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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
詩をどうぞ

石原吉郎『サンチョ・パンサの帰郷』より


 言語を絶する過酷で悲惨なラーゲリ(強制収容所) 体験にもかかわらず、石原さんの詩には被害者とし て同情を乞うたり、声高に告発をしたりする声調は ない。静かな孤立の中から発せられる、どちらかと 言うと虚無的な厳しい断言が心を打つ。「見たもの は 見たといえ」 贅肉をそぎ落とした詩句の間か ら、石原さんが見た事実が屹立する。



葬式列車

なんという駅を出発して来たのか
もう誰もおぼえていない
ただ いつも右側は真昼で
左側は真夜中のふしぎな国を
汽車ははしりつづけている
駅に着くごとに かならず
赤いランプが窓をのぞき
よごれた義足やぼろ靴といっしょに
まっ黒なかたまりが
投げこまれる
そいつはみんな生きており
汽車が走っているときでも
みんなずっと生きているのだが
それでいて汽車のなかは
どこでも屍臭がたちこめている
そこにはたしかに俺もいる
誰でも半分はもう亡霊になって
もたれあったり
からだをすりよせたりしながら
まだすこしずつは
飲んだり食ったりしているが
もう尻のあたりがすきとおって
消えかけている奴さえいる
ああそこにはたしかに俺もいる
うらめしげに窓によりかかりながら
ときどきどっちかが
くさった林檎をかじり出す
俺だの 俺の亡霊だの
俺たちはそうしてしょっちゅう
自分の亡霊とかさなりあったり
はなれたりしながら
やりきれない遠い未来に
汽車が着くのを待っている
誰が機関車にいるのだ
巨きな黒い鉄橋をわたるたびに
どろどろと橋桁が鳴り
たくさんの亡霊がひょっと
食う手をやすめる
思い出そうとしているのだ
なんという駅を出発して来たのかを




デメトリアーデは死んだが
  一九五〇年ザバイカルの徒刑地で

デメトリアーデは死んだが
五人の男が それを見ていた
五人の国籍はべつべつだが
してはならない顔つきは
アルメニアでも 日本でも
ポーランドだっておんなじことだ
生きのこった!
というやくざなよろこびを
ずしりとした厚みで
はねかえすような胸は
もはや君のでも おれのものでも
なかったろう
ザバイカルでもとびぬけて
いこじで 実直なあか松だが
追いすがってまで その男を
おしつぶす理由はなかったのだ
執拗(しうね)く追いつめられて
ふりむいたはずみに
誰かが仕掛けたとしか思えない
奇妙な罠に足をとられ
まっ白に凍った空から
ぶらんとたれさがった
綱のようなものを ちからいっぱい
ひきちぎったまま
地ひびき打って デメトリアーデが
めりこんだ地点から
モスクワまでは四〇〇〇キロ
五ヵ年計画の 最後の冬だ

おぼえがあるか その男だ
デ・メ・ト・リ・アーデ
よしんば名前があったにしろ
名前があったというだけが
抹殺された理由ではない
もとはルーマニアでも
ふきだしたいほど やたらにいた
古い近衛兵の一人だが
もっともらしく
ひげは立てていても
秩序というものには
まだ納得したことの ない男だ
靴と唾(つばき)のあとだらけの
斑(まだら)な凍土(ツンドラ)にねじ伏せられ
つま先だけは 正直に
地面の方を向いていたが
肩と額はきりたつように
空へむかってのけぞったのも
あながちそいつの胴なかが
ちぎれただけとは
いいきれまい

デメトリアーデは死んだが
死ななくたって おんなじことだ
唐がらしよりほかに
あかいものを知らぬ愚直な国で
両手いっぱい 裸の風を
扼殺するようなかなしみは
どのみちだれにも
かかわりはないのだ
無口で貧乏な警傭兵(カンボーイ)が
正直一途(いちす)に空へうちあげる
白く凍った銃声の下で
さいごに おれたちは
手套(ルカビツツ)をはめる 二度と
その指を かぞえられぬために
言葉すくなに おれたちは
帽子(シヤプカ)をかぶる 二度と
その髪の毛を
かぞえられないために




