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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
19. 私が穿ってきたささやかな孔---評価編
 2004年9月2日


履修主義

 評価を問題にするとき、議論の混迷を避けるために、あらかじめ明らかにしておくべきことが二つある。

 一つは、 「教育」と「学習」を区別して論じること。(ただ単に「教育」と言う場合、私は銀行型教育の対極にある教育を念頭においている。)
 授業において、学習は教育の一部分であり、教育そのものではない。むしろ教育の一つの手段あるいは一つの機会であるというべきか。
 教育は、教材を仲立ちにして行われる教師と生徒の対話による交流であり、学習はその教材を習得するための営為で、教師の援助を必要とするとしても、どちらかと言うと生徒が一人で行うものだろう。特に、英語の単語を暗記するとか数学の問題を反復練習して計算力をつけるとかいった習熟のための学習は一人でこつこつやるほかない。それは自己教育とは言えるが、教師と生徒の対話による交流と言う意味での教育ではない。

 もう一つは、「評価」と「評定」をはっきりと区別すること。
 人間の営為には常に評価は付きものだし、時にはとても重要だ。評価は次のステップのためのスプリング・ボードだ。
 しかし評定は必ずしも必要としない。数値であろうと記号であろうと、それはいろいろ大事なものをそぎ落とした上でのある一面でのランク付けに過ぎない。
 私は教育では、評価はきちんとしなければならないが、評定は無用というより、してはいけないと思っている。例えば、私は「文化祭」のような行事を、学校教育での最も優れた教育の場面の一つと思うが、文化祭での生徒の営為を点数化しようなどと言う人は恐らくいないだろう。
 ただし、学習の結果は大きな目安としてなら数値化はできるし、生徒への動機付けや励ましになるだろう。しかし残念なことに、銀行員教師はこの数値を、ともすると生徒への烙印付けや意欲削減のために使ってしまう。

 成績評定や進級・卒業規定は「銀行型教育」の存続を保証し、銀行員教師を強固に守っている砦になっている。銀行員教師に批判や疑問や反感を持つ生徒も、この砦の前では屈服せざるを得なくなる。

 吉本隆明という詩人・思想家は、生徒の側の位置から「学校なんて、目をつぶってでも通過しちゃえばいいんだ」なんていうことを言っている。元教師としてはちょっとしゃくにさわるけど、学校が「銀行型教育」を実施している限りはこう言われても仕方ないか。
 でも、ちょっとしゃくにさわっている元教師は、教師の側の位置から「学校なんて、目をつぶって全員進級・卒業させちゃえばいいんだ」と言っていた。

 現在の学校では、学校の規定から進級・卒業基準を削除することは出来ないから、せめて出来るだけ緩やかな基準にするように、ことあるごとに主張してきた。
 出来るだけ厳しくしろと言うほうがたいてい優勢だった。彼らのその理由は、厳しくしないと生徒は手を抜くとか、授業が軽視されるとか言うようなものだった。生徒の側に立ったつもりの発言では、大学入試や就職試験のときに不利になるとか、全国的なレベル維持が必要とかいったものだ。典型的な銀行員教師だね。

 学校の規定が変更不能でも、進級や卒業の可否を判定するときの元になる教科目の評定の権限は、幸いなことに今のところ個々の教師の掌中にある。この権限を大いに活用しよう。
 評定の権限を個々の教師の手から奪うことになりかねないから、教科全体での評定の基準や共通テストに反対だ。何しろ私の単位認定の基準は、「授業を放棄しない(出席時数がクリアできている)限り、どんなにテストの点数が悪くても単位不認定はしない」だから。

 進級・卒業の可否を判定するときの元になる教科目の評定のまた元になるのがテスト。
 テストはもともと評価のため、特に教師自身の授業評価のためにある。これをすっかり忘れてしまって、生徒の評定のためとしか思っていない教師が多い。
 本当は自分の授業が如何にダメなのかを証明しているのに、平均点の極端に低いテストをしたり、成績不認定者をたくさん出して、生徒の不勉強や無能力を嘆いて見せる教師もいる。

