぶりを抉っている。

 私もいろいろな記事で「マスゴミ」という語を使ってジャーナリズムの体たらくぶりを書いてきたが、まとまった記事としては「ジャーナリズムの死」と題して取り上げている。興味ある方のために紹介しておこう。《『羽仁五郎の大予言』を読む》の(65)~(77)で取り上げた記事だ。(日付では2015年4月19日~2015年6月9日までの記事です。)

 さて、辺見さんは「枕」として、渡辺一夫さん(フランス文学者 1901年9月25日 - 1975年5月10日)の1945年7月6日の日記から次の一文を引用している。
どの新聞を見ても、戦争終結を望む声一つだになし。(串田孫一・二宮敬編『渡辺一夫 敗戦日記』から)

 では本文を読んでいこう。

 ごく稀な例外を除き、新聞の社説というものが発する、ときとして鼻が曲がるほどの悪臭。読まなくても、べっして困ることはないのだし、中身のつまらぬことはわかりきっているのだから、いっそ読まずにおけばいいのだけれど、ひとたび向きあってしまえば、かならず鼻につく、独特の嫌み、空々しさ、絵に描いたような偽善、嘘臭さ……。あれは、いったい、なにに起因するのだろうか。つらつら考えていたら、さほどに解析すべき価値すらないように思えてきた。なにに起因するか、と問うより、世すぎとして言説をもてあそぶ者たちの、無責任な論法と卑怯な立ち居振る舞いを、なによりも新聞社説が象徴していると、まずは難じたくなる。あの古く酸化した表現の土壌では、言説のおおかたが、つとに根腐れしているのである。

 好個の例は、米英両軍によるアフガニスタン空爆開始に関する、各全国紙社説(2001年10月9日付)であろう。これらがこの国の標準的言論であるとするならば、残念ながら、日本にはすでに本格的な全体主義が到来しているといっていいのかもしれない。保安官ブッシュお得意の、「文明対野蛮」という単純図式にのっとるなら、日本は「野蛮」を通り越して、文化的には依然"未開"の段階にあるというべきであろう。なにぶんにも、金持ち連合軍による、飢餓に苦しむ超最貧国への報復爆撃という、子どもでもわかる非人間的構図に、憤激するどころか、なにがしか異論をていする社説さえ皆無だったのだから。

 おぞましさに耐えつつ、各社説のさわりをなぞれば、語調のもっとも激しかったのが、読売社説。「……国連憲章が認める自衛権の行使であり、正当だ。強く支持する」という。しかし、この「強く支持する」には、主語がない。「読売新聞は」という主語が省略されているということであろうか。そうではあるまい。社運をかけてまでこの報復戦争に肩入れするほど、察するに、同紙は愚かではない。むしろ、社説というものの、これが、常套手段なのだ。主張者ないし表現主体を意図的に消して、言説の責任の所在を曖昧にしてしまう、文章表現としてはもっとも卑劣な手法である。すなわち、個人としての筆者も、法人としての読売も、アフガン軍事攻撃を「強く支持する」という言説に、なんらの身休的かつ財政的責任も負いはしないということ。社説は、だから、謬論(びゅうろん)でも正論でも、人の心を打ちはしないのだ。

 読売社説は、この時点で、テロ対策特措法の成立を急げと訴えており、「……旧態依然とした神学論争のような憲法解釈論議をしている場合ではない。自衛隊の活動に不要な制約をつけることなく、実効ある新法にしなければならない」とも述べている。多くの人々がテロ対策特措法などを重大な憲法違反ではないかと議論していることについて、新聞人みずからが「神学論争」と揶揄(やゆ)する神経にはあきれるほかないが、この憲法解釈論議=神学論争という低劣な比喩は、よほど気脈が通じているのかしらん、ブッシュの子分コイズミによっても野党攻撃の際、用いられたことがある。さすれば、昨今の社説とは、やれ情けなや、権力者の提灯もちということか。

 毎日社説の見出しは「対テロ長期戦の心がまえを」であった。まるで米国民に対するブッシュ演説そのままであり、なんで毎日の読者までが長期戦の覚悟をせんならんの、といい返したくなる。この社説は「……人類社会に対する無法行為を処罰するやむを得ない強制措置として武力攻撃を位置づける必要がある」と、論証抜きの粗雑なロジックでアフガン爆撃を正当化するのだが、タリバン全体が人類社会に対する無法行為をしたという証拠はどこにあるのか。忍耐づよい話し合いを避け、飢えに瀕した人々の頭上にいきなり爆弾を投下することが、「やむを得ない強制措置」か。そのように「位置づける必要がある」と託宣する、いかなる資格が、社説執筆者にはあるというのか。

