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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
160. 非暴力直接行動(6)
個々バラバラの行動はいつ一つになるの?
2005年1月21日(金)

 もう一文、水田ふうさんの文章に付き合ってください。
 『「海」と坐り込み』という文。水田さんは
 長野の大鹿村に住んでるスマコが、こんどのN・Yテロ事件のことでのアメリカの報復戦争、日本の自 衛隊派遣に「じっとしとれん、一人でも国会の前にいってハンストする」っていうもんで、「ほな、わ たしもつきあうわ」いうて、行ってきた。


 と書き始め、二人だけの国会前座り込みの顛末を軽妙にいかにも楽しそうに書き記している。こういう 文を読んでいると、現在の逼塞状況に滅入りがちな私の気分に元気が戻ってくる。
 しかし、私がここで取り上げるのは後半の「海」の方。

 昨年11月6日「11・6教育基本法の改悪をとめよう!全国集会」に参加したとき、実行委員会の申し合 わせ事項に感心して、それを集会報告の文中に書き留めておいた。次のようだった。

1 教育基本法改悪反対の一点での幅広いネットワークを目指した運動である。
2 非暴力であること。
3 互いに誹謗、中傷、攻撃を行わない。
4 意見の相違を認め合い、一致点を大事にする。
5 組織、個人にかかわらず、互いに対等、平等である。

 「教育基本法改悪反対の一点で」一致するものが権力との闘いの仲間だといっている。

 また、つい先日参加した「変えよう!強制の教育 学校に自由の風を!」を主催した「学校に自由の 風を」ネットワークはそのコンセプトを次のように述べている。
 今学校に押し寄せているr強制」の波に抵抗しようとする市民のあつまりです。
 学校の保護者、教織員、ジャーナリスト、研究者、そのほかそれぞれの立場で、学校教育の現在と 未来に危機感を抱いている人々が個人として、あるいは団体として、特定の政治団体や宗教の枠を超 えてゆるやかにむすぴつき、議論し、行動を続けようと考えています。
 『今学校に押し寄せているr強制」の波に抵抗』するという一点で一致する全ての人に呼びかけている。

 前回の水田ふうさんの「非暴力直接行動」の立場を述べている部分を再録すると
テロを支持するか、せえへんのかの前に、自分は権力の側に立つのか、 それと闘う側にたつのかの問題としてあると思う。
 そやから、抑圧と闘うものであるかぎり、それが暴力闘争であろうとなかろうと支持するのがわた しの「非暴力直接行動」の立場や。
 「支持」というのは、自分もいっしょになって爆弾なげる(そんなことは決心だけでは簡単にできる ことやないけど)とか、いうこととはちがう。
 「支持」とは、自分の立場はどこにあるかいうことをはっきりさして、それをうちだしていく ことや。
 「抑圧と闘うものであるかぎり」仲間だといっている。
 「テロ」に対する支持についてはあるいは異論があるかもしれないが、その点を保留すれば、 三者とも同じことを訴えていると私は思う。

 このように『「抑圧と闘う」という一点で一致するもの』という観点から眺めると、全国いたると ころで多種多様な問題それぞれに対して闘っている仲間が大勢いる。「反ひのきみ」ML の配信を受けているが、私が全く知らなかった問題がたくさんあるのでびっくりする。 その問題の多種多様さにはまったくあきれる。支配権力は次から次へと人民抑圧の施策を次々と打ち 出している様子がよく分かる。

 上述の「11.6」では事前に1万人を超す団体・個人の連帯表明があり、当日は約5500人参加した。
 「1.10」集会では事前の賛同者は126団体、個人は約400名あり、当日は約1900名の参加者があった。

 「憲法改悪」「教育基本法改悪」「イシハラ教育行政による学校圧殺」。
 どれも今年が決戦の年だと言われている。
 権力は着々とその企図の実現に向かっている。
 上記のように、多数の団体・個人が抑圧との闘いに加わっているにも拘らず、 さて私たちの闘いは?