 全員に強制的に履修させる科目の場合、大学受験のための力をつけるというような機能的な目的が第1の目的であってはならない。それは選択科目でみっちりやればよい。
 全員履修の科目では、何よりも数学の面白さ、楽しさが共有できればよい。あるいは、数学の授業を仲立ちに、たまたま出会った生徒たちと、わずかな時間ではあるが、充実した時間を共有できればよい。そのためにこそできるだけ楽しく分かる授業を目指している。
 「分かる」と「できる」は別のことだ。もちろん出来るようになれば、それにこしたことはないが、数学ができるようにならなくともよい。分かればよい。例えば、数学は公式を覚て計算する教科と思い込まされている生徒の数学観がいくらかでも覆えればよい。数学って面白いものなんだなあ、と思えるようになればさらによい。いや、とうとう分からなくとも一向にかまない。数学の授業を通してひと時を共に生きた、これでよい。

 これが「この(亡くなった)生徒にとって私の授業は何だったのだろうか。授業はこの生徒にも意義があるようなものでなくてはいけないのではないか。」という自問に対する私の自答だ。

 授業をこのようなものと考えるならば、この教師と生徒による営みを点数化して、進級や卒業の資料に供する必要はまったくないことになる。それどころか、教育と言う営みの点数化は、生徒と教師共々の非人間化行為ではないか。

 今の学校制度ではどうしても評定をせざるを得ない。私が評定をどうしてきたかと言うと、点数化できるのはテストの結果だけと割り切って、評定にはほかの要素は一切加えない。一区切りごとに頻繁に基礎問題だけの小テストを行う。合格点に達していない場合は追テストをする。追テストでも合格しない場合は、一緒に対話をしながら問題を解いて、理解や不理解の内実を詳しく調べる機会にする。それで合格とする。
 定期テストは、多少はレベルの高い問題で行うが、零点でも一向に構わない。
 ともかく授業を放棄しない限り単位を認定する。
 評定(点数化)の仕方と、単位認定の条件を授業の始めにはっきりと説明をして、生徒との共通理解とする。
 私は武器を捨てたことを宣言した。生徒は非武装の私にいくらか心を開く。生徒も私も一つの重苦しい問題から解放されて、授業が楽しくなる。

 「授業を放棄しない限り単位を認定する」評価方針を、私は履修主義と呼んでいる。
 これには法的な根拠もある。法律を論拠に議論をすることを私は好まないが、ほとんど考慮されることがないので、取り上げてみる。なかなか良いことをいっているのだ。

学校教育法施行規則第26条 児童が心身の状況によって履修することが困難な各教科は、その児童の心身の状況に適合するように課さなければならない。
(私の教科書を使わない授業が保障されている)

同第27条  小学校において、各学年の課程の修了または卒業を認めるに当たっては児童の平素の成績を評価してこれを定めなければならない。
(評定しろとは言っていない。評価しろといっている。)

同第28条  校長は小学校の全課程を修了したと認めたものには卒業証書を授与しなければならない。
(これは余分ごと。本当は卒業証書など不要じゃないの、と私は思っている。)

同第65条  (前略)第26条から第28条まで(中略)の規定は高等学校にこれを準用する。

履修した科目に対して試験の上単位を与えると規定されているのは大学のみである。(大学設置基準法第31条)従って、第28条にいう「修了」とはいわゆる「修得」のことではなく「履修」のことである。また第27条にいう「平素の成績」が「テストの点数」ではないことは論を待たない。

 さて、私の履修主義にもとづく対応を生徒はどう受け止めているだろうか。次の感想文を書いた生徒たちは私以外の担当者なら、多分単位不認定になっただろうと思われる生徒だ。

 「2年間本当にどうしようもない生徒でしたが、見捨てずにおつきあい下さいまして、どうもありがとうございました。高校の数学はやはり難しい。しかも2年生になると、1年の時よりさらにスピードがはやくなり、途中ついていけなくなり、授業中寝ていたり、テストで0点を取ったりしたけれど、それでも長い目で見捨てずにいてくれた先生に感謝したいです。」

