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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
299 日本の支配者は誰か(6)
政党と国会はアメリカの意志で動いたし、動いている
2005年6月12日(日)


 ここで考えてみると、われわれは敗戦この方、実に奇妙な混乱の中へ入りこんで きたことがわかる。われわれには生れてから今日になるまで「市民」(シトワイア ン)と呼ばれる名誉をもった経験もなければ、市民的自由を享受することのよろこ びに浸ったおぼえもない。しかるに一方ではブルジョア・デモクラシーの限界性な どということを問題にしなければならないばかりか、さらに帝国主義ブルジョアジ ーの反民族的・反民主的な性格に直面せざるをえない。しかもその帝国主義は、前 時代的な半封建的な日本に対して「民主主義的生活様式」を導入しようというので ある。重苦しい擬制が名目的な饒舌とからみあい、重なり合って、とんでもない虚 構が生産される。それはいかんともしがたい事実だが、しかも民主とか自由とかを もとめる国民のねがいにいつわりがあるはずはない。なんという混迷か。だが、い ずれにせよ、われわれはこの虚妄の海を渡ってゆかねばならない。

 1950年前後の進歩的知識人が直面していた社会的・政治的問題意識の代表と見てよ いだろう。「重苦しい擬制が名目的な饒舌とからみあい、重なり合って、とんでもない虚 構が生産」されているのも「民主とか自由とかをもとめる国民のねがいにいつわり」がな いことも現在とて同じである。
 また、私は現在イラクの人たちが強いられている状況をも重ねて考えている。
 しかしわれわれが知りたいのは、現実の日本社会に対する政治支配の実体であり、 そのすべての特殊性でなくてはならない。だから、われわれはより具体的なものへ 進んでゆく必要がある。この場合、まず第一にはっきりしなければならないことは、 国会や政党が全支配機構の中でどんな位置をあたえられているかということである。 われわれが、「支配者はだれか?」という問いを発するとき、それは「生々流転」の 機会を待ちかまえているような新憲法の規定がどうかということよりも、実際の権力 がどこにあるかということでなくてはならぬからである。

 新憲法は国会を「国権の最高機関」と規定したが、「主権在民」の実質は確保されていた のだろうか。
 「日本の支配者は誰か」の筆者は、「占領期間中を通じて国会と政党がアメリカの完全支配をうけて いたことはすでに周知の事実だ」と述べ、次のような事実をあげている。

法案の提出、修正、可決、否決等のすべてについて、GS(軍政部)のコミットメントが入用だった こと。

 しかも、このような政治を動かしている本当の裏の体制が単独講和=「独立」後もいっこう 崩れていない。
 予算の編成にあたっては、閣議決定の前に蔵相が大使館へ「念のため」「敬意」を表しに出かけ ていた。

 さらに次のように詳述している。
 一事が万事である。現在の日本では、政権がいつまでもつかというようなことも、 アメリカの世界政策、とくに極東政策がどんな状態になっており、それと内閣の施策 との関係がどうなっているかということ、また総理に対するアメリカの評価がどういう 風に動いているかということが、終極的な重さをもってみられる。このことは「独立」 を達成したという日本が、「援助」によって財政を把握され、アメリカ軍の特需で 国際収支をやりくりするような立場に立たされ、おまけに軍事、外交その他たいていの 部門で、アメリカ人顧問の直接的又は間接的な引き廻しにあっている事実からいえは、 何も不思議がることはないといえるだろう。
 前にもどって、日本人の間では「吉田はあちらさんの信用があるから……」というような 表現が今でも残っているが、本当のところは、人間としての吉田が信用されているのではなく、 むろん、支配と従属という特殊な関係で結ばれた米日支配階級の同盟だけが問題であり、 吉田はそのような関係における日本支配者層の統一の人格化という点でだけ評価されるという のが真相であろう。もう一度言いなおすと、アメリカはアメリカの意志を従順に遂行してゆく ような政治上のまとまりが出来れば、その事実関係を評価するのであって、現在は吉田政府と 自由党がそういう意味の「信用」を博している。その次が重光になるのか、まかり間違 って河上丈太郎になるのか、それはどうでもよい。というのは、問題が政権担当者 の人物や思想(「赤」はダメとしても)にあるのではなく、もっと客観的な、いわ ば道具としての価値に近いようなものであることは、占領期間中、吉田ワンマンの 性格がGSのウィロビー一派から徹底的に嫌いぬかれたにもかかわらず、いまだに命脈を保って いることからも明らかに察知されるであろう。(しかしまた、アメリカ側が次期政権工作など に超然と不干渉の態度をとっていると考えるのは事実に相違するようだ。現におこなわれている 保守連携工作は世上「大使館筋」の斡旋によるものだと伝えている)