 ここで水田ふうさんの「海」を紹介することになる。

まだ沖縄が米軍の占領地(まあ今だってそうやけど)で、行くのにパスポートが要った時代の 1970年2月、わたしは沖縄に行くために一人船に乗った。その頃は各地で沖縄返還闘争のデモや 集会がいっぱいあった時やから、船中で出会った知り合いからそのためにいくの?(彼はもちろ んそのための渡航やった)って聞かれて返事につまってしまったけど、わたしが沖縄にいったの は、ぜんぜんちがうことでやった。

いきさつははしょるけど、神田先生と呼んでた、神道の断食の先生と知り合いになって、その神 田先生から沖縄の神がかりの巫女さんのはなしや、集団自決して死んだ人の骨がそのままになって るたくさんの鍾乳洞のはなしや、いろんな話を聞いたんやけど、わたしがいちばん惹かれたんはそ この海のはなしやった。

「さんご礁の海が引き潮になって、ずうーっと水平線まで潮がひいてくとその後には無数の水溜り ができるんや。その水溜りには逃げ遅れた魚がピチャピチャ跳ねてる。手でつかめるぞ。
それがこんどは、満ち潮になると、水平線まで引いてた潮が沖から浜にむかって満ちてくる……と 思うやろ。ところがちがうんや」
「満ち潮どきになると、あちこちで無数の水溜りと水溜りがピチッピチッとくっつきはじめるんや。 その無数の水溜りがどんどんどんどんあちこちで大きくなって、その大きくなった水溜りが、しまい に沖の潮を引っ張ってきて浜まで満ちてくるんや。」と神田先生は云うねん。

わたしはこの話がすごく気に入って、どうしても見に行きとなった。それで沖縄に行ったんや。
時期がわるかったんか、神田先生にきいた話の海をみることはでけへんかった。でも時間がたつと、 なんだか実際に見たような気になって、この話を思い出すんや。

スマコのように思って、何かやりたい人があちこちに、てんでにばらばらに勝手に行動を起こし始め たら、初めはそれぞれ何の連絡も繋がりもみえへんけど、引き潮の時の無数の水溜りのように、時期 がきたら、無数の水溜りと水溜りがプチップチッとくっいていくように大きな水溜りができるんや。 そして、いつか、きっと……潮が満ちてく……

これええ話やろ。好きやねん。

 うん、とてもいい話だ。
 私たちには権力も経済力もない。この「ええ話」が実現するよう、「無数の水溜りと水溜りがプチップチッと くっいていくように大きな水溜りができる」よう、それぞれがそれぞれの闘い方で無数の水溜りを 創って行くほかはない。
462 市民的不服従(1)
2006年4月1日(土)


 昨日、「教育基本法・憲法の改悪をとめよう!3・31全国集会」に参加しました。都教委包囲首都圏ネットワーク」の渡部さんの報告記事が、早くも[anti-hkm]ML に配信されていましたので、それを掲示板「メールの輪」に転載しました。また

レイバーネット日本


で当日の写真を見ることができます。

 なお、昨日(3月31日)は、都教委による新たな弾圧処分が出されました。その中で、増田都子さんには分限免職というとんでもない処分が出されました。また、根津公子さんには定職3ヶ月。
 増田さんのコメント。「要するに犯罪都教委の真実を暴露する教育をする者は、恐すぎておいておけない、ということでしょう。今後、更に、断固として闘いますので、ぜひ、ご支援ご協力ください!」
 根津さんも、もちろん、続闘を表明しています。



 「君が代を歌え」という職務命令に従わない行動を、アナーキストにならって、私は「非暴力直接行動」と評価してきた。
 上述の集会で呼びかけ人のお一人の三宅晶子さんは挨拶の中でその行動を「良心的不服従」と言って、賛同と敬意を表明していた。

 『ロールズ』に「市民的不服従」の正当化の議論が載っている。もちろん、私は「非暴力直接行動」=「良心的不服従」=「市民的不服従」と理解している。今回は『ロールズ』の「市民的不服従」の部分を読んでみる。

