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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
『大日本帝国の痼疾』(19)

「英将秘訣」―そのテロリズム


 幕末テロリズムは、フランス革命と同様、なに よりも封建社会から近代社会への過渡期という人 類の未曾有の経験がひきおこした矛盾と軋轢の 爆発的で集中的な表現であり、その意味で歴史的 必然であって、なんら日本特有の現象ではない。

 恐怖政治を行う指導者をテロリストと呼ぶのなら、 幕末最恐のテロリストは井伊直弼ということになる。 1858年の「安政の大獄」という「幕府の史上空前 の大テロル」(井上清)が引き金となって、尊攘 派はテロを公然の戦術として採用するにいたってい る。

 下田条約を締結したハリスへの、有馬新七らの井伊 への、松陰らの閣老間部への要撃など、安政の大獄 以前にも尊攘派によるテロの計画はあったが、それ らはすべて未遂に終わっている。

 安政の大獄への報復である1860(万延元)年の 桜田門外の変を画期としてテロの件数が圧倒的に ふえていく。そして1861年からの文久年間にはい ると、文久暗殺年といわれるように、テロ は猖獗をきわめていく。

 森川哲郎『幕末暗殺史』によると、
白色テロを含む件数(暗殺数ではない)
万延元年6件
文久元年3件
文久二年30件
文久三年42件
元治元年30件

 このテロ至上主義は、第一に権力が「言路洞開」 をタテマエにしながら実質は「過激浮浪ノ徒」に 白色テロで合法的に返答するという、絶望的な政 治情勢に由来している。

 「秘訣」はこの時期あたりに成立している。 その「秘訣」のテロリズムを表白している条文を 抜き出すと次のようである。

一、人に対面せば、此奴はいかにせば打殺さるゝぞ と見取るべし。此奴殺すはわけは無いと思ふ位な者 は智なし。少し六ヶしきと思ふ位な者は智あり。其 智あるは早くだまして味方にすべし。

一、予に随ふ者は生捕同然、予に不随者は皆讐敵と 見て、心をゆるす事なかれ。

一、人を殺す事を工夫すべし。刃にてはヶ様のさま、 毒類にては云々と云事を暁(さと)るべし。乞食な ど二三人ためし置くべし。

一、人を一人殺せば、其魂我に乗りうつりて、智も ふえ、命も延るものと心得べし。兼て工夫満つれば 戦場面白きもの也。

一、無音砲、毒煙の類、ためし置くべし。是亦人の 死するを主とす。其死ぎはに目を付べし。犬切にす べし。

一、弓馬剣槍も人を殺すの術を主とす。むだ事にな すは益なきの日光を消す也。

一、威光を見する、人を殺すに在り。人十人を害す るには十処にして衆目を威(おど)す。

一、生人に疵を付るや否や、人間なりと思ふべから ず。臆(きおくれ)の生ずるもの也。畜類を殺すよ り安心すべし。

一、畏ろしと思ふ心露斗りも身に蓄ふ事勿れ。死人 なるは土の如く思ひ、死体、骨などは石瓦の如く思 ふべし。


 これらの条文では、 テロが政治的実践として絶大な効力を発揮すると いうことが何の疑念なく信じられているばかりで はなく、書き手自身が現実にまぎれもなき一人 のテロリストであることが察せられる。

 「秘訣」がテロを教唆する党派は、文久暗 殺年といわれるような情況にもっとも忠実に 反応した急進派である。思想的には尊攘主義を 綱領にもつが、その直接行動の原理を暗殺にお くテロ集団である。

「人に対面せば、此奴はいかにせば打殺さるゝぞ と見取るべし」
ではじまる、そのテロ対象である 「人」は、不特定多数でも無差別的なものでもなく、 幕吏であり、藩庁役人であり、交易商人であり、 「夷人」であり、政治思想的には公武合体派であり、 佐幕派であり、開国派であり、口先だけの尊攘派で あり、陽朱陰王的学者である。にもかかわら ずその愚民観は徹底しており、人間そのものへの不信 につらぬかれている。個性などというものではなく、 もし情況がそこまで「秘訣」の書き手に磁力を放ち、 その内面を解体させるほど作用したのであるとすれ ば、幕末という「内憂外患」の動乱期は、予想以上の 規模をもっていたことになる。

 では「秘訣」はテロの正当化をどこにもとめている のか。民衆の解放という革命の名分はまったく落丁し ており、テロという非常手段が日常手段になりかわっ ているばかりか、テロリズムこそが党派の最大の使命 であるといった口調である。

「人を殺すことを工夫すべし」
「其死ぎはに目を付べし」
の箇条はもはや政治的テロリズムでは なく、冷酷無比な殺しのテクニックの手引きであ る。

「生人に痕を付るや否や、人間なりと思ふべから ず。臆の生ずるもの也」
と執刀する外科医の手つきのように人間を処置する このテロリストは、たんに精神病理学上の対象で しかない。だが目的はあるのだ。それは権力であ る。権力が、権力の奪取だけがテロ行為を正当化 する唯一の根拠なのである。

「威光を見する、人を殺すに在り。人十人を害す るには十処にして衆目を威す」
 なんのための「威光」か。

「天下は我手に入て後は、進退周旋威光を見する 事主意也。太閤が竜造寺に大小を為持、始皇が阿 房宮を築くの類也」  その権力は民衆の解放装置としての権力ではな く民衆の支配装置としての権力であり、その 「革命」は「英雄」として精選された少数の職業 的テロリストによる(を使嗾した)軍事独裁いが いに、未来にどんなイメージも喚起されない。 ただしそこにはフランスの革命家のような自己欺 瞞はないというべきだろう。