 ここで述べられていることも現在に通じる。コイズミがブッシュのポチであることはいやというほど 思い知らされているが、今国会で争われている「郵政公社民営化」もアメリカからの強い要請による という。森田実さんのホームページ
から引用させてもらう。

 『月刊日本』2005年6月号に「郵政民営化は『米国による日本改造』プログラムの一環だ」と題する 関岡英之氏のインタビュー記事が掲載された。すぐれた迫力あるインタビューである。そのポイントを紹介 する。

 (1)《現在、我が国の様々な分野で構造改革が進められていますが、これらの多くは米国の国益極大化を 目的とする、米国政府からの要望に基づいたものです。私はそれを「米国による日本改造」と命名しまし た。》

 (2)《おそらく最初は日本の官僚も米国の対日経済戦略に気づき、必死に抵抗したものと思われます。 しかし経済制裁という脅しに譲歩を重ねているうちに、いつの間にか日本側が妥協するというパターンが できてしまった。こうした状況が続くと、官僚の頭の中には米国の内政干渉に応ずることが当然になって、 何も疑問をもたないようになったのです。》

 (3)《1993年の宮沢喜一首相とクリントン大統領の首脳会談で、日本側が米国に譲歩する形で (年次改革要望書の交換が)合意された。(米国側はこの年次改革要望書に)日本の産業、経済、行政 から司法に至るまですべてを網羅し、米国は様々な要求を列挙しています。》

 (4)《司法制度改革は「日本改造」の突破口として位置づけられています。目指すのは自由放任で何 でも裁判で白黒を決めるアメリカ型社会です。百戦錬磨の弁護士を雇う金銭的余裕のない人は裁判で 争う前に敗北し、社会から疎外されてしまう。目指す社会は「強者のパラダイス」ですが、大多数の 日本人にとっては、いたたまれないようなすさんだ世の中です。弱肉強食で貫かれた発想といえるで しょう。》

 (5)《郵政民営化の背後に明らかに米保険業界の要求がある。米国が最初に公式文書で郵政民営化に ついて言及したのは、対日「年次改革要望書1995年版」です。「郵政省のような政府機関が民間保険 会社と直接競合する保険業務に携わることを禁止する」といった要求が出されました。》

 (6)《米国の狙いは、まず郵便事業と簡保を切り離して完全民営化することで、全株を市場で売却しろ と要求しています。切り離された新簡保会社はたちまち外資の餌食になるのは間違いありません。》

 (7)《米国当局者は、次の日本のターゲットとして「医療・保険制度」とともに「教育」もあげている。 教育特区で全教科を英語で教えることを可能にする動きも予想されます。(この動きが広がれば)日本 の古典文学や歴史、文化をどう教えるかという問題が生じる懸念もあります。》

 (8)《こうした一連の「米国による日本改造」を拒否するためには、問題の本質をシッカリと把握 して議論し、日本の国益を守るために大奮闘している国会議員を、日本国民は支持してゆく必要がある と思います。》

 以上が、関岡英之さんのインタビュー記事の要旨です。正論です。

 アメリカのハゲタカファンドが狙っているのは簡保と郵貯を合わせて350兆円と言われている 市場(=国民財産)だという。
300 日本の支配者は誰か(7)
政党と「金づる」との依存関係
2005年6月13日(月)


 前回明らかにされた事実をまとめると次のようになる。
 「国権の最高機関」であるはずの国会の背後には日本支配階級のバック・ボーンとして 官僚勢力が大きな影響下にある。その官僚をアメリカが自らの政策遂行の媒介として利用 している。
 しかし、米日両支配階級の間の関係は、単にアメリカの支配者に日本の支配機構が従属 しているという主従関係だけで成り立っているわけではない。それはやはり二つの異った 受益集団の協定であり、共同利害を基軸とした同盟関係であろう。

