2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
領土領海ナショナリズム(1)

今回からの参考書は「海峡両岸論 71号」と「海峡両岸論 74号」ですが、そのほかに単行本を併用するかもしれません。それらはその都度紹介することにします。

 「両岸論 69号」では「領土ナショナリズム」と表記しているが、実効支配を争っている領土として尖閣諸島・沖ノ鳥島・南沙諸島などを対象にすれば、その争いはその島々の周辺の領海の実効支配をめぐる争いでもあるので、表題として私は「領土領海ナショナリズム」とした。

ナショナリズムとは何か

 ナショナリズムについては吉本隆明の論文を基本参考書にして『日本のナショナリズム』で詳しく取り上げた。そこで、その吉本論文に対して色川大吉さんが
「安保反対闘争の過程で大衆ナショナリズムという新しい概念を提出し、その基底の視角から日本のナショナリズムの総体(支配層のナショナリズム、知識人のナショナリズム、大衆のナショナリズムの関連構造)を逆照射して丸山らを批判した吉本隆明の論文(「日本のナショナリズム」)があらわれ、大きな影響をあたえた。」
と評価していることを紹介した。つまり、ナショナリズムを論じるときには「大衆のナショナリズム・知識人のナショナリズム・支配者のナショナリズム」という総体の中で論じることが不可欠だと言っている。ここではその分かり易い論文事例として《『「非国民」手帖』を読む(27)》を書き換えながら転載することにする(『「非国民」手帖』ではこの論説の筆者を「歪」と呼んでいる)。

 まず、上の色川さんが書いていることを、吉本さん自身の文章で補強しておこう。

 大衆の現実上の体験思想から、ふたたび生活体験へとくりかえされて、消えてゆく無意識的な「ナショナリズム」は、もっともよくその鏡を支配者の思想と支配の様式のなかに見出される。歴史のどのような時代でも、支配者が支配する方法と様式は、大衆の即自体験と体験思想を逆さにもって、大衆を抑圧する強力とすることである。

 このような問題意識にたいして知識人とは、大衆の共同性から上昇的に疎外された大衆であり、おなじように支配者から下降的に疎外された大衆であるものとして機能する。

 わたしたちは、日本の「ナショナリズム」を、この大衆「ナショナリズム」と、そこから上昇的に疎外された知識人の「ナショナリズム」と、大衆「ナショナリズム」の逆立ちした鏡としての支配者の「ナショナリズム」に区別した位相で、つねに史的な考察の対象としなければならないのである。

 このような位相からは、ある時代のある文化のヒエラルキーは、大衆そのものからの、彎曲を意味している。ただ、この彎曲をとおしてしか、ある時代思想は、すすめられることはないのである。

 「歪」さんはまず朝日新聞の『「右」も「左」も「ナショナリズム」の台頭を認知している』ことを示す次のような内容の記事を取り上げている。
『「不健康なナショナリズムが目につく」と北朝鮮をめぐる状況を危惧し、石原慎太郎がW杯に関して「日頃我々が意識無意識に抱えていた国家と民族に対するものの激しい噴出によるエクスタシー」と「健全なナショナリズム」の成育を喜ぶ。』

 これと呼応するかのように『諸君!』(2003年3月号)が「『日本ナショナリズム』の血圧を測る」と題するアンケート特集を組んでいたが、「歪」さんはこれを取り上げている。まず、その特集の中に出てくる知識人たちの「ノーテンキ」ぶりを
『まあ、もっと行けるぜ、と煽ってるだけだけど。「一層の後押しが必要だ」(鈴木孝夫)、「ナショナリズムが広がっているとすれば、大変結構なこと」(中島嶺雄)……と大半がこの調子。何とも《愛国》知識人たちのノーテンキなことよ。《国家》も《ナショナリズム》もおよそまともに考えたことがない。』
と指摘して、次のように論を進めている。

 家から郷土まで、生活に馴れ親しんだ集団に愛着があるのは自然なこと。近代国家成立以前の太古の昔からある。しかし、それは《ナショナリズム》の基盤ではあるが《ナショナリズム》そのものではない。普遍的な自然感情と強固な国家への憧憬のないまぜになったものを整理もつかず、自分の都合のいい言葉をあてはめているだけにすぎない。

 国家という幻想共同体に包摂された自己が、他者への優越性を排外主義的に吐き出してはじめて《ナショナリズム》と呼べる。そんな感情が現実の大衆の生活レベルで形成されているとは思えない。

