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「終戦の詔書」を読み解く

「終戦の詔書」の成立過程

 東京新聞(8月19日朝刊)の「筆洗」が、 大宅壮一編『日本のいちばん長い日』から、 「終戦の詔書」(正確には「大東亞戰爭終結ニ關 スル詔書」と言う。)の文言をめぐる政府内対立 のエピソードを取り上げていた。

 放送で流す終戦の詔書の表現をめぐる政府内の 対立が興味深い。原案の「戦勢日に非にして」の くだりに対して、阿南惟幾陸相が「大本営発表が すべて虚構であったことになる。戦争は敗れたの ではなく、ただ現在好転しないだけだ」と訂正を 求めたとある。

 米内光政海相らは原案を支持したが、最後は陸 相の主張通り「戦局好転せず」で決着した。「栄 光ある敗北」にしないと、陸軍内で暴発が起きか ねない状態だったのだという。それにしても都合 のいい表現を考えたものだ。

 原案には他にも直しがあり、よく知られる「堪 え難きを堪え…」のくだりの前には「時運の赴く 所」という表現が出てきた。敗戦は誰かの責任で はなく、時の勢いや運命なので仕方がないとの意 味にも取れる。「好転せず」と同じ発想だろう。

 戦後は敗戦の教訓を学ぶことから始まったはず だ。だが、終戦の詔書に刻まれた発想は今もなお、 この国の組織のあちこちに残っている気がしてな らない。

 皇軍内での陸軍と海軍の確執はかなり根深かった らしい。この問題を取り上げる人の多くは海軍びい きのようだ。陸軍が頑迷で封建的なのに対して海軍 は開明的進歩的であった、ということをよく耳にす る。上のエピソードにもそれが表れている。 阿南陸相が「大本営発表がすべて虚構であったこと になる。」といったそうだが、「すべて」ではない けれども、大本営発表が虚構だらけだったことは 今では明らかなことだ。「大本営発表」は「虚偽」 の代名詞になっている。

 陸相の言い分が通ったために、「終戦の詔書」が 「敗戦」を「終戦」と言いくるめる詐術の元凶にな ったわけだ。「時運の赴く所」による「終戦」なの だから、「敗戦」は誰の責任でもない。この詔書は 天皇制無責任体制を如実に示す好例だ。

 ウヨさんたちが「終戦の詔書」を取り上げること がよくある。ウヨさんによると、この詔書は「平和 主義者の天皇陛下の悲痛なお言葉」だそうだ。ヒロ ヒトが平和主義者だったかどうかは今はおく。ここ では詔書が天皇の言葉だという錯誤を取り上げたい。

 当然なことながら証書の言葉は、最終的には 天皇が裁可するするにしても、天皇の頭から 出てきた言葉ではない。官僚・御用学者(「終戦 の詔書」内の言葉を使えば「朕が百僚(ひゃくりょ う)有司(ゆうし)」)の作文だ。もちろん、官僚・ 学者はまず第一に天皇に気に入られるように腐心し て作文する。第二に、どのように「国民」(「終 戦の詔書」内の言葉を使えば「爾(なんじ)臣民」) をあざむこうかと腐心する。もちろん、国際社会に も目配りしなくてはならない。なかなか大変な事業 なのだ。

 「終戦の詔書」が玉音放送として発表された文章 に落ち着くまでに、どのような推敲過程があったの か。それが明らかにされると、大日本帝国の官僚・ 御用学者の腐心した跡が見られるだろう。つまり それは、大日本帝国の官僚・御用学者の頭の中 (心性と思考パターン)を解剖するに似る。

 しかし、そのような資料は残されているのだろう か。……
 ありました。石渡隆之(元内閣文庫長)という方 の論文 「終戦詔書成立過程」 を見つけた。以下はその論文を利用している。

 1945年8月9日の深夜から翌10日の早朝にかけて の御前会議で、大日本帝国の中枢部はやっとポツダ ム宣言の受託を決定した。その直後から直ちに 「終戦の詔書」(以下単に「詔書」という。) の作成が開始された。まず、迫永 久常(内閣書記官長)が中心となって草案を作成し た。それをもとに8月14日夕刻に成案(閣議用原案) を得るまでの曲節を示す資料がある。総理府国立公 文書館に保管されていた『公文類集 第六十九編 昭和二十年巻一』だ。これに編綴されていてたもの で、公開されているそうだ。

 その資料には詔書の草案が数点あるという。全資 料を石渡さんはおおよそ次のように整理している。

① 第一資料 第一案
② 第二資料 第二案
③ 第三資料 第三案②を大幅に加除。安岡正篤(陽明学者)の考案によるとされて いる。
④ 第四資料 ③を清書したもの
  第五資料 ④の修正意見。曽祢益(外務省政務局第一課長)による、 主に用語用法についての意見
⑤ 第六資料 ④を浄書(一字削除)
⑥ 第七資料 第五資料の意見を吸収したもの
⑦ 第八資料 ⑥を整理、加除したものと
⑧      ⑦を加除したもの
  第九資料 ⑧と同文。閣議用詔書案