 私の周辺でそれなりに話題になったのは、朝日の社説であった。同紙記者をふくむ私の友人たちは、異口同音に「限定的な武力攻撃はやむを得ない、と考える」という論旨(ここにも主語がない)に愕然としたというのだ。やんぬるかな、である。ひと昔前にくらべれば、ずいぶん目減りしてきたとはいえ、永遠に報われることのない朝日幻想というものを、裏切られても裏切られても、捨てきれない者の、それでも、いかに多いことか。それは、たぶん、おのれの偽善と新聞の偽善が、うまくつり合うからでもあろう。にしても、この社説の「『アフガン国民を攻撃している』と言われないためにも、米国が食糧や医薬品を投下するのは一つの方法だろう」のくだりは、後世に残る暴論である。アフガンに詳しい国連関係者やNGOメンバーによれば、投下された食糧にたどりつくのに、人々は、場合によったら、百個の地雷を踏まなくてはならない、という。つまり、この社説の筆者はまったくアフガン現地を知らないというのだ。

 いや、アフガンを知らなくても、人間として理解すべき哲理というものがあっていい。それは、殺しながら、同じ手で、食べ物をあたえ、慈しむことこそ、もっとも非人道的行為であり、人間への差別だ、ということだ。その意味で、この社説は、他紙同様に、人倫の根源への深いまなざしを欠いているといわなくてはならない。朝日にファンの多い丸山眞男はかつて「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリズムの転向からはじまる」と書き記しているけれど、これは、今日的には、朝日社説に向けられた、もっとも適切なアフォリズムであると思う。

 戦争という、人の生き死にについて論じているのに、責任主体を隠した文章などあっていいわけがない。おのれの言説に生命を賭けろとはいわないまでも、せめて、安全地帯から地獄を論じることの葛藤はないのか。少しは恥じらいつつ、そして体を張って、原稿は書かれなくてはならない。現場の若い記者たちの多くは、いま、社説とのひどい乖離に悩んでいるのだから。

 冒頭の言葉は、1945年7月6日の日記からの引用である。その数日後、渡辺一夫は「ラジオ・新聞は依然我々を欺瞞し続く」と書き、8月31目には、「聯合軍は進駐してきた。新聞記事は一変しての親米或は迎米主義になるらしい」と記している。今日の社説は、当時のそれらと、どこかで通底している。

 私は2006年に長く購読していた朝日新聞を止めて東京新聞に替えた。その理由を『今日の話題「朝日新聞の欺瞞」 2006年12月17日』で書き留めていた。しかし、新聞のマスゴミ化は社の上層部たちの政治権力へのゴマすり(今はやりの言葉で言えば「忖度」)の所為であり、一般の多くの記者はその体たらくに苦しんでいた。そのことは『今日の話題「朝日新聞問題:こころある記者は苦しんでいる。」 2006年12月20日』で取り上げた。

 このような新聞社上層部の体たらくぶりはいつ頃から始まったのかは分からないが、辺見さんが「現場の若い記者たちの多くは、いま、社説とのひどい乖離に悩んでいるのだから。」と書いているように、その状況は辺見さんが上の論考を書いた2001年の段階ではすでにその事態は当たり前になっていた。

 冒頭で紹介した「ジャーナリズムの死」の中の『ジャーナリズムの死(7):戦後の言論弾圧(1)』を読み直してみたら、その兆候は1967年ころから出始めていたようだ。
永遠の不服従のために(24)

国家テロリズム(1)

 今回から第3章に入る。この章のテーマは国家テロリズムであり、それを色々の観点から更にその核心に迫る論考が展開されている。そしてまず、その第1節では「国家とは何か」を問いなおしている。

 辺見さんが付けた表題は、ずばり「国家」であり、枕にはモンテーニュの『随想録』(関根秀雄訳)第三巻の一文をを引用している。
国家の存続はどうやら我々の理解を越えたことであるらしい。(中略)それはしばしば、内部の致命的病弊にもかかわらず、不公正な法律の害悪にもかかわらず、暴政にもかかわらず、また役人どもの専横と無知、民衆の奔放と反乱にもかかわらず、存続する。

 では本文を読んでみよう。

 国家とはいったいなんなのだろう。ブッシュやコイズミが、まるで自分の持ち家かなにかのように語る「わが国」とは、ぜんたい、なにを意味するのだろう。国家とは、たとえば、手で触ることのできる、ひとつの実体なのであろうか。そこには、なんらかの中心があるものなのだろうか。それは、この眼で、全体像を見とおせるものなのだろうか。人間にとって、ほんとうに必要なものなのだろうか。それは、私の心を解くものなのか、縛るものなのか……。

 視圏の彼方の海市(かいし)のように、国家は浮かんでは消え、消えては浮かび、結局、考えあぐねて、ここまで生きてきた。いまだに腑に落ちないのだ。なのに、この世のあらゆる闇の発生源には、国家と資本と性の問題が、たがいに深く結ぼれ絡まりあう、三匹の種類の異なる毒蛇のように、かならず、どっかりと居座っているものだ、と私は信じている。そのうち、いちばん御(ぎょ)しやすそうに見えて、もっとも御しがたいのが、国家の問題だ。