 「先生の授業は(私はバカなので)その時すぐに理解できなくても、プリントをみなおせばとてもよく理解できました。テストで赤点をとっても追試で助けていただきました。そのため”裏切れない”と思い、他の科目よりはテスト前の勉強したつもりです。」

 「ただ問題を解くスピードが(私にとって)ものすごく早かったので、なかなかついていけなくて何回か追試を受けるはめになってしまった。普段出される宿題はよく分からないからあまり出来ないけど、追試の宿題はわからないといっていられないので、必死にやりました。そうしてやっとわかるようになったところもあるので、追試があるのはありがたいなあと思いました。」

 「私は数学が嫌いなので、ついつい授業中に寝てたり、聞いてなっかたりします。それは中学校からのことです。先生の声は低くて大きいので、眠くなってしまいますが、ちゃんと聞けばわかるような気もします。気もするというのは私はやっぱり授業を理解できなかったからです。私はこれで数学とは永久にお別れです。ようやく解放されます。数学は大嫌いですが、今まであった数学の先生の中で仁平先生が一番わかりやすかったし楽しかったです。そして私は先生の授業より先生の追試が好きでした。」

 この最後の生徒はとうとう小テストでも合格点を取ることがなかった。しかし、私と一番多く対話した生徒かもしれない。
数学の授業が、多分とてもつらかったことだろう。授業に参加しないあるいは参加できない生徒がいると私もたいへんつらい。でも最後には楽しかったと言ってくれて、私を癒してくれる。とてもやさしい生徒だと思う。

 石原や三浦や江崎には、こうした生徒の方が、人間性において、お前らより、くらべものにならないくらい優れていることを、ついに理解できないだろう。
82. 大杉榮の教育論
2004年11月4日


 大杉榮氏が甘粕と言う憲兵に虐殺された2,3年後に出版されたものと思うが、 世界文庫版の「大杉榮全集」というのがある。30年ほど前にそれの復刻版が出版された。 大杉榮氏については教科書程度の知識しかなかったが、どういうわけか私はその復刻版全集を 購入している。購入したけど、一度もひもとくことなく「積読」ままだったのを、数日前から その全集の拾い読みを始めた。

   私は15回と17回で、深く共鳴したフレイレの教育論を紹介した。その教育論のキーワードは「銀行型教育」 と「問題提起教育」である。

 「大杉榮全集」第1巻「論文集」の最初の論文「個人的思索」は教育論で始まる。その内容に 私は驚き、また我意を得たりとうれしくもなった。
 大杉氏の教育論の骨子はまさに「銀行型教育」と「問題提起教育」なのである。

『 何學間でもさうだが、其の最初からの研究方法を教へずに、ちゃんと出来上がった學説を真っ 最初から覚えこますのが、今日の學校教育である。だから其の研究方法と云へば、學ぶべき學説 の順序正しき排列である。参考書の羅列である。なるべく自分で頭を使はずに、しかも無駄のな いように、多くの書物を読む事である。  従って今日の學者の書物は、総て極めて解り易く書かれてある。読んでさへ行けば、大して考 へずとも、又大した疑ひも挾まずに、ひとりでに合點の行くように書かれてある。これは、ちよ っと見には甚だ結構な事のやうにも思はれるが、しかし其の實際をよくよく考へて見れば、甚だ 怪しからぬ事なのである。即ち斯くの如き書物の書き方は、教育を官營する國家にとって、次ぎ の如き二重の利益がある。先づ第一には将來國家の為めに有用な人物となるべき生徒に、短か い時間にいろいろな事を覚させる事が出來る。そして第ニには、國家の為めには常に有害な 個人的思索の能力を早くから減殺させて了ふ事が出來る。』

 国家権力にとって都合のよい教育を述べている。 「短かい時間にいろいろな事を覚させる」教育=「銀行型教育」がそれだ。
 これに対して、「個人的思索の能力」の育成は国家権力にとっては常に有害なの だと断じている。そして

