2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
「原爆投下」はなぜ「不正」なのか。

原爆投下正当化論(1)

 前々回の「今日の話題」で私は次のように書いた。

 広島・長崎への原爆投下が許されない「不正」であること を、まるで自明のように言い立てる言説が多く報道されてい るが、では、なぜそれが「不正」なのか、理論的に解明して いる言説はない。

 私は「原爆投下は許されざる不正である。」という命題を 「自明ではない」と主張しているわけではない。「原爆は 絶対悪だ」というようなことをただ言い立てているだけでは、 それは「自明のこと」と確信している者のうちだけにしか 流通しないだろうと言いたいのだ。言い換えると、 原爆投下を「しょうがない」と考えている人たちの思想と は切り結べない、ということだ。

 問題点がもう一つある。「原爆投下は絶対悪だ」と主張し ていても、「戦争そのもの」を「悪」とは考えないか、ある いは「悪」としても「必要悪」と考える人もいる。これらの 人たちは原爆(核兵器)を用いない戦争であれば、それこそ 「しょうがない」というのだろうか。

 今日は長崎で平和祈念式典がおこなわれた。そこで の平和宣言では「核兵器の廃絶と恒久平和」の祈念は 謳われているが、戦争そのものへの言及は一言もない。 また、外国人被爆者への言及もない。6日の広島の平和宣言も同様である。このことに問題を 感じるのは、私だけだろうか。 「大東亜戦争」では 約二千万人のアジア人が殺されている。いまなおな毎日 戦争の名の下で民衆への理不尽な殺戮がおこなわれている。 日本国内向けのメッセジーならいざしらず、これでは世 界に向けてのメッセジーとしては通用しまい。 (首相・狆ゾウの挨拶の 空々しさについては別に論じたい。)

 原爆の「悪」以前に、「戦争そのもの」の「悪」が問題とされる べきだろう。しかし今は「広島・長崎の原爆投下」の是非に 問題を絞っていきたい。つまり、私としては「戦争そのもの」 を否定する立場をとりたいのだが、今は戦争遂行中における 原爆の使用の是非を問うことになる。なぜなら、「しょう がない」と原爆投下を容認する考えは戦争状態を前提にした ときの判断なのだから。実際、主としてアメリカで流布され ている原爆投下正当論もそのような土俵で行われている。 彼らに「原爆は絶対悪だ」と主張しても無意味だろう。

 これから紹介するロールズの『ヒロシマ発言』と呼ばれて いる論文も「戦争状況においてどのよ うな行為が許されるか」という問題として論じている。 (川本隆史著『ロールズ 正義の原理』を教科書として使 用します。以下『ロールズ』と略記します。)

 ロールズが「ヒロシマ発言」を書くことにいたるきっか けはスミソニアン博物館(ワシントン)での原爆展をめぐる論争 だった。『ロールズ』から引用する。

 1994年から95年にかけて、首都ワシントンにあるスミソ ニアン博物館が企画した「戦後五十年記念展」をめぐる論 戦が、アメリカ国内で火花を散らした。当初は、ヒロシマ の原爆資料館から借り出した品々を軸に被爆の実態を反省 し、かつ二つの原爆投下が大戦後の東西冷戦にむかう分岐 点を画しているとの歴史観を明示したプランだった。

 ところがこの原案に保守派の政治家や在郷軍人の組織が 激しくかみついた。いまさら日本人に原爆投下を謝罪せよ というのか。真珠湾を抜き打ち攻撃した彼らの不正は、ど う始末するのか……。

 こうして、1945年8月6日と9日にヒロシマ、ナガサキの 市街地に原子爆弾を投下したことがはたして正しい選択だっ たのかどうかが、争点としてせり上がっていった。

 しかしながら論議の大勢は、投下が戦争終結の手段とし て有効だったかどうかに終始し、原爆の使用を倫理面から 反省する向きはほとんど見られなかった。そして展示計画 も大きく縮小され、ヒロシマに原爆を落とした爆撃機エノ ラ・ゲイ号の機体がなんとその中心に据えられたのである。

 ちなみに、時のスミソニアン館長は辞任に追い込まれている。

 スミソニアン博物館での原爆展をめぐる論争は、 もちろん、日本にも大きな波紋を呼び起こした。 日本国内でもあらためて原爆投下をめぐって加害・ 被害両方の面から検証が行われた。

 1995年8月5日、神戸YMCAが『ロールプレイ 「日米原爆論争」』という学習会を企画実施している。 「ロールプレイ」とあるが、現在一般に使われている 用語で言うと「ディベート」である。このディベートでの 「役割シート」は原爆論争の主な意見を集約したもの として参考になると思う。次のような立場の人たちが想定 されている。