 それでは当時(1950年前後)、政党が国内支配層のどのような勢力と利害をを代表し、その支配層と どのように相互依存をしているのか。次はそのくだりを読んでみよう。
 第一、戦後の政党(とくに自由党)におけるいわゆるアプレ(戦後派)とアヴァ ン(戦前派)のどちらが有力かという問題。
 この場合、アヴァンは待合政治的なかけ引きにすぐれ、アプレは小粒ながら戦後の空白期を もたなかった点が強味だといわれているが、残ってきているのは大体有力な金づるをもったも のばかりである。
 アヴァンの復活ということは、前田、大麻、松村、緒方、それから岸というような 名前によって想起される旧翼賛・翼壮的な戦争協力者たちの公然たる復活という点 でのみ意味があるといえよう。また戦前と戦後で大粒小粒をきめるというのは事大 主義的な感覚にすぎないのであって、政界の現状に関するかぎり、大勢をアメリカ 一辺倒の方へもっていっているのは ―― その意味における「主流」は ――  吉田側近の官僚と小物グループだと言いうるのである。

 第二、政党の金づるについて。
 政党の軍資金はむかしは財閥の献金(主要な方法は株の操作)、はげしいのになると軍部から 逆に鞘をとったという豪傑もあったが、戦後は財界再編成で(というよりも、国家独占資本主義 の形態がもう一進展をとげる過渡期にあたっていたために)従来の資金源は一応涸渇した。現在 重役の数は多いが、個人資産はせいぜい一億どまりで、自家用のキャデラックなど持っているも のはほとんどないといわれているが、それは右の資金源の状態に対応したものである。
 そこで戦後は、大きな政府の撒布資金、たとえば電源開発とか造船とか、そういう大きな政府 投資、特銀関係の融資などのかすりをとるほかないので、そういうところへ顔の利く池田などが Bクラスの大蔵官僚から一挙に大物閣僚への転化をとげるにいたったというわけである。
 戦後の閣僚番附をみると、官僚のほかにいろいろとインフレ事業家、銀行家などの顔ぶれが出 たり消えたりしているが、第四次吉田内閣ではかつての三井財閥の総帥向井忠晴が蔵相の椅子に 坐って、財閥復活のはっきりした傾向を具現してみせた。財界も、表面は財閥解体やパージで尾 羽打ち枯らしているというが、そうした事態の裏側で進められたいわゆる「経済復興」や国民経 済軍事化の過程は、とりもなおさず最大限利潤追求の過程であり、世の中は不景気でも巨大軍需 コンツェルンは巨利を博してきた。そしてそれは直ちに再編を終った財閥のふところに流れこんで いた。向井蔵相の就任は正にそのことをあらわすものにはかならない。

 第三、政党の金づるには、このほかに個々の事業会社、山林所有者等と代議士と いったような個々のつながりが幾重にもできている。これは独占資本と地主勢力と の同盟関係の下に生み出されている全国的な経済上のヒエラルヒーを反映するもの である。ある新聞社の平凡な政治記者の一人は「自由党の前身である政友会はむか しから地主党といわれるくらいで、幹部とか代議士には農村出身者が多かったが、 いざとなると高橋是清のような都市の金融資本と結びついている者の発言が物をい うようだ」と頭をかしげていた。ここにいう金融資本に近い勢力とは、必ずしも金 融資本そのものをさすのではなく、いまものべたような支配階級のブロックの下に 形成されたヒエラルヒーの最上層をしめるもの、ということではないだろうか。
 支配権力の道具としての政党はこのヒエラルヒーに沿って国民を上から下へつかんで ゆくのである。そこにブルジョア政党の本領がある。
 国家財政を糧に財閥が蘇生していく過程と、農村を基盤とした保守政党の支持母体が 形成されていく過程が、「金づる」というブルジョア民主主義の真骨頂を通して述べられて いる。
 つまり、政党=ブルジョア政党は国民の上にたつ支配権力としては官僚勢力と相互補完的な関係 にある。官僚群が弾圧と徴税の諸機関を一手に手中にしているのに対して、政党の方 の役割は政治上の組織者としての役割であり、社会的にはさまざまな個別的特殊利害の 衝突の緩衝機能を果たしている。そして国会は、形式的には「国権の最高機関」であるが、 ブルジョアによる間接支配を貫徹するための「煙突」の役割を果たしていることになる。
 しかし一方、戦後の議会政治の中で、はじめて社会民主主義政党が権力の一隅をしめるようになり、 共産党がはじめて合法舞台に出てくることがみとめられた。これらいわゆる革新政党も含めて、 次回は各政党ごとの役割の分析に進む。
301 日本の支配者は誰か(8)
政党にはどんな役割が振ってあるか。「改革」の意味はどこにあるのか
2005年6月14日(火)


