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434 「アイデンティティ」について(2)
「無知のヴェール」
2006年2月7日(火)


 シリーズ「自由について」の第1回(第138回2004年12月30日)で、「人権」思想はロックの「自然法」に多くの影響を受けて形成されたことを知った。ロックの自然法とは次のようであった。
『人間は神の被造物として神から「自然法=理性」を与えられていて、それはあらゆる「人間の立法」に優先するものとされる。その自然法に基づく権利は「自然権」と呼ばれてる。』

 さらにその「自然法」のもとでの人間のあるべき「自然状態」を次のように述べていた。

 『地上に共通の優越者をもたずに、相互の間で裁く権威をもち、ひとびとが理性に従ってともに住んでいた状態が、正しく自然のままの状態である。』

 現代の人権思想へと繋がる理論のいわば公理とも言うべき「自然法=理性」を「神から与えられて」たものとし、そこに正当性の根拠を置いている。信仰を持たない私はこのことになんともすわりの悪い違和感を抱いていた。

 ロールズもロックの「自然法」と同様な公理から理論を組み立てていくが、ロックの場合のような神の介在はない。ロールズは次のような「自然状態」(ロールズは「原初状態」と呼んでいる)を仮定している。(「公理」「定理」という用語は私の好みによる。)

公理1
 誰も社会のうちで自分がどの位置にあるかを知らない。階級・社会的身分・資産・知能や体力といった能力などが生来どのように与えられているのかまったく知らない。
 さらに誰も自分がいだいている善の概念や自分に固有な心理的傾向がなんであるかも知らない。

 つまり『自然の運の結果や社会的環境の偶然の結果によって、誰も有利になったり不利になったりすることはない、ということである。』この公理を「無知のヴェール」という。

 「原初状態」における人間について、もう一つの条件が加えられている。

公理2
 誰もが社会の一般的事実や差別の存在についてはすべて知っていて、しかも、他人の利害に無関心であり、自分の有利な条件を追求している。

 この二つの公理から全ての定理(社会のなかでの関係の原理)を導くとしたら、どのような原理が得られるだろうか。

 ここまでを土屋さんは次のようにまとめている。


 つまり、自分の利害のみに関心がある者が合理的選択をする場合に、かりに、自分がいったいどんな階級に属し、あるいは、男であるか女であるかも知らず、ロックフェラーの一族であるのか、ニューヨークのホームレスであるのかも知らず、あるいは、どのような権利や名誉を大事であると思うのかも知らず、また、自分が野心的な人間であるのか、それとも控えめでシャイな人間であるのかも知らない場合に、いったいどのような正義の原理、つまり、社会のなかでの関係の原理を選択するであろうか、とロールズはいう。

 その人間がエゴイストであればあるほど、自分が差別されたり、自由を奪われたりする可能性を排除するにちがいない。しかも、自分がいったいどんな人間であるかを、男か女かということすら知らないのだから、当然に、男が差別されたり、女が自由を奪われたりすることを認めることはありえない。すべての人間の自由と平等を、当然に選択するのである。


 





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