 古くからの問いを、いま一度、自分に問うてみる。国家とは、可視的な実在なのであろうか。最近、私は、こう思う。国家は、たしかに、可視的な実在でもある。だが、国家は、それを視覚的にとらえようとする者のすべてに、なぜか、"錯視"のような曲解を余儀なくさせるものだ――と。たとえば、エンゲルスが、「実際はしかし、国家というものは一階級による他階級の抑圧機関以外の何ものでもない」(ドイツ版『フランスにおける内乱』第三版への序文)というとき、軍隊や警察などの暴力装置をふくむ、可視的な実在もイメージされている。それはそれで国家の明証のようなものなのだけれども、やはり、錯視のような一部分の極大化、他部分の極小化があるのではなかろうか。

 私は教育反動の動きを問題にしてホームページを立ち上げたのだが、この問題は必然的に「国家とは何か」という問題につながった。「国家とは何か」を考える記事をずいぶん書いてきた。それらの記事の大元となった最初の記事が吉本隆明さん・秋山清さん・滝村隆一さんの論考をたより書いた『国家について』であった。そこで到達した認識は上のエンゲルスの認識と同じである。

 次の辺見さんの論考に出てくる「観念領域」は吉本さんが言う「共同幻想」と同じことを意味していると思う。

 国家が、本質的に抑圧機関であることは疑いない。けれども、まったくそうではなく、あたかも救済機関や理性(真理)体現機関のように、魅力的に見せかける欺罔(ぎもう)に長(た)けているのも、近代国家の特徴ではある。要するに、ひどく見えにくい。国家の、そうした不可視性こそが曲者である。なぜ、見えないのか。それは、国家というものが、断片的な実体とともに、非実体である〈底なしの観念領域〉を併せもつからではないだろうか。換言すれば、国家とは、その図体のほとんどを、人の観念領域にすっぽりと沈みこませているのではないか。極論してしまえば、国家は、可視的な実体である以上に、不可視の非在なのではないか。

 極論をさらに、進めてみる。国家は、じつのところ、外在せず、われわれがわれわれの内面に棲まわせているなにかなのではないか。それは、ミシェル・フーコーのいう「国家というものに向かわざるをえないような巨大な渇望」とか「国家への欲望」とかいう、無意識の欲動に関係があるかもしれない。ともあれ、われわれは、それぞれの胸底の暗がりに「内面の国家」をもち、それを、行政機関や司法や議会や諸々の公的暴力装置に投象しているのではないか。つまり、政府と国家は似て非なる二つのものであって、前者は実体、後者は非在の観念なのだが、たがいが補完しあって、海市のように彼方に揺らめく国家像を立ち上げ、人の眼をだますのである。そのような作業仮説もあっていいと私は思う。

 ひとつの例としては、「国挙げて奮い起つべし大君のみまえに死なむいまぞこの秋」と、真珠湾攻撃後の1942年初頭に、北原白秋が激(げき)してうたったときの「国」。それもまた、もともとは彼の内面の国家なのであって、それが、実体としての帝国軍隊の"勇姿"に刺激されて膨張し、膨張したまま、実体的軍隊や天皇や戦闘機や軍艦に投象されたのだ、と私は推理する。この歌のくだらなさは、したがって、白秋が体内にふくみもっていた国家像の、とんでもない貧困に起因するのであろう。

 内面の国家像の貧困については、このところ、日々にいよいよ新型のファシストめいてきたコイズミとて同じである。彼は彼の内面の国家の領袖をもって任じているはずである。それはそれで構いはしない。ただ、察するに、コイズミにおける内面国家には、右翼少年のような情念はあっても、守るべき憲法がない。失業者、貧困者、弱者への思いやりに著しく欠ける。彼ら彼女らが生活苦と絶望のあまり、いくら自殺し、一家心中しようとも、コイズミはいささかも憂えるということがない。コイズミの内面国家では、"敗者"ではなく、"勝者"こそが主人公でなければならないのである。いいかげんな構造改革による非受益者層の命運がどうあれ、米国としっかり手を携えて、"悪"に対する戦争をすることのほうがよほど大事なのだ。だが、彼の内面国家においては、"悪"とはなにかの想像力が、彼の大好きな保安官ブッシュ並みに、欠如している。靖国神社、神風特別攻撃隊、「海行かば」、エルビス・プレスリー、ゲーリー・クーパー、保安官ブッシュ……など、刺身とハンバーガーと山葵(わさび)とマスタードが渾然一体となったような、不気味な味にまみれて、ひとり悦に入っているだけである。

 その低劣な内面の国家を、現状に投影して、強引に通してしまったのが、テロ対策特別措置法、すなわち、戦後はじめての「戦争参加法」である。コイズミがどのようにいいつのろうと、この悪法が、周辺事態法よりもさらに踏みこんで、自衛隊の戦争参加に大きく道を開くものであることは、一目瞭然である。そうまでして、親分ブッシュに取り入ろうとする彼の心性は、ひとつの謎である。私の言葉ではないけれども、これは、古風に表現するなら、いわゆる"売国"というやつではないか。