 ワールドカップをめぐる熱狂や、北朝鮮への憎悪などといったところで、すべてはメディアの中の話だ。ワールドカップは言わずもがな。拉致問題も、北朝鮮という奇怪な世界の情報を娯楽として消費するための正当化の根拠として、拉致被害者への同情が持ち出されているだけだよ。

 メディアによって演出された消費行動が《ナショナリズム》かい。

 おとぼけ《愛国》知識人の《過激》でわかりやすい言論が恐ろしいのではない。メディアの演出空間を浮遊する言論が不透明化させてしまう《国家》をもう一度あぶりだす、そういう言論の不在こそ問題なのだ。

 赤字で強調した部分を「海峡両岸論」で用いられている用語で言えば、「中国脅威論」が作り出す排外主義と裏表の関係にある「日本ホメ」が現今の「ナショナリズム」の基底を作っているということであろう。

 このことを一般論として言い換えれば、さしずめ現今の「ナショナリズム」というハヤリ病は、『知識人の「ナショナリズム」』が『大衆の「ナショナリズム」』を『支配者の「ナショナリズム」』に直結しようしている浮かれ熱のことなのだと言えるだろう。
「南シナ海紛争」の検討(4)

 前回、岡田さんの「裁定は法的判断としては重要だが、南シナ海紛争の一側面にすぎない。国際政治と歴史など、総合的な角度からとらえなければ実相は見えない。」という提言から、『週間金曜日』に掲載されていた高野孟さんの論考を思い出して、その論考の一部を紹介したが、今回は岡田さんの論考に戻って、岡田さんが捉えた「南シナ海紛争の実相」を読むことにする。

 前回の引用文で高野さんは
『(安倍政権は)「対中包囲網]を作り上げるという冷戦時代そのままの時代錯誤の戦略設計にしがみついているために世界の潮流から独り大きく取り残されつつある。』
と述べていたが、この安倍政権の誤りは次のような「国際政治面の実態」を見損なったことに由来する。

 南シナ海紛争の国際政治面での背景の一つは、米国と中国の新旧両大国による勢力バランス変化である。韓国・台湾・東南アジア諸国連合(ASEAN)など、米国の旧来同盟国にとって中国が敵である時代はとっくに終わっていて、冷戦時代に生まれた米国中心の同盟構造の軸は脆弱になっていた。つまり、米国にとっては同盟の強化・再構築が急務になっていた。同盟には「敵」が必要である。米国の目的は対中強硬姿勢を示すことによって、東アジアにおける指導的地位を回復することであった。しかし、こうした背景から生まれた「米中対立」は「出来レース」だと、岡田さんは次のように述べている。

 中国反応で注目されるのは、非難の矛先を安倍政権に集中している点だ。それは対米非難に勝る。「テロとの闘い」に高い優先順位を置く米国にとって、折から発生した「ニース・テロ事件」やトルコのクーデター未遂、韓国への高高度防衛ミサイル(THAAD)配備決定のほうが、南シナ海紛争より明らかに優先度が高い。その分、安倍政権が中国非難の急先鋒に躍り出た印象が突出し、それに中国が反論・対抗する構図が鮮明化しているのだ。

 地球規模の経済的利益を共有する米中両国は、南シナ海での軍事衝突は全く望んでいない。米国が進める「航行の自由作戦」では確執が目立つが、実際は「出来レース」の側面が強い。南シナ海紛争に対する米国の基本姿勢をみればその理由が分かる。「対中強硬姿勢を示すことによって、東アジアにおける指導的地位を確保する」のが目的であり、仲裁裁判は「米国の安保上の既得権益を法的に補強するため」。「航行の自由作戦」もこの目的達成のため、ASEAN諸国に「米国の指導力」を見せる、ある種の「演技」と言ってよい。中国もそれを理解しているから、反応には自制がみられる。

 裁定後も米中両国は、政府間ハイレベル協議と軍事対話・交流を積み重ね、米国は「自制」している。7月12日裁定からの1カ月をみても
 ▼米海軍制服組トップのリチャードソン作戦部長が7月18-20日初訪中し、呉勝利海軍司令官と会談(同作戦部長は26日、ワシントンで、呉司令官との会談で、中国が南シナ海で防空識別圏を設定し、スカボロー礁で施設建設を継続すれば、米中関係に悪影響と懸念表明したと説明)
 ▼習近平国家主席は7月25日、訪中したライス米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)と会談「現行の国際秩序や規則に挑戦するつもりはない」と対米協調姿勢をアピール
 ▼米太平洋軍は8月8日、太平洋艦隊のスコット・スウィフト司令官が中国海軍北海艦隊の拠点がある青島(チンタオ)を訪問し、袁誉柏司令官と会談したと発表。

