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315 「日本」とは何か(8)
日本人の思想の原基(2)
2005年6月28日(火)


 前回の梅原さんの発言の後のやり取りは次のように進む。
中沢
 いま梅原さんから、同じ言葉が二度出ました。ふたつのちがう意味をこめ て、「普遍」という言葉を二回使われました。
 ひとつは、実感を超えて超越である普遍。これはたぷんヘーゲルの国家概念 や中国の国家みたいなところにたどりついて行くんだと思います。ところが 最後に梅原さんが、たとえば神道のようなものを通して普遍へ行くんだとおっし ゃったその普遍は、まえの普遍とちょっと違うのでしょうね。

梅原
 ちょっと違いますね。

中沢
 その、あとの方の普遍というのは、いまとこれからの日本が超近代という ような形で出てくるものとして探っている普遍なんじゃないかと思うのですね。 それはひょっとすると日本の国家が、前方へむかってさぐっているものとつなが っているんじゃないか。梅原さんの考えてらっしゃるアイヌの神道などは、ヘー ゲル的な普遍とは異質な、もうひとつの普遍に触れているのかも知れませんね。

梅原
 そうと言えるかもしれん。

中沢
 それは神道以前のもので、ひょっとするとそれは、オーストラリア原住民 の神道とか、南中国の少数民族の神道とか、チベット人の神道とか、そういう神 道につながっていて、そういう形でもうひとつの普遍というものがいま大きく浮 上してきた感じがしますが、このふたつの普遍が混同されて、普遍という問題を 考える時に、日本人の思考を混乱させているのではないでしょうか。
 これは吉本さんが超近代の問題として考えているテーマとつながっている、と 僕は思います。
 古代の向こうにあるもの、アジア的なものの向こうにあるもの、それを吉本さん はアフリカ的という言葉で表現しようとしています。それは新しい普遍につなが る考えです。
 いまお二人の話の中に期せずして普遍という言葉の、二通りの使い方というものが 浮上してきて、ヘーゲル的な普遍の国家や神道や日本国家に取り込まれてしまって、 見えなくなってしまうもうひとつの神道がそこで同時に出てきました。近代の原理を 解体していくものと、壊していくものと、縄文や南島のテーマが浮上してくるプロセス が、お二人の思想の中では同時進行しているような感じを受けるのですが。

吉本
 僕はそうだと思いますね。梅原さんのアイヌについての論文は、柳田国男 の初期の仕事から延長していくと大変よくわかり、位置づけがしやすいんですが、 とても重要で、僕はずいぶん影響を受けたように思うんですね。
 アイヌの問題や沖縄の問題は、いま「遡る普遍」という言い方をすれば、どうしても 出てくるんじゃないかなという感じです。それをヘーゲル、マルクス流の国家と直かに対応 させることはなかなかできないので、現在は、対応できそうな超近代のところを 睨んで持っていくよりしょうがないと思います。でも「遡る普遍」のところでは、 かなり確実に出てくるんじゃないかと思い込んでいるんです。
 ちょうど中間のところで、梅原さんの言われた神道があって、それはふたつの 理解ができます。明治以降、天皇制神道、あるいは伊勢神宮神道と結びついた意 味の神道と、それからそうじゃなくて、田舎へ帰れば鎮守様があって、お祭りが あって、とてもいいんだ、というのと二重性があるような気がするんです。明治 以降の天皇制神道と結びついた部分は、僕も梅原さんと同じでアレルギーが多い。 つまり自分が戦争中イカレた分だけアレルギーがあって、ということになります。 そこで、遡る神道といいましょうか、あるいは村々の鎮守様へ行く神道とはちょ っと分けなくちゃいけないよ、ということになってくる気がします。鎮守様とし ての神道みたいなのは宗教というふうに言わなくて、もっと風俗・習慣というと ころで生きられる部分があるように僕は思ってます。これは国家神道にまで編成 されちゃったものと区別しないといけない。国家神道に収斂させられてしまった ものは、何となく第二次大戦までが生命だったという気がして、それ以降はある としても、そんなに生きられるものとしてあるというわけではなく、壊れつつあ る過程としてあると考えたほうがいいんじゃないか、僕はそう思ってます。
 以上のやり取りで、梅原さんと吉本さんが、方法論は違っていても、同じ問題意識を持って 日本人の思想の原基にアプローチしようとしていることが分かると思う。
 この後、梅原さんは「アイヌや沖縄の宗教に、神道の原初的な姿を見た。」という前段の 発言を敷衍してその内容を詳述しているので、その部分を抄録しておく。
 七、八世紀の神道は祓い、政の神道なんですよ。それが私、なかなかわからなんだ。 『古事記』の書かれた時代、国家に有害なやつは祓ってしまう。そしてまだ祓わんやつは禊を させて改心させる。やはりこれは律令国家体制の産物だ、という点を考えんと神道は理解でき ない、と思った。そこまでは行ったんですけど、それから向こうの神道が見えてこなかった。
 そしてアイヌをやった時に、ほんとに目から鱗が落ちるようなショックを受けたのは、アイヌ 語の神の概念、神をあらわす言葉が全部、古代日本語と一致し、しかもその古代語の中にラマット なんていう言葉がある。ラマットというのはヤッコラマットという、祝詞や宣命にわずかに出てく る言葉で、本居宣長もこれは古代語が残ったんだと言ってる。そのラマットという言葉が魂という 意味でアイヌ語にある。それを知った時に、アイヌ語と日本語は同起源である、やっぱり日 本の古代語の縄文語がそこへ残ったんだろうということと同時に、神道の古い形 がアイヌの神道の中にあるという直観があったんですね。それでアイヌの神道を いろいろやってると、国家主義なんて全然関係ない。それはやはり森の中で人間 が宇宙の精霊と、魂たちと共存して生きて、その魂の力で自分たちの生活を守り、 そして死んでいき、あの世へ行ってまた魂がこの世へ帰ってくる。そういう信仰 であるということがわかった。
 その眼で沖縄を見ると、沖縄の神道もアイヌと同じような神道ではないか。柳 田国男や折口信夫は、今まで日本研究の外におかれた沖縄を日本研究の中に取り 入れた。しかしそれは弥生時代で日本本土を沖縄と結んだ、米で結んだ。つまり 沖縄は弥生時代の古い米文化が残ったものだとした。これはいわゆるあの柳田の 南方の島を伝わって稲がやって来るという説ですが、この説は実証的に否定され ている。こういう沖縄と本土を結ぶと、米栽培しないアイヌは落ちて、それは日 本じゃないということになる。私は柳田も記紀の史観に無意識に影響されている と思う。私は、それは違う、沖縄と日本というのは縄文 でつながるんじゃないか。アイヌ、沖縄、日本、この三つを結ぶものが日本的じゃ ないかと。ずっと思弁してそういうふうになってきたんですけどね。私は そこへ来て初めて、この原理はどうもいわゆる普遍的なんじゃないかと思った。 それは恐らく、中沢さんのおっしゃったようにアボリジニーやアメリカ・インディ アンとも同じだし、あるいはシベリアの狩猟採集民族と同じ、あるいはケルトとも 同じもので、一時代前の、人類の普遍的な原理がまだ残っていたんじゃないか。そ れが日本国家をつくった後にわずかに日本に残ってる。

 「日本本土と沖縄」を米で結ぼうとし、「米栽培しないアイヌ」を見落としてしまう ことは、柳田や折口の民俗学が「日本=瑞穂の国」という虚像の枠の中で展開されている ことからくる限界を示している。「日本=瑞穂の国」という虚像については、いずれ取り 上げる予定でいる。
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