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323 「日本」とは何か(15)
天皇制の古層(3)
2005年7月6日(水)


 琉球やアイヌの文化を読み解くことによって、縄文人の精神構造や宗教意識が理解できるの ではないか、と梅原さんは言っている。それは同時に天皇制の古層を掘ることでもあり、天皇 制の相対化あるいは無化へと向かう道筋でもある。

 吉本さんと梅原さんの対話は、ヤポネシアを広く覆っていたであろう天皇制以前の精神文化や 宗教意識の問題へと続く。吉本さんの問題提起から。

 たとえば、中央部でも岩磐とか巨石とか樹木信仰というのがありますね。これはむしろ先住民 の信仰だと考え、そこに天皇家みたいなものが入ってきて、それをそのまま容認したんだという ふうに考えると、三輪山信仰でも考えやすいところがあります。

 それから、たとえば諏訪神社の信仰もそうですが、どうもこれは北方系あるいは東北からきて いるんじゃないかと思えるのですが、信仰の形として男の生き神様を造って、それは生涯不犯で 神事ばかり司って、その兄弟が政治を司るみたいな形がいろんな所に見えるのですね。諏訪地方 の信仰もそうですが、瀬戸内海でも大三島の信仰のあり方もそうです。

 そういうのと、そうじゃなくて母系制で、耶馬台国のように女の人が神事を司り、その御託宣 によってその兄弟が――これは沖縄もそうですが――政治を司る、そういう形と両方あるような 気が僕はするんですね。

 ですから神話の中でも、実在かどうかわかりませんが、神武というのがいて、その兄に五瀬命 (イツセノミコト)というのがいますが、これは神事を司っていた長兄と思われますが、遠征の 途中で登美の那賀須泥此古(ナガスネヒコ)と戦って撃退され、熊野の方に廻って転戦して、戦 死してしまうことになっています。この五瀬命が、神人というか神事を司っていたと考えると、 男系の匂いもするんですね。

 そうはいうものの、たとえば神武が熊野から入っていって三輪山の麓まできて、その地の村落 共同体の首長の娘を嫁にもらうか入婿するかどちらかわからないが、それと結婚する。すると、 それはどうも母系制に従っているようにも思える。ところがいろんなところを見ていくと、男系 の神様を奉っておいて、兄弟が村落を支配するという形が、どこかにほの見えたりして、よくわ からないところがあるんです。  これをどういうふうに理解すればいいのかということです。それはつまり時代の差異とか、そ ういうものを象徴しているのか、あるいはまた先住・後住ということを意味しているのか、それ とも系統が違うということなのか、そこがよくわからないんです。


 この問題について、以下のように対話が続く。
梅原 おっしゃるように、どれが縄文文化なのか、どれが弥生以後の文化なのか、またど れが記紀にいう神武天皇という新しい支配者が出た大和朝廷以後の文化なのか、それを分別する のは容易ではないですね。私は構造として縄文文化を根底において、次に弥生文化を――神武伝 承以前の弥生文化というものもあると思いますけれど――その次に神武伝承以後の大和朝廷の文 化を考えますと、三輪山はどこに属するのか。朝鮮などに行くと、そっくりそのまま三輪山みた いな山があって、同じように崇拝されている。こう見ると、これは端的に縄文文化とはいえない 。あるいは神武以前の弥生文化の遺跡ではないのかとも思われますが、それらは重層的に重なり 合っているので粘り強く一つ一つ解いていくよりしょうがないだろうと思います。

 最後に出された男系の問題ですが、男の司祭の問題は、私は気がつかなかったが、たいへん面 白い。それも父系社会と双系社会の問題と関係するのではないでしょうか。社会学者の中根千枝 さんなどの考え方でも、中国・韓国は父系社会であるけれども日本はそうじゃなくて、双系社会 だという。ところがアイヌも双系社会なんですね。どういうふうに違うかというと、父系社会と いうのは、本貫を同じくする氏により団結がたいへん固い。ですから当然大家族制になってくる。 そして同姓娶らず、その範囲では結婚はできない。中国や韓国は今でもそういう社会です。
 そういう社会だと姓は増えないわけです。だから韓国は全部で二百姓ぐらいしかない。中国も 百姓といいますが、今ちょっと増えましたが、少数民族を含めても五百くらいでしょうね。こう いう父系社会では同姓を超えた団結はなかなか生まれません。会社でも同姓で集まるし、異姓の 人が入っても絶対に社長になれないから、どうしても会社に対する帰属感がない。

