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第661回 2006/11/19(日)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(12)
商品交換の始まり


 第Ⅱ部 世界帝国」の「第2章 貨幣と市場」を要約していきます。

 歴史的国家のおける支配的な交換様式は(B)「略取―再配分」だったが、 (A)「互酬」という交換様式も存続してきた。では第三の交換様式(C) 「商品交換」は何時からどのような形で始まったのか。

 商品交換が生成発展していく過程を歴史的・実証的に示すことはできない。 その問題は理論的に解明していくほかない。そのときマルクスの論考が、やはり 第一級の典拠となる。次の2文は『資本論 第一巻』からの引用です。


 商品交換は、共同体の終わるところで、共同体が他の共同体またはその成員と 接触する地点で始まるのだ。しかし物は、ひとたび共同体の対外生活において商品 となれば、たちまち反作用的に共同体の対内生活でも商品となる。

 種々の家族、部族、共同体が接触する地点に、生産物交換が発生する。文化の初期に あっては、独立して相対するのは、私個人ではなく、家族、部族等だからである。異な る共同体は、それらの自然環境のうちに、異なる生産手段と生活手段を見いだす。


 

 柄谷さんはこれを受けて『原始段階においても、自らの環境において生産できな いもの(塩や道具など)を、どうしても他の共同体から得る必要があるのです。しか し、このような交換では互酬原理が働きません。』と述べている。ここで私は次のことを 思い出した。

 ヤポネシア列島においても、商品交換の痕跡は縄文時代にまでさかのぼることができる。 例えば、糸魚川産の翡翠が沖縄から北海道まで列島全域から出土しているという。また、 やじりや刃物の素材として貴重品だった黒曜石も広く取引されていた。諏訪地方 の黒曜石も有名だが、伊豆諸島の神津島の黒曜石が茨城県から愛知県にわって出土して いるというから驚きだ。さらに、接着剤として重宝されていた秋田・山形・新潟産の天然 アスファルトが太平洋沿岸の縄文遺跡から出土している。

   さて、(C)について二つの点に留意しなければならない。
 第一点は、マルクスが言うように、それは共同体と共同体の間で始まるのであって、 一つの共同体内部で始まることはない。共同体の内部での交換は互酬交換になり、決 して商品交換にはならない。しかし、共同体間で商品交換が直ちに共同体内に反映されるとが は限らない。現在でも商品交換(貨幣経済)が浸透していない地域共同体は数多くある。

 第二点は、国家成立後の社会構成体において共同体間で商品交換が始まるためには、 国家を生み出した略取という交換様式を禁じる国家的強制力が必要となる。つまり、商品 交換は自由な合意にもとづく交換だが、国家による支配の下でしか成り立たない。その条 件を欠くときは、略取が横行することになる。実際、アジア的国家の場合、遠隔地交易を 行ったのは国家自身であり、また、商業的な都市は国家に直属するものだった。

   しかし歴史的国家においては、商品交換は強い力をもったにもかかわらず、 交換様式(A)と(B)の下で従属的・補足的な地位にとどまっていた。国家が商品交換 の原理を取り込み、それが支配的な交換様式となるのは、近代国家と市場経済が確立し てのちのことである。

 以上まとめると、国家と商品交換は、共同体と共同体の間で、並行的に成立する。 すなわち、一つの共同体による他の多数の共同体の支配が強固で安定したものになると き、多数の共同体の間での生産物交換が無事に行われるようにある。その意味で、「政治」と「経済」は相 補的な関係にある。
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