 石渡さんは①~⑧の詔書案の加除の変遷を文節 ごとに一覧表にしている。私としては、それぞれ の案の通し文が欲しいのだが、それは掲載されて いない。そこで逆に、文節ごとの一覧表から本文 を復元することにした。推敲の大きな節目だけを 追うことにし、①②④⑧をそれぞれ「第一案」 「第二案」「第三案」「第四案」と呼んで復元す る。

 なお、詔書も詔書案のすべて句読点なしののっ ぺらぼうな文なので、読みやすくするため、段落 を設けたり、句読点の代わりに一字空けなどした。 また、難読文字には振り仮名をつけた。(どう読 むのか、自信がないものには「?」を付した。)



大東亞戰爭終結ニ關スル詔書

朕茲(ここ)ニ忠良ナル爾(なんじ)臣民ニ告ク

朕ハ帝國政府ヲシテ 米英重慶並ソヴィエート政府 ニ對シ 各国共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

世界人類ノ和平ト 帝國臣民ノ康寧(こうねい)トヲ 冀求(ききゅう)スルハ 皇祖皇宗ノ遺範ニシテ 朕ノ拳々(け んけん)措カサル所 曩(さき)ニ米英二國ニ対ス ル宣戰ヲ敢テセル所以モ亦 實ニ帝國ノ自存ト東亞 ノ安定トヲ庶幾(しょき)スルニ出テ 他國主權ノ毀 損ト領土ノ侵略トハ 固(もと)ヨリ朕カ素志ニア ラス

 然ルニ交戰已(すで)ニ四歳ヲ閲(けみ)シ 朕 カ陸海將兵ノ健闘 朕カ百僚有司ノ勵 朕カ一億 衆庶(しゅうしょ)ノ刻苦 ソノ極ニ達スルモ 未タ 戦争ノ局ヲ結フニ至ラス

此ノ間欧州ニ於イテハ反テ戦火ノ終熄ヲ見 世界ノ 大勢ハ新ナル国際秩序ノ実現ヲ促スノ機運ヲ示セリ 是ノ秋(とき)ニ当リ尚交戦ヲ継続センカ 激烈ナ ル破壊ト残酷ナル殺戮トノ極マル所 遂ニ民族生存 ノ根拠ヲ奪フノミナラス 延(ひい)テハ人文明 ヲ滅却スルヤ必セリ

朕ハ戦局益々不利ニシテ 敵国ノ人道ヲ無視セル 爆撃ノ日ニ月ニ苛烈ヲ極メ 朕カ赤子ノ犠牲愈々 多ク 人倫ノ大変所在並(ならび?)起ルニ忍ヒ ス 特ニ戦火ノ及フ所 人類共存ノ本義ヲ否定ス ルニ至ムコトヲ懼ル 是レ朕カ先ニ帝國政府ヲシ テ 第三国ノ調停ヲ求メシメタル所以ナルモ 不 幸其容ルル所トナラス 遂ニ各国共同ノ宣言ニ応 セシムルニ至レル理由ナリ

斯ノ如キ非常ノ措置ニヨリ戦争ノ終結ヲ求ム 今 後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラサルヘ ク 爾臣民ノ衷情(ちゅうじょう)ハ 朕最能ク之ヲ 知レリ

且(かつ)夫(そ)レ帝國ト共ニ東亜新秩序ノ建 設ニ協力セル東亜ノ諸盟邦ニ對シテモ 事遂ニ志 ト違エルコトヲ謝セサルヘカラス

然レトモ事態ハ今ヤ此ノ一途ヲ余スニ過キス 朕ハ 実ニ堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ 爾臣民ト共ニ黽勉(びんべん=努力)務力(?) 以テ社稷(しゃしょく)ヲ保衛セムト欲ス 忠良ナル爾臣民 朕ハ常ニ爾臣民ノ赤誠ニ信倚(しんい) シ 神器ヲ奉シテ爾臣民ト共ニアリ 苟モ激情  軽挙 益々事端ヲ滋クシ 同胞排擠(はいさい) 愈々時局ヲ亂(みだ)リ 爲ニ世界ニ信ヲ失フカ 如キハ 朕ノ最モ戒ムル所ナリ 爾臣民其レ克 (よ)ク朕カ意ヲ體セヨ


 構成・文法に混乱した部分があるが、たたき台 とすべき草案に過ぎないのだから、その点を問題に しても仕方あるまい。しかし、その草案に表れて いる官僚たちの事態に対する理解・認識の問題点 は指摘したい。(次回で)
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