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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
『大日本帝国の痼疾』(5)


「英将秘訣」―その能動的ニヒリズム


 能動的ニヒリズムを表白しているものとして、 近藤さんが「英将秘訣」から取り出しているのは 次の条文である。

一、親子兄弟と雖も唯執着の私なれば、蠢虫 (しゅんちゅう)同様の者にして、愛するにも足 らぬ汚物也。況や夷人をや。

一、親子を人質に遣はすとも、愛着の義を思ふ事 なかれ。其時を打死の日と定むべし。猶(なお) 其人にも申し聞かすべし。

一、俸禄などいふは鳥に与ふる餌の如きもの也。 天道豈(あに)無禄の人を生ぜん。予が心に叶はねば、や ぶれたるわらんじをすつるが如くせよ。

一、悪人の霊魂を祈らば、我に智慧よく付く者也。 先づ釈迦、歴山王、秀吉、始皇。而して泉の如く 策略も亦生ず。

(管理人注:「歴山王」=「アレキサンダー」、 「始皇」=「秦の始皇帝」)

一、義理などは夢にも思ふ事勿れ。身を縛らるゝも の也。

一、恥と云事を打捨てゝ世の事は或るべし。使ひ 所によりては却つて善となる。

一、薄情の道、不人情の道、忘るゝ争勿れ。是を 却而人の悦ぶ様にするを大智といふ。

(却而…何と読むのでしょ? 意味は「かえって」でしょう。)

一、礼儀など云は、人をしばるの器也。世をしめ かためて吾が掌中に入る具也。

一、涙と云は、人情を見する色也。愚人、婦女子 に第一の策也。

一、愛すれば近づき、悪めば去り、与ふれば嬉ぶ は禽獣の様也。人倫亦何の異る処かある。

一、主君を大悪に陥れて後ち之を殺すには、天下 手を我に借るといふ名目よし。(外国)

一、天下万民を救ふといふ名あれば、恥る所なしと 定めて事にかゝるべし。

一、大奸智無慾の如くにして、今世の万人の測り 知るべからざる人を、日本には鬼神といひ、唐土 にて聖人といひ、天竺にて仏と云ひ、西洋にては ゴッドと云ふ。所以一つなり。

(所以…「ゆえん」と訓読みする熟語ですが? 「もってひとつとするところなり」とでも読むの かな?」)

一、殺生、偸盗、邪淫、妄語、飲酒の破戒素よ りにて、殺生は軍の工夫、偸盗は忍術の調練、 邪淫は反間(はんかん)のチラシ、妄語は差挟りのタクミ、 飲酒は人をなづくるの梯なり。

(反間…仲間割れの計略。差挟り…なんて読むのでしょうか? 意味は「仲間割れ」?)



 なるほど、すさまじいまでのニヒリズムだ。 旧来の道徳的価値も宗教的価値も嘲笑してはば からない。まさに「すべての価値の価値転換」 を行おうとしている、と読める。しかし、 「すべての価値の価値転換」は、三好十郎の言 葉を借りれば、「より大きな肯定へ向っての」 「真に尊重さるべきなにものかを生み出す」予兆 であった。つまり「私たちは、いつの日にか、新 しい諸価値を必要とする」(ニーチェ)からなの である。それは媒介としてのニヒリズムであって、 あくまで価値のニヒリズムである。「英将秘訣」 のニヒリズムでは「すべての価値の価値転換」 は一つの政治的手段となっている。

 近藤さんの分析を聞いてみよう。

 一読してわかるように、在来の封建倫理の まったき解体の果てに、伝統的な規範意識が 通常の意味と連関を失い、ことごとく転倒され たあげく、これらの激語は吐かれている。

 そこには日本封建倫理の徳目である「義理」、 「人情」、「恥」が哄笑の対象であるだけでは なく、儒教を大義名分論から解放し、18世紀に 猛威をふるった徂徠学の聖人信仰、仏教、キリス ト教、アレクサンダー大王など世界的な宗教規範 もしくは英雄が、無意味化されているか、積極的 に政治的手段として利用されている。

(中略)

 さらにまた、「殺生、偸盗、邪淫、妄語、飲酒」 や「賭博の類は一ものがす事なく心得置くべし」 といった「破戒」のすすめは、デカダンスの表現 としてのニヒリズムにかなっているのである。 (ニーチエによれば、アナーキズムもデカダン スの結果である。)そしてこのような背徳の論理 は、やはり目的とはならずに政治的手段 (「軍の工夫」、「反間のチラシ」等)となっ ている。

「……天下手を我に借るといふ名目よし」や「天 下万民を救ふといふ名あれば……」という名分論 はすべて権力掌握のための方便であり、権力じた いが価値化されている。

 このようにニヒリズムが目的ではなく 、体験の結果としてあらわれているのは、 幕末―維新期の「すべての価値の 価値転換の試み」を強いる大情況の渦中での体験 が、直接それを醸成させたからであることは、 多言を要しないだろう。