 「以上のような前提をおいて、政党の全社会的な配置について簡単な描写を試みよう。」と、 論文の筆者は各政党の性質役割を次のように素描している。
自由党
  政府与党として、支配階級を正式に代表する。したがって全体的な立場は向米一辺倒が 本質となる。しかし党内分派は一種の野党とみるべきである。

改進党  幹部の大部分は向米一辺倒的な思想の持主だが、彼らの存在は野党である。軍事占領と 植民地化という条件の下では、反動主義者やボス、ダラ幹の類にも、それなりのフンマンや 不平がある。野党は政府に対してそれを鳴らさなければ政権の座につく可能性を失うことに なる。マーフィーにすすめられたという保守提携が容易にはかどらないのも、また党内「民族 資本派」が ―― この一派は見方によっては不当に進歩的であるかもしれないのだが ――  党を出たり入ったりしてつづけていられるのも、その根本は右にのべたような基本条件の反映 である。

右派社会党
 右派社会党は今では自由党の「社会主義分派」という色彩を強くしており、一部は完全に社会 ファシズムへ移行した。労働運動の中でも、愛労運動を中心とした労働組合の産報化と分裂工作 を受けもっているが、そのやり方が労働階級から嫌われはじめているので、たよりになる「支柱」 としての真価を疑われそうになっている。

左派社会党
 日本の左派社会党は、左右を区別する場合の国際的な基準である容共統一戦線派か、否か、という 点で特別の態度をとっている。民族革命の路線における統一という中心問題について、左派幹部 (とくに統制官僚を中心とする一派)は、思想の上では民族戦線の側へ改良主義的なやり方で接近 しているように見せながら、行動の上では共産党との統一行動を頑固に拒否している。これは共産党 が左派幹部の思想を叩きながら、傘下の勤労大衆に対して絶えず統一戦線を目ざす共同行動を呼びか けているのと正に背中合せの形になっており、このあたりが危機の激化と共に支配階級からの期待を 増しつつある所以である。しかし昨年下期の炭労ストあたりを境目とする最近の傾向は、下部の幹部 批判が盛んになった点にあらわれており、それが労働組合の政党に対する「不信」という形でひずん でゆくような危険性もあらわれている。左派社会党が統一への展開をはばめばはばむほど、大 衆をファシズムがさらってゆく可能性も強まるということを、すでに最近の情勢の発展が示している。

 自由党と改進党は55年に合同して自由民主党となり、憲法「改正」・再軍備をその基本政策とした。 その保守党の政策を阻止するために、同じ年に左右社会党も日本社会党に統一される。いわゆる55年 体制である。ちなみに、小熊英二さんはここまでを「第一の戦後」といい、その後の「第二の戦後」 と区分している。

 さて、「日本の支配者は誰か」はこの政党の分析を踏まえて、次のように続けている。
 支配階級の権力機関とみる場合、政党の配置は、議会主義の枠の中へ大衆の政治 的エネルギーを封じこむためにのみ、評価され、その目的に合するかぎりのエセ民 主化が取り上げられる。終戦後いまにいたるまでの経過は正しくそういうことだっ たのである。しかしブルジョア・小ブルジョア政党は権力機関の一部として育成さ れるものにはちがいないが、それぞれに社会的基礎(地盤)を維持してゆかねばな らないので、そこに一種の逆作用があらわれ、党の階級的本質と若干の喰違いをお こす場合が生ずることも敢えて怪しむには当らないわけである。しかるに支配階級 の基本政策が軍国主義と戦争準備体制を目ざしている場合には、このような逆作用 は決して消化されないわけで、矛盾はもっとはげしく内攻してゆかざるをえなくな る。矛盾の発展はブルジョア的代議機関(国会・政党)に対する国民の不満をこめ て、ファッショ化の危機をさらに前面に押し出しつつある、というべきであろう。

