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第744回 2007/03/04(日)

《吉本ファシズム論より》:庶民の戦争責任・第2部(5)



 第一回で確認したように、庶民の戦争責任に対する吉本さんの 基本的スタンスは次のようであった。

『戦争中、日本ファシズムのイデオロギー的な支配下にあった大衆運動 や軍隊のなかの、個々の農民や労働者や兵士は、戦争にたいして社会 的な責任をもつものではない。組織のなかの個々の農民や労働者や兵 士は、それぞれの戦争体験のなかで個別的に検討すべき思想的な課題 を担っているにすぎない。』

 この立場からは当然、「戦争権力とそのイデオロギーを、全生活 体験によって実践した」庶民の戦争体験からは「責任の間題を排除 しうる」ことになります。この場合、「責任のあらゆる問題は、 すべて戦争権力とそのイデオロギーが負わねばならない。」と、吉本 さんは言います。吉本さんはこの論稿を「戦争権力とそのイ デオロギーを、全生活体験によって実践した」庶民の戦争体験で 締めくくっています。

 戦闘の前線にたたされて、全生活的に行動し戦死していった人たちの 典型として、沖縄の男女学徒隊を記録した『みんなみの巌のはてに』 から2通の学徒兵の遺書を取り上げます。


お母様!
 愈々私達女性も、学徒看護隊として出動出来ますことを、心から 喜んで居ります。
 お母様も喜んで下さい。
 私は、『皇国は……』信念に燃え、生き伸びて来ました。軍部と 協力して働くのは、何時の日かと待って居りました。愈々それが私 達に報いられたのです。何と私達は幸福でしよう。大君に帰一し奉 るに当って、私たちはもっともいい機会を与えられました。今働か ねは何時働きますか。しっかりやる心算で居ります。 (大嶺美枝「遺書」より)


御両親様
 どうか健在であつて下さい。私も今度鉄血勤皇隊に入り、郷土沖 縄に上陸した敵と戦います。しっかりやります。御安心下さい。
 万一私が戦死した時に、よくやつて呉れたと思つて、決して嘆く様 なことはしないで下さい。父上の病気も一日も早く恢復されて、再起 奉公なされて下さい。私もそのことを御祈り致します。母上も父上を 激励されて、恢復させて下さい。
 最後に御両親様の御健康と御発展とを祈ります。さよなら。(小渡 壮一「遺書」より)



 ここに集められた記録が、すべてポジティヴな心情をもって貫か れているのは、戦争と戦争イデオロギーの受容態度において、庶民 として自立性をもちえているからである。だから、イデオローグの 世界からは、これらの記録が無智と無謀の記録としてみえるとしても、 もっとも無智の責任の無い庶民の戦争体験が、ここに集録されてい るとみなければならない。

 だからこそ、イデオローグによって、戦争権力にだまされた無意 味な死という判定を下されたとしても、イデオローグの部分社会に たいし、逆に優位に立とうとする庶民や庶民社会の自立性がここに 存在しているのだ。

 戦争のような極限情況においては、庶民大衆の社会が、イデオ ローグたちの社会よりも優位にたつということは、公理とおなじよ うにあきらかである。だから、イデオローグは、庶民や大衆を、 日常性によって愚かなものときめるのではなく、自立した情況に おける庶民や庶民杜会の優位性と対決し、それを超ええないとす れば、自身がイデオローグとして自立することはできないのであ る。

 『みんなみの巌のはてに』のような庶民の戦争体験の記録が提出 している唯一の問題は、自立した庶民と庶民社会が、社会の支配的 な体制そのものの上に優位にたつことができるか、ということだけ である。これらの記録は、そのすべてが、文化的・思想的イデオ ローグの世界を超えるだけの優位をもっていることを実証している が、支配体制そのものを超えることができないことを、まるで鉄 壁にかこまれた自立性であるかのように鮮やかにさししめしている。

もちろん、これらの記録から少年少女ファシスト像をぬきだし、 戦争権力にだまされた庶民の無惨な死を視ようとすることは、根本 的な誤解でなければならない。


 「庶民や大衆を、日常性によって愚かなものときめる」ようなイデ オローグは信じるに足らない。「自立した情況における庶民や庶民 杜会の優位性と対決し、それを超ええないとすれば、自身がイデオ ローグとして自立することはできないのである。」という言葉を 、たぶん吉本さんは一個の物書きとしての自分の自戒の意を込めて 語っている。

 私は上記の学徒兵の遺書から、「イタリア抵抗運動の遺書」 を思い出しました。そして双方から、戦争権力のイデオロギーに殉じ た者と抵抗した者との違いを越えた同質の感銘を受けるとともに、 国家権力に巣食う糞バエどもへの怒りが噴き出します。

 最後に、「 詩をどうぞ(10)」で紹介した石垣りんさんの詩を再録してこの稿を 終わります。


 

戦争の終り、
サイパン島の崖の上から
次々に身を投げた女たち。

美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。
とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)

それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。



 弔詞
  職場新聞に掲載された一〇五名の
  戦没者名簿に寄せて

ここに書かれたひとつの名前から、ひとりの人が立ち
 あがる。

ああ あなたでしたね。
あなたも死んだのでしたね。

活字にすれば四つか五つ。その向こうにあるひとつの
 いのち。
 悲惨にとぢられたひとりの人生。

たとえば海老原寿美子さん。長身で陽気な若い女性。
 一九四五年三月十日の大空襲に、母親と抱き合って、
 ドブの中で死んでいた、私の仲間。

あなたはいま、
どのような眠りを、
眠っているだろうか。
そして私はどのように、さめているというのか?

死者の記憶が遠ざかるとき、
同じ速度で、死は私たちに近づく。
戦争が終って二十年。もうここに並んだ死者たちのこ
 とを、 覚えている人も職場に少ない。

死者は静かに立ちあがる。
さみしい笑顔で
この紙面から立ち去ろうとしている。忘却の方へ発と
 うとしている。

私は呼びかける。
西脇さん、
水町さん、
みんな、ここへ戻って下さい。
どのようにして戦争にまきこまれ、
どのようにして
死なねばならなかったか。
語って
下さい。

戦争の記憶が遠ざかるとき、
戦争がまた
私たちに近づく。
そうでなければ良い。

八月十五日。
眠っているのは私たち。
苦しみにさめているのは
あなたたち。
行かないで下さい 皆さん、どうかここに居て下さい。



今日の話題

(お休みです。)

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