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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
「終戦の詔書」を読み解く

「詔書」第一案の分析(3)大東亜会議の虚実

他國主權ノ毀損ト領土ノ侵略トハ 固(もと)ヨリ 朕カ素志ニアラス

1943年
 2月1日 ダルカナル島撤退
 4月18日 連合艦隊司令長官・山本五十六戦死
 5月29日 アッツ島玉砕
 9月   イタリア、連合国に降伏

 枢軸国はイタリアが脱落し、ドイツ軍の敗退もこ の年から始まっている。日本の敗色もいよいよ濃い。 この状況のもとで、日本軍政はビルマ(8月)とフィリ ピン(10月)に独立をあたえる。そして、日本は11 月5、6日に「大東亜会議」なるものを東京で開催し た。招請されたのは中国、タイ、満洲国、フィリピ ン、ビルマであった。

 中国とはもちろん南京の汪精衛(=汪兆銘)傀儡 政府の方である。タイ国首相ピブンは病気を理由に 欠席している。また、当時在京中の「自由インド仮 政府」首班チャンドラ・ボースが陪席した。日本側 は東条英機首相が出席した。

 各国の国会議事堂における演説はいずれも真の独 立への期待と願望を強く訴えといる。また、会議は 「共存共栄」「独立親和」「文化昂揚」「経済繁栄」 「世界進運貢献」の五原則を採択したが、大東亜共 栄圏の実態はどうだったのだろうか。

 1943年2月1日の衆議院秘密会において佐藤賢了陸 軍少将は、南方の軍政状況を説明して次のように述 べている。

行政府ヲ軍政監部ノ下部機関トシテ置イテ居ラウ ガ、コレヲ奉ツテ独立政府ト致シマセウガ、実際ニ 於テ大シタ変リハナイ―――ト云フト具合ガ悪イノ デアリマスルガ、率直ニ申シマストサウデアリマス

ビルマとフィリッピンの独立とは、独立といっても 日本軍の軍政下にあるのと変わらないという質のも のでであった。

 いまだ独立していないその他の地域の扱いはどう なっていたのか。大東亜会議の半年ほど前の 1943年5月31日の御前会議で次のように決定されて いた。(「大東亜政略指導大綱」)

其ノ他ノ占領地域ニ対スル方策ヲ左ノ通リ定ム  但シ(ロ)(ニ)以外ハ当分発表セズ

(イ)「マライ」「スマトラ」「ジャワ」「ボルネ オ」「セレベス」ハ帝国領土ト決定シ重要資源ノ供 給源トシテ極力之ガ開発並ニ民心ノ把握ニ努ム

(ロ)前号各地域ニ於テハ原住民ノ民度ニ応ジ努メ テ政治ニ参与セシム

(ハ)「ニューギニア」等(イ)以外ノ地域ノ処理 ニ関シテハ前二号ニ準ジ追テ定ム

(ニ)前記各地ニ於テハ当分軍政ヲ継続ス

 「其ノ他ノ占領地域」とは具体的には、現在の マレーシア、シンガポール、インドネシアにあたる。 そこは日本の領土にするとしている。そして、 ニューギニアなどについては、日本の領土に する方向で「追テ定」めようと言う。しかもこのこ とは「当分発表セズ」、つまり秘密にしておこうと 言っている。なによりの重要なことは、 これは天皇 も承知していたということだ。これらのことは 「固ヨリ朕カ素志」であったのだ。

 以上のように、開戦時に設定した大義名分「大東 亜共栄圏の建設」は、東南アジア諸国を欧米の植民地 主義から解放し独立を与えようというものであったが、 実態は、石油などの重要資源や戦略的拠点の確保のため に占領地域を日本の領土にし、日本が欧米に代わって新 たな支配者になろうとしていたのだった。

 ところで、大東亜会議に招請された各国のその後は どうなったのか。

 まず、タイの大東亜会議不参加はタイ独自の絶妙 の外交戦術であった。米英との間に一定の和平路線 をも保っていたのだ。日本敗戦時の危機にも巧妙に 対応した。当時のアパイオン内閣は舞台裏で「日本 軍を一網打尽にする凄い筋書」を作っていたと言う。

 ビルマについてはビルマ大使だった石射猪太郎の 『外交官の一生』が日本が独立せしめた「独立」 ビルマの最期を伝えている。
 1945年3月のオン・サンの反乱、ラングーンの大 空襲、軍司令部の混乱、そしてバー・モウ総理らの ラングーン脱出で「独立」ビルマは崩壊した。
 ちなみに、ビルマ共和国が成立したのは1948年 1月のことだった。

 フィリピンは太平洋戦争での最後の戦場となった。 日本敗戦後、日本の傀儡政権(ラウレル)に代わり ロハスが大統領となって、1946年7月に二度目の 「独立」を獲得した。

 満州国は日本敗戦とともに崩壊、傀儡皇帝薄儀は 一市民にかえった。南京政府ももちろん消滅 (汪兆銘は1944年11月に死亡している)し、中国は 国共内戦の場となった。
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