2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
472 「良心の自由」とは何か(5)
魔女裁判(2)
2006年4月13日(木)

魔女裁判の現実的社会的意義は何だったのか。『サラセン世界の三面包囲下にあるヨーロッパ』というイスラム教対キリスト教という問題がその第二の見地である。

(1)
 1270年の十字軍の敗北的終結の5年後、トゥールーズで最初の魔女焚殺が行われている。以後、宗教裁判・魔女裁判が確立していく。
(2)
 スレイマン一世の中欧侵入後の十六世紀末から一世紀間に最も大がかりな魔女狩りが行われている。
(3)
 最も宗教裁判の盛んだったイベリア半島がヨーロッパで最もながらく回教世界であった地域だった。逆に、宗教裁判がほとんど全く行われなかったスカンジナビア半島が回教世界の三面包囲から最も遠い地点にあった。
(4)
 711年にイスラム教徒がジブラルタルを占領して以来、イスラム教世界とキリスト教世界との長い攻防が続く。その間、キリスト教世界が回教世界に勝利したとされる事件もあるが、それはイスラム世界の脅威の決定的打破でなかった。(肝心のキリスト教の聖地イエルサレムが1917年まで結局キリスト教世界の手に奪還せられなかった。)
(5)
 イスラム教世界は中世・近世初頭のヨーロッパに対して文化的にも優越していた。ヨーロッパ近世・近代のギリシャ復帰、自然科学の発展は直接の古代復帰でなく、サラセン文化内のギリシャ、自然科学発展を媒介して継承したものである。
(6)
 宗教の自由に関しても、イスラム教世界は一種の政策的寛容に達していた。キリスト教世界のような野蛮酷烈な宗教裁判でなく、異教徒に対して寛容をもって臨んでいる。例えば、北アフリカではその慣例の中でキリスト教への勝利が達成せられていった。

 以上のように、あらゆる面で優越していて強力であったイスラム教世界にとりまかれた、文化的にも軍事的にもより劣ったキリスト教世界の支配者たち(ローマ法王や諸国王など)の深刻な恐怖心の生んだヒステリー現象、それが魔女裁判だった。

 続いて、古田さんは次のように述べている。


 この点、わたし達は近い経験を見ています。それはロシア革命後のソヴェト体制内部のスターリン独裁と苛烈な粛清裁判です。それを解く一つの鍵が全世界の帝国主義諸国――少なくともこの段階では文化的・軍事的に圧倒的により強大であった国々――の包囲下の社会主義国という情勢から来たことは今ではよく知られています。絶えずねらわれ、三面を包囲されている、いつ帝国主義武力の侵入があるかもしれぬ、という恐怖心は、スターリンの個人的独裁下の強力軍事体制、そのための思想統一、スターリニズムという戦闘的「精神の核」の形成の要請を生み、そのために苛烈な異端への粛清がヒステリカルに連鎖的に遂行されたのです。

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