 中国としては、米大統領選挙の行方を見定めながら、外交駆け引きによって東アジアでの「米国の指導力」を一定程度満足させる妥協点を探るとみられる。

 このような「米中対立」の実相を理解できずに前のめりになっている日本の「ハシゴ外し」も見えてくる。

 当事者であるフィリピンのドゥテルテ政権も、6月末の就任後は中国を刺激する言動は一切控え、対話に向けた環境整備を模索する。大統領特使のラモス元大統領を8月8日に香港入りさせ、今後の交渉に向けた地ならしを開始。11日には中国外務次官を歴任した全人代外事委員会の傅瑩主任と会談した。さらに12日、滞在先の香港で記者会見し、「適切な時期に中国政府と公式協議を行うことを望む」と表明、平和的解決に向け、対話の継続を目指すドゥテルテ政権の意向を強調した。中国も香港入りを歓迎している。

 目立つのは、裁定を中国脅威論の材料として前のめりになっている安倍政権である。岸田文雄外相は8月11日、ドゥテルテ大統領と会談、中国への結束対応を呼び掛けた。しかし「対中包囲網」を築きたい日本と、中国との経済関係を重視し対立激化を避けたいフィリピンとの温度差が逆に浮かび上がる結果となったようだ。前述したように、フィリピンもベトナムも「反中同盟」に加わり、中国を敵視する気は一切ない。ドゥテルテは岸田に、中国に仲裁判断の尊重を求める考えを示したが、岸田に同行した外務省筋は「リップサービスの要素もある」と神経をとがらせたという。

 裁定直後の15日、モンゴルの首都ウランバートルで開かれたアジア欧州会議(ASEM)の際の日中首脳会談で、安倍首相は「法の支配を重視し、力による一方的な現状変更を認めないとの原則を貫くべきだ」と主張。これに対し李克強首相は「日本は当事国ではない。言動を慎み、騒ぎ立てたり干渉したりしてはいけない」と強く反論した。さらにラオスのASEAN外相会議に向かう岸田が24日「法の支配の重視、平和的解決の大切さを訴えたい」と、仲裁判断に従うよう中国に促すと、中国がかみついた。外務省の陸慷報道局長は「日本は当事国でない。(日中戦争の)不名誉な歴史もある。あれこれ言う資格はない」と岸田非難のコメントを発表するのである。

 日本政府が過剰介入を続ければ、引くに引けない状況に陥り、場合によっては「ハシゴ外し」に遭う恐れすらある。中国は今後、沖ノ鳥島問題で日本に揺さぶりをかけるほか、米国の「航行の自由作戦」に対抗して、中国軍艦が日本領海を通過する中国版「航行自由作戦」を展開する可能性がある。中国海軍の情報収集艦が6月に鹿児島の口永良部を通過したのはまさにその一例であった。5日から、沖縄県・尖閣諸島周辺海域で多くの中国公船や漁船が航行し、日本側の抗議で外交問題に発展した。「仲裁判断を巡る日本の対応に反発した可能性は否定できない」(日本政府筋)との憶測も出ているが、根拠があるわけではない。在京中国外交筋は「8月1日の禁漁解禁で中国漁船が例年より大量に出漁し、監視に当たるため大量の公船が航行した。中国側に事を荒立てる気は一切なく、日本がなぜこれほど騒ぐのか理解に苦しむ」としている。

 尖閣諸島(中国名 釣魚島)問題以来、アジアで燃え盛る領土ナショナリズムをいかに鎮めるか。南シナ海は米国の湖でも中国のものでもない。そこで生きる住民の生活海域だ。国民国家の枠組を超え、共同管理・開発で共通利益を目指す思考を持たないと、領土ナショナリズムの魔力にはまるだけである。

 唐突ながら、上の赤字部分を読んで6年ほど前の記事『《続・「真説古代史」拾遺篇》(33)』を思い出した。日本海の島々は日本側の名称の他に中国・韓国・ロシアなどによる名称があるが、それを取り上げた時に、ちょっと横道に逸れて領有権を争っている問題に対する正鵠を射た意見として吉本隆明さんの「それはどちらの国のものでもない。地域住民のものだ。」という発言を紹介した。そして、私の言葉として「両国の地域住民の公平な利になるように共有すればよいのだ」と付言した。勿論その中には竹島(韓国名 独島)・千島列島(ロシア名 クリル)も含まれる。

