2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(61)

有事法制(5)

 ③「でたらめ B」は有事法制に先だって有事法制制定の道筋を作った「三矢研究」(1963年2月)を取り上げている。私は「三矢研究」という言葉を何度か目にした記憶があるが、詳しいことは知らなかった。今回、「でたらめ B」を読んでその内容にびっくり仰天した。私は今、密室で行なわれたその研究と同じ事が現在でも密かに継続されてているのだろうという懸念を払拭できない。でたらめな連中が作り上げているこのおぞましい国家の支配体制を覆す方策は一つしかない。その「でたらめ」の中心を担っている自由民主党を支持している人たちがその党の正体(不自由民非党)を知って目覚めることである。(情けないけど、まあ、無理だろう。このグーミンたちに目覚めるときは来ないだろう。)

 「でたらめ B」には「でたらめ男」が続々と出てきて実におぞましい内容であるが、しっかりと読んでおこう。


 密室を想像する。ときには紗(しゃ紗)の、またときには緞帳のようにぶ厚いカーテンに閉ざされた、淡く薫(た)き物の香りのする密室。そこには独特の言語圏がある。外からは計り知れない不可思議な符帳が語られる。遮光のあんばいで声音が変わる。出席者の貌が影で毒々しく隈取られる。外光がさえぎられるかげんに応じて、声がくぐもっていく。そして、戸外の光が完全に遮断されたとき、人の死ないしそれにむすびつく話、すなわち〈戦争〉が話し合われる。そこに、この国独特の言語圏がある。そこで彼らの特殊言語が培われる。ある種の者たちにとって、密室ほど蠱惑(こわく)的な空間はない。人の死を、しかもおびただしい死を手中にしている幻想に浸ることができるからだ。しかし、カーテンが開かれるとき、隠微なその言語圏はたちまち闇とともに姿を消し、出席者らは一、二回わざとらしい咳ばらいをしたのちに、眩(まばゆ)い陽光のもと、にわかに常人を仮装しはじめるのである。

 1963年2月、東京・市ヶ谷の統幕講堂は右のような意味での「密室」であった。陸海空自衛隊の制服幹部ら84人が極秘裏に、朝鮮半島を中心とする戦争の図上演習を行うとともに、それにさいしての国家の全面管理について話し合っていた。いわゆる「三矢研究」(昭和38年度統合防衛図上研究実施計画)であり、戦後日本でははじめての本格的な有事研究だった。演習は第一動から第七動までの想定に基づき、
 第一動では、韓国情勢が悪化、韓国軍が反乱を起こしたとする。
 第二動は、韓国反乱軍に対し北朝鮮軍の支援が行われ、米軍がこれに反撃。
 第三動は、北朝鮮軍が38度線を突破して新たな朝鮮戦争に発展、自衛隊が出動を準備するとともに、日本国内の総動員体制が樹立される。
 第四動は、自衛隊と米軍の共同作戦。
 第五動では、西日本が攻撃を受け、朝鮮半島では戦術核兵器が使用される。
 第六動では、ソ連軍が介入。
 第七動では、日本全土にソ連軍の攻撃がなされ、全戦場で核兵器が使用される。しかし北朝鮮、中国に反攻作戦が展開され、核の報復攻撃も実施して最後的に米側か勝利する。

 白昼夢か妄想か倒錯か。だが、これは一部の単純な狂信者による戦争ごっこではない。統合幕僚会議事務局長であった田中義男陸将の主導で行われ、制服からは「集めうる最高のスタッフ」が参加し、防衛庁内局、在日米軍司令部からも少人数が出席した。「密室」周辺ではものものしい警備がなされ、出席者全員が腕章をつけ、部外者の立ち入りは一切禁止されたという。図上演習は戦闘のシミュレーションにとどまるものではなく、第三動にさいしては、87件にもおよぶ非常時(有事)立法を成立させて政治、経済、社会を全面管理する国家総動員体制を確立するという、憲法など歯牙にもかけない研究が本気でなされたのであった。

 この三矢研究の「国家総動員対策の確立」のなかでとくに鳥肌が立つのは、「人的動員」の項目で、「一般労務の徴用」「業務従事の強制」「防衛物資生産工場におけるストライキの制限」「官民の研究所・研究員を防衛目的に利用」「防衛徴集制度の確立」(兵籍名簿の準備・機関の設置)「国民世論の善導」などを、制服組が当然のごとくに論じていることだ。さらに、「国民生活の確保」の項目では、「国民生活衣食住の統制」「生活必需品自給体制の確立」「強制疎開」「非常時民・刑事特別法」「国家公安維持」などが語られている。まさに「軍政」そのものである。