『此の個人的思索の能力を發達さすと云ふ事が、實を云へば、教育の本當の目的でなければなら ぬのだ。又,一切の學問の研究方法と云ふのも、其處に基づかなければならぬのだ。けれども各 個人の此の能力の發達は、今日の組織の國家や社會にとつては、其の存亡に關するゆゆしき一大 事である。各個人は只だ、國家の教へる通りを其のままに覺えこんでゐなければいけないのだ。 殊に政治學とか、法律學とか、経済學とか、史學とかの社會科學に於ては、國家の教へる範圍以 外に、決して個人的思索を許さない。  そこで此の社會科學の範園内に於ける本當の研究は、何よりも先づ、政府的思想による一切の 學者と書籍とを斥けて、自らの眼を以て社會的事物を観察し、自らの頭を以てそれを判断し得る 力を造る事にしなければならぬ。』

「個人的思索の能力」、言い換えれば「自らの眼を以て社會的事物を観察し、自らの頭を以て それを判断し得る 力」を引き出す教育=「問題提起教育」が本当の教育だと言う。

 「各個人の此の能力の發達は、今日の組織の國家や社會にとつては、其の存亡に關するゆゆしき一大 事である。」
 だからこそ、国家権力が教育を弾圧するとき、真っ先に狙われるのは「問題提起教育」なのである。
 大日本帝国=特高が行った大々的な教育弾圧のはじめの餌食は「生活綴り方」教師たちであった。
 いま、「日の丸・君が代」以外での教育弾圧はみな「問題提起教育」に対するものである。 その弾圧は「偏向教育」というレッテル張りで始まる。
83. 増田都子さんへの弾圧
2004年11月5日


 権力は「問題提起型教育」を狙い撃ちする。

 増田さんは、沖縄の基地を扱った授業を「偏向教育」と攻撃され、繰り返し処分されてきた。 しかし増田さんは、果敢に力強く闘い続けている。その間のことを詳しく書いた 「教育を破壊するのは誰だ!」(社会評論社)という著書を出している。
 ちなみに、「サンデー毎日(9・26号)」の「サンデーらいぶらりぃ」で斎藤貴男さんが その本を紹介している。

 これらのことは、先日参加した集会で増田さんが用意した文書で知った。「義は我にあり!」という 題で、増田さんへの弾圧とそれへの闘いの概略が書かれている。それを用いて、増田さんへの連帯と支援 の意をこめて、増田さんへの弾圧とそれに対する闘いを簡単に紹介する。(詳しくは「教育 を破壊するのは誰だ!」をお読みください。)

  発端は一母親による足立区教育委員会への密告電話だった。
 97年1学期、増田さん(足立区立第十六中学校)は2年生の『地理・沖縄県の授業において、 NHK福岡放映の九州レポート「普天間基地と普天第二小」のビデオを使い、生徒の感想・意見を プリントしたものを教材として紙上討論を行った。』

 アメリカ人と結婚している一母親に授業のプリントを読むことを 示唆した者(都内公立小学校のある女性教員)がいて、これを読んだその母親が、 「反米教育だ、反米思想だ。」と足立区教育委員会指導室に密告電話をした。

 この密告電話も、以下に述べるそれからの成り行きも、増田さんが全く知らぬまま進行する。

 区教委は「何でも言ってくれ」とこの母親を激励した。校長・教頭も「反米偏向教育」 だと断定し、PTAの電話連絡網を利用して、増田さんの授業を問題視する保護者だけ集めた会を開き、 騒ぎまわらせた。
 この間、区教委指導室長は都教委にお伺いを立てている。都教委はその授業を「偏向教育とは 言えない」と指摘したという。都教委がこのような当然の判断が出来たのは、その頃の都教委が まだ石原の支配下になかったからだろう。
 しかし指導室長は、その事実を隠蔽したままことを進めていく。
 ちなみに、このときの指導室長は小学校長に、教頭は中学校長になっているという。「教育公務員として の資質・能力」によっぽど優れているのでしょう。

