2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
第779回 2007/04/22(日)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(12)

:丸山真男によるファシズム運動の三段階区分


 今回から「日本のファシズム」の検討に入る。まず先に、日本の ファシズム特徴を概観しておく。

 ドイツやイタリアでは、「ファシスト」政治組織による権力奪取 とその専制的一元化が先行し、これをテコにして国民社会の戦時国 家的つくりかえを断行することによって「ファシズム」国家を形成 していった。つまり「ファシズム」政治革命→「ファシズム」社 会革命という進展形態をとった。

 これに対して日本における「ファシズム」国家への転成は、ドイ ツやイタリアとは全く逆の進展形勝をとった。「ファシズム」社会 革命の漸次的遂行が大きく先行して、「ファシズム」政治革命 は、くり返し試行されたにもかかわらず、ついに成功しなかった。 これが「日本ファシズム」運動の大きな特徴であった。このことを これから具体的に検証することになる。

 さて、滝村さんは「日本ファシズム」論は、丸山真男さんの「日本ファシズム」論 の批判を通してすすめている。そこでまず、滝村さんが処々に引用し ている丸山真男さんの論述(丸山ファシズム論の紹介)をまとめて読んで おくことにする。

 丸山さんは「国家機構としてのファシズム」ではなく、なによりもまず 「運動としてのファシズム」をとりあげる。そして、「日本ファシズム 運動」の歴史的進展過程をつぎの三段階に区分する。(『日本ファシ ズムの思想と運動』より)

 第一の段階は、準備期でありまして大体大正8・9年、ちょうど 世界大戦の終った頃から満州事変頃に至る時期、これを『民間にお ける右翼運動の時代』といってもいいと思います。

 第二期は成熟期でありまして昭和6年の満州事変の前後から 昭和11年の有名な2・26事件にいたる時期であります。この時期は、 単に民間運動としてあった運動が具体的に軍部勢力の一部と結びつ いて、軍部がファシズム運動の推進力となって、漸次に国政の中核 を占拠するに至った過程であります。この時期はまた、……世間を 震憾させたファッショのテロリズムがつぎつぎと勃発した時期であ りまして、いわばこれを急進ファシズムの全盛期と呼ぶことが出来 ると思います。

 第三期は少し長く2・26以後粛軍が行なわれますが、この粛軍の 時代から終戦の時、いわゆる8・15までの時代であります。この時期 は『日本ファシズムの完成時代』とでもいいますか、ともかく軍部 がいまや上からのファシズムの露わな担い手として、一方には官僚 ・重臣などの半封建的勢力と、他方には独占資本及びブルジョア政 党との間に、不安定ながらも連合支配体制を作りあげた時代であり ます。

 日本ファシズムのイデオロギー的要素については

 個人主義的自由主義的世界観を排するとか、或いは自由主義の政治 的表現であるところの議会政治に反対するとか、対外膨張の主張、軍 備拡充や戦争に対する讃美的傾向、民族的神話や国粋主鏡の強調、全 体主義に基く階級闘争の排斥、特にマルクス主義に対する闘争という ようなモメント - これらはいずれも独逸や伊太利のファシズムと 共通したイデオロギーであります。

と述べて、日本ファシズムのイデオロギー的特質として、 「家族主義的傾向」・「農本主義的思想」・「大亜細亜主義」の三点 を指摘している。

 次に、日本のファシズム運動の運動形態の特質については

 すぐ気のつくことは日本のフアシズムが軍部及び官僚という既存の 国家機構の内部における政治力を主たる推進力として進行したこと、 いわゆる民間の右翼勢力はそれ自身の力で伸びて行ったのではなく、 むしろ前述の第二期に至って軍部乃至官僚勢力と結びつくに至っては じめて日本政治の有力な因子となりえたことであります。この点、 イタリーのファッショやドイツのナチスが、むろんそれぞれの国に おける軍部の支援は受けましたが、ともかく国家機構の外から、主と して民間的な力の動員によって国家機構を占拠したのと著しくちがっ ております。

 ……大衆的組織をもったファシズム運動が外から国家機構を占拠 するというような形はついに一度も見られなかったこと、 - む しろ軍部、官僚、政党等の既存の政治力が国家機構の内部から漸次 ファッショ体制を成熱させて行ったということ、これが日本のファシ ズムの発展過程におけるもつとも大きな特色であります。

 それでは、……民間右翼や急進青年将校の動きは歴史的に大きな 意味がなかつたかといえば、そうも一概にいえません。つまり下か らのファッショ的動向 - 急進ファッショ運動のけいれん的な 激発はその度毎に一層上からのファッショ化を促進する契機となった のであります。支配機構の内部から進行したファシズムは軍部、官僚 を枢軸として、こういう急進ファッショの社会的エネルギーを跳躍台 として一歩一歩自分のヘゲモニーを確立していったこと、これが重要 な点であります。

 次に、ファシズム運動の社会的担い手については、「小ブルジョア 層」ないし「中間層の運動」ということができるが、とくに「わが国 の中間階級或は小市民階級という場合」には、「二つの類型を区別し なければならない」といい、次のように述べている。

 第一は、たとえば、小工場主、町工場の親方、土建請負業者、小 売商の店主、大工棟梁、小地主、乃至自作農上層、学校教員、殊に 小学校・青年学校の教員、村役場の吏員・役員、その他一般の下級 官吏、僧侶、神官、というような社会層であります。

 第二の類型としては都市におけるサラリーマン階級、いわゆる 文化人乃至ジャーナリスト、その他自由知織職業者(教授とか弁護士 とか)及び学生層があります。

 わが国の場合ファシズムの社会的地盤となっているのはまさに前者 であります。

 官僚主義や巨大財閥に対する反感は、こういう中間層において最も 熾烈であります。それと共に……日本の国際的地位、つまり日本は 国際的には先進資本主義国家の圧力を絶えず頭上に感じながら東洋の 社会では一かどの先進国として振舞っていたこと、一方でいじめられ る立場にありながら、他方ではいじめる地位にあつたということ、こ ういう日本の地位は、国内におけるこの層の社会的地位に酷似して おります。そういう所から彼らは日本の大陸発展に内面的な共感を 感じるわけです。

 先進資本主義の圧迫は、まさに国内における巨大資本の圧力と同じ ように感じられる。東亜の諸民族の日本帝国主義に対する反抗は、 彼らの店や仕事場や其の他彼らの支配する集団における乾分や目下の 反抗と同じような心理的作用を彼らのうちに起させます。こうして彼 らは日華事変や太平洋戦争の最も熱烈な支持者になったのでありま す。

スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/793-b3423080
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック