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第833回 2007/07/24(火)

「真説・古代史」補充編

『神武東侵』:生き返る挿入歌謡(1)


 前回と前々回に掲載した「神武東侵」説話の挿入歌謡 ①~⑥を解読するのが今回のテーマだ。

 まず、挿入歌謡①が「久米部に伝承された歌」だとすれば、 当然この歌を久米部の故郷に置きなおして読まなければ いけない。では、久米部の故郷はどこか。ここでもう一 度「神武東侵」の始まりのコースを振り返ってみよう。

 イワレヒコ兄弟はまず日向から宇佐(豊前)へ赴いた。 宇佐はイワレヒコ兄弟の母(玉依毘売)の出生地や生育 地ついては「記紀」ともに何も記載していない。しかし、 豊前には「御木(みき)」という地名があり、一方イワ レヒコの別称が若御毛沼命(わかみけぬのみこと)また は豊御毛沼命(とよみけぬまのみこと)であったことか ら、宇佐はイワレヒコ兄弟の母方のゆかりの地だったと 推定できる。地名比定だけでは根拠薄弱で文字通り 「推定」にすぎないが、もしそうだとすればイワレヒコ 兄弟が宇佐に立ち寄る理由は充分にあった。

 次にイワレヒコ兄弟は筑紫の岡田の宮に行く。ここには 何をしにいったのか。これも私の論拠なしの推定に過ぎな いが、軍勢を整えに行ったと思われる。日向をでるときに 率いていったのは側近と親衛隊程度の兵士だけだったので はないか。戦闘の正面に立つ本隊を父方の故郷である筑紫に 求めたのではないか。その要請に応じたのが久米部だった。 したがって「神武東侵」の真の発進地は筑紫だった。 ちなみに、「神武東侵」の兄宇迦斯虐殺の説話で兄宇 迦斯を虐殺したのは道臣命と大久米命の二人だったが、 道臣命が親衛隊の将軍(側近)で大久米命が本隊の将軍 と考えられる。

 では、父方の故郷は本当に筑紫だったのか。
 イワレヒコ兄弟の父親の、「ジゲムジゲム…」のよう な長い名前「天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命 (あまつひこひこなぎさたけるうがやふきあへずのみこと)」 を、古田さんは次のように分析している。


 「天津日高日子」は〝海人(あま)津、日高彦”であ り、「日高津(=比田勝)の長官」を意味する。
 「天国(あまくに)」は〝海人国”を佳字表記し たもの。壱岐・対馬領域を指す。比田勝は、対馬の北東 端の港津だ。


 「波限建(なぎさたける)」は、〝海岸線の軍事集団 の長”の意。


 「鵜葺草葺(うがやふき)」は、〝鵜の羽で屋根を葺 く職掌”を「姓(かばね)」に使ったもの。あるいは、 そのような屋根の家(名家)の称ともとれる。
 後者の場合、「名家」はすべてこの称号を名乗ること になろうからう前者〈職掌〉の可能性が大。


 「不合(あえず)」は、「名」であろう(「鵜葺草葺」 に似合わぬ〝出世”を期待した「名」か)。  以上からイワレヒコの父親は「鵜の羽で屋根を葺く職掌」 の家の出ながら、出世して「日高津(=比田勝)の長官」 にして「海岸線の軍事集団の長」であった、となる。 挿入歌⑥で、イワレヒコの侵略軍は敗戦の連続で疲労困憊して 「島つ鳥 鵜養が伴 今助けに来ね。」と遠く九州からの 援軍を切望していたが、まさしく父方ゆかりの勢力に懇願 している形であり、この挿入歌は一気にリアルな様相を表す。

 ウガヤウキアエズは「海岸線の軍事集団」の長官だったが、 この「海岸線」はもちろん九州王朝の中枢、博多湾を中心 とする北九州沿岸だ。久米部はこの「海岸線の軍事集団」 の一つではなかったか。次は「久米」を追ってみよう。

 古田さんは全国の「久米」という地名を調べ上げてい る。全部で12ヶ所あった。そのうち九州にあるのは次の 3ヶ所だ。

(1)久米郷 筑前国 志摩郡
(2)久米駅 豊前国
(3)久米郷 肥後国 球磨郡

 これまでの理路からは当然(1)が第一の候補地である。 そして、次の古田さんの論証がその妥当性を確かなものと している。古田さんは「志麻郡」に注目している。

 なぜなら、『記・紀』における「神武の歌」の場合、 「久米」以外に出現する、唯一の〝部族名”に関連す る地名が、「しま」なのである。(挿入歌謡⑥を全文引 用しているが中略する。)

 楯並めて伊那佐の山の… 島つ鳥 鵜養が伴 今助けに来ね。

 上の「島つ鳥」は、従来、下の「鵜養が伴」の枕 詞とされ、「意義不詳」とされてきた。しかしわたしは、 この「島」について、一般名詞としての「しま」ではな く地名であろう、と考えてきた。なぜなら、一般名詞と しての「しま」(island)だったら、日本列島中、「しま」 だらけである上、特別に「鵜養」と結びつくべき必然性 もないからである。

