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303 日本の支配者は誰か(10)
その時、労働組合運動は?
2005年6月16日(木)


 当時の国民所得に関する統計は次の数字を残している。日本の総国民所得のうち、資本形成に当てられる分は二十数%、 増加国民所得についてみれば資本形成に入る分は実に四十数%。これについて筆者は次のように述べている。
 こんな比率は世界のどこの国にも全く例がない。これは国民が非常な低質銀と低米価と重税とを必然的なものとして背負 わされていることを明白に示している。それらがなければ日本独占資本主義もないというわけである。これはまことに困難な、 非人間的な圧迫を前提としないでは成立しない関係だといわねばならない。

 「非人間的な圧迫」は「非常な低質銀」だけではない。先日、JR西日本の列車事故に関する報道で、社員が「研修」という名の 屈辱的な精神的圧迫を受けている映像があった。人間性を圧殺し、企業の金儲けに従順に従うような鋳型にはめ込もうとしている。 ほとんど奴隷状況だと、私は胸が痛んだ。「日の丸・君が代の強制」と闘っている教員たちが強いられている無内容な「研修」も 然り。見せしめであり、思想変更を迫るものでしかない。
 それでは「非人間的な圧迫」を強いられている側の状況はどのようだったのだろうか。
 戦前の労働組合運動は、会社の労務課、警察の特高課、それに憲兵隊までを加えた野蛮至極な弾圧と真正面から対立し、異常に 真剣な、その反面きわめて犠牲の多い闘争を展開してきた。
ところが、戦後は打ってかわって、労働組合の設置が「奨励」されることになった。労働組合運動は「民主化」政策の中でも最 も重要な部分の一つだということだったからである。しかるに、初期の占領政策の中心になぜ「民主化」が入らねはならなかった かというと、それはひとロにいって、危機の深さと植民地的支配の困難さとが見越されていたからであって、その根本的な動機の 中に、「民主化」が民主化でなくなる、反対物に転化する契磯をふくんでいた。
 このことは何よりも事物の発展によって論証された。労働組合運動に合法性をあたえて、その自由な発展を保証したのはアメリ カ人であったが、戦後の再出発の当初から「教育と指導」 ―― 別の言葉でいえば、干渉と弾圧にのり出したのもまたGHQのア メリカ人顧問たちだったのである。(この体制は「独立」後は一応うしろの方へ引っこんだ。しかし現にアメリカ大使館のエド ガーという人が新聞記者に対して「最近の総評は反米的だから親米的な総評をつくるべきである」などと述べているところをみる と、それだけの根拠が残っているのかもしれない。)
 事実、占領期間中を通してアメリカ人は労働組合運動に対して、非常な関心をもち、「教育と指導」に力をそそぎ、それが一定 の溝の中へはまりこんでゆくように終始努力をおこたらなかったのである。

 GHQが「一定の溝の中へはまりこんでゆくように終始努力をおこたらなかった」という「教育と指導」とはどうのようなもの だったのか。「一定の溝」とあどのような「溝」だったのか。「日本の支配者は誰か」の筆者は五つの事例を挙げている。
(1)
 戦後労働運動は職制的な総同盟と自由な産別とに別れて発展したが、両者による運動の分割をもっとも支持したものの 一つはアメリカである。そしてその当時GHQとの連絡にあたった人たちの記憶によると産別に対してはサンジカリズム的な 非政治主義へもってゆく政策がとられ、その線で結実したのが細谷松太の産別民同だったという。

