2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
第664回 2006/11/22(水)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(15)
国家と資本の接合


 補足を二つ。
   前々回の『互酬のハウとは異なる、貨幣のもつ社会的な強制力の秘密があります。』という 文中の「ハウ」というのは、未開社会で信じられている魔力のことです。贈り物を与えた り返礼したりする互酬を怠ると「ハウ」の祟りがあると信じられている。「マナ」と呼ん でいる種族もある。

 「貨幣が通用したのは国家権力によってではない。」の例として柄谷さんはソ連邦の 末期には、その強力な国家権力にもかかわらず、国内でルーブルが通用しなかったことを あげている。
 私が思い出したのは日本の古代の例です。大和朝廷が唐にならって鋳造した「和銅開珎」 は、「蓄銭叙位令」(銭を貯めた者に位を授ける)を発したり、「季禄(きろく)」を 銭貨で払ったり、「調」を銭納させたり、政府があの手この手を用いてその普及に努めた が、ついに畿外にまで流通することはなかった。一般には相変わらず、稲や布帛(ふはく) が「等価物」(貨幣)として用いられた。

 さて、資本制以前の社会構成体において商業が最も発達したのは、アラビア地域のような 半乾燥地域の諸国家であった。砂漠や海を渡る遠隔地交易は、バグダードなどの巨大な 都市を形成した。しかし、こうした都市は、世界的経済の動向によって交易コースが変わ ると、一挙に崩壊してしまうほかなかった。西ヨーロッパにあったような自立都市では なく、政治的に形成された都市だった。


 都市が自立して商業が発展したのは、文明の周辺にあり集権的な国家をもてなかった 西ヨーロッパの封建制においてです。

 ここでもやはり商業が見下されていたことに変わりはない。たとえば、キリスト教会に よって、利子(高利)が禁止されていました。にもかかわらず、都市が王や封建諸侯から 自立することができたのは、国家に対抗する教会の力を利用したからです。

 しかし、都市の自立とは、国家や教会の権力とは異質な力が自立したということです。 それは、共同体や国家を超えて通用する貨幣の力だといってよいでしょう。そして、それ が拡大してくるにつれて、封建制は崩壊します。その結果、出てきたのが絶対主義王権 国家です。

 王は、それまで同格で並んでいた多数の封建的諸侯を制圧し集権的な体制を築いたの ですがその際、都市ブルジョアジーと結託し、封建的諸特権を廃棄しました。このとき はじめて、商品交換=貨幣経済の原理が国家によって承認されたわけです。いいかえれ ば、経済外的な強制力が介入できないような「経済」の自律性が認められた。しかし、 忘れてはならないのは、このとき、西ヨーロッパにおいてはじめて、常備軍と官僚・警 察機構をそなえた強力な国家が成立したということです。

 このように、それぞれ異なる交換様式BとCに根ざした、国家と資本の相互依存的な接合 がなされたのです。

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