 しかし、「両国の地域住民の公平な利になるように共有する」などという解決策は各国家が領土領海ナショナリズムに囚われている限り実現不可能な単なる理想論でしかない。

 次回から、「中国脅威論の信憑性」を「ナショナリズム」というイデオロギー(虚偽意識)の面から捉えてみることにする。
「南シナ海紛争」の検討(3)

 仲裁裁定の骨格となっている「島か岩か」という判断の基準は「海洋法条約121条」に規定されている。次の通りである。

第121条 島の制度

 島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、満潮時においても水面上にあるものをいう。

 3に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って決定される。

 人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。

 さて、沖ノ鳥島の何が問題になっているのか。画像を『両岸論69号』から転載します。

沖ノ鳥島
(東京都島しょ農林水産総合センターHPから)

 沖ノ鳥島の大きさは、南北約1.7km、東西約4.5km、周囲約11kmほどのサンゴ礁の島である。最高標高は約1mであり、干潮時には環礁の大部分が海面上に姿を現しているが、満潮時には礁池内の東小島(旧称・東露岩)と北小島(旧称・北露岩)が50㎝ほど海面に頭を出し他は全て海面下に没する。つまり「海洋法条約121条」によれば、沖ノ鳥島は「島」ではなく岩礁ということになる。満潮時に50㎝ほど頭を出す「島?」の旧称をみると、その頃の日本政府は沖ノ鳥島を「岩礁」と認識していたのだろう。

 しかし現在、日本政府はこれを島と主張して排他的経済水域(EEZ)を設定している。これに対して中国・韓国が「岩だからEEZは設定できない」と主張している。これに対して日本政府は「島である」という主張を維持するために、1987年から約600億円をかけて防護壁の護岸工事を開始した。さらに「人間の居住または独自の経済生活」を可能にするため2005年から「海水温度差発電所」の建設実験を開始した。私は知らなかったが、この発電所案 は当時都知事だった石原慎太郎が提言した計画だと言う。しかし今日に至るまで発電には成功していない。つまり「人間の居住と経済生活」の維持という「島」の要件は今も満たしていないのだ。『両岸論69号』で岡田さんは「中韓両国は日本政府のウィークポイントを今後も突くだろう。」と述べ、その後の「南シナ海紛争」をめぐる日中両国の応酬を次のようにまとめている。

 北京が、南沙と沖ノ鳥島を政治レベルで連動させたのは2015年8月である。王毅外相がASEAN関連会議で、中国の埋め立てを批判する岸田外相に反論、沖ノ鳥島の防護壁に触れ「他人のことを言う前に、自分の言動をよく考えるべきだ」と述べたのである。

 昨年(2015年)11月、筆者も参加した武漢大学国際シンポジウムで、台湾の大学教授が「中国側の埋め立て工事は、日本の沖ノ鳥島を先例として倣ったのだ」と発言したのを聞いて、少し驚いた。北京は公式には「模倣」と言ってはいないが、新華社通信が7月4日配信した記事は、日本の中国批判を「二重基準だ」と指弾している。「日本は南海島礁の属性を疑いながら、他方で沖ノ鳥岩礁の属性には口をつぐみ、依然としてEEZを設け漁船や船員を不当に抑留している」。さらに「日本は米国に追随して自由航行を鼓吹しながら、他国の艦船がトカラ海峡などの国際海峡を平常通り通過したことに怒り狂った」と批判した。漁船、船員の「不当抑留」とはことし4月、日本の巡視船がEEZ内で台湾漁船を拿捕したことを指す。

 続いて岡田さんは「裁定は法的判断としては重要だが、南シナ海紛争の一側面にすぎない。国際政治と歴史など、総合的な角度からとらえなければ実相は見えない。」と指摘して、議論を進めているが、ここで思い出したことがある。『週間金曜日1116号(2016年12月9日)』の特集『「過去の戦争」「未来の戦争」』の中に「『「中国脅威論」にしがみつき、米中関係を読み間違い 世界の潮流から取り残される安倍政権』と題する高野孟さんによる論考があった。この論考も国際政治という角度から南シナ海紛争を論じている。この論文から安倍外交の対極にあるようなフィリピンのドゥテルテ大統領の見事な外交を論じている部分を転載しておこう。

