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第787回 2007/05/07(月)

「真説・古代史」補充編

ヤマト王権一元論の迷妄の深さ


 改めて、『紀』本文の「大八洲」をその順序通り並べてみる。

①淡路洲
②大日本豊秋津洲
③伊予二名洲
④筑紫洲
⑤双子の億岐洲と佐渡洲
⑥越洲
⑦大洲
⑧吉備子洲

 さて、森さんは、「…洲」を全て「…シマ」と読み、実際に も「島」と考えたので、④「筑紫洲」は「九州島」 (「全域かどうかは別として」という保留条件はつけている が)でなければならなかった。したがって当然、③伊予二名洲 は「四国島」でなければならない。「九州島」・「四国島」 と森さんはあえてこのように呼んでいる。

 森さんほどの考古学者が「鬼界カルデラ」の大噴火のこと を知らないとは考えがたいが、たとえ知っていたとしても、 ④「筑紫洲」の比定の要件としてそれを考慮しようという 考えは全く浮かばなかったに違いない。「大八洲」の比定に 際して、森さんには否定することなど、いや再考することす ら及びもつかない磐石の公理がそのような発想を不可能にし ている。その公理とは、ここヤポネシア列島では神話が創ら れた時代も含めて、ヤマト王権(近畿天皇家)が唯一絶対の 支配者であったという定説(妄想)である。それは 「国生み神話にあらわれている古代人、とくに大和の支配層の 人たちの価値観」というような文言に端的に現れている。

 この立場からは、「島」という原則に外れていても、 ②大日本豊秋津洲は「近畿の主要部(畿内)」とせざるを得 ない。そして「畿内」が島でないことにはほおかぶりを決め 込んでいる。ヤマト王権の本拠地は別格とでも言うのだろう か。あるいは⑦や⑧を論じるところで「本州島と地続き」と いう文言があるので、「大日本豊秋津洲」=「本州 島」というトンデモ拡大解釈で納得しているのかもしれない。

 さて、「①淡路洲」と「⑤双子の億岐洲と佐渡洲」に現在の 隠岐島と佐渡島を当てるのは誰にも依存はないだろう。しかし、 「⑦大洲」に瀬戸内海の周防大島(屋代島)を当てているが、 この「大島」は他の島々と比べてあまりにも小さすぎる。 全くのこじつけでしかないと、私には思われる。

 ⑧吉備子洲は岡山県の「児島半島」としている。児島半島は、 干拓事業が本格化する江戸初期までは大きな島であったし、 「吉備の」と指定区域が示されているので、①・⑤と同様 にこれ以外の比定はありえない。

 最後に「⑥越洲」をどのように「島」にこじつけるのだろう か。⑧と同様、能登半島が古代には島だったという希望的解釈を する論者もいるという。しかし、地質学はつれなかった。 地質学者の調査によると、島であった可能性があるのは第三間 氷期(15万~5万年前)以前のことであり、それ以後に島で あった可能性は全くないという。

 全てが「島」でなければならない見地に立つ森さんは次のよ うに苦渋の解釈を提出している。

『⑥は越(こし)(古志)であって、古代の地域呼称としては たいへん広大で、福井県東部(越前)にはじまり、石川、富山、 新潟、山形の諸県、さらに時代によっては秋田県の南部まで含 む大地域である。もちろん今日の地図では、近畿とは地続きで あるが、これもこれからしばしば述べるように、古代には船で 行けるところは途中が地続きでも、洲(島)として意識され るときがあった。』

 「しばしば述べ」ても「古代には船で行けるところは途中が地続 きでも、洲(島)として意識されるときがあった。」に対する 論証はない。古代人の意識を憶測しただけの解釈であり、私に は全く納得できない。またこの引用文の中の「近畿とは地続き であるが、」という文言には、神話を近畿中心に考える発想と「大 日本豊秋津洲」=「本州島」と考えていることが、再び表明 されている。

 森さんの「大八洲」説を改めてまとめておく。

①淡路洲………………淡路島
②大日本豊秋津洲……畿内(本州島)
③伊予二名洲…………四国島
④筑紫洲………………九州島
⑤億岐洲・佐渡洲……隠岐諸島・佐渡島
⑥越洲…………………越の国
⑦大洲…………………周防大島
⑧吉備子洲……………児島半島

