2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
「終戦の詔書」を読み解く

ウヨさんにとっての「終戦の詔書」

 9月6日の「今日の話題」で、マスゴミの扇動にた やすくのっかてしまう人たちを「単細胞」と揶揄し たが、それは情報をその背景や事実関係を確認する ことなく鵜呑みにしてしまう思考(思考していない と言った方が適切か。)傾向を指している。これは 情報源を信用して時には私も犯す過ちだが、 私はそれを自覚している点で「複細胞」だと自負している。

 ネットウヨさんの多くも単細胞のようだ。 時々私のホームページにコメントを書き込むウヨさん がいるが、「日本人なら君が代・日の丸を尊重するのが 当たり前」とか「公務員は法律を守るのが当たり前」とか、 思考停止の決まり文句がほとんどだ。もう一つ、ウヨさん かサヨさんか分からないが、「教科書民主主義」的思考停止 常套句がある。「民主的な選挙で選ばれた何々 (政府、大統領、知事、議員etc.)なのだから 従わなくてはいけない。」

 さて、「終戦の詔書を読み解く」ための資料をネットで 検索しているときに、 終戦の詔書(現代語訳) というのに出合った。これを肴にして、このシリーズを 終わることにしよう。

 上記の記事を書いた方は「三鷹」と名乗って いる。三鷹さんはまず次のように述懐している。

 三鷹は、中学生以来、終戦の詔書は何度も読ん できたつもりだったし、それをラジオで国民に伝 える昭和天皇の肉声も、終戦記念日などにテレビ 等で何度となく聞いてきた。大意は理解していた のだが、難解な用語や修辞が壁となり、完全な理 解には遠かった。いや、この際、正直に白状して おこう。「戦争に負けたというだけのことを、何 か難しい言葉を使ってアレコレ弁解しようとして いる」と誤解していたのだ。実に恥ずかしい。

 「誤解」ではないのだ。それは正しい認識だ。 当時あの「玉音放送」を聞いて理解できた人は、は たしていただろうか。「なんだかよく分からないが、 負けたらしいぜ」「戦争に負けたというだけのこと を、何か難しい言葉を使ってアレコレ弁解しよう としている」というのがほとんどの人の実感だ ったろう。翌日に新聞に掲載された文章をすんなり 読めた人だって多くはいまい。三鷹さんと同じ感想 だったに違いない。

 ちなみに、「玉音放送」の録音を YouTubeで 聞くことができる。まだ聴いたことのない人は 、画面に出てくる文字を見ないで聞いてみてくだ さい。三鷹さんの感想が正しいことが分かるでし ょう。

敗戦の詔勅 (玉音放送) ~完全版~

 その三鷹さんが『「現代語訳」を読んで初めて、 詔書の意味するところを、実感とともに理解でき たように思う。』と言う。三鷹さんが紹介してい る現代語訳は産經新聞(1999年11年8月15日付) に掲載されたものだそうだ。次のようである。

私は深く世界の大勢と日本の現状とを考えて非常 の手段で、この状況を収拾しようと思い、あなた 方忠義で善良な国民に通告する。

 私は日本政府に米国、英国、中国、ソ連の四ヵ 国の出したポツダム宣言を受け入れることを各国 に通告させた。

 そもそも日本国民の安全を確保し、世界の国々 と共に栄えることを喜びとすることは先祖から 行ってきたことであって、私もそのように努力し てきた。先に米国、英国に宣戦布告した理由も 日本の政治的経済的自立と東亜の安定を願っての ことで、他国の主権を侵害したり、領土を侵犯す るようなことは、もとより私の意志ではない。 しかしながら、すでに四年間の戦争で、陸海軍 将兵の勇敢な戦闘、役人の勤勉、一般国民の努力 、それぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦 争の状況は芳しくなく、世界の情勢も日本に不利 に働いている。それだけではない。敵は新たに 残虐な原子爆弾を使用して、何の罪もない非戦 闘員を多く殺傷し、その惨害は計り知れない。 それでもなお戦争を継続すれば、最終的には日 本民族は滅亡し、人類の文明も破壊されるこ とになってしまうだろう。そうなれば私はどう して我が子とも言える多くの国民を保護して先祖 の霊に謝罪することができようか。これが政府 にポツダム宣言に応じるよう命令した理由である。

 私は日本とともに終始、東亜の植民地解放に 協力した友好国に対して申し訳ないと思わざるを 得ない。日本国民で戦場で死亡し、職場で殉職し 、思いがけぬ死を遂げた者、またその遺族のこ とを考えると全身が引き裂かれる思いだ。さらに 戦場で負傷し、戦災にあい、家や職場を失った 者の再起については私が深く心配するところで ある。思うにこれから日本の受けるであろう苦 難はいうまでもなく、大変なものになる。国民 のほんとうの気持ちも私はよく知っている。 しかし、私はこれから耐え難いことを耐え、忍 び難いことを忍んで将来のために平和を実現しよ うと思う。