 ところが、ここは、「志麻」という地名であり、あわ せて「久米」がある。しかも、この「志麻郡」に当たる、 福岡県糸島郡北半分の場合、その北岸、玄界灘沿いの地 は、海鵜の大量繁殖地である。(故鬼塚敬次郎氏による。 現在でも、鵜飼用の鵜は当地で捕獲されること多い、と いう。筑後川流域の鵜飼など。この点、兼川晋氏による。)

 以上のように、このケースは

久米――島つ鳥、鵜養が伴

の両者と対応する点、もっとも注目すべき「久米」 といわねばならぬ。

 以上によって、神武の家系が「鵜養が伴」と深い かかわりのある家柄であったことが知られよう。先に あげた「神武の呼びかけ」は偶然ではなかったのである。

 以上のことを前提にすると挿入歌①が生き生きと生 き返る。「鴫」の代りに「鯨」が引っかかったという こともなんらおかしいことではない。私が三宅島に 暮らしていた頃、浜に鯨が打ち上げられたことがあった。 私がみたのは一度きりだったが、島の人たちの話では よくあることだという。また「ウダ」は奈良の「宇陀」 ではなく北九州の「宇田」だったのだ。挿入歌謡①につ いての古田さんの解読を読んでみよう。

 博多の西隣に糸島郡があります。糸島郡の地図を みますと、そこに吉武遺跡群があって、その西北に 宇田川原という所がございます。現在は、川原になって いるから宇田川原といっているんですが、弥生時代には、 さっきのように弥生初期の地図を復元しますと、実は ここまで海が入ってきている。ということは海岸部の 字田には鯨が集団であがってくる。理由はよくわかって いないらしいですが、イルカとか鯨が突然発狂したよう に集団で陸地へ押し寄せてあがってしまうわけです。

 その時はみんな大客びでイルカや鯨をとるわけです。 イルカも鯨も食べるためにとるんです。比較的最近、 敗戦後でもこの辺へあがって来たことがあるそうです。 この辺の鯨は「ごんどうくじら」といって割に小さい 鯨ですけど。それで、おわかりのように、「字陀の高 城に」というこの「宇陀」、神武たちの故郷の「字田」 だったら、鴫は海でも山でもおりますから、「鴫罠を はっておったら、なんのこっちや、鴫じやなくて鯨がか かったよ」という話は、リアルなんですよ。それが前半 です。

 で、後半。弥生時代は一夫多妻の時代です。これ は倭人伝に書いてあります。倭人というのは一夫多妻で ある。女たちは嫉妬しない。あれはどうもあんまり信用 できないですけど、まあ、そう書いてある。弥生時代の 倭人は一夫多妻、ここでも一夫多妻。それから、鯨があ がって来た。これは一頭や二頭じゃないでしょう。あが って来た時は一村、もう大喜びで、鯨の分配をやるわけ です。いまと違って食べ物があふれている時代じやなく て、みんなお腹をすかしている時代ですから、もう鯨が あがって来たら、「待ってました、なんたる神の恵みか」 と集まって来るわけです。みんな血相を変えて少しでも いいところを少しでもたくさんもらおうと思ってね。そ こで、リーダーはみんなを、笑わせたいわけですよ、緊 張をほぐすために。それで「お前たち! あんまり年上 のかあちやんにいいとこやっちやだめだぞ。太りすぎる よ。若い方のかあちやんならいいとこやってもいいけど な」と、いうわけです。そうするとみんなドーッと笑う わけです。そこから先は村のルールによって平等に分け ていく。つまり漁村における鯨の収稜と分配の歌なんで す。

 そう考えるとなんにも矛盾がないじゃないですか。 こんな、よくできた歌はないです。それも一人の歌人が 作ったっていうんじゃなくて、集団の歌です。その集団の 民謡を子どもの時から知っている連中が、侵略者になって いるわけです。そして、しぶとく生き残った残党が熊野を 越して大和へ入って来た。そして「ここはどこだ」と土 地の人に聞くんでしょう。「字陀」「あ、字田、俺たち の所の宇田と同しだな、おい、あれを歌おう、宇田の高 城に鴫罠張る…」と。字田という地名に刺激されて、 「よおし、あの歌うたおう」と、疲労困憊したおたがい を、元気づけるために「宇陀の高城に鴫罠張る……」と 兵士たちが歌い始める。なんにも矛盾ないですね。津田 左右吉さんが、矛盾だらけで支離滅裂だといったのは、 設定がまちがっていたからです。はじめから大和の陸地 のどまん中で彼らがこれを作ったと読んだ、そう思った から、まったく意味不明ということになったんです。と ころがいまのように設定が変わってくると実にリアルに なってきた。
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