 なにかに似ている。そう、文言こそ故意にソフトかつ曖昧にされているが、現在の有事関連三法案に相通じるなにかがある。いや、三法案には三矢研究と地つづきのなにかがあるというべきか。三矢研究はもうひとつ、核戦争の可能性についてもシミュレーションしたという事実を伝えている。「密室」の言語圏では「核」は少しもタブーではなかったのだ。安倍晋三官房副長官が早稲田大学で「戦術核を使うということは昭和35年の岸総理答弁で、違憲ではない、という答弁がされています。ですからそれは違憲ではないのですが、日本人はちょっとそこを誤解しているんです」と発言した心性と論理も、そうした密室言語圏となんらかのかかわりがあるのではないかと私は想像している。安倍発言の弁明にまわった福田官房長官による非核三原則見直しに通じる発言もまた、福田や安倍らがカーテンで閉ざされた彼らだけの密室にあっては、憲法だけでなく非核三原則も邪魔もの扱いにする話をごく普通にしているであろうことを示唆するものである。

 さて、1965年2月になって社会党の岡田春夫議員により衆院予算委員会で暴露され、「軍事クーデターの研究」と騒がれたこの三矢研究で、野党の総攻撃の矢面に立ったのが小泉首相の父、小泉純也防衛庁長官であった。いっときは「作戦として仮想敵国を考えるのは当然」といった趣旨の反論をするなど突っ張りもしたが、メディアや野党の猛攻の前に結局、辞任に追いこまれている。息子の純一郎は当時、慶応の学生であり、父親が連日野党の攻撃にさらされるのを間近に見た。これがルサンチマンとなりまたトラウマともあいなって、現在の夕力派ぶりが形成されたのではないかという、うがった見方が一部にあるのは周知のとおり。これに加えて、有事法制研究を首相みずから指示したのは77年、福田赳夫(たけを)首相、安倍晋太郎官房長官の時代であったことも忘れえない史実だ。福田首相は、民間防衛体制確立にも熱心な夕力派中の夕力派であり、その体質が「安倍派をへて森派へと受け継がれ、現在の小泉首相・安倍晋三宮房副長官の代まで有事法制の血脈を伝えたのだとも考えられる」(前田哲男氏)という。福田首相のせがれが福田康夫官房長官、安倍官房長官の息子が安倍晋三官房副長官とくれば、三バカジュニアを結ぶひとすじの"黒い糸"が、おぼろおぼろに見えてこようというものだ。

 彼らにさらに加えるに、「私か総理だったら、北朝鮮と戦争してでも(拉致被害者を)取り戻す」と吠えた石原慎太郎、「私と小泉君、石原君の三人のDNAは一致するところがかなりある」と託宣したという中曽根康弘元首相、防衛庁個人情報リスト問題で報告書内容を隠蔽するよう指示したとみられている山崎拓自民党幹事長ら……。老いたる夕力派の情念と親の七光り組の屁理屈、自衛隊制服幹部らの増長が渾然として重なり、日々に発生せしめている悪気流――それがこの国の今日的ファシズムではないか。彼らには「密室」がある。そこでのみ通じるジャーゴン(<管理人注>仲間うちにだけ通じる特殊用語)がある。彼らは密室の言葉と外向けの言葉の二層言語を巧みに使い分ける。神妙なふりして少しく謝ってみせても、密室に戻るや、べろりと汚い舌をだし呵々大笑している。ファシズムはいま、W杯サッカーに打ち興じるマスコミと民衆にも支えられて、意気軒昂である。

 「べろりと汚い舌をだし呵々大笑している」でたらめ男たちの醜い映像をブログ「営業せきやんの憂鬱」から転載しよう。(8・15日。ブルジョア支配階級の元締め一人笹川の別荘に招待されご馳走にありついたときの映像だそうだ)
でたらめ男たち
永遠の不服従のために(60)

有事法制(4)

 これまでテーマにしてきた以外の節は飛ばして、第7章の③「でたらめ」を読むことにする。枕には『大辞林』の「でたらめ」の項を引用している。
でたらめ【出鱈目】(名・形動)
〔「出鱈目」は当て字。「め」はさいころの「目」で、「出たら出たその目」の意〕
筋の通らないことやいい加減なことを言ったりしたりする・こと(さま)。また、そのような言葉。「-な話」「-を言う」「-な男」
                (三省堂『大辞林』第二版から)

 さて、「でたらめ」はA・B・Cの三節で構成されていて、「でたらめな男」達が次々と登場するが、まずAに登場するのは当時(2001年)ポチ・コイズミの下で官房副長官をやっていたアベコベ晋三である。現在、アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権がしゃにむに「でたらめな悪政」を行なっているが、それらがポチ・コイズミの腰巾着のときからの念願の事項だったことが「でたらめA」を読むと良く分かる。(ちなみに、その悪政の数々を『マスゴミが報じる世論調査は信用できるか』で列挙しておいた。)

