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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
342 〈東京「日の丸・君が代」強制反対裁判をすすめる会〉結成総会
参加報告(3)

「君が代」について(3)
2005年7月26日(火)


 さて、「君が代」について予防訴訟の会の加山さんが挨拶の中で次のような 指摘をしていた。
 君が代の元歌は「わが君は…」であり、この場合の「君」は「遊女」という 意味で、「いはほとなりて」の「いわほと」は男性器と女性器のことだという のだ、と。
 つまり遊郭で歌われていた「戯れ歌」ということだろうか。古今集では「巌」 はたしかに「いわほ」と仮名書きになっていて音の上ではそのように読めなくは ない。また大山巌が日ごろから愛唱していたいうのとも結びつくかもしれない。 大山が愛唱していた薩摩歌が上記の古今集の歌のままなのか、「わが君は」を 「君が代」と書き換えたものなのか詳らかではない。大山巌が書き換えたとも 考えられるがどうだろうか。またその「薩摩歌」はどんなときにどんな意味合 いで歌われていたのだろうか。江戸の町民文化である「端唄・小唄・都々逸」の ようなものだろうか。「日ごろから愛唱していた」というのだから儀式歌では ないだろう。
 ともあれ、初めて聞く解釈でおもしろくはあるが、私にはこの説を信じること はできない。今のところ単なる語呂合わせとしか考えられない。いつ頃からどこで そのような意味合いで歌われ継がれていたのか、何か実証的・客観的な考察があ るのなら聞きたいものだ。

 大山巌についてエピソードを一つ。
 彼の本来の名は岩次郎。それを「君が代」の中の「巌」をとって改名したと いうことだ。「君が代」ではなく「わが代」という気分だったのだろうか。さ ざれ「岩次郎」が「巌」になったとはなんとも人を食ったような話だが、なる ほど「岩次郎」よりはずーんと強そうになった。しかし、この明治の元勲、「不 敬」を働いていることに気付いてないよ。死刑なのだ!

 さてついでにもう一つ書き留めておきたいことがある。
 「anti-hkm」MLの7月18日配信記事中の「都教委包囲首都圏ネットワーク」 の渡部(千葉高教組)さんからのものだ。7月18日、日教組定期大会に向けて 「7・29都教委包囲デモ」のビラの裏面に、「『闘う日教組の伝統』をよみがえ らせ、大胆に行動を!」という文章をつけたビラを撒こうとしたが、機動隊に 排除されたというのだ。これは日教組の要請によるという。これの詳しい経緯 を被処分者の会の近藤さんが書いている。現在の日教組執行部のていたらくぶり を如実に示している。(この部分は「メールの輪」に掲載しますので、まだ の方、ぜひ読んでみてください。)

 ここで取り上げたいのは近藤さんの報告の後に渡部さんが書いているコメントの 中の次の一節だ。

 戦争教育を進めようとしている政府・文科省との「パートナーシップ路線」 をいまなお改めようとしない日教組中央は、このまま行けば「平和」の名の下 に、「日の丸・君が代」を容認し、戦争へも協力していく事になるでしょう。 (事実森越委員長は、『論座』6月号で、右翼「一水会」の鈴木邦男氏と対談 し、「『君が代』というのは、非常に平和な内容の歌ですよ。」などと言って います)
 この中の( )内に書かれたことが目下のテーマと重なる。

 いま鈴木邦男・森達也・斉藤貴男の三氏による鼎談をまとめた「言論統制列 島」(講談社)という本を、批判的な感想も多々あるが、面白く読んでいる。 文部省が学習指導要領に「日の丸・君が代」の強制を盛り込んだとき、朝日新 聞で「識者」の意見を聞くコラムを連載した。そのときはっきりと簡潔に「強 制はいけない」といったのは、私の記憶では、鈴木さん一人だった。なかなか 面白い人なのだ。いまは過激右翼からも指弾されているらしい。

 さて、森越氏や鈴木氏が「『君が代』というのは、非常に平和な内容の歌です よ。」と意気投合しているのは、それこそ思想・信条・表現の自由、なんら問題 はない。問題は森越氏のような志においても問題意識においても底が浅く、視野 狭窄にかかった人物を日教組委員長にしてしまう組合員の方にある。個々の組合 員の中には質の高い人が相当数いることは容易に予想できるが、総和としては森越 が体現しているものが今の日教組の体質だとしか言いようがない。そしては森越氏 にたいしての批判は、「『君が代』というのは、非常に平和な内容の歌ですよ。」 というような通俗的浅薄な判断をしてしまう思想の底の浅さ、視野狭窄の基に対し てだろう。

 6月の末から7月にかけて皇后・天皇(いま教科書採択の時期だ。教科書の記載 事項の関係項目から男女の順か女男の順になっているかを数えて、採択の一つの 資料にしようとしているバカな教育委員会が少なからずあるという。男女の順に 逆らってみた。)が玉砕の島・サイパンへ慰霊の旅とかにでかけた。
 7月2日に皇后・天皇が敬老センターを訪れたとき、そのセンターの約百人が 「海ゆかば」を歌ったという報道があった。新聞の論調はどちらかというと日本 はサイパンでは感謝されていることを暗示するような書き方だった。
 馬鹿をいっちゃいけない。天皇の名の下におびただしい数の島民が死に追いや られているのだ。身寄りをなくして敬老センターに身を寄せている老人たちの多 くは戦争で親族を失った人たちだろう。その人たちの心情がそんなに単純であろ うはずがない。「海ゆかば」を歌うなどと、いったい誰が仕掛けたのか。そいつ は想像力のひとかけらもない典型的な木偶の坊官僚だ。自然に歌いだした?なら ばなおさら、私にはそのお年寄りたちの心根をとても痛々しく思う。そして、 にこやかにかあるいはいくらかは後ろめたくかあるいは当然のこと反り返ってか は知らないが、そこに立っている皇后・天皇の姿は限りなくグロテスクだ。

 「海ゆかば」はいわば第2国歌なのだ。(「第256回」参照。そこで詳しく論じ た。)多くの若者を死に追いやる道具の一つだった。「君が代」と「海ゆかば」 とは同じメタルの裏と表だ。「君が代」の歌詞の裏側には「ためらわずに天皇 のために死のう」という「海ゆかば」の奴隷の思想がピッタリと張り付いてい る。
 なにが平和な歌だ。

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