その朝サマルカンドでは

火つけ
いんばい
ひとごろし いちばん
かぞえやすい方から
かぞえて行って
ちょうど 五十八ばんめに
その条項がある
<ソビエット国家への反逆>
そこまで来れば
あとは 確率と
乱数表のもんだいだ
サマルカンドでは その朝
地震があったというが
アルマ・アタでは りんご園に
かり出された十五人が
りんご園からよびかえされて
じょう談のように署名を終えた
起訴されたのは十三人
あとの二人は 証人だ
そのまた一人が 最後の証人で
とどのつまりは 自分の
証人にも立たねばならぬ
アレクサンドル・セルゲーエウィチ・
プーシュキンのように
もみあげの長い軍曹(セルジャント)が
ためいきまじりで
指紋をとったあとで
こめかみをこづいて いったものだ
<フイヨ・ペデシャット・オーセミ!>
  - 五八条はさいなんさ! -
まったくのはなし
サマルカンドの市場(バザール)では
棚という棚が ずりおちて
きうりや とうもろこしが
道にあふれたが
それでも とおいアルマ・アタでは
夜あけと 夜あけを
すりあわすように なんと
しあわせな時刻だろうか
のこった一人の 証人でさえ
タぐれどきには 姿を消した
絵はがきのようにうつくしく
夜あけから夜あけへ
はりわたす アンテナのような
天山(アラ・タウ)の屋根の上なら
インドの空も見えるだろうし
ふるい言い伝えの絹糸街道の
さきをたどれば ローマにも
とどくだろう
買いもの袋をさげたなりで
気さくな十五人が 姿を消すと
町には あたたかく
あかりがともり
とおいモスクワから
三日ぶんの真実(プラウダ)が
とどけられる
まったくのはなし サマルカンドでは
その朝 地震があったのだし
アルマ・アタの町からは
十五人の若者(シノク)が
消えたのだ!

   注 ロシア共和国刑法五十八条は
    一切の反ソ行為に対する罰則を
    規定している。





脱走
一九五〇年ザバイカルの徒刑地で

そのとき 銃声がきこえ
日まわりはふりかえって
われらを見た
ふりあげた鈍器の下のような
不敵な静寂のなかで
あまりにも唐突に
世界が深くなったのだ
見たものは 見たといえ
われらがうずくまる
まぎれもないそのあいだから
火のような足あとが南へ奔(はし)り
力つきたところに
すでに他の男が立っている
あざやかな悔恨のような
ザバイカルの八月の砂地
爪先のめりの郷愁は
待伏せたように薙ぎたおされ
沈黙は いきなり
向きあわせた僧院のようだ
われらは一瞬腰を浮かせ
われらは一瞬顔を伏せる
射ちおとされたのはウクライナの夢か
コーカサスの賭か
すでに銃口は地へ向けられ
ただそれだけのことのように
腕をあげて 彼は
時刻を見た
驢馬の死産を見守(まも)る
商人たちの真昼
砂と蟻とをつかみそこねた掌(て)で
われらは そのロを
けたたましくおおう
あからさまに問え 手の甲は
踏まれるためにあるのか
黒い踵が 容赦なく
いま踏んで通る
服従せよ
まだらな犬を打ちすえるように
われらは怒りを打ちすえる
われらはいま了解する
そうしてわれらは承認する
われらはきっぱりと服従する
激動のあとのあつい舌を
いまも垂らした銃口の前で
まあたらしく刈りとられた
不毛の勇気のむこう側
一瞬にしていまはとおい
ウクライナよ
コーカサスよ
ずしりとはだかった長靴(ちようか)のあいだへ
かがやく無垢の金貨を投げ
われらは いま
その肘をからめあう
ついにおわりのない
服従の鎖のように

  注 ロシヤの囚人は行進にさいして脱走を
   ふせぐために、しばしば五列にスクラム
   を組まされる。

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