 国家を語ろうとして、怒りのあまり脱線した。エンゲルスは前述の序文のなかで書いている。「もっともよい場合でも、国家はひとつのわざわいである」と。内面の国家についても、外在する国家についても、これ以上正確な表現はない。にもかかわらず、わざわいとしての国家は存続する。ならば、私は、せめて、私のなかの国家を、時間をかけて死滅させてやろうと思う。

 何度も指摘してきたが、現在のトランプに揉み手をしている「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト」売国奴の知性も政策も、更に醜悪になったブッシュのポチ・コイズミのコピーである。
永遠の不服従のために(23)

番外編:大道寺将司(まさし)さん追悼

5月24日、大道寺さんが亡くなられた。辺見さんはブログでその死を悼む記事を書き継いでいる。転載しておく。

2017年05月24日 大道寺逝く

◎大道寺将司死す

 畏友、大道寺将司が本日午前11時39分、東京拘置所にて、多臓器不全で逝去した。哭するのみ。

2017年05月26日 大道寺

◎「大道寺将司とテロの時代」を配信

友人各位
 拙稿「大道寺将司とテロの時代――奇しき生、奇しき死」が本日、共同通信から配信されました。明日以降の加盟各紙に掲載されます。みじかい原稿ですが、お読みいただければさいわいです。昨夜、大道寺将司全句集『棺一基』を刊行してくれる出版社をさがしていたころのことをおもいだしていました。けっこう難航したのです。きわめて不快な発見もありました。
 やってくれるとおもっていた、表向きリベラル系、左派系をふくむいくつかの版元が、「あれだけの犯罪をおこした人物」であることを理由に、やんわりと、そして断乎として、刊行を拒んだのです。おとこたちはそのことでとくにたたかいもしませんでした。かれらは卑怯でした。刊行拒否を「他者のせい」にしたのです。「共謀罪」を、いかにも反対のふりをして、受けいれてしまうような素地はそのころからあったのです。

 性的、民族的偏見を承知で言います。ヤマトゥは卑劣です。ニッポンのおとこたちはどこまでも卑怯です。リベラルぶった、サヨクぶった、アタマのわるい、不勉強で、口だけたっしゃな、誤植,誤表記ばかりだしている、醜いヤマトゥンチューのおとこたちには、とくに注意したほうがいい。あいさつがわりに頭突きかキンテキ蹴りを食らわせてやりましょう。

 大道寺はごくごくまれな例外でした。『棺一基』『残(のこん)の月』を、丹精こめてつくってくれた太田出版の落合美砂さんに、あらためて感謝申し上げます。

2017年05月27日 五月闇

人知れず柩押し遣る五月闇
 『残(のこん)の月』(太田出版)所収。

 2014年。生きながら、かれは自身を柩におさめていた。

「法務省によりますと、大道寺死刑囚は7年前に多発性骨髄腫と診断され治療を受けていましたが24日午前、収容されていた東京拘置所で死亡したということです。これにより全国の拘置所にいる死刑囚は127人となりました」。と、書いたNHKのバカ記者、でてこい!ぶんなぐってやる。

2017年05月28日 「希望」

◎「文學界」にエッセイ

掌篇「希望」と目取真俊さんについてのエッセイ(5枚)を、6月1日発売の「文學界」最新号に寄稿しました。

2017年05月28日 声

夏深し魂消る声の残りける
 『棺一基 大道寺将司全句集』(太田出版)26頁。1997年。

 詞書に「東京拘置所で永山則夫君ら二人の処刑があった朝」とある。「魂消(たまぎ)る声」は、朝、とつぜんに刑場に連行される永山のすさまじい絶叫であった。大道寺はそれを聞いてふるえた。永山の声を耳にのこし、大道寺は逝った。

2017年05月29日 花影

花影や死は工(たく)まれて訪るる
 『友へ 大道寺将司句集』(パル出版)。59頁。2000年。そういうことだな。

2017年05月30日 掲載紙

◎中国新聞が掲載ーー大道寺死去関連エッセイ
 5月28日づけの中国新聞が、拙稿「奇しき生と奇しき死ーー大道寺将司とテロの時代」を改題して掲載しました。にしても、掲載率のおどろくべき低さに唖然としています。なぜなのか。いま、なにがおきているのか。危ういのは、外面よりも、内面の沈滞にあるのではないでしょうか。

2017年05月31日 純粋

◎「純粋な幸福」の第3回を送稿
 連載詩「純粋な幸福」の第3回「市内バス」(脚注つき約21枚)をほんじつ「現代詩手帖」に送稿。つかれた。

いつだったか、大道寺に手紙を書いた。じぶんはあなたと野原にすわってビールでものみたいだけなんだ。ただそれだけのことなんだ、と記した、と記憶する。なに話すでもなく、だまってのむのがいい。土手。河川敷。キャッチボールする子どもら…。ただの想像。もうつかれたよな。どちらかともなく、そのくらいはつぶやくかもしれないけれども。
 返事がきた。アルコールが苦手で、ちょっとのんでも顔が赤くなる、と。こころで苦笑し、どうじに、「あっ」とおどろいていた。いつまでもおどろいた。かれはだれよりも善良な市民にでも公僕にでもなりえたのだ。