アメリカ退役軍人
植民地の戦争被害者(韓国人)
真珠湾犠牲者の家族(アメリカ人)
戦後補償を問う活動家(日本人)
戦後生まれの高校生(アメリカ人)
被爆二世(後遺症)

 これらの人たちの意見を聞いてみよう。 それぞれの「役割シート」を転載する。

アメリカの退役軍人

ウイリアム・クリストファーソンさん 71歳・男性)

◆プロフィール

 私はアメリカ軍人として,先のアジア太平洋戦争で戦いました。真珠湾攻撃の半年後,高校卒業一ヶ月前に徴兵され,終戦までの約三年間にフィリピンのレイテ島で日本軍と戦いました。あの時の恐怖は今も脳裏に焼きついて離れることがありません。現在は全米退役軍人協会のユタ州支部長をしています。

 11年前に長崎の原爆資料館を訪れたんですが,原爆の被害を強調する展示ばかりで,さもアメリカが悪いといわんばかりで強い憤りを覚えたんです。それに加えて,周りにいた日本人の冷たい視線が追い討ちをかけるようでした。

 長崎市長は「原爆投下はナチスによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)に匹敵する」と発言したそうですが,日本がアジアの国々の人たちや捕虜に対して犯した残虐行為は無視してよく平気で言えたもんですね。日本はアジア・太平洋の国々を侵略し,南京では大量虐殺を行っているんですよ。むしろその数の方が,原爆の犠牲者よりも多いのではないですか。

◆意見

     スミソニアン博物館での原爆展示には断固反対です。なぜなら歴史的な正確さを欠いた内容ですし,原爆による死傷者の数ばかりに固執し,そこに至った日本の責任には一切触れていないからです。そもそも戦争を始めたのは日本で,アメリカではないんですから。あの真珠湾攻撃さえなければ,我々は原爆を作ることもなかったのです。日本は真珠湾攻撃の謝罪すらしないのですから話になりません。

     戦争中,日本では最後の一人になるまで女も子どもも戦おうとしていたんですよ。戦争が続けばもっとたくさんの死者が出たはずです。博物館の館長は「原爆を投下せず,日本上陸作戦を行った場合のアメリカ兵の犠牲者の数は63,000人」と予想しましたが,私たちの分析では「少なくとも100万人以上」であり,あまりにも少なく思います。原爆投下により,日本での無益な地上戦(玉砕戦)が避けられ,多くの人命が救われたんですから。

     もし日本が戦争に勝っていたなら,われわれは今どうなっていたことでしょう。われわれは戦争に勝利した後も,敵国日本の再建に協力してきたおかげで,日本は世界有数の経済大国として繁栄しているんですよ。こんな国が他にあると思いますか?



韓国人女性

チョウ・スンヒさん (84歳・女性)

◆プロフィール

 1943年2月14日のことでした。当時私は釜山に住んでいたのですが,突然日本兵が土足で家に押し入り,14歳の娘を連れ去ろうとしたんです。気丈な娘が泣き叫んで抵抗したら,その場で日本刀で切りつけ惨殺してしまいました。また,その光景を見ていた結婚前の17歳の娘は,あまりのショックに精神的なダメージを受け,今も重い障害となって心を閉ざしたままです。

 あの時,四人の日本兵がやって来なければ,二人の娘たちはこんなことにはならなかったんです。さらに不幸なことに,一家を支えてくれていた主人は,徴用ということで強制的に日本に連行されたんです。たしか二・三度便りはあったんですが,今では生死も分からずじまいです。おそらく残酷な労役につかされ生きてはいないでしょうね。

◆意見

     私は日本が原爆を落とされたのは「天罰」だと思っています。たくさんある国の中で日本にだけ原爆が落とされたのは当然ですよ。あの日も,二人の娘を無理やり連れ去ろうとする日本兵に,代わりに私を連れていってくれと懇願しましたが,若い娘がいるんだからといって容赦してくれませんでした。獣の目をしたやつらは,泣き叫ぶ娘の衣服を剥ぎ取りむごい蛮行におよび,その上に命まで奪ったんですから。悪党は世の中にたくさんいますが,やつらは悪党よりひどい。悪党は人間ですが,やつらは人間じゃない。

     あの忌まわしい事件の後,娘と一緒に自殺しようと考えたこともありましたが,こうして生き延びたのは,日本に「天罰」が下るのを見届けるためだったんだと思うようになりました。今度の展示でも原爆の悲惨さを訴えようとしているそうですが,私にはその無神経さが理解できませんね。

     スミソニアンの原爆展示を支援する声が日本にはあるそうですが,その前にアジア・太平洋の人々にしてきたことを見つめ直してほしいものです。広島・長崎の原爆死傷者の約一割は同胞の韓国・朝鮮人で,ほとんどは連行され日本のために働いた人なのに,いまだに被爆者としての補償は不十分なんですから。