 では「でたらめA」を読んでみよう。


 まだ日中の暑熱のこもる逢魔(おうま)が時に散歩から戻り、汗を拭き拭きテレビをつけたら、若い女性のキャスターだかアナウンサーだかが、「防衛庁による情報公開請求者リスト作成が、カイジョウマクリョウカンブだけでなく……」と涼しい顔してニュースを伝えており、はて、マクリョウカンブとはなんだろうと思案することしばし、ああ、そうか「海上幕僚監部」のことかと、からくも了解、彼女としては「幕の内弁当」の幕だからマクと読んだまでで、あれをバクと読んだら、お弁当はバクノウチになってしまうじゃないの、といった至当の判断がはたらいたのかもしれないと私は想像し、にしても、「マクリョウ」とはそぞろに気の抜けた、とてもではないが戦うに戦えない、かえってほれぼれするほどいい響きだなあと感じ入ったことではあった。そばにいた男のキャスターが眼をつり上げて「バクリョウ」といいかえていたけれども、なにも色をなすことはない、有事法制論議かまびすしいおりから、幕僚を読みちがえた彼女の言語センスは、テレビ業界における識字率の途方もない低さをものがたるものとはいう定、どこかしら健全といえば健全なのだから。かかる言語状況にかんがみ、防衛庁もいっそ幕僚の読みを統一してマクリョウとしてはどうか。統合幕僚会議は、すなわち、統合マクリョウ会議である。シビリアンーコントロールなどどこ吹く風、あろうことか情報公開請求者の個人情報を調べ上げ、そのリストまで作成して、シビリアンを監視しコントロールしようとたくらむ反国民的幕僚たちなど、マクリョウと呼ぶさえもったいないのだけれども。

 このところのうつせみのでたらめのほどを論じるとするならば、右の彼女の誤読など、むしろほめてあげたいくらいのものだ。比するに、『サンデー毎日』がスクープした安倍晋三官房副長官の早稲田大学における発言はでたらめの極みといっても過言ではない。ここになぞるだけでも吐き気をもよおすが、この現職の政府高官は学生たちに対しこれだけのことをいってのけたのである。
「有事法制を整えたとしてもですね、ミサイル基地を攻撃することはできます……」
「先制攻撃はしませんよ、しかし、先制攻撃を完全に否定はしていないのです……」
「(日本に対するミサイル攻撃に着手した)基地をたたくことはできるんです、憲法上ですね」
「大陸間弾道弾はですね、憲法上はですね、憲法上は問題ではない」
「日本は非核三原則がありますからやりませんけども、戦術核を使うということは昭和35年の岸総理答弁で、違憲ではない、という答弁がされています。それは違憲ではないのですが、日本人はちょっとそこを誤解しているんです」
「憲法自体を変えるというのは……ちやんとやらなければいけないと思うのですが、安全保障の問題というのはいつ突然起こるかわかりませんから、解釈を変えておかないとですね、もう詭弁に詭弁を弄していますから、限界なんですよね」
「アメリカがイラク攻撃するということになったら、きわめて日本は悩ましい選択になるだろうと思うのですが、昨年つくったテロ特措法では協力できない。……イラクは周辺事態ともいえませんから、周辺事態法でもいけません。新たな法律をつくらないと私は難しいと思います」(同誌2002年6月9日号)

 おぞましさをこらえて引用しつつ、二つの言葉を思い出した。一つは、いわば畑ちがいだが、チャールズ・ブコウスキーのエッセイ「政治ほどくだらないことはない」にでてくる嘆息。
「そのような状況にあって、われわれは突然、自分たちの命が愚かな連中の手中にあることに気づくのである」(青野聡訳『町でいちばんの美女』所収)。

 そうなのだ、平生ならこのような低級政治家の内心の風景など関心もなければ覗きたくもない。だが、余儀なくかいま見るとき、狂気、錯乱、妄想が、放置され、もっともらしい顔をしたまま、こうまで肥大していることに慄然とするのである。それは、予想をはるかに超えるサイズにまで増殖していたわれわれ自身の癌(がん)組織を見せつけられたときの悪寒に似ているかもしれない。とても正視に堪えない。できるならば気づかずにいたかった。だがしかし、憲法解釈では「詭弁に詭弁を弄しています」とみずから認めて羞じない、思想も理想もないこの手の好戦派に政治の実権が握られていることはまぎれもない事実なのである。ICBMや戦術核の保持・使用が憲法上問題ないと学生を前に平気でいいはなつ心性はまさに沙汰の外(ほか)だが、この手合いのためにわれわれが税金を支払い、まことに結構な生活をさせてやっていることもまた否定のできない事実なのだ。あまりの低劣さに心は萎えるけれども、これに怒らずして他に怒ることなどいったいなにがあるだろうか。

 2001年夏ブッシュ大統領と会談した小泉首相が、冒頭、父純也氏が日米安保条約改定時の外務委員長だったことや、同席していた安倍官房副長官が安保改定に踏み切ったあの岸信介元首相の孫にあたることを大統領に紹介、日本の対米追従のために小泉と安倍の両家がいかに一族あげて長く貢献してきたかを強調し、親分ブッシュの歓心を買ったことは記憶に新しい。つまり、この二人のバイコク的品性は天分というより相伝のものといえるかもしれない。安倍は、おそらくこうした品性から、米国がイラク攻撃をしても即座には協力したくてもできないので「悩ましい」旨の発言をしたのである。換言すれば、安倍の考える有事法制とは、本土防衛というより米国の意を体して集団的自衛権の行使をできるようにするためのステップなのであり、さしあたりは米国のイラク攻撃のためにも有事法制成立を急ぎたかったのだ。