 ここで近藤さんは1858(安政5)年から1868(明 治元)年までの日本の情勢を、欧米列強のアジア への圧力・侵略と絡ませて年表風にまとめている。

1858(安政5)年
 日米修好通商条約調印(安政五ケ国条約)。
 薩摩藩士西郷隆盛、僧月照と入水。
 イギリス国王のインド直接統治。

1859(安政6)年
 志士梅田雲浜獄死、頼三樹三郎、橋本左内、吉 田松陰刑死(安政の大獄)。
 開港。
 フランス、サイゴン占領。

1860(万延元)年
 大老井伊直弼、水戸浪士に暗殺(桜田門外の変)。
 幕府正使、条約批准のため神奈川出発。
 将軍家茂、皇妹和宮降嫁の公布。
 五品江戸回送令。
 米人ヒュースケン斬殺。
 英・仏連合軍、北京進撃(北京条約)。

1861(文久元)年
 ロシア軍艦対島占拠。
 幕府仏・蘭・米・英・(江戸・大阪・兵庫・新 潟)露五ケ国に開港開市延期要請。
 水戸浪士ら英公使館襲撃(第一次東禅寺事件)。
 幕府、品川御殿山に各国公使館設置承認。
 幕府遣欧使節出発。
 アメリカ南北戦争。
 ロシア農奴解放令。

1862(文久2)年
 老中安藤信正襲撃(坂下門外の変)。
 家茂、和宮と婚儀。
 薩摩藩主島津久光、急進派有馬新七らを斬殺 (寺田屋騒動)。
 ロンドン覚書調印。
 一橋慶喜、将軍後見職。
 松平慶水、政事総裁職。
 ロシアと覚書調印。
 薩摩藩士、イギリス人殺傷(生麦事件)。
 松平容保、京都守護職。
 フランスと覚書調 印。
 幕府、榎本武揚、西周らをオランダ派遣。
 勅使三条実美ら攘夷の勅旨を幕府に伝達、幕議 遵奉決定。
 高杉晋作、久坂玄瑞らイギリス公使館焼打。
 朝廷国事係設置。

1863(文久3)年
 新撰組結成。
 幕府、攘夷期限を5・10と上奏、長州藩米船砲 撃。
 米・英・仏・蘭四国軍艦反撃。
 奇兵隊編成。
 薩英戦争。
 攘夷親征の詔。
 8・18のクーデター。天誅組挙兵。生野の変。

1864(元治元)年
 イギリス代理公使ロンドン覚書破棄を通告。
 フランス公使ロッシュ着任。
 天狗党挙兵。
 パリ協定調印、のち破棄を通告。
 池田屋事件。
 長州藩兵、御所蛤御門で薩摩、会津、桑名藩兵 と交戦敗退(禁門の変)。
 四国連合艦隊下関砲撃(馬関戦争)。
 第一次征長の役。
 幕府、参勤交代制復活。
 長州藩討幕政権成立。
 第一インター。
 清、太平天国滅亡。

1865(慶応元)年
 イギリス公使パークス着任。
 英・米・仏・蘭公使、幕府に兵庫先期開港と 条約勅許強請。
 幕府外国奉行、仏・英に軍事調査。
 長州再征の勅許。
 天皇、条約勅許。

1866(慶応2)年
 坂本竜馬の斡旋により、木戸孝充・西郷隆盛討 幕の提携成立(薩長同盟)。
 大阪で米騰貴、暴動蜂起。
 第二次征長。
 改税約書。
 幕府・長州藩休戦協定。
 浪人取締令。
 世直し一揆激化(江戸時代最大の規模・件数)。
 普墺戦争。
 フランス朝鮮遠征、江華島占領。

 1867(慶応3)年
 睦仁親王践祚。
 将軍慶喜、英・仏・蘭代表に兵庫開港実施を約 す。兵庫開港勅許。
 薩土盟約。王政復古標榜。
 仏公使ロッシュ改革意見書。
 討幕の密勅。大政奉還。
 坂本竜馬、中岡慎太郎暗殺。
 兵庫開港、大阪開市。
 王政復古の大号令。小御所会談。
 「ええじやないか」運動広がる。
 マルクス「資本論」第一巻。
 イギリス、第二次選拳法改正案。
 仏軍、ガリバルディ軍制圧のためローマに入る。
 アメリカ、ミッドウェー島占領。
 フランス、カンボジアを保護国化。
 イギリス、シンガポール・マラッカを直轄植民 地とする。

1868(明治元)年
 鳥羽・伏見の戦(戊辰戦争開蛤)。
 新政府、慶喜追討令。旧幕領直轄。
 神戸事件。
 王政復古を各国へ通告。
 暗殺禁止令。
 堺事件。
 赤報隊に偽官軍の布告。
 外国人殺害禁止布告。
 五ケ条誓文。
 五榜禁令。神仏混淆禁止。政体書制定。
 奥羽越列藩同盟成立。
 上野戦争。
 一揆続く。

 欧米近代資本主義列強の外圧を排除して、いか に〈日本〉の統一と独立を達成できるか、という 緊急の外交問題が社会経済的、文化的問題に優先 した状況がよく見て取れよう。世界史の発展段階 として社会的な変革を経験していない日本が、 その社会的な解放を政治的な解放としてうちだす ほかなかった時代である。これが「英将秘訣」 のニヒリズムを醸成させた大情況であった。

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