真珠湾犠牲者の家族

マイケル・モリスさん (68歳・男性)

◆プロフィール

 あれは私が14歳の時でした。それは平和に暮らしていた私たちにとって忘れられない事件です。128日の夜明けは真っ赤に燃える炎と爆音に包まれました。日本の海軍奇襲部隊が真珠湾を急襲したのです。宣戦布告もなく,寝静まったアメリカ軍を襲った卑劣な手段は許されません。

 私たち家族にとってもっとも大きな悲しみは,この急襲攻撃によって愛する兄テリーを亡くしたことです。兄は当時19歳でした。自ら海兵隊に志願し,戦艦アリゾナの水兵として乗艦中に被災しました。戦艦アリゾナは1000名を越える海兵隊員とともに海底に沈み,50年以上たった現在も,遺体は回収されぬまま戦艦の中に残され,海兵隊員の涙のように重油をポタポタと流しているのです。

 日本の卑劣な急襲攻撃,そしてアジア・太平洋の国々で行った野蛮な侵略行為は許せません。アメリカが原爆を投下して愚かな戦争を終わらせました。だから日本の原爆被害ばかりを強調する今回の展示には納得ができません。

◆意見

*            もし,原爆を投下しなければ愚かな戦争はもっと多くの戦死者を生んだのです。原爆で多くの犠牲者が出たといわれますが,アメリカは再三避難勧告を行い,非戦闘員への避難の時間を与えているのです(それを無視したのは日本の軍部です)。しかし,真珠湾は奇襲攻撃であり,逃げるどころか一方的な攻撃を受け,私の兄は戦艦とともに撃沈されたんですから。どちらが人道上正しいか,明らかだと思うんですが。

*            奇襲攻撃がなければ,私たちハワイの住民は平穏で平和な暮らしを続けることができたのです。一瞬にして私たちを戦争という野蛮な現実に引き入れ,また愛する家族を奪ったのはすべて日本の責任です。いまだに謝罪もなく戦争の被害ばかりを主張する日本が信じられません。たしかに原爆による被害があったにせよ,まず原爆の被害を訴えるなら加害者としての姿勢を正してほしいですね。

*            アメリカは愚かな戦争を終わらせるために,神の裁きとして原爆投下を決意しました。そこには加害者,被害者は関係ありません。戦争終結という双方の願いを実現したのです。戦争で人が死ぬのは仕方のないことです。それよりも終わらせたことを評価すべきじゃないでしょうか。



日本の戦後補償を問う市民の会メンバー

市村頼子さん (29歳・女性)

◆プロフィール

 私が日本の戦後補償に関心をもつようになったのは,二年前に韓国人の女性たちが自ら「従軍慰安婦」として勇気をもって名乗られてからです。それまでの私は,そういったことには全然興味もなく,ごく普通のOLだったんです。ところがテレビで彼女たちが泣きながら日本軍や当時の日本が犯した罪を訴える姿を見て,自分はなんて無知なんだろうと恥ずかしくなりました。そういうわけで私は「日本の戦後補償を問う市民の会」に入り活動するようになりました。

 二年前に細川元総理がこの戦争は侵略戦争であったことを認めましたが,政権が代わりその後の補償については何ら進展がありません。「従軍慰安婦」の問題にしても,長い間日本政府はその存在すら認めませんでしたが,諸外国の抗議によってようやく認めるようになったのです。強制連行,強制労働などの被害についての戦後補償に関しても国と国の間ではすでに解決したとのことで,人々には何も償われていないんです。

 アメリカの原爆投下の是非,そしてその責任を問うのならば,同様に日本の戦後補償についてもきっちりとその責任を果たすべきです。そのためにも,今回の展示はぜひ実施してもらい日本政府に訴えてほしいです。

◆意見

*            今回の日本の被害を強調する原爆展示が中止と聞いてびっくりしています。その後も博物館には,中止賛成の投書が殺到しているそうですが,それを聞いて原爆投下のよい面など考えたこともなかった私は,日米の戦争についての歴史観の違いを痛感しました。

*            アメリカ国民の多くはこの原爆投下が第二次世界大戦を終わらせたと思っていますし,日本に侵略・占領されたアジアの国々の人々は原爆投下が「アジアの解放」につながったと信じているんです。原爆投下による一般人の大量殺りくの非を問うなら,日本軍がアジア諸国で行った数々の大量虐殺や,現在求められている戦後補償も同じ視野に入れて考えないと理屈に合わないと思うんですが。

*            アメリカ国民の多くは「正義の戦い」と認識しているらしいですが,原爆投下に関しては加害者の視点が必要ですし,ある説では人体実験の要素もあったと聞いています。それを裏づける事実として,その後もアメリカは太平洋ミクロネシア諸島で数多くの原水爆実験を行っていて,被爆者に対する観察を続けているんです。