 安倍発言をなぞりながら思い出したことの二つ目は、先年物故した宇都宮徳馬さんの怒りの声である。「核兵器で殺されるよりも、核兵器に反対して殺されるほうを私は選ぶ」が信条だった。中国政府に対してはいささか甘い政治家だったが、反核軍縮の意思はこけおどしではなく、国会内の夕力派議員に常に睨みをきかせていた。宇都宮さんのような人物がほんとうにいなくなってしまった。いま彼が生きてあり、小泉・福田・安倍らのでたらめな立ち居振る舞いを知ったならばなにをいうか、私には容易に想像がつく。「チンピラ・ファシストどもが!」と語気を荒げたことであろう。

永遠の不服従のために(59)

有事法制(3)

 『不服従』第6章の④「Kよ」は、この表題の通り、「Kよ」という呼びかけで始まっていて、Kさんへ語りかけている文章である。Kさんとはどういう人なのだろうか。文中の文を用いて推測すると、どこまでも権力に迎合しまくっているマスゴミの中で、ひどく悩みながらもまともな仕事を心掛けている辺見さんの著作の編集者あるいは新聞記者のようだ。

 辺見さんは枕として、『創』2002年6月号所載の「檜森孝雄の遺書」を転載している。次の通りである
まだ子どもが遊んでる。
もう潮風も少し冷たくなってきた。
遠い昔、能代の浜で遊んだあの小さな
やさしい波がここにもある。
この海がハイファにもシドンにもつながっている。
そしてピジョン・ロックにも。
もうちょっとしたらこどもはいなくなるだろう。

 カタカナの地名が三つ記載されているが、恥ずかしながら、それぞれどこの国の地名なのか、私は知らなかった。調べてみたら「ハイファ=イスラエルの都市」「シドン=レバノンの都市」で、いずれも地中海に面している都市と分かったが、ピジョン・ロックは全く分からなかった。もしかしたら都市名ではないのかも(どなたかご存じの方、教えてくれませんか)。

 また、私は檜森孝雄(ひもりたかお)という方を全く知らなかった。ネット検索すると多くの人が取り上げていた。その中に大道寺将司さんが檜森孝雄さんについて書いた文章をアップしているサイトがあったので紹介しておこう。『大道寺将司くんの今日このごろ』

 辺見さんは「Kよ」の冒頭で檜森孝雄さんについて詳しく書いているので、改めてネットからの転載はしない。ともかく本文を読み始めよう。

 Kよ。檜森孝雄というパレスチナ支援の活動家が焼身自殺をしたことを知っているか。2002年3月末の土曜の暮れ方、彼は日比谷公園・かもめの広場で、ひとしきり派手な焔(ほむら)のダンスを踊った。智慧の火で煩悩の身体を焚くように。あるいは、老いた魔術師の最期の芸のように、ぼうぼうと燃え、くるくると舞ったのだ。やがて、真っ黒の襤褸(ぼろ)か消し炭のようになって、うち倒れた。享年54歳。

 いや、知らなくたっていいんだ。知ったって憂鬱になるだけだし。ただ、もしもいま、君と会えて酒でも飲めたならば、ぼくはこのことをかなり熱心に話しただろう。檜森の自裁を聞いたとき、檜森と同じく、ぼくにも紅蓮(ぐれん)の焔の内側から、束の間だけれども、くねり踊る焔を通して、赤く揺らめく世界が見えたのだ。その奇跡を、なんとか君に伝えようとしただろう。檜森孝雄はぼくの淡い知り合いの親友だった。たとえようもなく心優しい男だったと聞いた。そのことはさして重要ではない。ハイファもシドンもピジョン・ロックも知らなくていい。自死をぼくは美化しない。大事なのは、火焔の外側ではなく、自身の肉を焼け焦がす火焔の内側から、(ぼくの場合はただの錯視かもしれないのだけれども)ぼくらの世界をかいま見たということだ。そのとき、ぼくは炎のなかで憎しみの沸点を見失い、すぐに引き替わって、世界に対する澄明で安らかな殺意が身内に満ちるのを感じた。それで、とても静かになれた。

 君は信じないかもしれないが、かつてなく虚心になった。檜森の自死にいかなるメッセージがあったか、なかったか、つまびらかではない。イスラエル軍によるパレスチナ民衆虐殺への抗議、米国の暴虐への怒り、日本のファッショ化への絶望。そうした気分はないわけがないし、むろん、それらだけでもなかっただろう。怒りを買うのを承知でいえば、ぼく個人としては、委細は知らぬが、うん、ころあいだな、とは思った。時宜にかなっている、と。わが身に引きつけるなら、なんのかんばせあって、平気で笑って生きていられるのだ。まっとうなら、とうに死んでいる。ないしは、すでに死んだ生をそれと知って生きている。そう思いなすほかない。

