2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
『大日本帝国の痼疾』(18)

テロリズムとは何か


 一般に革命あるいはクーデター達成のための非 常手段としてのテロは、どの歴史的発展段階にお いても先進国・後進国の別なくみられる普遍的な 政治現象である。とくに旧体制権力の弾圧が物理 的に強化するとき、それの反作用として必ずとい ってよいほどテロが採用される。

 特に近代的国家においては、軍事・警察・司法 ・マスコミという巨大組織に合法的手段をうばわ れている場合、反体制急進派は体制側の強権にダ メージをあたえる最も簡便で手っ取り早い有力な 武器として、テロをえらぶ。

 どのような政治変革においても流血の暴力を回 避すべきだが、現代においても人類は依然として その原則を確立し得ないでいる。政治的背景はさ まざまであるが、世界中でいまだ流血の政治闘争 が繰り広げられている。

 ここで近藤さんの目はフランス革命における悲 劇へと向かう。

 フランス革命において、ロベスピエール派の参 謀として活躍したサン・ジュストは「恐怖の大天 使」と呼ばれ恐れられた。

(註)
 近藤さんは「恐怖の大天使」と書いているが、 一般には「革命の大天使 (Archange de la Revo lution)」のようだ。「恐怖政治の大天使」と言 っている人もある。サン・ジュストは25歳で国民 公会議員になっている。痛烈かつ冷徹な演説によ り、ルイ16世を断頭台に送っている。しかし自らも ロベスピエールと共に断頭台で処刑された。26歳 だった。


そのサン・ジュストは次のようにテロを正当化して いる。

 社会は粛清されねばならない。粛清をさまたげ る者は、社会の腐敗を欲する者であり、社会を腐 敗させる者は、社会の破滅を欲する者なのだ。 (ミシュレ『フランス革命史』桑原武夫他訳)

 窮乏が人民を奴隷化している。……国家の敵で あることをあらわにした者は、その国で所有者たる ことはできない。革命の敵の財産で、貧しい人々に 償おう。

 一人前100エキュの食事をしている者がある。 人民の生活を食い物にしているのだ。ある自称愛 国者は、一枚の新聞で、年収三万リーヴルももう けている。



 これはダントン派とエベール派にたいする権力 抗争の時期であり、すでに革命政権はできあがっ ているが、彼らにとっては革命は未だ成らず、一 種の永続革命を志向している。問題は、血の粛清 の理由が「反革命」というレッテルにあるにかか わらず、「公共の福祉」や「普遍的正義」に、つ まりは一般意志にもとめられていることである。 テロはあくまで「民衆」の共同利害の防衛と いう名目をかかげたうえで行使される手段なので ある。

 もちろん彼らの頭脳のなかで目的と手段とがど こまで明確に区別されていたかは疑わしい。それ はちょうど革命の理念である自由と平等とがそう であるように、矛盾にさらされたはずである。

 目的は手段を浄化しうるか、というきき飽きた 命題を立てることはここでは必要がないし、また それがアポリアなのは、循環論におちいるからだ。 かんたんにいえば、手段のなかに目的は含まれる し、目的のなかに手段も含まれ、両者は分離する ことができない関係にある。革命の大義のために は流血の暴力が許されるか、どうかではなく、流 血の暴力のなかにすでにその「革命」の本質があ らわれており、そのていどの「革命」にすぎない。

 ちょっと横道へ。
 くしくも、昨日(11月23日)配信された 「JMM」は春具(はるえれ)さんの『オラン ダ・ハーグより』であり、そのテーマが「恐怖 政治」だった。 ブッシュのテロとの戦いを標榜する政治とフ ランス革命における「恐怖政治」との類似性を 論じているフランソワ・フルテンベルグ教授(モ ントリオール大学)の論文を紹介している。

 ロベスピエールの時代を大文字で「the Terror」 と書き、「恐怖政治」の時代とよんでいる。つまり 「テロリスト」とは、語源をさかのぼるとテラー (恐怖政治)をおこなう指導者、すなわちロベス ピエールのことを指す言葉だという。

 テロリストとはイスラム原理主義者を 指すのでもなく、ファシストを指すのでもなく、 イスラエルに自爆を繰り返すパレスチナ人たちで も爆弾を抱えて米軍に体当たりしていくイラクの 若者を指すのでもなく、またアルカイダを指すも のでもない。だとすると、現代のテロリストは本 当はだれなのか。ブッシュこそテロリストだとい うのである。