 「支配階級の基本政策が軍国主義と戦争準備体制を目ざしている」とか「矛盾の発展は ブルジョア的代議機関(国会・政党)に対する国民の不満をこめて、ファッショ化の危機を さらに前面に押し出しつつある」とかいう文言は、私には、まるで現在の状況を言い表して いるように読める。
302日本の支配者は誰か(9)
財閥はどのように生き返ってきたのか
2005年6月15日(水)


 敗戦直後の官僚と政治党派および天皇制の危機・動揺・復活の諸過程をたどって来た。 当然のことながら、現在の深刻な諸問題のほとんどが、第一の戦後のときにその種を 胚胎していたことがわかる。
  「日本の支配者は誰か」は次に経済構造(下部構造)に照準を向ける。戦後政治の性格をきめ ている日本独占資本主義の根本的な要求と特徴とを分析するのが目的である。

 まず、日本独占資本主義の再建が軌道にのってきたことが国外からの目にも明らかに なってきたことを示すものとして、ソ連共産党19回大会(1952年10月)でのマレンコフの報告 を紹介している。
 億万長者の連中はブルジョア国家を動かしてこれに新戦争準備と軍拡の政策を指令し、 今や厖大な利潤をえている。……イギリスの独占成金、フランス、イタリア、日本その 他各国の独占資本は、自国経済が長期にわたって停滞しているにもかかわらず、莫大な 利潤をあげた。

 それは莫大な利潤がふたたび生産されはじめたこと、したがって、また、強烈な搾取が 再現されたことを物語っている。どうしてそういう過程がひらかれたか。なぜそうならざるを 得なかったのかと問い、次のように分析している。
 まず第一に検討しておく必要があるのは、戦争の影響である。 戦争によって非常な打撃をうけたのは、国民大衆の富でこそあれ、 独占資本の蓄積ではなかった。戦災をうけたとか、戦時補償の打切りが痛かったとか、 表面的には非常な価値の喪失があったように言いふらされているが、たいていは事実を過大に 見積っていたのである。ことに安本統計などは、「科学的」な誇大宣伝を一手に引受けた感が あった。後になって「朝鮮戦争ブーム」がおこった時、安本関係の一資料は、日本経済がな ぜかくも急速に快復しえたかを示す理由の一つとして、彪大な遊休設備の存在をあ げていた。それこそ問わず語りというものである。

 「安本」なる人物をまったく知らないが、御用学者だろうか。いつの世にも支配者に揉み手をして近づき 支配者に都合のよい資料をでっち上げる御用学者がいる。そのような御用学者が垂れ流すインチキ情報 を見抜くためにも、政治社会の問題の歴史的論理的な解明を目指す営為に学ぶことは多い。

 <付記>
お恥ずかしい報告
上で『「安本」なる人物をまったく知らないが、御用学者だろうか。』などと書きましたが、気になっていろいろ調べた結果、「経済安定本部」の略語で「アンポン」と読むということだった。なんの注釈もなかったので、「日本の支配者は誰か」が書かれた1953年当時では常識だったのだろう。お恥ずかしい次第ですが、こういうおもしろい誤解の一例として、削除せずにこのまま残しておくことにします。


 だが、これほど大きな遊休設備をかかえたままで、軍事力は破壊され、輸送手段 は寸断され、植民地市場(原料・輸出)は喪失し、おまけに国民は窮乏のふちに喘 いでいるという状態は、たしかに経済体制そのものの危機期をあらわしていた。独占 資本の前には、荒廃し、破壊された経済諸条件を恢復し、生産諸部門が相互に市場 となり合うことができるような方向を見出さねはならぬという困難な課題がおかれ ていた。それを解決しなければ、独占資本主義は、「多かれ少かれ規則的に」拡張 再生産をつづけてゆくことができなくなってしまうだろう。つまり資本主義体制の 枠の中では、必然的な死滅がまっているということであった。