1955年
 アラバマ州モントゴメリで黒人女性ローザ・パークスさんが市内のバスで白人専用の座席に座り続けて逮捕された。この事件をきっかけに大規模なバス・ボイコット闘争が1年間にわたって繰り広げられた。(56年に連邦最高裁は路線バスの人種分離に対して違憲判決を出した。)

 1960年
 ノースカロライナ州グリーンズポロ。食堂における黒人差別に抗議して自然発生的に「座り込み」闘争が行われた。

 1963年
 奴隷解放宣言百周年。黒人の公民権運動がおおいに盛り上がる一方、南部では保守派の白人による公民権運動家の暗殺、黒人教会の爆破などのテロ行為があいつぐ。
 5月
 バーミングハム闘争。
 8月
 ワシントンで二十五万人の大デモ。マーティン・ルーサー・キング牧師が「私には夢がある」と繰り返す名演説を残している。
 11月
 テキサス州ダラス。公民権運動の支持に動いていたケネディ大統領暗殺される。

 このような黒人による市民的不服従の大衆運動に後押しされるように、 1963年5月、「法と哲学」を共通テーマとするニューヨーク大学哲学シンポジウムが開かれた。その第一部会・「法と倫理」の発題者としてロールズは「法律上の責務とフェアプレイの義務」という題で発表をしている。その中で「順法の責務の道徳的根拠」をおよそ次のように論じた。

 立憲民主制のもとでは「正義にもとる制度や法」をも遵守する道徳的責務がある。社会を構成している個人がその社会生活において社会から恩恵を得ている限りにおいて他の社会構成者に負っている責務(フェアプレイの義務)がその道徳的根拠である。(このくだりはとても分かりにくいので端的にまとめなおした。たぶん趣旨は曲げていないと思う。)


 まったく納得しがたい。立憲民主制のもとでは多数派が制度や法を定める主導権をを握っている。その制度や法が「正義にもとる」場合でも、それの遵守を少数者にも押し付けるのはまさに正義にもとる抑圧でしかない。

 これは当然多くの批判にさらさた。川本さんはそのうちの二つを紹介している。

ミルトン・R・コンヴィッツの批判。


 ロールズの発題を「法に対する服従とフェアプレイの義務とが必然的に両立する」という主旨だと受けとめ、これを次の三点から痛烈に批判している。
(1)
 遵法義務の基礎にフェアプレイの義務があると考えるにしても、それをロールズのように歴史的制約を背負った「立憲民主制」にのみ結びつけるのは、イデオロギーとしては可能だが哲学的には無理がある。ソクラテスの言行を引くまでもなく、フェアプレイの義務は社会生活のもっと深いところに根を下ろしている。
(2)
 ロールズは、しかるべき手続きをふんでいるが正義にもとるとみなされる政府の法令に対してなされる行動 ― つまり「市民的不服従」を考察への対象からあえて外している。
(3)
 市民的不服従はフェアプレイの義務を踏みにじるようなものではなく、反対にその義務そのものの正しさを立証する行動として理解される必要がある(「市民政府への抵抗」を説いたアメリカの文学者ヘンリー・D・ソーロウやインド独立運動の父マハトマ・ガンディーが例に挙げられている)。



神学者ジョン・C・マレーの批判。
 ロールズが持ち出した「フェアプレイの義務」それ自体を問題として、これが義務であるとする彼の説明がじゅうぶんな説得力を持っていないと難じた。
 結局ロールズは「順法の責務の道徳的根拠」については「説明上のいくつかの難点と過度の縮約」があることを認めざるをえなかった。

 ミルトン・R・コンヴィッツさんとかヘンリー・D・ソーロウさんとかジョン・C・マレーさんとか知らない人ばかりだけど、さしあたって必要ないので改めて調べない。

463 市民的不服従(2)
2006年4月2日(日)