(2)
 「経済安定に関連する大きな問題の一つは、その政治的および社会的反響の問題である。問題は現在の実質賃銀を維持し、 あるいはわずかだけ増額を確保することによって、破壊的な名目賃銀増額の要求の口実を抑えつける点にある。」(1951年 会計年度ガリオア歳出要求に関するジョセフ・ドッジのステートメント)
 しかし生活水準が戦前水準をはるかに割っているときに、そのままこれを固定化しようとする要求が激しい抵抗を呼ぶの は当然であり、経済的な交渉の範囲内で片付かなくなることも必至である。こうして二・一スト以来、アメリカは労働組合に 対する圧迫と干渉の前面にたち、官公庁労組に対するベース賃銀(ベーシック・ウェィジが日本では平均賃銀になってしま った。言葉の魔術である)と職階性と人事院の確立、民間企業に対するへプラー勧告という形の弾圧、企業整備、行政整理を 名目とするレッド・パージなどが次々にあらわれた。なお暴力的な圧迫やスパイ政策とならんで職場内部の徽妙な対立を利用 するという方法も採用された。たとえは、賃上げ要求をおさえるための家族手当が、熟練・古参労働者の不満をよびおこして いることを見るや、生活給か能率給か、という問題を出して職階制再建への道をひらいた。

(3)
 この辺になると独占資本もGHQの袖の下から出て公然と振舞うようになった。政策の基調は改良主義的な幹部を買収又は懐柔 して、分裂政策を運動内部にもち込むこと。組合の闘争を中央に集約して、これを職場闘争と切りはなし、労組の官僚化、ひ いては会社組合への転化をはかること ―― であったが、そういう政策の必然的な結果は下部大衆の組合幹部不信を呼びおこ し、逆にいえば組合の「統制力」を骨抜きにする傾向を生む。しかも単独講和以後、客観情勢は急激に発展し、民同系で固め た総評が「にわとり」から「あひる」への転化をやってのけるにいたった。
 左派民同の幹部も、多くは職制出身でシンは小ブルジョア意識が濃厚だが、口先では革命的な大言壮語をやっている。組合 指導者はある程度までそうしないと大衆を引きずれなくなったのだ。

(4)
 こうして問題はふたたび職場組織のところへ下降してきた。労働組合の枠をこえて、勤労課特審部などというものが、直接職 制幹部と連絡して職場組織(「職場防衛」という名のスパイ・暴力機構)をつくり出す。これに対して総評幹部は、組合の統制 力を強化することによって職場の産報化に対処しようとしているが、下部の闘争は現にもうはじまっているのだ、という点を見 ることが重要である。

(5)
 職場の半軍事体制は職制幹部に基礎をおくものであり、また農村における封建制の残存、構成的な失業人口の圧迫などとの組合 せによって、労働者の上に重くのしかかっている。しかもこの際特に注意しなければならないのは、軍管理工場や基地の請負事業 場での労働が半軍事体制のイデアル・ティブス(典型)をあたえ、全国の工場をこれにならわせていることである。たとえは某基 地では、労働関係法規の無視は日常茶飯事である。また賃銀は民族別、性別をふくめて最高11万3640円から最低4400円までの287段 階になっている。(他の軍管工場では六、七千人の労働者の全給与の三割に等しいものを五十人の外国人がとっている)
なお、こまかいことをつけ加えると、このような職場ではアメリカ式の点数制度を採用しているが、それが職制の手でめくら報奨 金にかえられる。そこに職制の権威が生まれ、低質銀が保証される。

 「細谷松太」、「ガリオア歳出要求」、「へプラー勧告」『「にわとり」から「あひる」への転化』、前回にでできた「復金融資」 とか、いろいろ知らない人名や事項があるが、その当時の情勢は垣間見る事ができる。
 現在の労働運動の実態はまさにGHQと総資との企みどおりになってしまっていると思える。「日本の支配者は誰か」の筆者はその時 点でにおいて今日を次のように予測していた。
 国民経済の軍事化はいまのところ基礎部門を中心に展開されており、直接兵器生産については端緒がひらかれたという程度にす ぎない。それは敗戦後の再軍備という特殊な条件から来ているもので、従属的下請軍需工業の最大の利用者であり顧客であるはず のアメリカとの間にさえ、多くの問題点が存在していたし、今もって現存しているという状態である。しかし客観情勢の展開は、 米日両独占資本間の矛盾をここ当分は表面化させないで、むしろ急速に一致点をつよめる方向に作用するであろう。財閥企業が 全面的な軍事化にのり出すことはすでに日程に上りはじめたとみてよいわけで、それにつれ職場の軍事体制が一層普及化され、強化 されることは当然予想されるところである。
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