2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
第676回 2006/12/07(木)

唯物史観と国家論の方法(5)
マルクス『革命のスペイン』の意義


 『「世界共和国へ」を読む』を中断した「第669回 国家の本質 2006/11/28」 の最後の題材はマルクスの『ルイ・ボナパルトのプリュメール十八日のクーデター』だった。 そこで柄谷さんは『プリュメール十八日』を「国家機構の自立は、ボナパルトが議会を こえた皇帝として自立することによってのみ可能だったのです。……ボナパルトは略取し たものを再分配しているだけなのに、それが「贈与」として受けとめられている。そのた め、彼はすべての階級に贈与するような超越者、すなわち皇帝として表象されます。し かし、この過程は、国家機構による略取-再分配というメカニズムが、贈与-返礼とい う互酬の表象の下で機能するようになることを意味しているのです。」と解読しているが、 ここは<近代的国家>の本質をしっかりと正面にすえた論述とはほど遠い。柄谷さんの メインテーマの「交換様式」による説明という要請のせいか、いささか牽強付会のきらいがる。

 「第669回 国家の本質 2006/11/28」では、この『プリュメール十八日』に見られるよう な統治形態を滝村さんは『「例外的」統治形態』と呼んでいること指摘するにとどめたが、 「滝村国家論」によれば『プリュメール十八日』はどのように解読されるだろうか。 「滝村 国家論」の一つの応用問題として、それを紹介してこのシリーズを終わることに する。

 ということで、『アジア的国家と革命』所収「2.アジア的国家における革命と反革命」の該当部分の論考を 読み始めたところ、この章は一部分だけを切り読みするのではものたりないと思った。この 国の近代国家誕生つまり「明治維新」の理論的解明ばかりか、現在の政治状況を読み解くため の示唆がそこここにある。ということで続いて、「2.アジア的国家における革命と反革命」 を精読することにした。

 この章は「唯物史観とマルクス『革命のスペイン』」という副題が付けられている。 これは『「世界共和国へ」を読む』との関連で言うと、柄谷さんが「西ヨーロッパにおい て商品交換の原理が支配的になるのは絶対主義王権の時代です。」と言っていることに 通じる。すなわち、「絶対主義王権」の唯物史観による解明ということになる。

 一般にマルクスの歴史的論考としては『フランスにおける階級闘争』・『ルイ・ボナパ ルトのプリュメール十八日』・『フラソスの内乱』の〝フランス三部作″が有名だが、 滝村さんは『革命のスペイン』をマルクスの歴史的論究のなかでも出色のものと位置 づけている。


 少なくとも唯物史観との原理的=方法的関連から、個別歴史的事 例を統一的に解明した歴史的論考としての出来栄えからいって、前三者とりわけ『プリュ メール十八日』に比してさえ、少しも遜色がないように思う。それは如何なる意味でか?


 唯物史観は何よりも歴史的・社会的事象の一般的本質論の確立とその構造論的具体化 、つまり当該事象の原理的解明に必須の一般的方法として構成されたものであるが、 『唯物史観の発展史観それ自体に他ならぬ個別歴史的発展の世界史としての方法的抽象 が前提となっている』のであるから、唯物史観は個別歴史的世界の追究においても有効 な方法であると、滝村さんは言う。


 それでは個別歴史的解明において、唯物史観は如何なる有効性をもつか?

 それは個別実証史的成果を前提とした理論的解明において、唯物論的見地と世界史的論 理構成との必須の論理的=方法的追究を可能とする。すなわち当該個別歴史的世界が、如 何なる世界史的発展段階に属するかの、一般歴史理論的追究を媒介することによって、 個別歴史的特質を大きく浮びあがらせることができるからである。われわれはかかる 唯物史観による個別歴史的解明の典型ないし完璧な適用を、まさに『革命のスペイン』に みることができる。
 




今日の話題

沖縄知事選・もう一人の候補者

 東京新聞(11月24日)の「本音のコラム」で吉田司さんが「琉球独立」と題して 今回の沖縄知事選挙を取り上げていた。「<経済>か<基地>か」という一般の論調を 突き破って、三人目の候補者「琉球独立党」の屋良朝助氏に焦点を当てている。


 沖縄県知事選は沖縄電力会長などを務めた元副知事の仲井真弘多氏が、 <米軍基地反対>の糸数慶子氏を制した。完全失業率7・8%もの経済閉塞の中で 「経済の自立なくして沖縄の自立なし」という仲井真氏の訴えが受け入れられたとの メディア評が一般的だ。

 しかし<経済>が<基地>に勝つのは最近の沖縄ではおなじみの政治図式で珍しく もない。問題は<経済>の中身だ―それが基地に伴う収入やその見返りの経済振興 策への依存という本土パラサイト体制が変わらぬ限り、<経済>は逆に沖縄の精神を 蚕食するだろう。事実、敗軍の将・糸数氏はこう語っている。

「長いものに巻かれろみたいな生き方にウチナーンチュ(沖縄の人)は慣らされてし まった」

 そこで興味深いのが、<経済><基地>のワンパターン図式を破り《沖縄独立》を 訴えて数は少ないが6200票余を獲得した第三の候補者「琉球独立党」の屋良朝助氏だ。

 屋良氏とは今夏、新宿のトーク・ライブで対論した。沖縄と日本は利害対立だと主張 する。

「東シナ海の石油、天然ガスは沖縄が独立すれば沖縄国民一人当たり四億円の財産で、 日本本土に所有権はない。逆に沖縄県のままだと石油は日本全体のもの、沖縄人には ほとんど利益がない」

 そう、これは資源ナショナリズムを武器にした、新たな沖縄メンタル・ムーブメント の登場なのである。


 南国と島嶼の利点を生かした農業と漁業の新興をはかり、『沖縄国民一人当たり四億 円の財産』を奪い返し、『岡留式「脱基地・産業振興プラン」』を組み込んでいく。 沖縄は社会・経済的に充分に自立できるじゃないか。
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この記事へのコメント
    おはつで~すww
    HPつくってみたお
  ガンガって きょうも更新
     あしたも更新
  ほぼ毎日ガンガリます・・・
見に来てくれたら うれしいかもww
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
http://bigsio.jp/~459/
2006/12/07(木) 22:20 | URL | #-[ 編集]
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