1964年
 公民権法成立。すべての公共施設における人種差別を禁じる。
 しかし、黒人の実質的平等は実現されず、翌年には公民権デモが組織されさた。
 9月
 カリフォルニア州立大学バークレー校で、18の学生団体からなる共闘組織 FSM(フリー・スピーチ・ムーヴメント)が当局による政治活動の制限に抗議して「反乱」を起こす。
 これが全国の大学に飛び火。また北爆開始にともなう反戦ティーチインや徴兵カード焼却といった市民的不服従のベトナム反戦運動も、65年から本格的な動きを見せるようになっていった。
1966年
 黒人の自立・武装自衛を説く「ブラック・パワー」路線がSNCC(学生非暴力調整委員会)によって首唱される。
 以上のような時代背景のもと、1966年9月、アメリカ政治学会の大会でロールズはおおよそ次のような「市民的不服従の正当化」を報告する。川本さんの要約は次のようだ。


 はじめに「市民的不服従が正当化される場合、それは多数派の〈正義感覚〉に訴えて、異議が申し立てられている措置の再考を促し、反対者たちの確固たる意見では社会的協力の諸条件が尊重されていないことを警告する、という政治的行為として通常は理解しうる」と明言した彼は、再び「正義にもとる法を遵守することの根拠」をとりあげる。だがその節のおわりでは「もし多数派の制定する法規が不正義の一定限度を越えていると判断できる場合なら、市民たちは市民的不服従を考慮してもよかろう」という留保を加えて、不服従の位置づけと正当化とに向かう。
 彼が不服従の運動を正当化する三つの条件に挙げるのは、

(1)通常の異議申し立てをしているにもかかわらず、相当期間にわたり意図的な不正義のもとにおかれていること。
(2)その不正義が平等な市民の諸自由に対する明白な侵害であること。
(3)同様の場合に同じような異議申し立てをすることが一般におこなわれたとしても、受容可能な結果がもたらされること。

 以上であり、さらに戦術上の問題として、不服従の権利行使は合理的であってかつ異議申し立て者の目的を促進すべく無理なく計画されたものでなければならない、という条件を補足している。



 翻訳のせいか、あるいは原文そのものの晦渋か、なんともまわりくどく分かりにくい文章だ。とくに「反対者たちの確固たる意見では社会的協力の諸条件が尊重されていない」の部分は私には読解できない。その部分は無視して読むことにする。
 実はこの報告が公刊されたのは3年後の1969年だった。その3年間には次のような激しい市民的不服従が展開された。

1967年
 7月
 死者41名を出したデトロイトでの黒人蜂起
 10月
 ペンタゴン前に十万人を結集したベトナム反戦の大デモンストレーション
1968年
 4月
 不服従運動のシンボル的存在であったキング牧師暗殺される。
 6月
 小児科医ベンジャミン・スポックらベトナム反戦運動活動家に対する有罪判決
 8月
 シカゴの民主党全国大会の会場周辺で、反戦・平和を訴えるデモ隊と警官隊とが衝突(翌7人の被告が「騒擾防止法」違反容疑で取り調べを受け、いわゆる「シカゴ・セブン」の冤罪事件として世人の注視するところとなった)。
 11月
 「法と秩序」回復を謳った共和党リチャード・M・ニクソンが第三十七代大統領に当選。

 これらの動向を踏まえて、ロールズは「市民的不服従の正当化」の公刊の際、最終節に二つの段落を加筆されたという。川本さんは「学会発表後の時代のうねりを反映してか、いつになく歯切れがいい。」と言い添えて、次のように要約している。


 憲法についての連邦最高裁の見解が、もし永続的な評価を得ようとするものであるならば、人びとにその健全さを納得させなければならない。訴えの最終審は、連邦最高裁でも連邦議会でも大統 領でもなく、選挙民全体なのである。市民的不服従を続ける者はじっさい、この選挙民全体に訴えかける。‥‥‥分裂・抗争の危険を完全に回避する方法など存在しない。だが、正当な市民的不服従が国内の平和を脅かしていると思われるような場合でも、その責任は異議を申し立てているがわにあるというよりもむしろ、そうした敵対を正当化するような権威や権力の濫用をおこなっている人びとのほうにこそある。



 このもの言いは実によく分かるし、わが意にもかなっている。やがて「正義論」を打ち出すロールズの面目躍如たるところがある。ただ、「正当な市民的不服従」というときの「正当」が問題だ。先の引用文の「三つの条件」がその正当性の根拠ということなのだろう。