  親たちの騒ぎに巻き込まれた生徒から質問を受けて、自分の授業が問題にされていることを、 増田さんは初めて知る。
 生徒の質問に答えて、増田さんは

 『授業の中で、この母親を「この親」と匿名にし「このようなアサハカな思い上が りによる教育内容への干渉は許しません」と紙上討論プリントに書いて説明した。足立区教委指 導室長・指導主事、校長、教頭は密談の上、この母親に「名誉毀損」と、私を提訴させた。さらに、 この母親は自分の娘である生徒に、二学期から私の社会科 授業のみ「権利としてボイコット」をさせた。この生徒は、直後、当時の親友に「私はどうでもいい んだけど、お母さんが、 社会科の授業は出なくていいと言うから出ないんだ」と言っていた。そして三ヶ月後、 友人関係がうまくいかなくなって 不登校となり、その後、転校した。この母親は、それを私のプリントのせいだとして、 また騒ぎまわった。』

 実は、増田さんが狙われたのには、深い根があった。
 増田さんの前任校(足立区立第十二中)での卒業式(97年3月)で、君が代斉唱時に抗議の着席をした 生徒たちがいた。これを増田さんが行っていた「偏向教育」のせいだとし、区議会で鈴木明 という区議(民主党) が取り上げていたのだ。以来、区教委は増田さんへの弾圧の機会を狙っていた。
 区教委・学校・父母の秘密裡の連携も、上記の深い根も、裁判(足立十六中「名誉毀損」 捏造事件)の過程で判明したことであった。

 『私は、この母親が起こした事件の大騒ぎの中でも一度もたじ ろいだことはない。日本国憲法制定後、その理念に反する政治 が何十年も実施され、同様、教育憲法たる教育基本法の理念に 反する教育行政が何十年も実施されている以上、憲法・教育基 本法の理念に忠実な社会科教育は、いずれ、どこかで激突する だろうと思っていた。人権尊重・人格の尊厳・自由・真理と正 義・自主的精神……そういった教育上の基本的なものが、体系 的に、否定、抹殺されつつある学習指導要領、及び、それに忠 誠たらんとする教育行政という構造において、憲法・教育基本 法の魂であるそれらをきちんと教える教育は、いずれ激突する ……その時が、来た。そして、その時……私は、たった一人だ った。文字通り孤立無援だった。なぜか?』

 次回は、増田さんの闘いを紹介する。
86. 増田都子さん・孤立無援の闘い
2004年11月8日


 増田さんは八面楚歌だと言う。
①一部右翼的保護者
②保身しか考えない校長・教頭
③都(区)教委
④土屋たかゆきら右翼都議
⑤産経新聞
⑥行政の犬になり下がった官僚裁判官
⑦所属組合員を売って恥じない全教(都教組)
⑧教育内容・方法に対して不当な干渉をしかけてきた一母親への屈服を迫った「人権派」弁護士

 ①~⑤は、でっち上げの先駆けとしてどの弾圧事件にも登場するおなじみの犬たちだ。 シナリオを打ち合わせているかのように見事な連係プレーする。

 ⑥、教育弾圧事件に限らず権力対被抑圧者の裁判ではバカ裁判官ばかりが目立つ。
 もう大多数の裁判官は法の番人ではなく、権力の番犬に成り下がっている。被抑圧者側の訴えが如何に 正当であっても、勝訴はむずかしい。憲法を遵守し、法を公正に適用した判決ができる裁判官は少ない。 そういう裁判官に当たる幸運を祈るしかない。情けないことに、裁判ではなくて、くじ引きみたいな ものなのだ。

 ⑧は、「82.大杉榮の教育論」で引用した言葉を借りると「自らの眼を以て社會的事物を観察し、 自らの頭を以てそれを判断し得る力」つまり「個人的思索」の力を欠いた知識人の典型である。
 そういえば吉本隆明氏はこの手の銀行型優等生のなれのはてをチャート式知識人と揶揄していたっ け。

 『この弁護士、「人権派」として有名な方で、今でも「人権派」「護憲派」の会にはたいてい顔と名前を出して活躍し ていらっしゃる方だが、何とも教条主義だった。「教師は権力者、父母・生徒は弱者」という『公式』から、一歩も抜け出す  ことができなかった。』
 その結果は『原告・母親は、反米軍基地は、反米ではないことを理解する。被告・増田は原告の感情 を傷付けたことを謝罪し50万円を払う』などという和解案だ。勿論増田さんはこんなとんでもない和解 案には応じない。