 Kよ。若い君にとって、檜森の死は、たぶん、遠い遠い芥子粒(けしつぶ)のような風景であるにちがいない。それはいたしかたのないことだ。世界とは、少なくとも初歩的には、それぞれの人間の個人的事実(事情)からしか眺めることのできない、やっかいななにものかなのだから。多くの人の死や多くの人の死の可能性をよそに、日常を何気なく生きてしまうことで、君がいちいち咎められるいわれはない。ぼくは咎めない。庇(かば)う。ただ、ぼくはぼく自身とぼくの世代およびそれ以前から生きながらえてきたこの国の人間の大半を、いま、とても庇う気になれない。いや、世代で断じてはならない。いいかえよう。ぼくはぼく自身およびぼくとともに世界の病に気づき、それを語ってきたのに、いますっかり忘れたふりをしている者たちに寛容ではいられない。彼らのなかにはマスコミ企業の中枢にいる者が少なくない。その者たちは、Kよ、君らが知ろうとしてもなかなかつかめない言葉の、独特の語感を知っている。あるいは追体験的に知っているはずだ。知らないとはいわせない。新聞、通信社、放送局、出版社の社長どもは、もっとよく知っている。翼賛、治安維持法、レッドパージ、転向、裏切り、日和見、反動……。現在の有事法制も、これらの忌(い)むべき語感系列にある。それらを忌み、拒み、軽蔑し、抵抗すること。それは、全部ではないがかなり多数のまともな記者やディレクターや職員にとって、かつては常識であった。どうか信じてほしい、最低限の作法でさえあったのだ。逆に、抵抗もしないことは恥とされた。それをいま、年寄りどもは知らぬふりをきめこみ、尻の孔のように薄汚い眼つきをし、臭い息を吐き吐き、経営効率、コストダウン、人員削減、独立採算、販路・部数拡大、視聴率アップのみを呼号し、裏では組合のダラ幹ども(ああ、これも君の知らない語感だね)と下卑た笑いを浮かべて談合をつづけている。有事法制など、どこ吹く風なのだ。

 Kよ、なぜかわかるか。ジャーナリズムの理想(ぼくは信じてはいないけど)が本気で称揚されたら、たちまち彼らの居場所がなくなるからだ。ジャーナリズムの理念を裏切りつづけてきた彼らには、本能的にそれがわかっている。だから、理念を嗤(わら)い、抑えつけ、どこまでも権力に迎合する。ファシズムの悪水は、政府権力からだけではない、戦前、戦中同様に、マスメディアの体内からも、どくどくと盛んに分泌されているのだ。そのことと檜森の自殺がどう関係するのか、君はいぶかっているにちがいない。

 Kよ、見えたのだよ。彼の死によって喚起された焔(ほむら)立つ幻視の向こうで、高笑いしている連中の顔が。それはゴヤの1800年代の版画「妄」シリーズによく似た、鋳(い)つぶしたような人間の顔だった。おぞましい妄の顔、顔、顔。そのなかにぼくのもあったかどうか。あったような気もするし、なかったような気もする。ただ、ぼくは坦懐になった。憎悪の沸点が消え、これ以上ないほど静謐(せいひつ)な殺意がぼくを落ち着かせてくれた。檜森の死の風景はあまりにも寂しい。惨めだ。その対極に、底の底まで腐敗した妄の顔の持ち主たちの、下品な高笑いがある。両者はなんの関係もない。ぼくが無理に付会しているだけだ。でも、どちらに狂気があるのか、ぼくは考える。どちらが人として真剣に悩んだか。どちらが弱い者の味方をしたのか。どちらが戦争の時代に抗ったか。答えは見えている。

 Kよ。君よりだいぶ年長の、"気づいている者"には、いま重大な、きわめて重大な責任がある。Kよ。ぼくは君の個人的事情は大いに認めるけれど、"気づいている"はずの君の上司たちの個人的事情など認めはしない。彼らの嘘臭い憂い顔も、むろん。Kよ。賢い君がいまひどく悩んでいることをぼくは知っている。つらいから、ときに眼を閉じ、耳をふさいで仕事していることも知っている。ぼくはもう君に対し過剰な批判はしないだろう。静まったのだよ。火焔の錯視で、かえって平静になった。悩むかぎり、ぼくはずっと君の味方だ。君はぼくの味方でなくていい。冒頭の遺書の語感を、君ならばきっと好いてくれるだろう。それが嬉しい。信じられる。

永遠の不服従のために(58)

有事法制(2)