 そこで日本の独占資本主義は、火事場の荒かせぎからはじめて、あらゆることを やってのけた。まだほんのこの間おこなわれたばかりのことで、罪障消滅とはいか ないだろうから(どなたの記憶も全く消えうせてはいないだろうから)、時間的順序 などにはあまりこだわらないで思い出すままにならべてみよう。

(1)
 戦争に敗けた44年の財政支出は1582億円で、当時の国民所得の二倍に及んでいた。 これは出鱈目な価格で軍需品を買上げたり、出来もしない商品への前払いをやったりし たからである。進駐軍はその年の九月に、財政金融に対する厳格な統制を指令したが、 二ヵ月もするかしないうちに、方針を転換した。「和解」のテムポはずいぶん早かった わけである。

(2)
 新円交換による500円生活の強制。無力な国民は500円の枠の中でちぢこまっていたが、 独占資本主義は、財政支出や日銀貸出をうけて大いに自由を享受した。国民の「繰りの ペられた需要」は、これらの「措置」によって、国民のやせたふところから最高利潤率の 運動の中へあっという間に移転させられた。

(3)
 「進歩的」な学者が官僚と協力して経済復興のための傾斜生産を考え出した。これは賃銀 水準の「安定化」とも照合しあうものであった。この場合も他の場合と同じく、表面は技術 的な問題として ―― 少い「もの」を使って、いかに拡張再生産の筋道をつけるか、とい う風に ―― 説明されたが、その結果、莫大な利潤にあずかったのは事実として石炭、鉄、 肥料の独占諸部門である。

(4)
 財政上の価格差補給金などという手段もあった。これは、巨大独占資本が寄り集って、お手 盛りで原価計算をやり、通産省、スキャップとも然るべく連絡をとるというやり方だったから、 赤字をようやくトントンまでうめてもらっているはずの企業が、いつの間にやら工場設備全部の 補修を完了していた、などの事実が48年ごろにはもうあらわれていた。こういうお手盛り会議の 事例としては、鉄鋼資本の箱根会談、肥料資本のどこそこ会議などが今でも噂に上るほどである。

(5)
 復金融資。あまりにも有名だから説明を省略する。

(6)
 見返り資金。―― 粗悪な外国の食糧を買って、社会的な「動揺」を抑圧し、それを貧困なる 国内市場に流して、資本蓄積を促進した。その売上げは価格差補給の名の下に税金と合体され、 積立てられて、資本支配の原動力となった。まことに目覚ましいほどの一石数鳥ぶりで、戦後型 外資の範例とすべきものである。断わっておきたいが、この場合、範例となるかならぬかの基準は、 援助物資あるいは見返り資金が、アメリカ独占資本主義の最高利潤率の引上げにいかに貢献したか で決まるだろう。

 筆者は「まだほかにもあげろといえば、いくらでもあるが、あまり多すぎても無意味だから止め ることにしよう。」と述べている。以上の事例だけでも、国民からの搾取と資本蓄財のからくりがよく 分かる。それは資本主義の本性から発する必然的な要求であり、正に根源的なものにほかならない。
 「独占資本主義は重税をとり上げ、インフレーションを利用し、また従属産業に貸し倒れの苦しみを 味わせる。さらに彼らの利潤の大きな源泉を上げれば、独占価格、低賃銀と低米価である。――  つまり労働者たちは生産者としても消費者としても繰返し搾取の対象にならざるをえないのである。

 もちろん現在はその搾取がいよいよ露骨で、資本の膨張はいよいよ激しい。富を生み出してい るのは労働者の労働力(知的労働や精神的労働も含めて)だ。年収何億なんていうものがいる一方で、 毎日90名もの自殺者がいる。無論すべてが経済上の理由によるわけではないだろうが、これはもう狂った社会 というほかあるまい。
 資本主義の矛盾はますます深刻になっている。富への際限のない欲望とそれゆえの人民支配の冷血性から 自ら解放されない限り、支配階層には人間解放という根本的な解決をする能力はない。かって、『自己の 内部矛盾の解決を「乾坤一擲」の侵略戦争にかけて、まんまとやりそこなった日本資本主義』は、いまま た戦争を準備している。今度はどのような戦争を企んでいるのか。アメリカの尖兵をつとめるつもりか。
303 日本の支配者は誰か(10)
その時、労働組合運動は?
2005年6月16日(木)