「天下万民を救ふといふ名あれば、恥る所なしと 定めて事にかゝるべし」
という立場は、「民衆」の共同利害が幻想にすぎ ないことを知悉しているからである。

 かつて高橋和巳は日本的テロリズムには、暗殺 の政治学はあり、暗殺の美学はあっても、暗殺の 哲学がほとんどみられないということを指摘した ことがあるが、「秘訣」にかぎって日本的 (正確には中国的・アジア的)テロリズムの固有 性としての暗殺の美学の要素は砂中の金ほどにも まざっていない。殺人の罪を自己処罰-自殺によ ってあがなうべきだとする武士道的エトスや死の 様式美への固執は、まったくみられない。 壮士一たび去って復た還らず式の悲壮感も、志 士仁人は身を殺して以て仁を成す式の倫理性も、
「なる丈け命は惜しむべし。二度と取かへしのな らぬもの也。拙きと云事を露斗りも思ふ勿れ」
というようにごう然と否定される。伝統的心情も 殉教の精神もあとを絶ったところから「秘訣」の 思想ははじまっている。

 能動的ニヒリスムの要素をもった2・26磯部浅 一らを特例だとすれば、昭和超国家主義が日本テ ロリスムの固有形態の好サンプルであることは言 を侯たない。
「人を一人殺せば、其魂我に乗りうつりて、智も ふえ、命も延るものと心得べし」
の条文は、表面的には「一殺多生」をモットーと した血盟団員の心理と似ていなくはない。 1932年、民政党幹部で前蔵相の井上準之助を射殺 した小沼正の上申書に、テロの被害者こそ 「大善智識」を提供するのであり、「逆縁の師匠」 であって、「殺人は如来の方便」だという倒錯した 言葉があるが、このような発想とつうじなくはない。

 しかし「秘訣」には超国家主義的テロリスムの 重要な特色である「神秘的暗殺」の傾向は、無縁 なのである(三井合名理事長団琢磨を射殺したお なじ血盟団員菱沼五郎は上申書で「自分の暗殺は 神秘的暗殺である」といっている)。 このことは、橋川文三が分析した超国家主義者の 内面性 ― 青年が人間らしく生きたいというご く自然な欲求 ― が欠落していることとも対応 する。

「予死する時は、命を天に返し、位高き官へ上ると 思定めて、死を畏るゝ事なかれ」
というのが「秘訣」的テロリストの覚悟?だが、 昭和の超国家主義者はむろんのこと、幕末の志士に あってもこういう死生観で権力にたちむかい、国 家の「捨石」になろうとした者は一人もいなかった だろう。1931年の10月ファッショ事件で軍部の佐 官級が次期政権の閣僚リストをつくっていたこと に憤激したという事実は、超国家主義者の面目を ほどこしているが、「秘訣」の書き手にそのくら いのことは朝飯前なのである。

 自由の楽土は専制の流血を以て洗はずんば清浄 なる能はず。基督の愛と雖も我は平和を来す者に 非ず刃を出さんが為に来れりと宣布し、仏の宇宙 大に満つる大慈悲は道を妨ぐる一切の者を粉砕せ ずんば止まず。―観世音首を回らせば則ち夜叉王。 大海に溢るゝ慈悲の仏心を以て四億万民の自由を 擁護扶植せんとする者、焉んぞ是等を残賊する暗 黒時代の魔群を折伏せずして止むぺけんや。ロベ スピエールは多恨多涙の士。死刑を宣告する能は ずとして判官を辞せし程の愛を持てり。而も国民 の自由が内乱外寇に包囲さるゝに至るや、巴里の 断頭台に送る者一万八千人、更に全国に渡りて死 刑すべき者七十万人を予算せし夜叉王に一変せり (「支那革命外史」)

 テロ犠牲数はおおげさだが、こういったのは 北一輝である。フランス革命期の「内乱外寇」の 情況が、テロ至上主義を生んだ。ミシュレは、

「かつては恐怖のために人を殺した。
 いまは衛生のために殺すのだ」

と的確に批評しているが、それは「秘訣」的テロ リスムにまさるともおとらないものだろう。しか しそこにはそれがおそるべき二律背反を結果した とはいえ、やはり近代的自由の理念が前提されて いた。北のいうように「自由」と「専制」とは 双面神なのではなく、まったくべつの概念である。 透谷的にいえば、その自由の内実は
「民権といふ名を以て起りたる個人的精神」 (「明治文学管見」)
なのである。そしてこの精神こそ明治維新に可能 性として含まれていたものだった。

「武断と軍国とは自由に反すといふが如き愚論家 あらば、将にロベスピエールによりて自由の名の 下に断頭台に行かざる可らず」
と北がいうのは、維新以後の現実のアジア (日本)の情況に憑きすぎている。なぜなら透谷 のいうようにその精神は
「吾国の歴史に於て空前絶後なる一主義の萌芽」
だったからである。

 むろん北はその「萌芽」とい う理想を現実のむざんな中国革命の動向のなかで 見失っていったのだ。北の能動的ニヒリズムは 「秘訣」のそれと、質的にひじょうに似ている。 天皇=国体信仰と切れていることはその最大の 共通点だが、しかもなお、北の思想には青年将校 と一命をともにしたように倫理があった。

「仏蘭西革命に恥ぢ、維新革命に恥ぢ、而して後 れたる露酉亜革命に恥ぢよ」
という北の革命家としての羞恥は、マルクスの、 肝要なことはざん悔であり、それ以上の何もので もない、という言葉を私にはおもわせる。

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