2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
第652回 2006/11/09(木)

国家の起源とその本質(12)
<アジア的>国家の形成(2)


 このエンゲルスの論述を滝村さんは次のようにまとめている。


 エンゲルスは、主に古代オリエント的諸域の歴史的事例を念頭におきながら、階級形 成の第一の道として、政治的階級形成の形態が、<アジア的>国家形成に直接先導され たものであることを主張している。従ってこれを<アジア的>国家形成の問題に即して とりあげるならは、エンゲルスは、共同体間諸関係の発展に伴ない、諸共同体を貫く 「紛争の裁決」・「個々人の越権行為の抑圧」・「水利の管理」・「宗教的機能」等の 共通利害の形成を土台として、かかる宗教的・裁判的・社会的職務遂行のための特定個人 より成る公的機関が、社会的分業の所産として創設され、やがて<アジア的>デスポット の如き形態へと独自化していったと説いている。


 しかし、エンゲルスはこの<アジア的>国家の形成という理論を、『起源』では すっかりと放棄している。そうせざるを得なかった理論的必然性を滝村さんは次の ように指摘している。

 ここでとくに問題となるのは、右にいう共同体間諸関係の発展が、かかる<アジア的> 世界において一体如何なる諸形態をとって進展していったか・否いかざるをえなかった かを、エンゲルスが全く考察しようとはしていない点である。換言すればエンゲルスは、 完成的に<帝国>的規模で束ねられた単位的共同体の束ねられる歴史的過程と形態を全 く無視し、「これらの共同体があつまってより大きな全体をつくるようになると」とい う具合に、束ねられた結果のみをとりあげて、やがて専制的国家形態へと大きく転成し ていく公的機関の存立を、かかる諸共同体を貫く現実的共通利害形成からの根本的規定 性において把握するにとどまっている。一言でいえばエンゲルスは、諸共同体を大 きく束ねる際に最も一般的であった歴史的形態としての<征服>の問題を、いわば病的 な慎重さと巧妙さによって回避しようとしている。


 滝村さんは、エンゲルスが<征服>という事実を回避した問題を、国家の起源と 本質を理論的に解明するための方法論という観点から論述している。滝村さんが国家論 の中で<征服>をどう位置づけているのか、それをこれからたどっていくことになるが、 その論述は今まで取り上げてきた諸問題の「まとめ」という意味合いがあるので、その 点に重点をおいてまとめてみようと思う。
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