 当時の国民所得に関する統計は次の数字を残している。日本の総国民所得のうち、資本形成に当てられる分は二十数%、 増加国民所得についてみれば資本形成に入る分は実に四十数%。これについて筆者は次のように述べている。
 こんな比率は世界のどこの国にも全く例がない。これは国民が非常な低質銀と低米価と重税とを必然的なものとして背負 わされていることを明白に示している。それらがなければ日本独占資本主義もないというわけである。これはまことに困難な、 非人間的な圧迫を前提としないでは成立しない関係だといわねばならない。

 「非人間的な圧迫」は「非常な低質銀」だけではない。先日、JR西日本の列車事故に関する報道で、社員が「研修」という名の 屈辱的な精神的圧迫を受けている映像があった。人間性を圧殺し、企業の金儲けに従順に従うような鋳型にはめ込もうとしている。 ほとんど奴隷状況だと、私は胸が痛んだ。「日の丸・君が代の強制」と闘っている教員たちが強いられている無内容な「研修」も 然り。見せしめであり、思想変更を迫るものでしかない。
 それでは「非人間的な圧迫」を強いられている側の状況はどのようだったのだろうか。
 戦前の労働組合運動は、会社の労務課、警察の特高課、それに憲兵隊までを加えた野蛮至極な弾圧と真正面から対立し、異常に 真剣な、その反面きわめて犠牲の多い闘争を展開してきた。
ところが、戦後は打ってかわって、労働組合の設置が「奨励」されることになった。労働組合運動は「民主化」政策の中でも最 も重要な部分の一つだということだったからである。しかるに、初期の占領政策の中心になぜ「民主化」が入らねはならなかった かというと、それはひとロにいって、危機の深さと植民地的支配の困難さとが見越されていたからであって、その根本的な動機の 中に、「民主化」が民主化でなくなる、反対物に転化する契磯をふくんでいた。
 このことは何よりも事物の発展によって論証された。労働組合運動に合法性をあたえて、その自由な発展を保証したのはアメリ カ人であったが、戦後の再出発の当初から「教育と指導」 ―― 別の言葉でいえば、干渉と弾圧にのり出したのもまたGHQのア メリカ人顧問たちだったのである。(この体制は「独立」後は一応うしろの方へ引っこんだ。しかし現にアメリカ大使館のエド ガーという人が新聞記者に対して「最近の総評は反米的だから親米的な総評をつくるべきである」などと述べているところをみる と、それだけの根拠が残っているのかもしれない。)
 事実、占領期間中を通してアメリカ人は労働組合運動に対して、非常な関心をもち、「教育と指導」に力をそそぎ、それが一定 の溝の中へはまりこんでゆくように終始努力をおこたらなかったのである。

 GHQが「一定の溝の中へはまりこんでゆくように終始努力をおこたらなかった」という「教育と指導」とはどうのようなもの だったのか。「一定の溝」とあどのような「溝」だったのか。「日本の支配者は誰か」の筆者は五つの事例を挙げている。
(1)
 戦後労働運動は職制的な総同盟と自由な産別とに別れて発展したが、両者による運動の分割をもっとも支持したものの 一つはアメリカである。そしてその当時GHQとの連絡にあたった人たちの記憶によると産別に対してはサンジカリズム的な 非政治主義へもってゆく政策がとられ、その線で結実したのが細谷松太の産別民同だったという。