アメリカの高校生

キャサリン・オットーさん (16歳・女性)

◆プロフィール

 私の祖父は第二次世界大戦の退役軍人ですが,彼は,日本上陸後の戦争でさらに多くのアメリカ人が戦死するのを防いだということで,原爆投下は正しかったと経験上思っているんです。そして父は,ベトナム戦争の体験者です。ベトナム戦争でのアメリカの参戦は本当に正しかったのか,政府の対応はよかったのか,多くの死者を出しアメリカが負けたベトナム戦争に疑問をもっています。そんな父は,原爆投下についてもアメリカの決定は本当に正しかったのか疑問をもっているようです。

 そんな背景の祖父,父をもつ私は戦争についていろいろと考えさせられます。第二次世界大戦もベトナム戦争も知らない私たちの世代は,もっともっと体験者の話を事実を知るべきだと思うんです。今回の原爆展示も,何も知らない若者としてぜひ実現してほしいと思っています。

◆意見

*            祖父と父が以前戦争のことで真剣に議論したことがありました。祖父はアメリカ政府はいつも国民を第一に考えて,戦争を早く終わらせてアメリカ軍の犠牲者を少なくするために原爆投下を決断したと主張し,父はベトナム戦争で若い命がたくさん失われた事実から,アメリカ政府の決定はいつも正しいとは限らないし,原爆投下についても,アメリカ人にはその悲惨な状況が正しく伝わっていないのでは,と言うんです。

*            私は原爆のことは教科書で読んだ程度でしか知りません。学校でもこの部分の授業は一時間ぐらいでさっとするだけでしたから,多くの若者は原爆といっても何のことかよく分かっていないと思います。同じようにベトナム戦争のこともよく知らないのです。だからこそ今回の原爆展示はぜひ実施してほしいです。事実を知るべきじゃないでしょうか。

*            実際私の友だちには,いまさら原爆なんてどうでもいいわという人が多いですが,だからこそ今回の展示は意味があると思います。展示を見て若者が原爆とか戦争とかについて考えるきっかけになると思うし,原爆の被害をもっとアメリカ人が知ったなら,核問題についても,また違った考えをもつことができると思うんです。



被爆二世

吉川京子さん (42歳・女性)

◆プロフィール

 私の父は,呉海軍工廠に学徒動員で働いている時に広島の原爆を知り,翌日から広島市内の家族の安否を確かめるため出かけ,二次放射能で被爆しました。

 私は友人の中では明るくて活発な方で,高校では生徒会活動に没頭し,文化祭では生徒会主催の原爆展を実施し,被爆者の実態調査を家族や本人が原爆症で苦しんでいる同級生たちの協力をえて行いました。高校3年生の夏休みのことでした。私は突然のめまいに襲われ倒れてしまったんです。検査の結果白血病と分かりました。でも私は絶対に治ると信じて弱音を吐かずに治療を続けました。友人の励ましもあり,数年の入院の後,友人が大学を卒業するころ退院しました。その後は,三年に一度の割合で入退院を繰り返して現在に至っています。

◆意見

*            スミソニアン博物館では,被爆者の遺品・写真・証言は必ず展示してほしいです。その時は,私自身も展示してもらい,生きた証言者として来館する人々に原爆の恐ろしさを語り伝えたいです。原爆症で苦しみ続けた父のこと,被爆二世の私の歩みを聞いてもらいたいです。

*            高校3年生の夏,私の中に原爆が落とされました。充実した楽しい学校生活の上に突然原爆の黒い雨が降り注ぎました。この雨は私の体にしみ込み,自分の子や孫までも苦しめるのです。今も毎日大勢の修学旅行生や観光客が原爆平和公園を訪れます。しかし,被爆した人々の苦しみを本当に理解して帰るのでしょうか。

*            原爆は人間が作ったものなので,原爆症は治せないはずはないと思います。父の後遺症とともに育った私はできるなら医者になりたいと思っています。この原爆症のせいで,現在まで定職につくこともできず,結婚も三度破談になりました。原爆は人の命を奪い身体をむしばみます。そして,原爆症は人の人生を朽ちさせるのです。

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拝見させていただいた感想です
ある特定思想の書物を読み込みそれらを鵜呑みにした人間の思考停止ぶりと硬直性が滲み出てる。

何か様々な漢字用語を駆使しているが、実体性に乏しい観念論に走りすぎていて説得力が無い。多くの読者の方が違和感を感じるのでは。

信仰のように特定思想にとらわれず、他の考えに触れられてみられたらどうか?どの主張が真実で説得力があるのか批判精神を持ちご自分で比較吟味するべき。
2007/08/10(金) 02:07 | URL | 通りすがり #-[ 編集]
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