 フランス革命政府が近隣諸国に「自由・平等・博愛 」を 押し付けようとして、近隣諸国からの大きな反発を 呼び起こした。

 アメリカのブッシュは、テロに勝利するために は「アメリカの民主主義」を普及させるの が一番だと唱えて、お節介にもアフガニスタンと イラクの社会と政治体制を破壊した。だがその 民主主義の押しつけは、イスラム諸国の猛反発を 呼んだばかりか、欧州諸国の眉をもひそませた。

 以下、ブッシュがテロリストである証左を論じ ている部分を引用する。
 そして国際社会の反発は、アメリカを守りの姿 勢へと転じさせる。これもまたジャコバン党とお なじく、いまは自由を守る過渡期なのだと、アメ リカは危機的状況にあるのだとして、国民も含め てアメリカに出入りするひとびとの自由を締め付 け始める。

 まず、国土安全保障省というオフィスができて、 まず外国人の入国出国のチェックを始めましたね。 これは先頃日本も始められ、批判も含めて話題と なっているようですが、モデルとなったアメリカ では入国時に指紋を採られ、その情報はアメリカ 政府の所有となる。

 かつては楽しみだったアメリカ旅行も、このチ ェックを思うと行きたくなくなりますね。入国審 査を思うと足がすくみ、2001年以来、我が家はア メリカへは遊びにもいっていないし、ここしばら くは行く気にもなりません。アメリカ行きの仕事 は断り、若い人に行ってもらっております。

 さらにだ。もし、みなさんが(アメリカ人で あっても)テロリストの疑いを受けようものなら、 締め付けはもっときつい。

 キューバにアメリカが借りているグアンタナモ ベイ収容所というのがあって、米政府はここにア ルカイダと関係があるとされる容疑者を収容して いたことは記憶に新しいですね。そこでは、国際 社会で容認される取り調べの手段をこえた拷問、 不法拘留などを行なわれていた。

 拷問の禁止,勾留(あるいは拘留)の条件を定 めたジュネーブ条約(アメリカも加盟している) というのがありますが、アルベルト・ゴンザレス 司法長官(いまは辞任している)は「テロリストと の戦いは主権国家 同士の戦いではないから、 (国家間の法である)ジュネーブ条約は適用され ないのだ」という意見を述べ、グアンタナモベイ 収容所での拷問を正当化したのであります。

 拷問は第一次大戦時に北アフリカでフランス軍 が行ったのがいちばん残酷だとされていて、そう いう話に詳しい作家のイアン・フレミングはジェ ームス・ボンドもののあちこちで使っていますが、 ブッシュ政権がひねり出した方法はそれ以上らし いです。獰猛犬をけしかける、獰猛犬にけしかけら れるという恐怖を与える(心理的にこたえる)、 水攻め、寒空に裸で放り出す、とかともかくメチ ャクチャないじめ方をするらしい。

 さらに、アメリカは被疑者を拷問を得意とする 国々(多くは中東の国)へ「輸出」し、残酷な拷 問が「外注」されていたことも問題になったこと がある。その「輸出」飛行のときのストップオー バーがヨーロッパのいくつかの国だったというこ とで、欧州でもおおきなニュースになりました。 これではもし身元を間違って拘束されたら、いま のアメリカでは生きて帰ってこられないかもしれな いのであります。

 そして、国民に対するワイアタッピング(傍聴・ 盗聴)である。

 アメリカには1978年につくられた Foreign Intelligence Surveillance Act という法律があって、国民は令状無しに郵便物を あけられたり通信を傍受されることはないというこ とになっていました。だがブッシュ政権は、国家 の安全は至上命令だとして市民のe-メールやイ ンターネット交信のチェック、国際電話の傍聴を はじめたのであります。あたらしいルールでは、 プロバイダーがみなさんのメールやウェッブを覗 き、当局に通報しても免責されることになった。 単にメールを覗かれたとしても、プロバイダーを 訴えることはできなくなったのであります (上院はこの措置に同意しているようですけど)。

 アメリカ憲法には修正条項が1から10まであり、 それらは建国以来、ひとの自由の保証をコアとす る人権保障の確立をめざして追加的に立法されて きたものでありますが、民主主義を広めようとす るその崇高な(と彼らが言う)戦いのあいだ、 ひとびとはせっかく勝ち得た民主主義の諸権利を ひとつづつ引き剥がされるという、どうにもつじ つまの合わない事態がアメリカに出来してしまっ たようであります。