 辺見さんは『不服従』第6章の③「クーデター」では有事法制三法を通読して、この三法は「クーデターの計画書」だと断じている。「クーデター」の語意を論じている文から辺見さんの国家観が読み取れる(特に赤字部分)が、そこから私は「民主主義国家など皆無である、あるのはブルジョア民主主事国家である」という私の国家観との共通性を読み取った。私のその国家観は次の記事で論じている。
『国家とは何か』
『民主主義とは何か』

 さて、「クーデター」は枕として『ユリイカ』(1999年年2月号)から、次の高橋睦郎さんの詩「朝」を引用している。

朝 玄関の戸をあけると
世界は終わっている
きみはさしずめ用のなくなった身
さて これからどうすればいい?
(中略)
きみもすでに終わっているか
終わっているというなら
きみはあらかじめ終わり
世界はあらかじめ終わっていた
戸はあらかじめ消去されていた
朝もなく ゆうべもなかった


クーデター

 日本でクーデターがはじまりつつある。比喩的にも象徴的にも、そしてある意味で、実質的にも。事態はさし追っている。

 ハナミズキの咲き競う卯月のよく晴れた某日のこと。私としたことが相当に無粋なことをした。有事法制三法案すなわち自衛隊法改正案、武力攻撃事態法案、安保会議設置法改正案を改めて通読してみたのである。いやはや、聞きしにまさる悪文であった。新聞読者いや新聞記者の0.1パーセントだって全文は読んでいないであろう、この目の玉も腐るほどの悪文が、じつは曲者である。文章がいかなる風景も立ち上げないものだから、危機が日本語ならぬ国家語のなかに沈みこんで、よくよく注意しないとなにも見えてこない仕掛けなのである。熟読されないことがおそらく計画的に前提とされているこの法案は、そうであるがゆえに、ムネオの不正やヤマサキの愛人話で世間の劣情が大いに刺激されるなか、さして激しい抵抗も受けずにこの国の命運を大きく変えていくはずである。つかえつかえ読み進むうち、どこからか風に乗って淡いラベンダーの香りが部屋にしのびこんだようだ。そのとき、ふと思った。これは法案というより、クーデター計画書ではないか。

 そんなばかな、と笑う人は大いに笑えばいい。クーデターとは、もともと「国家への一撃」という意味のフランス語で、支配階級の一部が自己権力をさらに強化するため、ないしは他の部分がもつ権力を奪取するためになされる支配層内部における権力の移動のことである。一般的には、軍隊、警察などの武力による政権の転覆という形をとり、権力奪取後は、戒厳令施行、議会停止、言論統制、反対派弾圧などの抑圧政策をとることが多い。有事法制は国会審議にふされているのであるから、クーデターであるわけがないといわれそうだ。しかし、無血クーデターということもある。それに、三法案は平和憲法をいただく国家への大いなる一撃であることも疑いない。夕力派の支配階級が有事法制により自己権力を強化しようとしている面もあるし、言論統制や私権の制限、地方自治権の否定も案文段階でつとに明白である。なによりも、有事法制は憲法第98条に違反どころか、これを軍靴で踏みにじろうとしている点が、まさにクーデター的なのである。

 「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と、98条は明記しており、有事法制はいかなる審議過程を経ようが、最高法規の条規に真っ向から反対している以上、国会で可決されたとしても「効力を有しない」はずである。また、最高法規である憲法が「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ぶ」(第99条)という以上、有事法制の国会提出自体が、理の当然、憲法擁護義務違反ということとなる。ところが、コイズミらは憲法違反など屁とも思ってはいないのだ。下位法である有事法制を最高法規である憲法に優先させ、憲法改定のはるか手前で、事実上の「無憲法状態」をつくろうとしているのだから。これすなわち、クーデターでなくてなんであろうか。

 3法案のなかでもっとも大部の自衛隊法改正案は、現行法制度の徹底的な破壊といってもいいほどの恐ろしいしろものである。これは、有事には一切の平時の法制が効力を失うといっているに等しく、よく読むと、改正案の全編にわたって大規模戦闘や多くの死者が想定されていることがわかる。たとえば、「墓地、埋葬等に関する法律の適用除外」という項目がある。なにかと思えば、有事で出動した自衛隊員が死亡した場合、その死体の埋葬、火葬については同法律を適用しない、というのだ。墓地、埋葬等に関する法律は、墓地以外の区域での埋葬、火葬場以外の施設での火葬を禁じているが、有事には戦死者の処分を自衛隊が独自でやりますというわけだ。この伝で改正案は有事における自衛隊に対する現行法の適用除外と特例を仔細に定めている。これには港湾法、土地収用法、森林法、道路法、自然公園法、都市緑地保全法など数多くの法律がふくまれ、有事に出動した自衛隊の部隊が移動・展開したり「防衛施設の構築」などをしたりする場合にはすべて適用されないとしている。