 「中国憎し」でアジア情勢も世界情勢も目に入らず、安倍政権の外交戦略は冷戦時代そのまま。メディアもそれに乗っかって、米中開戦を煽る。未来の戦争を起こさせないための外交戦略が、今の日本には必要だ。

 外交とは本来、建前の裏には本音があり、もう一枚めくると、今までおくびにも出していなかった落としどころまで用意されているといったふうに、多次元方程式を巧みに操りながら最適解を探っていくクールな知的ゲームであるけれども、そこに愛憎とか好悪とかのエモーショナルなものを安易に持ち込んでしまうと、薄っぺらさを相手に見透かされてしまって何事もうまくいかなくなる。安倍外交がまさにそれで、中国が危ない、怖い、という「中国脅威論」に立って、日米軍事同盟強化を基軸として中国の軍事的台頭を牽制しつつ、周辺の国々を巻き込んで「対中包囲網]を作り上げるという冷戦時代そのままの時代錯誤の戦略設計にしがみついているために世界の潮流から独り大きく取り残されつつある。

 フィリピンとの関係が典型的で、日本は野田・安倍両政権を通じてフィリピンを"準同盟国"と位置付けて、新造の巡視船10隻の円借款供与、海上自衛隊の練習機5機の貸与を約束するなど事実上の軍事協力を進め、南シナ海でフィリピンが対中対決姿勢を強めるよう煽ってきた。ところが6月に登場したドゥテルテ大統領は「米国離れ」を宣言、7月には中国の南シナ海"領有"主張を全面的に退けた国際仲裁裁判所の判決が出たにも拘わらずそれで大騒ぎすることをせずに、逆に中国との和解交渉の準備に入った。同判決を機にフィリピンと連携して対中圧力を強めるつもりだった安倍政権は大いに当惑し、8月、遅れていた巡視船の最初の1隻を急ぎ届けるとともに、9月にはさらに大型の外洋活動可能な巡視船2隻を新たに供与すると発表した。

 ところが、10月に訪中したドゥテルテは「判決で勝利したが、われわれはそれを大声で宣伝して中国を怒らせるつもりはない。対立を続けて戦争になるか、兄弟のように平和に向けた話し合いをするかだ」と言って、習近平主席から領有権問題を棚上げにしてフィリピン漁民の同海域での操業を認める約束を引き出し、さらに中国が13項目2兆5000億円にのぼる経済支援を供与するとの合意を取り付けることに成功した。

 その直後にドゥテルテを東京に迎えた安倍は、呆然として為す術もなく、政府関係者からは「裏切り者め!」という声さえ漏れたが、仲裁裁判所の判決のキーポイントは「南シナ海には島は一つもない」と断定したことにあり、これでは中国よりよほど前から多くの"島"を実効支配し軍事建設を進めていたフィリピンやベトナムもマレーシアも立場を失ってしまう。そこを冷静に見ていれば、フィリピンは同判決を盾に中国を責め立てることはないと見通せたはずである。日本は「中国憎し」の色眼鏡で世界を見ているから目が曇るのである。

 もう一つフィリピン(とベトナム)の柔軟な外交政策がある。両国とも南シナ海で中国と対立はしていても、経済的な結びつきから中国を敵視してはいない。アジアインフラ投資銀行(AIIB)に、両国とも創設国として参加していることがそれを実証している。
「南シナ海紛争」の検討(2)

 前回、『南シナ海紛争の沿革をさかのぼれば、日本が「新南群島の所属に関する件」を閣議決定した1938年にたどり着く』と書いたが、誰もがこれは日本による中国・東南アジアへの侵略戦争が南シナ海紛争の根底に横たわっていることを示唆していると思ったことだろう。その歴史的経緯を追ってみよう。