(2)
 「経済安定に関連する大きな問題の一つは、その政治的および社会的反響の問題である。問題は現在の実質賃銀を維持し、 あるいはわずかだけ増額を確保することによって、破壊的な名目賃銀増額の要求の口実を抑えつける点にある。」(1951年 会計年度ガリオア歳出要求に関するジョセフ・ドッジのステートメント)
 しかし生活水準が戦前水準をはるかに割っているときに、そのままこれを固定化しようとする要求が激しい抵抗を呼ぶの は当然であり、経済的な交渉の範囲内で片付かなくなることも必至である。こうして二・一スト以来、アメリカは労働組合に 対する圧迫と干渉の前面にたち、官公庁労組に対するベース賃銀(ベーシック・ウェィジが日本では平均賃銀になってしま った。言葉の魔術である)と職階性と人事院の確立、民間企業に対するへプラー勧告という形の弾圧、企業整備、行政整理を 名目とするレッド・パージなどが次々にあらわれた。なお暴力的な圧迫やスパイ政策とならんで職場内部の徽妙な対立を利用 するという方法も採用された。たとえは、賃上げ要求をおさえるための家族手当が、熟練・古参労働者の不満をよびおこして いることを見るや、生活給か能率給か、という問題を出して職階制再建への道をひらいた。

(3)
 この辺になると独占資本もGHQの袖の下から出て公然と振舞うようになった。政策の基調は改良主義的な幹部を買収又は懐柔 して、分裂政策を運動内部にもち込むこと。組合の闘争を中央に集約して、これを職場闘争と切りはなし、労組の官僚化、ひ いては会社組合への転化をはかること ―― であったが、そういう政策の必然的な結果は下部大衆の組合幹部不信を呼びおこ し、逆にいえば組合の「統制力」を骨抜きにする傾向を生む。しかも単独講和以後、客観情勢は急激に発展し、民同系で固め た総評が「にわとり」から「あひる」への転化をやってのけるにいたった。
 左派民同の幹部も、多くは職制出身でシンは小ブルジョア意識が濃厚だが、口先では革命的な大言壮語をやっている。組合 指導者はある程度までそうしないと大衆を引きずれなくなったのだ。

(4)
 こうして問題はふたたび職場組織のところへ下降してきた。労働組合の枠をこえて、勤労課特審部などというものが、直接職 制幹部と連絡して職場組織(「職場防衛」という名のスパイ・暴力機構)をつくり出す。これに対して総評幹部は、組合の統制 力を強化することによって職場の産報化に対処しようとしているが、下部の闘争は現にもうはじまっているのだ、という点を見 ることが重要である。

(5)
 職場の半軍事体制は職制幹部に基礎をおくものであり、また農村における封建制の残存、構成的な失業人口の圧迫などとの組合 せによって、労働者の上に重くのしかかっている。しかもこの際特に注意しなければならないのは、軍管理工場や基地の請負事業 場での労働が半軍事体制のイデアル・ティブス(典型)をあたえ、全国の工場をこれにならわせていることである。たとえは某基 地では、労働関係法規の無視は日常茶飯事である。また賃銀は民族別、性別をふくめて最高11万3640円から最低4400円までの287段 階になっている。(他の軍管工場では六、七千人の労働者の全給与の三割に等しいものを五十人の外国人がとっている)
なお、こまかいことをつけ加えると、このような職場ではアメリカ式の点数制度を採用しているが、それが職制の手でめくら報奨 金にかえられる。そこに職制の権威が生まれ、低質銀が保証される。

 「細谷松太」、「ガリオア歳出要求」、「へプラー勧告」『「にわとり」から「あひる」への転化』、前回にでできた「復金融資」 とか、いろいろ知らない人名や事項があるが、その当時の情勢は垣間見る事ができる。
 現在の労働運動の実態はまさにGHQと総資との企みどおりになってしまっていると思える。「日本の支配者は誰か」の筆者はその時 点でにおいて今日を次のように予測していた。
 国民経済の軍事化はいまのところ基礎部門を中心に展開されており、直接兵器生産については端緒がひらかれたという程度にす ぎない。それは敗戦後の再軍備という特殊な条件から来ているもので、従属的下請軍需工業の最大の利用者であり顧客であるはず のアメリカとの間にさえ、多くの問題点が存在していたし、今もって現存しているという状態である。しかし客観情勢の展開は、 米日両独占資本間の矛盾をここ当分は表面化させないで、むしろ急速に一致点をつよめる方向に作用するであろう。財閥企業が 全面的な軍事化にのり出すことはすでに日程に上りはじめたとみてよいわけで、それにつれ職場の軍事体制が一層普及化され、強化 されることは当然予想されるところである。