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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
346 〈東京「日の丸・君が代」強制反対裁判をすすめる会〉結成総会
参加報告(7)

太田堯さんの記念講演(3)
2005年7月30日(土)


 だって、機械というような物はですね、融通利かない物でしょ。自分で変われ ます?自分で変わることできますか?できないでしょ、機械は。だから、土星の 探査機と、皆さんがあまり好まないゴキブリと、どっちが複雑にできていると思 いますか?もう明らかにゴキブリですよね。(笑)ゴキブリの方が複雑な生命体 なんです。人間の科学技術をもってしても、まだ大腸菌一つ作ることはできない んですから…、利用はさせてもらっていますけどね、実験上。作るということは できないんですから、まだ。ついこの間、京都大学かどっかで、細胞のほんの作 りかけの、ちょっとしたもの兆しが見えたということを報告者が言っておられま したけど…。

 「いのち」というのは自ら変わるという恐るべき力を持っているんですよ。 生命科学ではこれを自己創出力、自らを創り出す力だというふうに言います。 この自己創出力というものがありますから、ぼくたちは0.1ミリの受精卵から出 発して、こんな身体になったわけです。そう…、60キログラムの体重の方は60兆の 細胞から成っているそうじゃないですか。そんなふうに分化するだけでなしに、 内臓向きだの心臓向きだの皮膚向きだのに分割するんですから、すごい自己創 出力じゃないですか。この自己創出力というものがなかったら、話をはしょるけ ど、

 人間の自己創出力というものを今お話をしましたが、すべての生き物がこうい う変わる力を持っているわけでしょ。人間はほかの動物と同じように変わる力を 持っているんだけど、その気になって変わるというね、独特の能力を持ってい るんですよ。精神界というものを持っていますからね、その気になって選んで変わ るという能力を持っているんですよ。これが実は人間成長というものの一番根本に あるエネルギーなんです。

 皆さん方、一人一人のお子さんがそれぞれ違っていて、不完全ではあっても、 それぞれ自ら変わる力を持って自己形成をやっているということを、注目しな くてはならないでしょう。これはまさに、何と言いますか、自己創造、自己を創り 出すというアートなんですよ。芸術なんですよ。「教育基本法」にも書いてあるでし ょう。「普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育を普及徹底しなければ ならない」とこうなっているんではないですか。普遍的にしてしかも個性的ね、そういう 個性的な文化を創造する、創造していくような教育の普及徹底を「教育基本法」 は望んでいるのですよ。普遍的でしかも個性的という文化の創造は、アートが典型的で しょ。いや実は人間の営みはすべてアートなんですよ。自己創造なんですよ。 学校の先生方が、その一人一人の子どもの持つ驚くべき36億年の生命の歴史を背負った 自己想像力というものを、それを横から支えるということじゃないですか。 つまり主役は子どもだけど、演出は先生、先生は演出家だ、アーチスト、人生の 自己創造を助けるアーチストなんだ。当然自由を本質的に保証されなければならない。 いやー、これは先生だけの良心が保障されるんじゃなくて、あらゆる人間の生命 がアートとして尊重されなければならない、自由でなければならないという 広がりを持っているのではないかというふうに私は思うのであります。
 そう、そろそろやめます。

(司会者のほうから、質問の時間をカットしてよければ、どうぞ続けてくだいとの 提案の声あり…拍手)

 もう力の方は尽きているんです。(笑)もうこのへんでやめた方がいいと、ぼくは 思うんですけどね。

 えー、あのー、そう…、例えば、小さい子どもたちがですね、二本足で立って歩 こうとする、そして、そばからおばあちゃんが手を貸してあげようなんて考えると、 「いいよ」ってはねつける場面があるじゃないですか。あの局面というのを、子ど もの自己創出力だと思い出してほしいんです。「よけいなことしないで、自分が歩 くんだ」とこういう二足直立歩行をその気になって実現するというのを、それをわ ざわざ手を貸して妨げているというような、そういう問題なんです。そういうような感じでもって、 子どもの育つそばで子どもを見守っていくという……。

 もちろん先生方は文化というものを伝えるという任務があります。これも長いこと 言わないと、文化を伝えるとはとか文化とは何かということが問題になるんですが ね……。
 文化といったて人間の創ったものですから、みな不完全なものなんです。だから 皆さんが教えられている教材・文化というものはすべて不完全なものであって、こ れからまだいっぱい問題を残しているものです。そういう未完の文化を分かち 合って、響きあっているんだという感覚で、演出家として、アーチスト、自己創 造を遂げている子どものアーチストとの響き合い、そういう雰囲気というものを 尊重するのが教室の中での人間関係でもあると、私は思うのです。

 「違う」と「自ら変わる」という生命の二つの点からだけで言いましても、 教育とは何か、学習の権利とは何か、というような問題、あるいは教師の仕事、 そんなものがでてくるようにぼくは思うのです。そんなことが今後私どもの運 動というものを広げるということに、広げようということにぼくは大賛成です よ、それには私どもはにちにちの生活の中に、この場合、たとえば「基本的人 権」というものを手がかりとして、ピープルとピープルとの連帯を固く創るこ とによって、国家の垣根をうーんと近く、低くして、ピープルとピープルとの 連帯の思想を高くするというところに、そこのところに我々が今やっ ている運動の意味というものが出てくるのではないかというふうに思うのであり ます。

 最後に、原告の先生たちの勇気に再びお礼を申し上げ、また敬意を表して、私の 話を終わりたいと思います。(大きな拍手)

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