 武力攻撃事態法案の注目点は、国民には戦争に協力する努力義務があるとうたっていることであり、さらに、「国民の自由と権利」に「制限が加えられる場合」を想定していることである。制限は必要最小限ともいうけれども、歯止めの基準などはなにもない。そして、事実上、戦争協力が義務づけられる機関としてNHKなどの名前が具体的に明記され、運輸、通信、金融、エネルギー各部門も「必要な措置を実施する責務を有する」とされている。文言はソフトだが、本質は、日中戦争に際し人的および物的資源を統制し運用する一切の権限を政府にあたえた国家総動員法(1938年公布)とどこか似ているのである。

 38年ではなく、平和憲法下のいま、これだけの有事法制を整備するというのだから、「備えあれば憂いなし」どころでなく、静かなるクーデターと見ておいたほうがいいだろう。首謀者は、むろん、コイズミである。この男のいう構造改革とは、政治、経済のそれではなくして、平和構造の戦争構造への「改革」であることがいまはっきりしたといえるのではないか。コイズミ政権がなしとげた唯一の「貢献」とは、国民に対するものではなく、米国の戦争政策への全身全霊をささげた"売国"的協力でしかなかった。ウンベルト・エーコはかつて語った。ムッソリーニにはいかなる哲学もなかった。あったのは修辞だけだ、と。コイズミにあるのも、安手のレトリックのみ。さて、沈黙してクーデターを受け容れるか、声を上げて抵抗するか。すぐそこで、終わりの朝が待っている。

永遠の不服従のために(57)

有事法制(1)

 『不服従』第6章の「③有事法制:④クーデター:⑤Kよ」を「有事法制」というカテゴリでまとめて扱うことにする。

 今まで読んできたように、辺見さんは『不服従』の中で有事法制に対する強い危惧を何度も取り上げている。ポチ・コイズミが有事法制を閣議決定したのは2002年4月16日だった。この閣議決定をけしかけたのは日本の政治政策の根本を牛耳っている「アーミテージ・ナイ・レポート」であった。

 「アーミテージ・ナイ・レポート」については『「《『羽仁五郎の大予言』を読む》(100):終末論の時代(36)』で、山本太郎さんが国会で「アーミテージ・ナイ・レポート」を用いて、アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権の対米従属ぶりを厳しく追及したことを取り上げた。

 実は「アーミテージ・ナイ・レポート」はこれまでに2000年・2007年・2012年と三回出されている。山本太郎さんが取り上げたのは「第3アーミテージ・ナイ・レポート」である。2000年の「第1次アーミテージ・レポート」は日本に対して、有事法制の整備を要求する文言が盛り込まれた。これに尻尾を振って従ったのがポチ・コイズミだった。ポチ・コイズミが閣議決定した有事法制の基本法は武力攻撃事態法(武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律)だが、全体は武力攻撃事態関連3法。と呼ばれている。

 ポチ・コイズミが打ち出した有事法制に対する辺見さんの怒りのメモを読んでみよう。辺見さんの怒りの矛先は政治家や糞バエだけでなく、「私自身、私の周辺、それらを包む日常」へと向かっていく。まず枕の文。

暗く陰惨な人間の歴史をふり返つてみると、反逆の名において犯されたよりも
さらに多くの恐ろしい犯罪が服従の名において犯されていることが
わかるであろう。(スタンレー・ミルグラムが『服従の心理 アイヒマン実験』で引用したC・スノーの言葉から岸田秀訳)

 では本文を転載する。
(有事法制の閣議決定を受けてすぐに夜を徹して書いたメモのようで段落がない文章だが、読みやすくするため、私の判断で段落を設けて転載する。)

 政府が有事法制関連三法案を閣議決定した。来るものがついに来たのだと思う。というより、ポイント・オブ・ノーリターンを越えた。満腔(まんこう)の怒りと底なしの虚脱感の両方に私は襲われた。政治も軍事も経済も、私の内面からもともとは一万キロも離れた異空間のできごとでしかない。少なくとも、そのように自己韜晦することが可能であった。いままでは。だが、有事法制についてはそうはいかない。長年の流連荒亡(りゅれんこうぼう)のすえに、正直、私は精神の芯のあたりからなにか腐れたにおいを発してしまう男になった。

 どうしても許せないというものがあるとすれば、おのれ以外にはないと思いもして、つまりおのれのみを気にしつつ、お釣りのような人生を生きてはいる。だから、ふだん口にしている量ほどには、じつのところ、政治には関心がない。いや、てんでない。だが、有事法制はちがう。私のことも許せないが、有事法制もとうてい許せはしない。余人はどうあれ、有事法制が閣議決定された2002年4月16日夜は、私の個人史にとってきわめて大きな意味をもつ。その所感をこの夜のうちに書きとめておきたい。

 私には鬱勃(うつぼつ)とした怒りがある。だが、それはかならずしも小泉内閣だけへのものではない。この国の愚昧な好戦家たちがここまでやることぐらい、ずいぶん以前からわかりきったことだったからだ。では、マスコミヘの怒りか? いや、いや、そんなものはとうにいい厭(あ)きている。マスメディアの腐敗はいまにはじまったことではない。なにをいまさら、である。戦前も、戦中も、戦後も徹頭徹尾腐敗し、ほとんど法則的といってもいいほど堕落していた。ごく一部の尊敬すべき例外を除いて。

