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第736回 2007/02/24(土)

《吉本ファシズム論より》:社会ファシズム(4)


「国家改造計画綱領 第二、政治機構の改革」
一、一切の既成政党政治と絶縁して、強力内閣を組織し、合法的 手段により、独裁的に非常時対策を断行すべし。

二、一定年限を限り、議会より非常時国策の遂行に必要なる独裁的 権限を内閣に委任せしむべし。

三、衆議院議員選挙法を改正し、職業代表に重心を置き、従来の 一般代表議員数を総議員数の一定割合に減ずべし。

四、行政機関の合理化を計り、中央各省及び地方府県の根本的廃合 を断行し、根本国策の遂行と行政事務の簡捷とを期すべし。



 もともとブルジョワ・イデオローグにすぎない中野正剛の政治方 策は、上からの行政権の掌握によるブルジョワ独裁政策の推進とい うことにつきている。これが変革論として<卓上理論>にすぎない ことは、行政権の掌握ということが、天皇制下の権力掌握とはまった く別問題であり、たんなる行政執行権を独裁化することによって、 ブルジョワ独裁化を推進する政策をおこなうというにすぎないこと でもあきらかである。

 日本型の革命思想家であった北一輝は、中野とちがって行政権を、 権力掌握と誤解するほどの愚かさはしめしていない。北は<日本改 造法案>のなかで、

「憲法停止。天皇ハ全日本国民卜共に国家改造ノ根基ヲ定メンガ為 ニ天皇大権ノ発動ニヨリテ三年間憲法ヲ停止シ両院ラ解散シ全国二 戒厳令ヲ布ク」

とかいたのである。もちろん、北は、天皇制下の絶対主義革命によっ て、資本主義そのものを解消させるかのような幻想をいだいたため、 その行動的な結末は、天皇制そのものを強化するにおわつたが、 中野ははじめからブルジョワ独裁以外のものを構想しはしなかった のである。



「第三、統制経済機構の確立」

一、国民的生産力の組織的発展をもたらし、一般国民の福利を増進 する見地に立ちて、資本主義を矯正し、強力なる統制経済機構を確 立するを急務とする。

二、国家統制経済とは個々の経済企業の国営乃至国家社会主義化に 非ず。個々の企業経営は原則として民営を許し、国衆は須らく国民 的経済力の動向に就て、計画的指導を加ふべきである。

三、統制経済実現の為には、所謂経済参謀本部を設置し、特に次の 三種機関を以て之を構成すべし。
  イ、経済国策決定機関(経済国策審議会)
  ロ、調査、立案及監督機関
  ハ、顧問機関(顧問委員会)



 経済政策の構成において、中野ははっきりと修正資本主義的な本性 をあきらかにし、また、それが国家社会主義とちがう点を強調した。

 国民的生産力の組織的発展をもたらすためには資本主義を国家独 占的に<矯正> しようとする中野にしろ、ドイツ、イタリア的な 国家社会主義にしろ、それがブルジョワ独裁にしかゆきつかないの は必然である。しかし、中野正剛は、この統制経済機構の確立とい う一点において、北一輝の改造法案と自らの綱領が異なるものであ ることを誇示したかったにちがいない。

 この根からのブルジョワ・イデオローグは、北やその影響の下に 無智のエネルギーを発揮した農本的ファシストたちの土着のエネル ギーを、こういう上からの吸盤を強化する方策によって吸収しよう とこころみたのである。心情的には曲りなりにも下からの変革をこ ころざした農本ファシストと、上からの統制を意図した東方会ファ シストの相違がここにあらわれた。


「第四、金融の国家統制」

 北一輝が、個人的な資本限度を超える資本及び私有財産限度を超え る財産を没収して、新しく設定した銀行省に集中し、それによって金 融統制を行うべきであるとしたのにたいし、中野は日本銀行の機能を、 行政的な金融統制機関の規律に従属せしめる、という全面的な資本 独裁を企図している。そして国家融資をうけた産業資本は、その経営 及び利益処分について国家独占の監督に服しなければならないと論じ た。


「第五、商工業の国家統制」

 広域経済圏論が、国家資本独裁論とむすびつけられたのは、主と して産業資本論の面においてである。

 中野は、産業政策の方向を、アジア・ブロック建設の方向におい て統制すべきであることを論じた。

「我国がアジア・ブロックの指導国たる位置に鑑み、重工業、機械 工業、及び化学工業等の振興を促進すべし」

というのが、生産力増強と合理化を主張する根拠であった。


 さらに吉本さんは田中惣五郎著『北一輝』から次の一文を引用して 論を進めている。

「国家資本と私人資本。社会と民主。社会民主主義である。この公 と私の併立はファシズム的風潮が一応日本をつつみこんだ昭和13 年(1938年)4月1日(前年7月に日華事変がはじまる)に発せられた 『国家総動員法』をテコとして、さまざまの公社、公団の形で、 国家資本と私的資本の融合併立を見るにいたったことと若干対応す るものであろう」


 この意味では、中野のブロック経済論もまた、天皇制の下での資本 の国家独占化、帝国主義的な膨脹の過程での産業政策論の側面におい て、戦時下に実現されたことと対応するものであった。

 しかし、情勢が中野の企図通りに進行しなかったのは、天皇制の もっていた双面性にもとづくものであって、天皇制が中野的ブルジ ョワ独裁制を一面においては生みながら、それと対立する絶対主義 的な官僚軍事制を残留させることを、必須の条件としたからにはか ならないといえる。

 中野の綱領において、北とちがっていたところは、中間層的な政 策を加味することによって、独占資本下における、ブルジョワ独裁 の方法を把握していた点であり、いわば、戦後におけるマネージメ ント資本主義論者のブルジョワ独裁論と近似する政策を示したこと である。

 その極端なあらわれは、中野が重要産業に対して、産業種別に資 本家組合のようなものを組織し、生産と販売、原料の購入、資金の 調達、会計制度及び労働条件の標準化等の合理化統制を行わせると いう構想をたて、すすんで中小企業にたいしては合理化のほかに、 健全なる中産階級支持の見地を加味しなければならないことを論じ た点である。いわば、北の改造法案を聖典とする農本主義者たちの 行動に影響されて、急進化しようとする中間層にたいする独占資本 の側からするイデオロギー的な政策は、中野の綱領においてもっと も端的にあらわれたのである。

 ここには予言的に戦後独占によって行われようとしている政策が 記述されており、文化ファシストによって考えられているブルジョ ワ民主主義革命論の原型があきらかに存在しているということがで きる。

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宇佐神宮80代宮司をめぐる争い
神社本庁による宇佐神宮80代宮司任命に対して、氏子総代側が代々宮司を務めてきた到津(いとうづ)家の40歳の女性権宮司をたてて争っているということです。氏子総代側は神社本庁に離脱届を出したということで、皇室第二の宗廟とされる宇佐神宮が神社本庁管理体制から離脱するというのは、皇国史観を柱とする日本教へ後々大きな打撃となるかもしれません。
2009/03/09(月) 12:03 | URL | ゴンベイ #eBcs6aYE[ 編集]
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