上記の閣議決定の文書に今日の南沙諸島の実効支配争奪戦の元とっなている日仏帝国主義による争奪戦が次のように描かれている(以下、『南シナ海』による)。

閣議決定の文書
― いわゆる新南群島は従来「無主の島嶼」として知られ、1917年以降本邦人は巨額の資本を投下し恒久の施設を設けて仏国を含む外国人がこれを顧慮せざる中にありて、日本帝国政府の承認と援助の下にその開発に従事しおりたるところ、1929年経済不況のため施設をそのままとし一時本邦人が群島を引揚げた。これに乗じて仏国政府は1933年突如軍艦を派して占領し、「国際法上無主の土地なり」との議論に基づき7月15日付をもって仏国主権に帰属すべき旨を宣言し、仏領インドシナ政庁の所轄とした。
― 1936年本邦人が再び同群島において開発に従事するや、仏国政府は本件島嶼における仏国主権を主張し、本邦人に対して仏領インドシナ法規を適用すべき旨を主張し、1938年7月以降は仏国商船を派遣し、人員資材を上陸し施設を構築し、もって同島における行政を現実に行わんとするに至った。
―日本帝国政府は従来の権原を明らかにし、仏国政府の高圧策に対抗するために、仏国が領土権を主張する諸島および新南群島が日本帝国の所属たることを確定する必要に迫られた。そこで新南群島諸島は日本帝国の所属たるべきをもって、別紙の新名称の下に台湾総督府の所管とする。

 「別紙の新名称」はまとめると次の表のようになる。
南沙諸島の日本名
 その後、1941年12月8日に日本軍が、真珠湾を攻撃し、コタバル(マレー半島北東部のクランタン州の 州都)上陸を敢行し、翌42年5月にアメリカ軍がフィリピンから撤退すると、南シナ海周囲はほとんどが日本軍の支配下となった。歴史上例のないことであった。「南シナ海は『日本の湖』となり、この状態は1945年1月まで続く。」(ビル・ヘイトン著・安原和見訳『南シナ海―アジアの覇権をめぐる闘争史』)。

 この「日本の湖」は日本の敗戦により、当然ながら日本はその実効支配を放棄させられる。その後、フランス支配から解放されたベトナム、アメリカ支配から解放されたフィリピン、イギリス支配から解放されたマレーシアが南沙諸島の実効支配を競う事になる。そして、各国の実効支配の結果は次のようになっている。

台湾(1946年)
 鄭和群礁の一角をなす南沙最大の太平島は、1946年に国民政府海軍「太平号」が日本軍から接収した。この海軍艦艇名が島の名称となった。国民政府はその後、大陸から台湾に亡命したが、太平島を今日でも実効支配している。台湾の実効支配はこれだけである。

フィリピン(1971年)
 フィリピンの実効支配する島はティツ島=中業島、ウエストヨーク島であるが、ウエストヨーク島は南沙諸島第三の大きさで、飲用可能な井戸がある。これはフィリピンが1971年に占領して以来、実効支配を続け、滑走路を設けている。

ベトナム(1974年)
 ベトナムは1974年に長沙島(狭義のスプラトリー、単数)の実効支配を始めた。これは南沙諸島で第四の島である。ベトナムはこのほか22を実効支配している。

マレーシア(1979年)
 南沙諸島の南端、スワロー礁=弾丸礁は太平島に次ぐ第二の大きさで、マレーシアが1979年に占領し、海軍基地を設けた。マレーシアはこれを中核として、マリベレス礁=南海礁とアルダシェル礁=光星仔礁、都合三つを実効支配している。

中国(1988年、1995年)
 中国の実効支配は、台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシアと比べて最も遅かった。中国は武力でもってベトナムから赤瓜礁を獲得したが、その経緯は以下の通りである。
 赤瓜礁=ジョンソン南礁は、ユニオン堆礁=九章群礁の中核である。1988年3月14目、ベトナムが実効支配していた赤瓜礁を中国が攻撃し、占領した。これを赤瓜礁海戦と呼ぶ。中国は当初木造の小屋を建て、その後コンクリートに改築し、「中国赤瓜」と書いた。この海戦で赤瓜礁の周囲に位置する①永暑礁=ファイアリー・クロス礁、②華陽礁=クアテロン礁、③東軍門礁=ヒューズ礁、③南薫礁=ガベン礁、⑤渚碧礁=スビ礁を手に入れた。この戦闘でベトナム水兵70名以上が死亡している。
 しかし、中国が実効支配したのは「島」ではなく、「岩礁のみ」であった。中国が埋め立てによって「島作り」を本格的に始めたのは2014年~2015年のことである。
中国による埋め立て岩礁
 さて、フィリッピンによる提訴に対して下された仲裁裁定について、安倍政権は「中国完敗」を絶賛し、裁定に従うよう北京に強く要求した。そしてそれに続く中国による「岩礁埋め立て=島作り」が、「中国脅威論」を煽る安倍政権にとって恰好の材料と成り、戦争法強行採決のための援軍としても悪用された。