 私はここに天皇が存在する国の在り方を守り 通して、あなた方忠義で善良な国民の真心を信 頼し、いつも国民とともにある。もし、感情的 になって争いごとを構え、国民同士がいがみあ って、国家を混乱に陥らせて世界から信用を失 うようになることは私が最もいましめたいこと だ。どうか、団結して子孫ともども固く神の国 である日本の不滅を信じ、道は遠いが責任の重 大さを自覚し、総力を将来の建設のために傾け、 道義心や志、操を固くして、日本の栄光を再び 輝かせるよう、世界の動きに遅れないように努 力しなければならない。国民の皆さん、どうか 私の気持ちを汲んで理解して欲しい。

 内容の訳に異論はないが、文体が換骨奪胎されて いて、原文の「荘厳」を装ったこけおどし語調がま ったく抹消されている。

『国民の皆さん、どうか私の気持ちを汲んで理 解して欲しい。』だって? 噴飯ものだ。 雲の上から「爾臣民」を見下ろし、「朕カ意ヲ體 セヨ」と命令しているんだぜ。これは意図的な誤 訳だよ。この現代文のような詔書だったら当時の 国民は、意味はよく理解しただろうが、全く畏れ 入らなかっただろう。「詔書」や「勅令」の文体 は畏れ入らせることを意図した文体だ。

 さて、「忠義で善良な国民」である三鷹さんは これを読んで『実感とともに理解できたように思 う。』と言う。その「実感」とは『この詔書か ら「戦後」が始まったのだということ』だそうだ。

アメリカ軍の「進駐」ではない。新憲法でもない。 自分たちが生まれ育ってきた「戦後日本」は、こ の昭和天皇の詔書から直接に始まったのだ。天皇 の悲痛な言葉に血涙とともに従い、天皇とともに 耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、敗戦を受け 入れた日本国民によって、「戦後日本」の建設が 始まったのだ。それが、あの時代を生き抜いた日 本人の大多数が認めるところだろう。

   敗戦直後、私は小学校2年生。私の周りには、 必ずといってよいほど身内に戦没者がおり、着る ものも食うものも住むところもなく焼け跡に放 り出された人々があふれていた。我が家も、 戦没者こそいなかったが、例外ではなかった。 一時的に国家が消滅したような状況の中で、それ でも各自が自分で生きる算段をつけて必死に生き 継いでいた。「天皇の悲痛な言葉に血涙ととも に従」ったものなど、少なくとも私の周りには、 全くいなかったと言ってよいだろう。

 三鷹さんは自分が作った妄想に酔っている。 その妄想が次のようなとんでもない顛倒した錯覚 を生む。

 逆に言えば、この詔書が無ければ、マッカーサ ーがコーンパイプを咥えて厚木に降り立つことな ど出来なかったし、新憲法も存在しなかった。も ちろん、日本という国が、現に在るような形で 残ったかどうかも分からない。私事を申すなら、 三鷹の父母は終戦当時、それぞれ十四歳と八歳 だった。戦争があと数年続いていたら、父母も ろとも、三鷹もこの世には存在しなかっただろ う。

 三鷹さんのような論理が妄想であり顛倒した 誤解であることを示すために『「終戦の詔書」 を読み解く』を書いてきた。

 歴史に「もしも」はない、とはよく言われるこ とだが、「もし詔書が無ければ」に付き合うと、 その通り、「父母もろとも、三鷹もこの世には 存在しなかった」可能性はおおいにある。

 しかし、戦争は数年も続かない。大日本帝国は 半年もたたないうちに完膚なきまでに打ちのめさ れただろう。ドイツのように。三鷹さんが崇敬し てやまない天皇家もその取り巻きの大日本帝国の 支配層も絶滅していただろう。だからこそ彼らは ポツダム宣言を受け入れて降伏したのだ。

 しかし、さらなる惨劇を強いられるはめになる 国民は全滅はしない。やはりマッカーサーは 「コーンパイプを咥えて厚木に降り立つ」し、 「新憲法」も制定されよう。そのときは、大日本 帝国のゾンビが跋扈できる余地のない真の民主国 家に生まれ変わっていただろう。(もしかすると、 こっちの方がよかったかな。)

 三鷹さんはこの後、「ガイドライン関連法」や 「国旗国歌法」や「通信傍受法」を持ち上げて 現在の右傾化状況を得々と書き連ね、「自慰史観」(今まで 「自慢史観」を使ってきたが、これの方がより 適切だな。)の勝利宣言をしている。(そこで扱 われている事項についてはこのホームページ では既に論じているので改めて関わらない。) そして次のようにご託宣をたれている。

 左翼進歩派諸氏にも、心静めて、終戦の詔書を 現代語訳で読んでみることをお薦めする。彼ら なりに、その心に響き、得るところが、少なか らずあるように三鷹は思う。

 私は三鷹さんにやはり原文で読むことをお薦め しよう。さらに、その背景の歴史を勉強すること も合わせてお薦めしよう。ただし、手前勝手な 「自慰史観」ではなく、第一次資料をシッカリと ふまえた客観的な歴史をね。きっと妄想から目が覚 めることだろう。
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