きみは、かつてもいまも、青い気圏のそとをゆっくりとまわらされている。死んでも。ずっとそうおもっているよ。ニッポンの国家権力ってすごいよな。世界一じゃないか。だって、なんでも知ってるし、人民大衆のほとんどを味方につけているんだもの。シチズンもナロードもプロレタリアートも、いまや警察の味方だよ。なあ、そうおもわないか。人民大衆は、いつかおのれの血管や脳内に警察をもつようになったんだね。

 30日の記事で中国新聞に掲載された記事のことが書かれているが、その新聞記事のpdfファイルが添付されていたので、読み取りをした。次のような記事だった。

特別寄稿 大道寺将司死刑囚死去 作家辺見 庸

私たちは「テロ」を知らない

 「死の覚悟求めて止まず花の雨」。生前刊行されたものとしては最後の句集『残(のこん)の月』の一句である。「花の雨」は、桜を打つ雨。獄中の大道寺将司はそれをみたわけではない。心の花を雨で散らせ、みずからに課した死を、くりかえしなぞったのだ。逮捕から約40年、獄中での自責と悔恨、死のシミュレーシヨンは、かれの日課だった。つまり、かれは想念で毎日くりかえし死んでいた。
 大罪はむろん大罪である。大道寺がいくら詫びてたとて、獄死したとて、事件の被害者はよみがえらない。遺族は救われない。
 その酷烈な諸事実の間の、気がとおくなるほどの距離に、しかし、なにもまなばないとしたら、40余年の時間とおびただしい死傷者は空しいムダにしかならない。

 若い人びとはおそらく知るまい。一見はげしく対立するはずの、ヒューマニズムとテロリズムの二点をむすぶ線分は、おどろくべきことに、かつて、それほどに長いものではなかったのだ。直線的な理想主義とそれを根拠とする憤激が、あるとき短絡し、おぞましい殺りくを結果した例は、1970年代の連続企業爆破事件にとどまらない。連合赤軍事件も内ゲバ事件も、生まれついての暴力分子の手になるものではなく、まことに逆説的で皮肉なことには、もともと過剰なほど真剣に理想をとなえるものたちの所業だったのである。
 おもえば、ロシア革命も中国革命も、気だかい理想と凄惨な暴力が織りなした、善とも悪とも結論しがたい端倪すべからざる歴史の突出であった。いくつもの曲折をへたいま、この国では、公権力を執拗に批判し、理想を言いつのることが危険視され、ばあいによっては「共謀罪」の要件になりかねないというのだから、歴史の逆流はとどまるところをしらない。
 先達の思想家によれば、あらゆる時代には、その時代を象徴する「暗い死のかたち」があるという。いまはどうか。目にはそれとみえないながらも、「全民的な精神の死」のかたちが、社会の全域に、どんよりとくぐもっていはしないだろうか。言葉は口からはっする以前に複雑骨折していないか。理想主義はおしなべて「なんちやって」視されていないか。澄んだ目で堂々と「社会正義」を主張することが、反社会的活動ないし、はなはだしくは「狂気」とさえみなされてはいないか。
 これほど多くのテロを経験しながら、わたしたちはテロとはなにかを知らない。ナチスは反ナチ勢力の活動をテロとしてほしいままに弾圧した。中国を侵略した「皇軍」は、抗日ゲリラをテロリストと同等の「匪賊」とだんじて、残酷な掃蕩と処刑にあけくれた。「反テロ」が、歴史的に、悪しき体制をまもるための超法規的方便にされてきたことを忘れてはならない。

 大道寺将司が逝ったいま、二つのパラドクスが暗示するものを、わたしはじっとかんがえつづけるだろう。一つは、事件関与をのぞき、それだけをのぞき、かれが『高潔』といってよいほどの人格のもちぬしだったこと。もう一つは、連続企業爆破事件のころ、世の中はそうじて明るく、いまのように戦争とテロをリアルに予感せざるをえない空気はなかったのである。つけくわえれば、当時は、いまほどひどい政権ではなかった。われわれは今後、奇しき生を生き、奇しき死を死ぬだろう。


(追記6月6日)
 辺見さんのブログの「大道寺将司さん追悼」記事はその後も続いています。興味ある方のためにブログのアドレスを紹介しておきます。
(http://yo-hemmi.net/)
永遠の不服従のために(22)

9・11同時多発テロ後の世界(4)

今回使用する辺見さんの論考の表題は「非道」である。枕には夏目漱石著『三四郎』の第2章(東京に上京したときの三四郎の驚きを描いている)から、次の一文を引用している。
世界はかように動揺する。自分はこの動揺を見ている。
けれどもそれに加わる事は出来ない。
自分の世界と、現実の世界は一つ平面に並んでおりながら、どこも接触していない。
そうして現実の世界は、かように動揺して、自分を置き去りにして行ってしまう。
甚だ不安である。

