2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
607 「ほんとうの考え・うその考え」―シモーヌ・ヴェイユの神(2)
乳幼児期のヴェイユ
2006年9月14日(木)

 胎児期・乳児期における母親との関係が、生涯にわたって個人の心のありように決定的な影響を与える。そういう意味ではどんな家庭に生まれたかよりも乳児期にどのように育てられたかの方が重要です。
 
 シモーヌ・ヴェイユの略年譜によると、ヴェイユは1歳のときに重病をわずらっている。また、生涯にわたって偏頭痛に悩まされていた。ヴェイユの幼年期を少し詳しくたどってみる。

 生後6ヵ月ごろ母親が虫垂炎の発作をおこして、授乳することができなる。ヴェイユは授乳障害におちいってしまう。11ヵ月ごろ祖母の手で離乳を試みるが、それに失敗して、16ヵ月ごろまで哺乳ビンに大きな穴をあけて食べ物を母乳のように流し込まなければ食べたり飲んだりできないという障害にかかり、そのために衰弱してしまう。哺乳ビンじゃないと受けつけないということじたい何かを物語っていて、こういうことは生涯にわたってとても重要な要素になると考えられる。
 また、3歳半のとき、母親の体質が遺伝していたためか、虫垂炎にかかり、その手術の後の回復がおそく、回復不可能と医者から宣言されるほど衰弱したということが伝えられている。

 乳児期の授乳障害はヴェイユの個性的な思想に対して重要な影響を及ぼしていると考えられる。ヴェイユは晩年病気になり、拒食症的に食べ物を拒否するかたちで死んでいる。その「拒食症的な」というのは、フロイト的な言い方をすればリビドーの障害ということになるが、この障害はヴェイユの生涯のいたるところに表われる。それはたぶん授乳期あるいはもつと前の胎児期とふかい関係があると考えられる。

 もうひとつは、ヴェイユは強烈な「頭痛」に生涯悩まされている。その頭痛もヴェイユの思
想にとってふかい関係がある。ヴェイユの頭痛の原因は鼻腔にいろんな雑菌が入っておこる一種の鼻炎だといわれている。現在では簡単に治せる病気です。しかし、その当時では治療はできず、生涯激しい頭痛に悩まされることになる。ヴェイユはその痛みとキリスト教信仰がいっしょになったところで身体離脱のような聖体験をした。キリストの姿が現われてじぶんに手を触れたという見神体験で、それがヴェイユを強烈な信仰へといざなった。

 さて、なぜ現在シモーヌ・ヴェイユなのか。二つの重点が考えられる。
 ひとつは、初期から中期にかけての革命思想家としてのヴエイユです。ヴエイユのその思想は現在でも重要な問題を提起している。
 ふたつ目は、晩年になってキリスト教神学思想として特異な概念をつくり、ヴエイユ神学というべきものをつくりあげている点です。ヴェイユの神学思想のなかのキリスト教神学・キリスト教信仰を超えた部分に現在にも通ずる問題提起がある。それはすべての宗教的なもの、思想的なもの、あるいは人間的なものに共通した問題提起です。


 9・11同時多発テロはブッシュのやらせだという情報が出回っている。その情報をめぐっているうちに きくちゆみのブログとポッドキャストというサイトにであった。きくちゆみさんは「9・11事件」の真相を追究しているお一人です。そのサイトの今日の記事がすばらしいので紹介します。私は、ヨブのような過酷な運命の中で、なおどのような倫理が可能か、という問題に重ねて読みました。

 自分の愛する人が暴力的に殺されたときに、それに対して暴力で対応しないことを選択できるでしょうか?私がその立場に置かれたときに、暴力を選ばない自信があるか、と聞かれたら「わからない」としか答えられません。でも、暴力で対応することを選ばない人間になりたい、とは思います。

 今回のニューヨーク訪問ではたくさんの人に出会い、いろいろな立場のアメリカ人のお話を聞かせていただきましたが、もっとも心の奥深くに希望と愛の種を植えてくれたのは、ディビッド・ポトーティーさん(Democracy Nowの10周年パーティーでお会いしました)、コリー・ケリーさんとウィリアム・ロドリゲスさんでした。今日はコリー・ケリーさんのお話をポッドキャストでお届けします。

  コリーさんは弟のビルさんを世界貿易センタービルで亡くしました。金融機関で働いていたビルさんは、たまたまあの日、世界貿易センタービルで行われていた会議に参加していたために、911事件に巻き込まれ、帰らぬ人となりました。遺品も遺体も戻ってきませんでした。 しかし、ケリーさんとその家族は、「ビルの死を理由に報復をして、さらに悲しみを増やさないで」と声をあげたのです。アメリカ全体が熱狂して報復の戦争に向かう最中のことです。どれだけ勇気がいったことでしょう。「報復の戦争をする」という政府の方針に反対の声をあげた途端に、犠牲者に同情的だった世論がバッシングに変化します。 しかしケリーさんは静かに声をあげ続け、同じように家族や愛する人を亡くした家族で、報復を望まない人々と出会い、やがて彼らは「ピースフルトゥモローズ」というグループを立ち上げます。その声は911から5年経った今、200を越える家族に広がっています。

  対テロ戦争が始まり、アフガニスタン、イラクが攻撃されると、ピースフルトゥモローズのメンバーは現地を訪れ、米軍の攻撃で子どもを亡くした母親たちに出会い、交流をします。悲しみは国境を越えて同じなのだ、この暴力の連鎖を断ち切ることが自分たちのミッションなのだ、と想いを新たにします。 彼らはこの911の5周年に世界中のテロや戦争や原爆の犠牲になった家族を持つ同じ想いの人々と交流をし(日本からは長崎の被爆者が参加したそうです)、彼らの悲しみを平和と愛に昇華させようと努力を続けています。 こういう人たちがこの世に存在する限り、まだ世界は大丈夫、という希望と勇気をもらいました。

 ピースフルトゥモローズと、彼らのミッションに賛同して世界各地から集ったジョー・ベリー(イギリスのテロで閣僚だった父親を亡くした女性で、私の友人。偶然NYで再会した)を始めとする勇気ある人々に心から、どうもありがとうございます。

 

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