 しかし、仲裁裁定には
『南沙諸島に「島」は存在せず、中国、台湾、フィリピン、ベトナムなどが実効支配する「岩礁」は、200カイリの排他的経済水域(EEZ)を主張できない』とする判断が含まれていた。これに対して、台湾の蔡新政権は、台湾が実効支配する太平島を「岩」と認定されたことに憤り、「裁定拒否」で北京と足並みを揃えた。台湾は
(1)
 台湾を「中国台湾当局」と不当に呼んだ
(2)
 太平島を岩とする法的認定は、台湾の南海諸島及び関連海域における権益を著しく損なう
(3)
 裁定の過程に台湾を呼ばず、意見も聴取しなかった。
 を理由に挙げ、
「裁定にいかなる拘束力もない。政府は南海諸島を引き続き固守し、主権を守りいかなる妥協もしない」
と強い姿勢を示した。そして裁定後、海軍軍艦を太平島に派遣、漁民を上陸させている。

 台湾も日本と同様に、裁定に従うよう北京に要求し、この裁定が中国との対立を強める要素なると考えられていたが、逆に「両岸連携」を示すことになった。

 ところで、この問題は日本にとっても無関係ではなかった。中国が「岩礁埋め立て=島作り」を始めたのにはお手本とも言うべき先例があったのだ。日本所有の沖ノ鳥島である。次回で取り上げよう。
「南シナ海紛争」の検討(1)

今回からの参考書は「海峡両岸論 69号」ですが、矢吹晋著「南シナ海 領土紛争と日本」を併用します。それぞれ『両岸論69号』『南シナ海』と略記します。

 南シナ海紛争の沿革をさかのぼれば、日本が「新南群島の所属に関する件」を閣議決定した1938年にたどり着く。それ以来現在に至るまでの経緯については必要が出てきたときに触れることにする。

 現在、南シナ海紛争がにわかに大きくマスコミに取り上げられるようになったのは常設仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)による南シナ海紛争に対する仲裁裁定が下りたとき(2016年7月12日)からだった。その仲裁裁定にいたる経緯は次のようである。

 2013年1月、フィリピンが仲裁手続きを求めた契機は、中国が前年の4月にフィリピン・スカボロー礁を奪ったことであった。フィリピンの訴えの内容は

 中国の「九段線」には法的根拠はない

 中国の人工島は引き潮の時に露出する「低潮高地」か「岩」で、EEZ(排他的経済水域)や大陸棚の権利はない

 人工島などの開発は、国連海洋条約の環境保護違反
など15項目に及ぶ。

 この提訴に対し中国側は「認めず、参加せず、受け入れず」の姿勢をとり続けてきた。理由は
(1)
 中国フィリピン両国が合意した交渉による解決という二国間の取り決めに違反
(2)
 中国は06年に国連海洋法条約に基づき、強制的紛争解決手続きの適用除外を宣言した
(3)
 裁判所は領土主権と海洋境界画定問題について判断する権限はない
であった。裁定後も中国はこの姿勢を維持している。

 フィリピンは、中国が仲裁裁定を拒否したので、2014年3月に国連海洋法条約の強制的仲裁に提訴した。(『南シナ海』では提訴先を「海洋法常設裁判所」(オランダー・ハーグ)と書いている。)
 その提訴の内容を『南シナ海』からの転載するが、その内容はより詳細になっていて、紛争の舞台である南支那海の詳細な地図が必要なの、それも転載しておく。
南シナ海
フィリピンによる海洋法常設裁判所への提訴内容