 本文は「何年も前に見た」という2025年頃の世界を描いた映画の記憶から書き始めている。

 映画によれば、というより、私の朦々(もうもう)たる記憶によれば、2025年ごろ、世界はいまと一変して大動乱の最中にある。西も東も、すさまじいばかりの不況である。西欧にはおびただしい難民が押し寄せてきている。難民らはしばしば暴徒化し、兵士が機関銃を乱射して鎮圧したりしている。経済的利害をめぐり、EUと米国は、ぬきさしならぬほどの敵対関係となっている。米国はといえば、ホワイトハウスにぺんぺん草が生えっぱなしというくらいの没落ぶりで、大統領は、これまでのコーカソイド(白色人種)ではなく、人口伸び率の高いヒスパニク系から選ばれている。中国は泥沼の内戦中である。北京政府と広東だか上海だかの地方政府が軍事衝突しており、難民が週に数万単位で、海路、日本をめざしてやってくる。その日本だが、そのころには本格的に軍国主義化していて、海軍力まで動員し、難民排除の水際作戦を展開している。とにもかくにも、全編、希望の光など毫(ごう)もないという未来予測ではあった。と、ここまで書いて、やや気後れしてくる。記憶が混濁しているか、脚色されているか、どちらかではないか。あれは、やっぱり、夢だったか…・。

 辺見さんはこの映画が描く世界が実際の世界を予測していると観じ、次のように続けている。

 でも、実際の話、あと四半世紀ほどしたら、世の中はどう変わっているのだろう。米国はひきつづき世界の覇者をもって自任し、相も変わらず威張りくさって、ああしろこうしろと、各国に号令をかけているのであろうか。おそらく、そうではあるまい。これは単に私の勘でしかないのだけれども、ほぼ「2025年」の予測のとおりに、米国は見る影なく没落しているのではないだろうか。アフガニスタンに対する非道この上ない爆撃がはじまったとき、私はそう直観し、直観が当たるのを心の底から願ったことである。とまれ、米英によるアフガン爆撃は、長期にわたる世界の動乱要因を決定的にこしらへた。

 私もならず者国家アメリカのできる限り早い没落を願ってやまない。が、現状を顧みれば、単なる夢で終わりそうだ。大変悲観的な妄想が浮かんでくるが、もしかすると、アメリカの暴走が核戦争にまで突入し人類の滅亡に至るかもしれない。

 「マスコミに載らない海外記事」でアメリカによる核戦争勃発を懸念している記事に出会った。紹介しておこう。『真実は反米と化した』

 最後に、辺見さんはアメリカの「非道」ぶりを「国家テロリズム」と断じて、その怒りを激しく表出している。

 私としては、いまや、欧米の民主主義を根本から疑わざるをえない。たった一発分の金額で、飢えたアフガン難民数万人がしばらく腹いっぱい食うことができるほど高価な巡航ミサイルを、連日、何十発も、情け容赦なくぶちこむことのできる米英の"知性"をまのあたりにして、私はつよく念じた。この"知性"は一日も早く滅びたほうがいい、と。すさまじい爆撃と同時に、食糧や薬品を空中から投下した米国式の"慈愛"を見て、私は思った。ああ、なんという思い上がりであろうか。彼らは無残に人を殺すかたわら、同じ手で人命救助をすることが、人道的だとでも思っているのか。人を激しく殴りいたぶる一方で、優しくなでさすることが、人間的だとでもいうのか。このような傲慢きわまりない"慈愛"こそが、じつは、同じ種である人間への、計り知れない侮蔑であり、差別であることに、なぜ気がつかないのであろうか――と。こうした「理念の不在」も、世界の新しい動乱要因となっているのではないか。

 報復攻撃に参加している米英を中心とする金持ち列強がいま、連中の誇る精密誘導兵器を駆使して、着実になしとげていることがある。それは、テロの根絶などではさらさらなく、じつのところ、テロの育成なのだ。すなわち、理不尽な爆撃を重ねることで、アフガン住民、ひいてはイスラム世界、そして、南の貧困諸国住民の多くが心のうちにもつ「怨念(おんねん)の種子」を刺激し、次々に出芽させてしまっているということである。それらは、憎悪の人間爆弾と化して、いずれの日にか、米欧列強に(ひょっとしたら日本にも)、またぞろ不意の暴力としてぶつかってくるはずである。「不朽の自由」という名のおぞましい作戦が、日々に拡大再生産しているもの。それは、南の貧困層の北の受益者層に対する「不朽の怨み」なのであり、世界の動乱要因なのだ。