 『幸い、「真の人権派弁護士」の最長老とも言うべ「き、元・教科書訴訟弁護団長の森川 金寿弁護士が引き受けてくださってから、闘いは前進した。さすがに森川先生は、お送りした書類だ けで、直ぐ、この問題の本質を見抜かれて、格調高い、素晴らしい準備書面を書いてくださ った。』

 ⑦の都教組の執行委員たちも「人権派」弁護士の同類だ。接木したイデオロギーを 金科玉条とし、硬直した耳目・頭脳でものを見聞きし判断するイデオロギーロボットだ。
 自己の内部の世界を現実とぶつけ、検討し、理論化してゆく過程を経ることなく、 ただ進歩的・革新的思想をつき木しただけの思想は、ラジカルな問題に出会ったとき破綻する。

 『当時、私が所属していた都教組(全教)足立支部執行委員会 は、どう対応したか?彼らは「民主教育、平和教育を進めます」 というスローガンを掲げながら、『父母国民と手を結ぶ』方針 から、私に対し、教育基本法第十条が禁ずる『教育に対する不 当な支配』干渉を行ってきた母親に屈服するよう迫ったのであ る。そして私に対し「母親を誹謗中傷した」として都教委が不 当処分を出すと、これを歓迎した。所属組合員である私の教育 を「偏った教育」と明記したビラ(都教委でさえ「偏向教育と は言えない」と認定していたのに!?)を大々的に足立区内繁 華街でばらまくやら、足立区内全教職員に配布するやら、という 体たらく。そのビラたるや、拾った生徒が右翼のものと勘違いし て「センセー、ヤツラ、また、こんなものくばってたよ。訴 えちゃいなよ」と言うほどのものである。それを受け取った私 も、てっきり都議・土屋らがばらまいたものと思った。ところ が、末尾に「東京都教職員組合足立支部執行委員会」と明記し てあったので、ズッコケてしまった。翌日の「しんぶん赤旗」 は、この都教組(全数)の行動を嬉々として報じた。 』

 このやり口は、30年前と同じだ。私は「八鹿高校事件」を思い出した。 当時、ある事情から、私はこの事件についてはかなり詳しく調べ、レポートを まとめている。中傷とウソだらけのえげつないビラを多量に撒き散らす物量作戦。それを持ち上げる 「赤旗」の援護射撃。
 この党派がこの体質を克服して、真の力強い味方となることを期待し続けてきたが、 またまたがっかりさせられた。相変わらずだ。

   『真の意味で「人権」とは何かを知っており、「本物」と「偽物」を見抜くことので きる能力を持つ人たちが、口コミで、一人、また二人と集まって、「平和教育を守る 足立の会」を立ち上げ、私をしっかりと支えてくれた。そして、数年の苦闘の後、 (所属組合員を売って恥じない都教組(全教)では闘えないため)東京都学校ユニ オンを立ち上げ、全労協(全国労働組合連絡協議会)に加盟した。これで、やっと、 都教組(全教)、「人権派」弁護士が私のスカートを踏んづけるだけ踏んづけてく れたマイナス地点からゼロ地点に立つことができた。』
87. 増田都子さん・0地点からの反撃
2004年11月9日


『私は八面楚歌の中で、断固として闘ってきた。私には怖いものはない。なぜなら、義は我にあり、 真実は我にあるからだ。たとえ、全世界が敵に回りデマ宣伝が行き渡ろうとも、私の生徒たちは、 私が、ごく真っ当な教員であることを知っている。』

 増田さんの強さの源泉はこの生徒たちとの信頼関係なのだろう。さまざまな過酷な攻撃に果敢に 反撃している。

 くだんの母親が情報を流し、右翼都議・土屋が飛びつき、産経紙が 『偏向教育』パッシングキャンペーンを張る。
 また、三バカ都議土屋(民主)古賀俊昭(自民)田代ひろし(自民党) が共著で、右翼出版社である展転社から「こんな偏向教師をを許せるか』 という本を出版する。