 そのありさまを、ジャコバン党政権下のフラン スとそっくりだ、とフルテンベルグ教授は言うの であります。ジャコバン党は、ジャンジャック・ ルソーの平等思想を下敷きにした「ジャコバン憲 法」をつくりあげましたが、その実施は非常時が 終わって平和が訪れるまで延期されることになり、 結局ジャコバン憲法は陽の目を見ないまま終わっ てしまったのですが、アメリカの権利の制約もそ れに似ているというわけだ。

 ついでにいうならば、パキスタンのムシャラフ 大統領も、「来年の選挙を民主的に行えるよう、 いま戒厳令を敷くのだ」と説明したですね。その 論理はジャコバン政権のそれにもよく似ています。

 もっともアメリカの歴史にも、大統領が「自由 を守るため」との理由で憲法の規定を留保し、あ るいは無視して事をすすめたという先例がいくつ かあります。リンカーンは南軍が発砲してきたと き、議会を無視して応戦を命じ、南北戦争をはじ めた。さらに、戦費を調達するために、議会に無 断で国債を発行したのであります。あとで開戦の 責任を問われたリンカーンは、国が分裂するとい うときに国民の声など聞いている暇はない、大統 領は国を守るために憲法を超える権利を憲法から 与えられているのだ、と説明したのであります。

 もうひつとよく知られている例は、フランクリ ン・D・ルーズベルトでありましょう。ルーズベ ルトも第二次大戦中、戦費を捻出するため、議会 の制定した物価統制令を無視して事を運んだので ある。これは後に議会も承認して「ニューディール」 とよばれる政策になったのですが、金融物価にお おきな統制を課し、アメリカの伝統的な個人主義 ・自由主義をおおきく制約するものでありました。 「欲しいがりません,勝つまでは」なのだ、我慢しろ、 というわけだ。

 個人の自由が先か,国家の安全が先か、両方欲 しいならどちらをどれだけ譲れるのかということ は、とにもかくにも憲法論における永遠の命題で ありましょう。アメリカだけでなく、世界のどこ の国でも抱える問題でありましょう。サダム・フ セイン時代のイラクには自由はなかったけれど、 安全はあった。アフガニスタンもタリバン政権下 で、ひとびとは安全に暮らしていたじゃないかと 懐かしがるひとびとがいます。

 人権と国家安全保障のバランスをどうとるか、 そのことは司法省とホワイトハウスのあいだでも おおきな議論になったらしい。

 テロリストの横行という歴史に先例のない事態 を前にして、政府の使命はテロを未然に防ぐこと にあるのだ。弾はどこから飛んでくるかわからな いのだ。リベラルは批判ばかりしているが、9/11の ようなテロがまた起こったら、国民から非難される のは政権を担っているおれたちなんだよ、とホワイ トハウスは言う。それに対して司法省の多数は、 でも既存の国内法、国際法ではそういう独断はち ょっと無理ですよ。いまある規則の枠の中でベス トの解決を図るのが法治国家というものではない ですか、と反論する(両者の議論は、ジャック・ ゴールドスミスという司法省顧問を務めたハーバ ードの先生が書いた「 Terror Presidency 」と いう新刊書に詳しい。彼はアルベルト・ゴンザレ ス司法長官のもとで10ヶ月務め、意見を異にして 辞任した。法学を学ぶ学生さんはお読みになると よろしいよ。)

 だがそのゴンザレス司法長官は、そのような甲 乙の議論を吟味することなく、争点を議会と話し 合うこともなく、拷問のアウトソーシングやワイ ヤタッピングについては極秘のメモだけで処理し ていたといいます。フルテンベルグ教授がいう 「恐怖政治」を思わせる不透明な政治運営であり ます。

 そしてメモはブッシュ・チェニー・ホワイトハ ウスが聞きたいことを、そのまま鸚鵡返しに復唱 していたにすぎなかった。 リーガルアドバイスとしても無意味なメモ だっただけでなく、法曹の吟味にも耐えられるもの でなかったのでした。彼はどうせ 政治任用だからね、司法の独立なんて興味ないの さと評され、そのこともゴールドス ミス顧問の辞任を早めたのでありました。

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