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第763回 2007/03/28(水)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(3)
ナチズムの根本理念・『わが闘争』より


 ヒットラーの『わが闘争』を私は読んだことがない。これまでに 読む必要がなかったし、読むに値しないとも思っていたかもしれな い。

 『わが闘争』について、滝村さんは次のように述べている。

 「ファシズム」の本質は、その思想・イデオロギー的特質を無視し て把握することはできない。

(中略)

 『わが闘争』は、けっして従来の通俗「左翼」や「進歩的」知識人 が思いたがっているほど、トロイ代物ではない。そこには、ナチズ ム運動の発端から、ナチズム国家の生成と膨張そして解体にいたる 歴史的全軌跡【丸山風にいえば「ナチズムの政治過程」】を、内的 深部において大きく規定した、「ファシズム」に固有の政治的理念 と政策大綱、さらには国家・社会の組織的・制度的編成原理など が、かなり明晰なかたちで、集約されているからである。

 滝村さんは『わが闘争』からかなりの文章を引用している。まずそれを 通して読んでおくことにする。

<1>
「……平和というものは、めそめそした平和論者のような泣き女の ヤシの葉のうちわのそよ風によって支持されるのではなく、世界を より高度の文化のために役だたせようとする支配民族の剣によって 樹立されるものだ」

<2>
「……この世界で平和主義的思想が現実に勝利することを心から望ん でいる人があるなら、かれはドイツ人による世界の征服を願って、 あらゆる手段を用い全力を尽すべきであろう。なにしろ、その逆に でもなろうものなら、最後のドイツ人とともに、最後の平和主義者 もまた死滅するに違いないことは、まったく容易に考えられよう。 ……
 実際、平和主義的、人道的観念も、次のような場合には、おそら くまったく良いものとなろう。つまり、最高の人間が、自分をこの 地上の唯一の支配者にしてしまうほどまで、あらかじめ世界を征服 し、従わさせてしまっているとしたならばの話である。……だから、 まず闘争が先きであり、その後、おそらく平和主義となるだろう。 そうでない場合には、人類は発展の絶頂を通り越してしまったので あり、その終点は、なにかある倫理的観念の支配といったものでは なく、野蛮であり、結局、混沌である」

<3>
「われわれが今日、人類文化について、つまり芸術、科学及び技術 の成果について自分の前に見出せるものは、ほとんど、もっぱらア ーリア人種の創造的所産である。だが外ならぬこの事は、アーリア 人種だけがそもそもより高度の人間性の創始者であり、それゆえ、 わわれが『人間』という言葉で理解しているものの原型を明らかに したという、無根拠とはいえぬ帰納的推理を許すのである。アーリ ア人種は、その輝く額からは、つねに天才の神的なひらめきがとび 出し、また認識として、沈黙する神秘の夜に灯をともし、人間にこの 地上の他の生物の支配者となる道を登らせたところの、あの火をつ ねに新たに、燃え立たせた人類のプロメテウスである。人々がかれを しめ出したとしたら ー そのときは、深い闇がおそらくもはや数千 年もたたぬうちに再び地上に降りてくるだろう。そして、人間の文 化も消えうせ、世界も荒廃するに違いない」

<4> 「混血、およびそれによってひき起された人種の水準の 低下は、あらゆる文化の死滅の唯一の原因である。なにしろ、人間 は敗戦によって滅亡はしないものであり、ただ純粋な血液だけが所 有することのできる抵抗力を失うことによって、滅びるものである からである。この世界では、よい人種でないものはクズである」 <5>
「民族性、より正しくいえば人種は、言語の中にあ るのではなく、血の中にあるのだから、敗者の血をそういう過程に よって変えることができるならば.、はじめて、ゲルマン化について 語ることができるだろう。しかし、それは不可能だ。混血によって 変化させることはできる。しかし、それはより優秀な人種の水準の 低下を意味するのだ。そういうことをすれば、究極の結果は、かつ て征服民族に勝利をもたらした特質をまさしく滅ぼすことになるで あろう」

<6>
「血の単一な民族がなかったという事実が、われわれを名状Lがたい 苦難におとしいれたのだ。それは、多数のドイツの小君主に王城を 与えることにはなったが、ドイツ民族から支配者となる権利をうば ってしまったのだ。……完全な混血がなされずにいたこと、すなわ ち、今日もなお、われわれドイツ民族体の中で混血せずにいる大部 分が、わが将来にたいして、最も価値ある宝物をみることができる 北ゲルマン系の人々であるということは、幸いである」

<7>
「地上でのドイツ民族の使命について語るものは、その使命がわが 民族の、むしろ全人類の最も貴重な無傷で残っている構成要素を維 持し、促進させることを、最高課題とみるような国家を形成するこ と以外にない、ということを知らねばならない。それによって、国 家は、はじめて内面的な最高目榛を保持するのである。平和的にお たがいが嘘をつきあうことができるための、安寧秩序を維持すると いう笑うべきスローガンに対して、全能の神のめぐみによって、こ の地上につくられた最もすぐれた人類を維持し、助成するという課 題は、まことに貴い使命であるように思える」

<8> 「国家それ自体が一定の文化的な高さを創造するのではない。 国家はただ文化的高さの原因をなす人種を維持しうるだけである」

<9>
「国家は目的ではなく、手段である。国家は、もちろん、より 高い人類文化を形成するための前提ではあるがその原因ではない。 その原因はむしろ文化を形成する能力のある人種の存在にのみある のである」

<10>
「……文化形成や価値形成力が本質的に人種的要素に根ざし、 かくして国家はその意味で人種の維持、向上という、あらゆる文化 の発展の根本条件を最高の課題としてみる……」

<11>
「……民族主義国家の最高の目的は、文化供給者としてより高 い人類の美と品位をつくりだす人種的元素の維持を心がけることで ある」
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