 ところで、保安官ブッシュの力説する「テロの根絶」の語感が私には気になってしかたがない。ナチズムの「最終解決」の語感となにやら怪しく響き合うのである。ブッシュという男は、テロリストというほとんど無限定の可変的概念を、自分とは異なった血をもつ、"異なった種"かなにかだと思いこんでいる節がある。反米主義者ならばだれでも、テロリストまたはその予備軍と決めつけている気配もある。そして、その"異なった種"をその信念ごと、ナチスの発想さながらに、物理的に抹殺できるものと信じているようだ。ユダヤ人はガス室で、テロリストは精密誘導兵器で、というわけか。換言すれば、「不朽の自由」作戦は、その倒錯の質において、ナチスのユダヤ人に対する「最終解決」の実践と、どこか似ているのである。この作戦の背後には、頑迷無比なシオニストたちがいるといわれているけれども、人というのは、まことに過去に学ばないものだ。

 で、この無知蒙昧にして倨傲(きょごう)の大統領閣下は、次のようなことにまったく気づくということがない。大別すると、テロリズムには、国家に対するそれと、国家によるそれがあって、自身がいま、アフガンの人々に対する紛うかたない国家テロリストの頭目となっていること、に。反国家テロリズムと国家テロリズムとでは、犯罪とその被害の規模がまるで桁ちがいであることは、いうをまたず、後者による圧倒的な殺傷が、前者の発生源ともなる。世界でもっとも富裕な国々が、よってたかって、世界でもっとも貧しい、国ともいえない国を撃つ。それこそが、最大のテロであり、未来へと引きつづく動乱要因なのである。

 えっ、冒頭の引用の意味はなにかって? すっかり、忘れていた。今回は、まあ、苦しまぎれの語呂合わせみたいなものである。でも、きょうびは、「近代人の孤独」もへちまもありはしない。「世界の動揺」を拱手(きょうしゅ)傍観している場合ではなかろう。アフガン攻撃反対の声を、精一杯上げるほかない。

 ちなみに、アメリカの「非道」を牽引しているのは「軍産複合体」と呼ばれている戦争利権屋たちであることを度々書いてきたが、上で紹介した『真実は反米と化した』では「軍治安複合体」(the military/security complex)という言葉が使われている。
永遠の不服従のために(21)

9・11同時多発テロ後の世界(3)

今回使用する辺見さんの論考の表題は「善魔」である。手元にあるどの辞書にもこの熟語はない。本文中にこの言葉の由来が次のように書かれている。(本文の構成順を替えて引用している。)

 「善魔」という言葉を、私は、だいぶ以前、ある日本人神父から聞いた。身勝手で薄っぺらな「善」を、むりやり押しつける者を意味する造語で、神父は「悪魔よりも程度がわるく、魅力がない」と吐き捨てるようにいったものだ。彼としてはヴァチカンを批判したかったのかもしれないが、いまや世界最大の「善魔」とはローマ教皇庁などではなく、ブッシュを頭目とする米政府なのではないか。私は、正直、この「善魔」大統領と彼に手もなく仕切られている世界が不快でならない。ベトナム戦争当時より、湾岸戦争のころより、米国の唱える「善」には、今日、厚みも道理もなく、よくよく考えれば、それは限りなく悪に近いのである。

 ではまずはこの論考の枕を読んでおこう。

おお、堪えがたき人間の条件よ。
一つの法則の下に生まれながら、他の法則に縛られて、
虚しく生まれながら、虚しさを禁じられ、
病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて、かくも相反する法則によるとせば、
自然の意味とは、そも何か。(フルク・グレヴィルの戯曲「ムスタフア」から)

 この枕の元になっている戯曲もその著者も私には初耳だが、辺見さんは次のように解説している。

 この詩を、私は埴谷雄高著『罠(わな)と拍車』のなかの「自由とは何か」で知った。文中、埴谷はこれを「私が古くから愛好しているブレークの詩」として紹介している。学生時代に読んで以来、埴谷がそう記しているし、私は不勉強だから、当然、ウィリアム・ブレークの詩だとばかり思いこんできた。ところが、今回、ブレークを調べてみたら、まだ調べたりないのか、この詩がなかなかでてこない。意地になって追いかけていたら、ブレークよりはずいぶんマイナーな作家、グレヴィル(1554~1628年)の作品であることがわかった。ブレークがこの詩を引用したのか、単純に埴谷雄高の勘ちがいなのかは、依然、不分明である。

 そんなことは、しかし、どうでもいい。記憶力のあまりよくない私が、この詩にかぎっては、おぼろではあるものの、ほぼ34年間も胸の底の薄暗がりに、なんとなく言葉を残してきた、そのことにわれながら驚く。正確にいえば、
「おお、堪えがたき人間の条件よ」

「病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて」
の二つのフレーズだけを忘れずに生きてきた。たぶん、私は、大いなる矛盾を露呈する時代のときどきに、「おお、堪えがたき人間の条件よ」と嘆息し、「病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて」と、心のうちで、この世の成り立ちを呪ってきたのだ。だが、いま振り返れば、それまでの嘆息にも呪詛(じゅそ)にも、まだなにがしか余裕があった。そうなのだ。世界は、かつても、人間が病まずにはいられないようにしつらえられていたけれども、いまほどひどく悪辣(あくらつ)ではなかった。