 中国はいわゆる九段線によって、中国の「主権権」と「歴史的権利」を主張しているが、これは海洋法と相容れない。

 フィリピンEEZ内のスカボロー礁(=黄岩島)に中国はEEZや大陸棚を持たない。

 ミスチーフ礁(=美済礁)、セカンド・トマス礁(=仁愛礁)、スビ礁(=渚碧礁)は中国の領海、EEZ、大陸棚ではない。

 ミスチーフ礁、セカンド・トマス礁はフィリピンのEEZ、大陸棚の一部である。

 ガベン礁(=南薫礁)、マッケナン礁(=西門礁)、ヒューズ礁(=東門礁)は、低潮高地であり、領海、EEZ、大陸棚を持たない。

 ジョンソン南礁(=赤瓜礁)、クワテロン礁(=華陽礁)、ファイアリー・クロス礁(=水暑礁)は、EEZ、大陸棚をもたない。

 中国は不法にも、フィリピンのEEZ、大陸棚で生活資源を開発している国民と船舶の活動を妨げている。

 中国は不法にも、スカボロー礁で伝統的漁業に従事するフィリピン漁民の活動を妨げている。

 中国はスカボロー礁とセカンド・トマス礁で海洋環境を保護し保存する海洋法の義務を履行していない。

 ミスチーフ礁における中国の占領と埋め立ては海洋法の規定を無視したものだ。

 中国はスカボロー礁を航行するフィリピンの船舶と衝突するような危険な行為を行い、海洋法の義務を蹂躙している。

 2013年1月にフィリピンが仲裁を申請して以来、中国はセカンド・トマス礁でさまざまの干渉を行い、フィリピンの航行の権利を侵害している。

 この提訴に対する裁定の詳細は次の通りであり、フィリピンの主張がほぼ全面的に認められた。


 中国は海洋環境保護に関する条約義務に違反し、埋め立てや人工島造成によって、生態系やサンゴ礁に取り返しのつかないほど甚大な損傷を与えた

 中国は中国漁船によるウミガメやサンゴの密漁を容認

 中国はフィリピンの油田探査や漁民のスカボロー礁での伝統的漁業権利を不当に妨害し、フィリピンの主権を侵害

 中国公船は海洋の安全に関する条約義務に違反し、フィリピン船への接近を繰り返し衝突の危険を生じさせた

 中国は、仲裁手続き開始以降も南沙諸島で大規模埋め立てによる人工島の造成を行い、仲裁手続き中に対立を悪化させることを避ける義務に違反。

 ここまでの紛争は中国とフィリッピンとの間のスカボロー礁をめぐっての紛争だが、上の裁定の⑤で取り上げられている中国が非難されている「南沙諸島(スプラトリー諸島)で大規模埋め立てによる人工島の造成」問題までも視野を広げれば、南シナ海紛争問題は中国だけが非難される単純な問題ではない。『南シナ海』で矢吹さんは英『エコノミスト』誌(2015年3月2日)が掲載した「南シナ海実効支配競争」という下の地図を転載して次のように解説している。
ラプラトリー諸島

 これによると、埋め立て工事をやっているのは中国だけではない。中国のほかに台湾もベトナムもマレーシアもフィリピンもそれをやっており、滑走路建設(地図中の飛行機マーク)も中国だけではなく、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシアが以前から行っている。中国のスプラトリー諸島海域作戦は遅れて始まり、他の諸国の埋め立てはほとんど終わったときに、すなわち2014~2015年にかけて急激に行われた。

 日本敗戦から数十年に及ぶ沿岸諸国の実効支配競争と先行する滑走路建設は不問に付して、遅れてこの競争に参加した中国のみを非難し攻撃するのは明らかにフェアな態度ではない。この点で米国と距離をおく英誌の図1は比較的公平な態度をとろうと努めていることが察せられる。

 著者は2012年に書いた『チャイメリカ ー 米中結託と日本の進路』のなかで、「米中結託」をキーワードの一つに選んだ。ところが、その後、「米中結託」よりは「米中対決」が基調となったかに見える。米中関係の核心は「結託」ではなく「対決」ではないかという見方が広く行われている。著者によれば。これはメダルの表と裏である。どちら側から見るかによって見方は変わる。日本政府は米国政府に追随して、反中国を煽っているため、日本のメディア等は「対決」論一色だ。「攻撃的中国」の横暴に対して、日米協調により、「中国を封じ込める」と称する倒錯した議論が日本を席捲している。

 だが、これは特殊日本的な偏見、謬論にすぎない。ベトナムやフィリピンは、スプラトリー諸島の領有をめぐって中国と鋭く衝突しているが、両者ともに中国の提唱するアジアインフラ投資銀行には「創設国」として参加し、中国の提唱する「一帯一路」構想がグローバル経済の発展に役立つとする認識で一致している。アジアインフラ投資銀行の可能性を否定して、参加を拒否して、外野席で悪口ばかり繰り返す日本とは大違いなのだ。

 ベトナムもフィリピンも国益を第一に考慮して、近隣の大国とのつきあいを慎重に模索している姿の一端をこの一例からうかがうことができよう。

 こうした歴史的な事実を無視して、権力に追随して「中国脅威論」を煽る日本のマスゴミの論調にいたずらに捉われる愚民にはなるまいと、改めて自戒している。