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302日本の支配者は誰か(9)
財閥はどのように生き返ってきたのか
2005年6月15日(水)


 敗戦直後の官僚と政治党派および天皇制の危機・動揺・復活の諸過程をたどって来た。 当然のことながら、現在の深刻な諸問題のほとんどが、第一の戦後のときにその種を 胚胎していたことがわかる。
  「日本の支配者は誰か」は次に経済構造(下部構造)に照準を向ける。戦後政治の性格をきめ ている日本独占資本主義の根本的な要求と特徴とを分析するのが目的である。

 まず、日本独占資本主義の再建が軌道にのってきたことが国外からの目にも明らかに なってきたことを示すものとして、ソ連共産党19回大会(1952年10月)でのマレンコフの報告 を紹介している。
 億万長者の連中はブルジョア国家を動かしてこれに新戦争準備と軍拡の政策を指令し、 今や厖大な利潤をえている。……イギリスの独占成金、フランス、イタリア、日本その 他各国の独占資本は、自国経済が長期にわたって停滞しているにもかかわらず、莫大な 利潤をあげた。

 それは莫大な利潤がふたたび生産されはじめたこと、したがって、また、強烈な搾取が 再現されたことを物語っている。どうしてそういう過程がひらかれたか。なぜそうならざるを 得なかったのかと問い、次のように分析している。
 まず第一に検討しておく必要があるのは、戦争の影響である。 戦争によって非常な打撃をうけたのは、国民大衆の富でこそあれ、 独占資本の蓄積ではなかった。戦災をうけたとか、戦時補償の打切りが痛かったとか、 表面的には非常な価値の喪失があったように言いふらされているが、たいていは事実を過大に 見積っていたのである。ことに安本統計などは、「科学的」な誇大宣伝を一手に引受けた感が あった。後になって「朝鮮戦争ブーム」がおこった時、安本関係の一資料は、日本経済がな ぜかくも急速に快復しえたかを示す理由の一つとして、彪大な遊休設備の存在をあ げていた。それこそ問わず語りというものである。

 「安本」なる人物をまったく知らないが、御用学者だろうか。いつの世にも支配者に揉み手をして近づき 支配者に都合のよい資料をでっち上げる御用学者がいる。そのような御用学者が垂れ流すインチキ情報 を見抜くためにも、政治社会の問題の歴史的論理的な解明を目指す営為に学ぶことは多い。

 <付記>
お恥ずかしい報告
上で『「安本」なる人物をまったく知らないが、御用学者だろうか。』などと書きましたが、気になっていろいろ調べた結果、「経済安定本部」の略語で「アンポン」と読むということだった。なんの注釈もなかったので、「日本の支配者は誰か」が書かれた1953年当時では常識だったのだろう。お恥ずかしい次第ですが、こういうおもしろい誤解の一例として、削除せずにこのまま残しておくことにします。


 だが、これほど大きな遊休設備をかかえたままで、軍事力は破壊され、輸送手段 は寸断され、植民地市場(原料・輸出)は喪失し、おまけに国民は窮乏のふちに喘 いでいるという状態は、たしかに経済体制そのものの危機期をあらわしていた。独占 資本の前には、荒廃し、破壊された経済諸条件を恢復し、生産諸部門が相互に市場 となり合うことができるような方向を見出さねはならぬという困難な課題がおかれ ていた。それを解決しなければ、独占資本主義は、「多かれ少かれ規則的に」拡張 再生産をつづけてゆくことができなくなってしまうだろう。つまり資本主義体制の 枠の中では、必然的な死滅がまっているということであった。

 そこで日本の独占資本主義は、火事場の荒かせぎからはじめて、あらゆることを やってのけた。まだほんのこの間おこなわれたばかりのことで、罪障消滅とはいか ないだろうから(どなたの記憶も全く消えうせてはいないだろうから)、時間的順序 などにはあまりこだわらないで思い出すままにならべてみよう。

