2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
605 「ほんとうの考え・うその考え」―ヨブの主張(5)
終曲の書き換え
2006年9月12日(火)


 前回で「ヨブ記」のあらましを読み終えた。しかし終曲は、それまで提起されてきた <倫理性>の問題を肩透かしした形で終わり、問題が宙ぶらりんの感じになっている。 このことに関して、吉本さんは何と言っているのか。
 もし「ヨブ記」の問題が行くところまでいくなら、最後のところの、神が 出てきて、「神は山を動かせるぞ、おまえにはできないだろう」みたいなこ とを言った場面から、ヨブはそれをばかにしてというんじゃなくて、「神の 言うことのなかにはすこしも倫理は含まれていないじゃないか。倫理につい てなんの示唆もないじやないか。じぶんは信仰があついにもかかわらず、こ ういう苦難を受ける理由がなにも述べられていないじゃないか」といったこ とを筋書きとして、「ヨブ記」の続編といいますか「第二のヨブ記」を、み なさんはじぶんで読んでおかしいとおもったら、書きなおしちやったほうが いいとおもいます。

 もし思うところがあったら、ここはこういう条件がなくちやいけない、こ ういう条件があるべきだということを元にして、終わりのところは取っちゃって 、じぷんでかんがえてつくつちやったほうがいいとおもいます。  最後のじぶんの倫理感が納得しなかったら、ここはちがうって言いきっち やったほうがいいとおもいます。またそういうふうにじぶんの心の振舞い方 の輪郭をきめていくのがほんとうだっていうふうにぼくにはおもえます。 それは「ヨブ記」を読むことの最後の完成だとおもいます。

 そうすると、「ヨブ記」のなかのヨブという人物は、福音書のなかのキリ スト・イエスととても似た性格が与えられていますから、なぜキリスト・イ エスが出現したかとか、なぜそういうふうに位置づけられたかということが とてもよく理解できるとおもいます。ましてじぶんならこうだなんてことを も交えて「ヨブ記」が読めたら、新約聖書の理解がとても楽になるんじゃ ないかとぼくにはおもえます。


 著書「ほんとうの考え・うその考え」は講演記録です。最後の質疑応答で、 たぶん「吉本さんならどのように書き換えますか。」というような質問があ ったのだろう。それに対する応えが<追補>という形で最後に掲載されている。 それを読んで第三部「ヨブの主張」を終わる。
 わたしが書きなおすとすれば、<自然>と<倫理>の問答をもうすこし つづけるようにします。そして神とヨブの和解が成り立っても成り立たなく てもどちらでもいいんですが、神の言葉は、天然自然の表層現象を言ってい るだけじゃなくて、だんだん<深さ>をもつようなところまで内向していき、 ヨブの言葉は、死と苦悩と、一時的な不幸からしか出てこない言葉ですが、 その普遍性のある言葉をどこまで拡大することができるか、その方向にむ かっていく。そういうところを継ぎ足したいわけです。

 それは同時にじぶんにとっていまとでも主要な問題なんです。 <普遍宗教>あるいは<普遍倫理>が出てくる段階が現在の段階だとぼくに はおもえるからです。<普遍宗教>の考え方がどういうふうに成り立つかが いまのいちばんの関心事で、そこへもっていくようになおすとおもいます。

 それには天然自然が科学的な自然観の方に行って終わってしまうところを、 天然自然観に<深さ>という概念は与えられないかという問題と、苦しみと か、虐待されたとか、貧しかったとか、物質的に不如意だったとかというと ころから生まれてきた<欠如>を基にした倫理を、もうすこし欠如がなくて も倫理が成り立つところへもっていきたいわけです。神の言葉でいえば <深さ>という概念、ヨブの言葉でいえば<広さ>という概念といったらお かしいですが、<普遍性>といったらいいでしょうか、狭い倫理から広い普 遍性のある倫理性の言葉にもっていくのがさしあたってつけ加えたいところ だとおもいます。

 みんながめいめいじぶんの神さまがほんたうの神さまだといふだらう、 けれどもお互ほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだら う。それからぼくたちの心がいヽとかわるいとか議論するだらう。そして勝 負がつかないだらう。けれどももしおまへがほんたうに勉強して実験でちゃ んとほんたうの考とうその考とを分けてしまへばその実験の方法さへきまれ ばもう信仰も化学と同じやうになる。

 宮沢賢治のこの言葉は、そういうことだとおもいます。<普遍宗教>とか <普遍倫理>というところで両者を統一的に理解できる場所へもっていける んじゃないかとおもっています。



 私ならどう書き換えるか。私がそれを言うのはまだおこがますしい。 いまだ勉学途上の身です。一つの課題として心にとめておこうと思う。

(追記)
 私がインターネットに参加してから、まだ2年しかたっていない。試行錯誤 しながらホームページの作成をしてきたが、まだ分からないことだらけで いろいろ失敗をする。

 利用の仕方をあやまれば、大きな危険もあるが、インターネットの 便利さにはほとほと感心している。今回のテーマに関連して、びっくりする サイトを発見した。聖書を丸ごと読めるのです。「ヨブ記」を丸ごと読ん でみたい方のために紹介しておきます。

旧約聖書・ヨブ記

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