 『同書には「感情的な反米教育」「犯罪事実」「これだけの 偏向授業をしている確信犯ともいえる教育」 「生徒をマインドコントロール・洗脳」などと、私の授業に対 して全くのデマ・誹謗中傷が満載である。』

 増田さんは、三バカ都議と展転社を名誉毀損、プライバシー侵害で東京地裁に提訴。

 一方、この「偏向教育」キャンペーンにのって、都教委は増田さんに不当な連続 処分をする。第一・減給処分、第二・減給処分、第三・懲罰長期研修処分。
この研修処分は99年9月1日から02年3月31日までの二年半にもおよんだ。

『権力を嵩にきた現場外しの強制、そのための「研修 所」送りである。しかし都教委は私を「指導が不適切な教員」 なるものには、一度も認定できなかった。それには無理があっ た。そのような事実はないから。私は、「職務命令だ」と彼ら がいうところの「研修を命ずる」という一枚の紙切れを受け取 ったのみである。』

 この現場外しの不当処分に対し都教委を提訴。
 この提訴で都教委は増田さんが『指導力不足教員」であるというでっち 上げた文書を大量に出してきた。増田さんはこれを地方公務員法第 lニ十四条の禁ずる「守秘義務」に違背し、「東京都個人情報保 護条例」「東京都情報公開条例」に違背するものとし、この件でも都教委を提訴 し、損害賠償を請求している。

 土屋が足立十六中の学区域一の繁華街・北千住で行った街宣を 名誉毀損で提訴したものは、増田さんが勝訴し、35万円を支払わせたが、その時 の判決文に教育に対してのとんでもないバカ認定がある。

 『「学習指導要領では日の 丸を掲揚し、君が代を斉唱するよう指導を求めていること、原 告(増田)は、学習指導要領には一定の拘束力があるにもかか わらず、生徒に対し、教師としての立場で、日の丸、君が代の 持つ意味、歴史的経緯について批判的に紹介し、君が代は国歌 でないと発言していること(当時は『国旗・国歌法』は無い)、 原告(増田)は、政治的色彩の強いテーマを題材に紙上討論授 業を行っていることからすると、被告(土屋)らにおいて、 原告(増田)が学習指導要領の枠の中で授業をしていないと信じ る相当の理由があったと認められる。」
 「(増田は)政治的見解の対立のあるテーマを授業で扱っており、政治的中立性が保た れるよう配慮することが必要であるにも関わらず、……紙上討 論授業において米軍基地問題を取上げ、日米安保条約反対、 米軍基地反対の方向に議論を導いているばかりか、教師としての 立場から真実を伝えると強調した上で日米安保条約反対、米軍 基地反対の意見を掲載し、その意見は生徒を説得するべく強い 調子で書かれでいる」
 「よって土屋が「偏向教育」と信じたのにも無理がなく、誤信 相当牲があるので違法性が阻却される。」』


 「政治的中立性」とは国家権力・政府・行政官などの施策に無批判 に唯々諾々と従うことなのか。哲学も公正中立性のかけらもない「偏 向」裁判官だ。

   最後に増田さんの決意の言葉を掲載してこの項を終わる。

 『私は官僚裁判官にさえ、都議・土屋たかゆきを「人権侵害男」 と認定させた。
 また都教委によるパワーハラスメント・ポリテ ィカルハラスメント現場外しに屈せず、現場に復帰させた。
 現在、都教委による個人情報漏洩の不法行為を認定させ、右翼三 都義に対する名誉毀損・プライバシー権侵害を認定させるべく 裁判闘争を闘っている。これについては、歴然たる証拠も存在 しており、いかに官僚裁判官といえども、認定せざるをえない だろうと確信している。
 さらに、2002年1月30日付「社説」で私を「反日教育 (それ以前は、ずっと私が「反米偏向教育」をしたと書いていた!?)をして、 それを批判した母親を誹謗中傷し子どもを傷つけ不登校に追いやって研修センターに収 容された問題教師」と書いた産経紙に対しても法的措置を取る つもりでいる。
 違法都教委、違法都議、右翼デマジャーナリズ ムを追いつめ、恫喝暴力教育行政に風穴を開けていきたい。』