(1)
 戦争に敗けた44年の財政支出は1582億円で、当時の国民所得の二倍に及んでいた。 これは出鱈目な価格で軍需品を買上げたり、出来もしない商品への前払いをやったりし たからである。進駐軍はその年の九月に、財政金融に対する厳格な統制を指令したが、 二ヵ月もするかしないうちに、方針を転換した。「和解」のテムポはずいぶん早かった わけである。

(2)
 新円交換による500円生活の強制。無力な国民は500円の枠の中でちぢこまっていたが、 独占資本主義は、財政支出や日銀貸出をうけて大いに自由を享受した。国民の「繰りの ペられた需要」は、これらの「措置」によって、国民のやせたふところから最高利潤率の 運動の中へあっという間に移転させられた。

(3)
 「進歩的」な学者が官僚と協力して経済復興のための傾斜生産を考え出した。これは賃銀 水準の「安定化」とも照合しあうものであった。この場合も他の場合と同じく、表面は技術 的な問題として ―― 少い「もの」を使って、いかに拡張再生産の筋道をつけるか、とい う風に ―― 説明されたが、その結果、莫大な利潤にあずかったのは事実として石炭、鉄、 肥料の独占諸部門である。

(4)
 財政上の価格差補給金などという手段もあった。これは、巨大独占資本が寄り集って、お手 盛りで原価計算をやり、通産省、スキャップとも然るべく連絡をとるというやり方だったから、 赤字をようやくトントンまでうめてもらっているはずの企業が、いつの間にやら工場設備全部の 補修を完了していた、などの事実が48年ごろにはもうあらわれていた。こういうお手盛り会議の 事例としては、鉄鋼資本の箱根会談、肥料資本のどこそこ会議などが今でも噂に上るほどである。

(5)
 復金融資。あまりにも有名だから説明を省略する。

(6)
 見返り資金。―― 粗悪な外国の食糧を買って、社会的な「動揺」を抑圧し、それを貧困なる 国内市場に流して、資本蓄積を促進した。その売上げは価格差補給の名の下に税金と合体され、 積立てられて、資本支配の原動力となった。まことに目覚ましいほどの一石数鳥ぶりで、戦後型 外資の範例とすべきものである。断わっておきたいが、この場合、範例となるかならぬかの基準は、 援助物資あるいは見返り資金が、アメリカ独占資本主義の最高利潤率の引上げにいかに貢献したか で決まるだろう。

 筆者は「まだほかにもあげろといえば、いくらでもあるが、あまり多すぎても無意味だから止め ることにしよう。」と述べている。以上の事例だけでも、国民からの搾取と資本蓄財のからくりがよく 分かる。それは資本主義の本性から発する必然的な要求であり、正に根源的なものにほかならない。
 「独占資本主義は重税をとり上げ、インフレーションを利用し、また従属産業に貸し倒れの苦しみを 味わせる。さらに彼らの利潤の大きな源泉を上げれば、独占価格、低賃銀と低米価である。――  つまり労働者たちは生産者としても消費者としても繰返し搾取の対象にならざるをえないのである。

 もちろん現在はその搾取がいよいよ露骨で、資本の膨張はいよいよ激しい。富を生み出してい るのは労働者の労働力(知的労働や精神的労働も含めて)だ。年収何億なんていうものがいる一方で、 毎日90名もの自殺者がいる。無論すべてが経済上の理由によるわけではないだろうが、これはもう狂った社会 というほかあるまい。
 資本主義の矛盾はますます深刻になっている。富への際限のない欲望とそれゆえの人民支配の冷血性から 自ら解放されない限り、支配階層には人間解放という根本的な解決をする能力はない。かって、『自己の 内部矛盾の解決を「乾坤一擲」の侵略戦争にかけて、まんまとやりそこなった日本資本主義』は、いまま た戦争を準備している。今度はどのような戦争を企んでいるのか。アメリカの尖兵をつとめるつもりか。
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