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第715回 2007/01/25(木)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(30)
「理性の狡知」と「自然の狡知」



 確かに今日では、国民国家という枠組が弱まっている傾向があります。しかし、そ れは国家を解消するものではない。たとえば、ヨーロッパ共同体の理論家たちは、 それが近代の主権国家を超えるものだと主張しています。しかし、国民国家が世界 経済によって強いられたものだとしたら、地域的共同体も同様です。ヨーロッパ諸国 は、アメリカや日本に対抗するために、ヨーロッパ共同体を作り、経済的・軍事的な 主権を上位組織に譲渡するにいたった。ただしこれを近代国家の揚棄であるというこ とはできません。それは世界資本主義(世界市場)の圧力の下に、諸国家が結束して 「広域国家」を形成するということでしかないのです。

 このような広域国家は初めてのものではありません。1930年代にドイツが構想した 「第三帝国」や日本が構想した「大東亜共栄圏」は、それに先駆けるものです。それ らは英米仏の「ブロック経済」に対抗するものでした。そして、こうした広域国家は、 「近代世界システム」、すなわち資本主義やネーション=ステートを超えるものとし て表象されていました。

 西ヨーロッパで、このように「ヨーロッパ連邦」を作ろうとする構想はナポレオン以前から もあったのですが、その理念的な根拠は、旧来の「帝国」の同一性に見いだされます。ただ、 それを実現する企ては、結局、フランスあるいはドイツの「帝国主義」にしかならなかった。 今日、ヨーロッパ共同体の形成にあたって、ヨーロッパ人はそのような過去を忘れてはいませ ん。彼らが帝国主義ではないような「帝国」を実現しようとしていることは明らかです。 しかし、それはあくまでも、世界経済の中での「広域国家」でしかありません。
 『ドイツが構想した「第三帝国」や日本が構想した「大東亜共栄圏」』と現行の 「ヨーロッパ共同体」(これに今構想過程中の「東アジア共同体」を加えることもで きる。)を「広域国家」と一緒くたにして扱っている。しかし、ヨーロッパ共同体が 『帝国主義ではないような「帝国」を実現しようとしている』という認識も示してい ることからも分かるように、その二組の「広域国家」には大きな違いがある。

 「大東亜共栄圏」は『異質な住民を同化して「同意」を強制』した帝国主義の典型で あった。朝鮮に対してはその言葉や姓名さえ奪おうとした。

 それに対して「ヨーロッパ共同体」は明らかに今までに見られなかった新し い試みである。覇権国家のもとに束ねられたものではないから正確には「帝国」とは 言えないが、『固有の民族性や宗教、言語、ときには政治体制』の独自性に寛容であるという 「帝国」の特質を保持しているといえる。吉本さんの問題意識からは、それは<共同体― 即―国家>(滝村さんは<外的国家>とも呼んでいる。)が国家を開いていく契機として 評価されている。ただこの試みは、<共同体―内―国家>を開いていく指向とタイアップ して初めて望ましい成果(「国家を開く」)を挙げるだろう。

 ここでまた改めて指摘しておくと、柄谷さんは<外的国家>を強調するあまり、あた かも「国家=<外的国家>」のように論を進めている。<共同体―内―国家>をどうするか という問題意識がすっぽりと落ちてしまっている。マルクスやアナキズム「国家を棄揚」 できなかった要因のひとつとして「国家をその内部だけで考える見方」をあげて、 「国家論の不在」と言っているが、逆に<外的国家>だけで考える見方も「国家論の不 在」と言わなければならない。この疑念はとうとう最後まで残った。

 さて、EUを「広域国家」に過ぎないと一蹴して、では柄谷さんが言う「世界共和国」 とは何なのか。それはカントの「世界共和国」であるわけだが、それは「諸国家が主権を 譲渡することによって成立する」ものであるという。柄谷さんはEUについて 「ヨーロッパ共同体を作り、経済的・軍事的な主権を上位組織に譲渡するにいたった。」 と述べているが、これは「世界共和国」への道ではないのか。

 また、「世界共和国」への第一歩としてカントは「国際連盟」を構想したという。そして、 第一次大戦後の国際連盟や現在の国際連合はカントの「国際連盟」の構想にもとづいたも のではあるが、カントが目標としたものとは異なるという。

 ヘーゲルは覇権国家の圧倒的な武力が結果的に世界史的な理念を実現すると考えた。 「理性の狡知」によって平和が達成されるというわけだ。ネオコン(新自由主義)の イデオロギーはこのヘーゲル的思想の再生と言える。

 これに対してカントは「自然の狡知」による平和を構想した。
 カントによれば、人間の「反社会的社会性」は本性(自然)であり、それはとりぞくことはでき ない。そしてこの本性は「国家」の本性でもある。カントの「国際連盟」は、このことを 前提として構想されたものだった。つまり、人間の理性や道徳性によってではなく、 「反社会的社会性」という本性(自然)が引き起こす戦争が国家連合を実現すると考え た。


 19世紀を通じて支配的であったのは、ヘーゲルのような考え方です。つまり、「世界史 的な国家」たらんとする大国の覇権争いが続いたわけです。その結果が第一次大戦です。

 しかし、それがカントの平和論を甦らせた。すなわち、カントの理念にもとづいて国際 連盟が形成されたのです。これは大国アメリカが批准しなかったため無力で、第二次大戦 を防ぐことができなかったとはいえ、人類史においては初めての偉大な達成です。 しかし、これは世界大戦を通して、つまり「自然の狡知」によって達成されたのです。

 第二次大戦後に結成された国際連合は、国際連盟の挫折の反省に立っていますが、 やはり無力です。国連はそれを通して有力な諸国家が自己の目的を実現する手段でしか ない、という批判があり、また、国連は独自の軍事組織をもたないため、軍事力をもった 有力な国家に依拠するほかない、という実情があります。そして、国連への批判はいつも カントに対するヘーゲルの批判に帰着する。すなわち、国連によって国際紛争を解決し ようとする考えは「カント的理想主義」にすぎないといわれるのです。

 しかし、カントの考えは、たんに、単独行動主義に対する多国間協調主義のようなも のではありません。国際連盟や国際連合がカントの「国家連盟」の構想にもとづくのは 確かですが、彼は別にそのようなものを目標としていたのではなかった。彼がそれを提 起したのは、現実主義的な妥協案としてにすぎません。


 カントの「現実主義的な妥協」とはどういうものか。柄谷さんは『永遠平和のために』 (宇都宮芳明訳)から次の一節を引用している。


 互いに関係しあう諸国家にとって、ただ戦争しかない無法な状態から脱出するためには、 理性によるかぎり次の方策しかない。すなわち、国家も個々の人間と同じように、その未 開な(無法な)自由を捨てて公的な強制法に順応し、そして一つの(もっともたえず増大し つつある)諸民族合一国家(civitas gentium)を形成して、この国家がついには地上の あらゆる民族を包括するようにさせる、という方策しかない。

 だが、彼らは、彼らがもっている国際法の考えにしたがって、この方策をとることを まったく欲しないし、そこで一般命題としてin thesi正しいことを、具体的な適用面で はin hypothesi斥けるから、一つの世界共和国という積極的理念のかわりに(もしすべ てが失われてはならないとすれば)、戦争を防止し、持続しながらたえず拡大する連合 という消極的な代替物のみが、法を嫌う好戦的な傾向の流れを阻止できるのである。

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