2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
441 年老いても咲きたての薔薇
追悼 茨木のり子さん
2006年2月20日(月)


 茨木のり子さんが亡くなられました。私は茨木さんからたくさんの糧をいただいてきました。
 川崎洋さんの訃報をきっかけに、「詩をどうぞ」というシリーズを始めました。(第69回 2004年10月22日)
 茨木さんと川崎さんは一緒に同人誌「櫂」を創刊しています。もう53年も前、1953年のことです。

 これまでに「詩をどうぞ」には茨木さんの詩を3編紹介しました。ただし、このHPのテーマである「反ひのきみ」に関連したものという観点からの選択でした。
(第97回 2004年11月19日、第98回 2004年11月20日、第165回 2005年1月26日)

 今回は茨木さんを追悼して、初期の詩集「対話」「見えない配達夫」「鎮魂歌」からそれぞれ1編ずつ、3編選びました。紹介したい作品がたくさんあって、とても難しい選択でした。



準備する

<むかしひとびとの間には
 あたたかい共感が流れていたものだ>
少し年老いてこころないひとたちが語る

そう
たしかに地下壕のなかで
見知らぬひとたちとにがいパンを
分けあったし
べたべたと
誰とでも手をとって
猛火の下を逃げまわった

弱者の共感
蛆虫の共感
殺戮につながった共感
断じてなつかしみはしないだろう
わたしたちは

さびしい季節
みのらぬ時間
たえだえの時代が
わたしたちの時代なら
私は親愛のキスをする その額に
不毛こそは豊穣のための<なにか>
はげしく試される<なにか>なのだ

野分のあとを繕うように
果樹のまわりをまわるように
畑を深く掘りおこすように
わたしたちは準備する
遠い道草 永い停滞に耐え
忘れられたひと
忘れられた書物
忘れられたくるしみたちをも招き
たくさんのことを黙々と

わたしたちのみんなが去ってしまった後に
醒めて美しい人間と人間との共感が
匂いたかく花ひらいたとしても
わたしたちの皮膚はもうそれを
感じることはできないのだとしても

あるいはついにそんなものは
誕生することがないのだとしても
わたしたちは準備することを
やめないだろう
ほんとうの 死と
      生と
      共感のために



わたしが一番きれいだったとき

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
              ね



汲む
 ― Y・Yに ― 

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶  醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
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