 今(同時多発テロ後)のひどい悪辣さを作り出したのは、前回用いた言葉で言えば、「保守反動ブタ」どもである。辺見さんはこのことを「善魔」という言葉を用いて、さらに突っ込んだ評論を展開している。

 ニューヨーク・タイムズの社説によれば、世界史は、あの同時多発テロの「前」と「後」に、つまり、B.C.とA.D.みたいに、「9・11前」か「9・11後」に分かれることになったよしである。まことに独り善がりで傲岸な新史観ではあるが、私の眼には、世界は9・11後こそ、9・11前の千倍も狂気じみて、かつ愚かになったとしか見えない。なぜかというと、9・11を境に、ブッシュというとんでもない「善魔」が、あろうことかあるまいことか、善と悪、文明と野蛮について、世界中に偉そうな説教を垂れ、絶大な武力を背景に、史上最悪の"善"の強制的グローバル化を開始したからである。それに腹をたてたとき、私はまたぞろ、「おお、堪えがたき人間の条件よ」を思い出したわけだ。

 包み隠さずうち明けるならば、面相からして、私は「善魔」ブッシュよりも(もちろん、子分の「小善魔」コイズミよりも)、「悪魔」ウサマ・ビンラディンに万倍も人間的魅力を感じる。いま、どちらと会って話したいかと問われれば、いわずもがな、後者なのである。前者には、「病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて」の意味が、どうあっても理解できないであろう。病むべく創っておきながら、健やかにと命じているのが、ほかならぬ、「善魔」たちだからである。米国に対する外部世界の計り知れないルサンチマンとは、米国が世界を私物化しようとし、まさに人が病むほかないシステムをつくる一方で、米国式正義を強いてくるから、生じているのではないか。

 もちろん、このアメリカの善魔ぶりは同時多発テロ以前にも連綿と行なわれていた。「るいネット」さんの記事『アメリカの侵略戦争史年表②』から、ベトナム戦争から同時多発テロまでの年表を転載しておく。
1965 北ヴェトナムへの北爆本格化。地上軍を投入。
 ドミニカに海兵隊派遣。
1970 アメリカ軍、カンボジャ侵攻。
1971 ヴェトナム戦争、ラオスにも拡大。
1983 グレナダ侵攻。
1986 リビアのトリポリなどを爆撃。
1989 パナマに侵攻。
1990 イラクのクウェート占領に対し、サウジアラビアに派兵。
1991 湾岸戦争。
1992 ソマリア派兵。
1993 ソマリア作戦。
1994 NATO、旧ユーゴ内戦に介入、空爆を行う。
1996 イラクに対し空爆。
1999 NATO軍、コソボ空爆。
2001 米同時テロへの報復と称して、米、英と共にアフガニスタン空爆。地上軍派遣。
 辺見さんは、この中から「グレナダ侵攻」と「ソマリア派兵」を取り上げて、ならず者国家の「善魔」を指弾している。

 いま、つくづく思う。米国ほど戦争の好きな国はない。1776年の独立以来、対外派兵がじつに二百回以上に上り、しかも、原爆投下をふくむ、非人間的作戦行動のほとんどについて、これまでに国家的反省をしたことがない。にべもなくいうなら、人類史上最大の戦争国家なのである。二百回のなかには、たとえば、グレナダ作戦(1983年)というのがある。グレナダ政権内の親ソ連派クーデターに怒った米国が、七千人もの部隊を動員して侵攻、クーデターを鎮め、首謀者を逮捕した。マスコミは挙げて米特殊部隊を英雄扱いした。私は、当時、カリフォルニア州に住んでいて、この作戦成功に米国中が異様なほどわき返るのを、おののきふるえて見つめたものだ。なぜって、グレナダの人口は当時、たったの九万人ほど。軍隊などといっても数百人くらいの、弱っちい貧乏国だからだ。勝つたからといって、決して威張れるような相手ではない。この点、米政府の好戦的官僚は、一般に羞恥心というものをもたない。

 1993年からのソマリア作戦もひどかった。壊すだけ壊し、殺すだけ殺して、なにもつくれずに撤退した。後は頬被(ほほかぶ)り。同年の暑い夏、ソマリアで取材したから私は知っている。米軍はただの"壊し屋"たった。

 いままた、米国とその同盟国は、象千頭で蟻十数匹に襲いかかるような非道をはじめつつある。ブッシュ大統領の以下の言葉は、米国を唯一無二の善とした、ただの脅しでしかない。
「世界のあらゆる地域のあらゆる国家が決断しなければならない。われわれとともにあるか、さもなくばテロリストといっしょになるかだ」(「2001年9月20日、上下両院合同会議での演説)。

 なにも好きこのんで人々がテロリスト側にくみするわけがない。さりとて、ブッシュの語る「善」の側に立つのは、「堪えがたき人間の条件」なのである。