 ところが日本ではそうではなくて、父系社会の団結が弱い。古代では「物部鹿島」というよう な複姓がある。父は物部氏、母は土着の鹿島の人、そこで物部鹿島という姓ができ、物部氏から 独立する。だから姓は無数にふえる。日本の苗字というのはほとんど地名ですが、結局、氏、血 よりも今住んでいる土地のほうが大事なんです。だから苗字が何十万とあるわけです。

 またアイヌでは、財産を継承するときに、男のものは父系で相続、女のものは母系で相続する のです。弓矢のような男の持ち物は男の血縁で相続され、女の持ち物は女の血縁のほうに行く。 上代日本もそうではないかと思われます。それから、「同姓娶らず」の韓国では本貫を同じくす る同姓のものが結婚したら、禽獣の行為だとされるくらいたいへんです。同姓を娶ったら法律で 罰せられて、監獄に行かなければならない。それを免れるためには亡命をしなくちゃならん。現 に最近でもそういう悲劇の実例があるのを私は知っていますよ。

 ところが古代日本の場合は、父親が一緒でも母親さえ違えば兄妹でも結婚してもかまわない。 それは父系社会からみれば、まったくの禽獣の行為としかみえないかもしれないけれど、それは それで双系社会の掟はある。母親が一緒だったら、これはやはり畜生の行為ということになるわ けです。

 いまの話でいうと、初期天皇家が父系的な社会であったか、双系的な社会であったか――私は、 入ってきたとき、初めは父系的であったと思います。けれど、いつの間にかだんだん双糸的に変 ってきたのではないかという気がしてしょうがないんです。
 入婿の話が出ていましたが、父系社会では入婿は絶対あり得ないわけですね。

吉本 あり得ないですね。

梅原 ところが、神武天皇が大和を支配するために入婿みたいな形になっていますね。

吉本 入婿ですね。三輪山の麓の長の娘と結婚して、そこに入婿していますから。そこ で僕は思うんだけれど、初期天皇でも、十代目ぐらいまでたいてい長男坊ではないですよね。 それは長子相続ではなかったという意味なのか、それとも長男というのは隠れているけれど、 宗教的な司祭をしていて、全然子孫を残さないことになっているから、長男ではなかったのか、 そこがよくわからない。

梅原 末子相続でしょう。

吉本 それに近いと思います。

梅原 アイヌも末子相続です。アイヌは家が小さいから、大家族はできないのですね。 長男が嫁さんをもらうと独立をしてまた家をつくる。兄弟がだんだん独立をすると、最後の子 どもが年とった親父さんと一緒にいる。だからアイヌは財産は子どもにみんな平等に分けるけ れど、最後まで親父さんと一緒にいるのは末子ということになる。ここに末子相続的な原理が 含まれていると思うんですね。

 それと、いま吉本さんがおっしゃった、天皇家はだいたい末子相続ということとつながりが出 てくるような気がしますね。応神天皇の時、ウジノワキイラツコとオオササギノミコトが皇位を ゆずりあって困り、ついにワキイラツコが自殺したという事件がありますが、あれも伝統的な末 子相続と儒教的長子相続の争いと見られます。この場合、末子相続法によって皇位の相続の権利 を主張できるワキイラツコが儒教信者であり自分は相続すべきではないと考えたところに悲劇の 原因があったと思います。とすると古代日本社会はアイヌ社会に似ていた。だからいまの問題は 言語だけでなくて、習俗というものを考えても、アイヌと沖縄をみると古代日本のことがいろい ろわかってくることになるのじゃないかと思いますね。

吉本 そう、アイヌの問題を調べていくと、弥生時代から残っているいろいろな宗教的 な行事とか文化的なもの、風俗・習慣もそこに保存させている部分がありますから、そういうこ とがとてもわかってくるという問題があるわけですね。

梅原 しかし、アイヌにないものを調べることも大事だと思いますね。弥生時代にすで にあってアイヌにまったくないものは何かということです。それは外から持ち込んできたもので ある可能性が高い。アイヌでは消えてしまった可能性もありますけれど。そういうものをいろい ろと比較・検討してみると、今までわからなかったものが、少しずつわかってくるのじゃないか という気がしますね。

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