 この比定が妥当であることの証左として、森さんは次のよう な一貫性があることを主張している。

『このように国生み神話では、豊かにして広大な農耕地の 広がる平野単位ではなく、ひとまず豊秋津洲を別にすると海 上交通によって結ばれ海上交通の拠点となった洲(島)を対 象にしていることは明らかである。』

 これまでにも指摘してきたように、森さんの比定にはいく つもの矛盾や問題点があるが、森さん自身か提出している問 題点・疑問点を抽出してみよう。

(1)
 ⑤双子の億岐洲と佐渡洲と⑥越洲とは海上交通を重視しての 日本海地域であるが、出雲世界が含まれていないことを奇妙に感じる。

(2)
 ⑦大洲と⑧吉備子洲は瀬戸内海のうちでも、……どうして この二つの島だけが扱われ、現代の地域区分の中国地方その ものが登場しないのかが奇妙さをつのらせる。

(3)
 太平洋側の中部地方以東があらわれないのはともかくとし て、西日本でも古代の有力な土地であった吉備や出雲の主要 部が除かれているのは、どうしてであろうか。

(4)
 吉備全体ではなく、そのごく一部にすぎない吉備子洲(児島) が大八洲国の一つとして扱われていることに注目してよかろう。



 (3)からはヤマト王権一元論の虚妄性に気づくべきなのだが、 「奇妙だ」とつぶやくだけで森さんの思考は止まってしまう。 「中部地方以東があらわれないのはともかくとして」ではなく 「中部地方以東があらわれないのは」とても重要な矛盾点なの に。「中部地方以東」を欠いてはヤマト王権(畿内)は中心点 ではありえないことになる。ヤマト王権一元論を疑うことがま ともな論理と言うべきだ。

 (1)は最も重要な問題点だ。筑紫とともに記紀神話の最重要 舞台である出雲を欠いては、それこそこの後は話にならない。

 森さんは「地続きでも、洲(島)として意識され」たとし て「⑥越洲」だけは「越の国」のこととしたが、実は初めか ら「洲」を「クニ」と読めば「地続きでも、…」というよう な苦しい言い訳は不要なのだった。そしてこれが古田さんの 解読の決め手であった。つまり全ての「洲」を「クニ」と読む。 この一点で上記の全ての問題点や矛盾が全て解決する。 このルールに従った古田さんによる「オオヤクニ」の比定は 次のようになる。(詳しくは
「神代紀」の解読(3) ― 「大八州」はどこか
「神代紀」の解読(4) ― 大日本豊秋津洲
でどうぞ)

①淡路洲………………淡路のクニ
②大日本豊秋津洲……豊のアキツクニ
③伊予二名洲…………伊予のフタナクニ
④筑紫洲………………筑紫のクニ
⑤億岐洲・佐渡洲……隠岐のクニ・佐渡のクニ
⑥越洲…………………越のクニ
⑦大洲…………………オオクニ
⑧吉備子洲……………吉備の子クニ

 これらの「クニ」は大きく2つに分けられる。

 第一グループは「④⑥⑦」で大地域を示している。第二 グループは 「AのB」というように二段で呼ばれる小地域である。(①、⑤ は大地域を表記せずとも分かる著名な島なので「A」の部分が 省かれている。)

 当然この「国生み神話」の中心は第一グループであり、 それは記紀神話の主要舞台と一致し、さらにそれが ヤマト王権以前の政治地図であることをも示している。

 ここで『真説・古代史(5)』で提示した下の図と、前回 の「図B-図A」を合わせて見てみると、古田さんの「オオヤ クニ」の比定の妥当性を考古学・地質学が保障していることが 明白である。


 つまり、「オオヤクニ」は「銅剣・銅矛・銅戈圏」を示して いて、淡路島はその瀬戸内海における東限である。 「国生み神話」は「銅矛圏」の王者・九州王朝の神話であることを まざまざと示している。はたして、国生みの道具は「天の沼矛」 であった。


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引き込まれる山陰
 私は出雲のなかでも安来地方の話が、鉄の古い起源を感じさせ、謎めいていて引きこまれるところがあります。
2008/10/19(日) 03:18 | URL | 大和島根 #-[ 編集]
あくまでも試論ですが・・・
 出雲が出ないのは、国生みの神々が立っていた場所、すなわちオノゴロ島が、出雲にあったからではないのかな?自らの立ち位置を自明としたと考えるのが理にかなっていそうな気がします。
2012/10/14(日) 19:36 | URL | ミネルバ #-[ 編集]
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2007/07/05(木) 04:09:21 | 島とか