 では、いわゆる革新政党への怒りか? 公設秘書の給与流用疑惑で陰謀的にやっつけられた社民党が、ほとぼりもさめない時期の自治体首長選挙で自民、公明などと相乗りした。こんなもの革新政党とはいえない。地方自治体がどれほど中央権力に抵抗できるかどうかが有事法制論議の緊要なテーマの一つだったのに、選挙となるとろくな議論もせずに自民党と事実上、手を結んでいる。呆れかえるのみである。

 では、いったいなにに私は怒っているのか。ほんとうのところ、よくはわからない。だが、煎(せん)じ詰めれば、怒りの矛先は、私自身、私の周辺、それらを包む日常に向けざるをえない。一つの大きな謎がある。私の周辺には有事法制に賛成する者など、彼ら彼女らの飼っている猫やハムスターや犬をふくめ、一人として、一匹として、いやしない。友人をとくに選んでいるからではけっしてない。自然にそうなっているのである。もちろん、世論分布からすれば多数派ではないであろう。けれども、ひどく少ない数でもないのだ。彼らは「越えてはならない線を越えた。ひどい世の中がきた」という。「このままいったら徴兵だね」ともいう。「新聞が後押ししてるし、とんでもない話だ」と憤る。「まるで国家総動員法じゃないですか」と位置づける。「憲法は完全に壊滅だ」と嘆じる。「命令に違反すれば懲役刑もありうるらしいよ」と案じる。私も同感である。世論調査では負けるかもしれないが、こうした意見の持ち主はこの国に数十万、いや数百万人、いやもっといるかもしれない。そのままデモ隊にしたら大変な数字だ。だが、私の周辺からデモに行った者などほとんどいない。憤激のあまりノイローゼになった者も自殺した者も辞職した者もいない。

 翼賛論調を支持する編集幹部を罵倒し殴りかかったという記者も寡聞にして知らない。謎といえば謎である。「武力攻撃事態への対処に関し、必要な措置を実施する責務」をもつとされ、またぞろ大本営発表機関とされかかっているNHKのわが友人たちも、小声で有事法制反対くらいはいうものの、とくにそのために時間を割いてなにかしたわけではないようだ。出版社の私の担当編集者たちも、問われれば有事立法には反対というけれど、有事立法がそもどんなものか勉強しているふしはない。個人情報保護法についてもろくに知らないし反対集会に参加するわけでもない。それでも、有事法制にも個人情報保護法にも徹底的に抵抗しようという中身の私の本を熱心に編集し、懸命に売ろうとする。同時に、私のとまるっきり反対の趣旨の本をも、じつに誠実に編集し販売している。まことにはや……。ある者は美食しすぎて太ったからアスレチックジムに通っているという。結構である。もう少しで妻と離婚できそうだと眼を輝かせている編集者もいる。よかったなと思う。私の書いたチョムスキーの話をとても面白いといってくれる。彼の苛烈さを味わったらすぐに辟易するくせに、それに、チョムスキーのものなんかまともに一冊も読んだことがないのに。しかし、平気でチョムスキーを語ることのできる優秀な編集者ばかりだ。「くらべれば、日本の知識人ってほんと腑抜けね」と利いたふうなことをいったりもする。社にも作家にも誠実で眼前の男の本がなんぼ売れるか売れないかを反射的に計算もできる、有能な編集者たちばかりだ。空虚だ。あまりにも空虚である。記者が編集者がディレクターが、連夜、飲み屋で評論している。「うちはためになった」と皆がいう。「うち」ってなんだ、うちって。出社すれば、だが、だれもルーティンワークに逆らいはしない。有事法制などなんの関係もなくなる。日常のイナーシア(慣性)が、自他のすべてを制していく。皆で中身のない"勤勉合戦"をはじめる。有事法制が閣議決定された夜だってそうだった。抵抗を抑圧する不当な強権が別して発動されたわけではない。抵抗そのものが皆無だったのだ。皆が数十年来のイナーシアに夢遊病のように従っていた。闘わずして安楽死である。この国のマスメディアで有事法制反対を口にするのは、たんに月並みな知的お飾りにすぎない。口先でいうだけで、なにか失う覚悟なんかありはしないのだから。ファシズムの透明かつ無臭の菌糸は、よく見ると、実体的な権力そのものにではなく、マスメディア、しかも、表面は深刻を気取り、リベラル面をしている記事や番組にこそ、めぐりはびこっている。撃て、あれが敵なのだ。あれが犯人だ。そのなかに私もいる。
                     (2002年4月16日夜記す)

 武力攻撃事態対処関連3法は2003年6月13日に成立し、自衛隊のイラク派遣へと繋がっていった。