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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
297 日本の支配者は誰か(4)
「民主化」の実体は何か
2005年6月10日(金)


 前述のような条件の下で、復権をしていく官僚たちのさまざまな活動経緯はおよそ次 のようである。

 統制官僚はアメリカ帝国主義の資本輸出のパイプ(余剰物資の輸入と資本化、見返 資金等々)として、経済復興、半戦時体制を名とする独占資本の強奪的な蓄積の吸上げポンプ (重税とインフレ、物資の割当統制と補助金、物資の隠匿や払下げに関連したスキャンダル等々) として、戦時中にまさるとも劣らぬ「指導性」を発揮したが、官僚磯構の中枢神経である弾圧機 構もまた、比較的早くから復元されていた。この点は目立たぬようにおこなわれたが、重要である。 次の表は、全官僚機構の中で、平和的な行政機構や国営事業の従業員は次々に行政整理の名の下に 減員され、国警や予備隊(保安庁)、税務官吏などの特別職だけが、逆に年毎に拡大されてきたこ とを示している。

  一般会計(単位千人)
       46年  47年  48年  49年  50年  51年
  一般職   225   217   177   155   151   149
  特別職    149   217     205   280   269   356

  特別会計(単位千人)
  郵 電   487   436   443   405   406   412
  国 鉄   607   604   627   500   493   469
  専 売    33   36   41   38    41   40
  
   合  計  1619   1599   1677   1458   1539   1519

 47年を境に、一般職と特別職の増減は逆比例している。1947年は時の総理・吉田茂が年頭の 放送で、労働組合の左派指導者を「不逞の輩」と非難することで明けた。議会はまだ「帝国議会」 だった。2月には「2・1スト」の挫折。一方、憲法・教育基本法をはじめ、戦後の法整備が 一挙に進んだ年でもあった。いずれにしても、戦後の日本のありようを規定する大きな結節点と なった年だ。

 敗戦下の資本主義国という制約の下での施策だから当然、官僚的軍事警察機関 の復元にはさまざまな障害があったはずである。また、日米の支配階級の政策が、さし当りは矛 盾点よりも一致点を多くもっていたとみられるが、その日米関係においてもさまざまな齟齬・摩擦 があった。しかし、この時点でこの論文の筆者は「基本的な条件が天皇制の全面的な復帰に 向っているとすれば、すべての障害や抵抗にもかかわらず官僚の復位はいずれ貫徹 されるとみなければならない。少くともそういう方向で問題にしなければならない。」と当面の 予想と警告を書きしるしている。
 官僚勢力は、一時追放された場合でも、さまざまの外郭団体を根城にして温存された。たとえば、
 内務省関係でいえば中央・地方の教化団体、農林省でいえは農林・漁業関係の諸団体、大蔵省では 特銀をはじめ納税・酒造その他の諸団体、商工省は一時にくらべてアンチ・トラスト法その他で 凋落したことは争えないが、戦時中の統制諸団体がいろいろに姿をやつして存続していたのは事実で あって、このような温床に依存しつつ、官僚は自分たちの背後を固めることができたし、また追放者、 退職者などのいわゆるOB組はいつでも第一線に復帰できるような足場をつくっていたのである。

 このような隠然たる官僚勢力の復権の仕方のひとつとして、1952年10月の総選挙での官僚出身者の 目覚しい進出を取り上げている。
 出てきた顔ぶれをみると、警察機構の上に立っている内務官僚、徴税機構の上に立っている大蔵 官僚、農業団体の上に立っている農林官僚など、すべてが官庁の地方機構と密接に結びついたもの ばかりである。彼らは現役時代に売り込んだ「顔」を使っているだけではなく、官庁の下部機構を直 接選挙に動員する。そして首尾よく当選した場合には、国会における官僚の利益代弁者となる。 彼らはたとえば自由党員かもしれないが、その前に農林官僚だというわけである。

 ここで指摘されている票の集め方や議会構成の構図の中での官僚出身者の役割は、そのまま現在に 引き継がれていることは言うまでもないことだろう。
 ちなみにこのときの総選挙の結果を掲載する。

第25回衆議院議員総選挙。自由240、改進85、再建連盟1、右派社会57、左派社会54、労農4、協同2、 諸派4、無諸属19、共産党0、計466。投票率76.43%。

 投票率が76.43%とは、驚きだ。投票率100%で政治が変わるという期待を持っている人はこの結果から 何を読み取るだろうか。「まだ100%じゃない、100%になれば」とあいかわらず期待し続けるだろうか。

 官僚の政界進出は、もちろん官僚としての第一線復帰とは違う。しかし、官僚勢力の権力を 維持・伸長するためのおおきな源泉のひとつである。
 一度第一線を引いた官僚はいわゆる「現役」には戻れない。政界進出を選ばなかったものは、 これもいわゆる「天下り」をして、そのまま第一線に復帰したのと同じほどの権力の座に居座る。 彼らの役柄は、上は国会議員(政党幹部)、外郭団体の役員から、下は国警、特審のスパイにい たるまで、あらゆるところへ復活してゆくが、それらによって官僚の勢力と機関は補足され、完成 される。つまりこういう過程を通して、天皇制の全組織がふたたび日本社会を網の目の中につかまえ、 そのすべての気孔をふさいでしまう。そういう過程の一つがここに示されているとみたいのである。

 しかし、戦後のこうした官僚体制の復元は、すべてが全く元通りのところへ逆行しているわけでは、 もちろんない。戦前にはなかった明らかな変化があり、そこには小さいながらも希望の芽があった。 その芽は何であり、今はどうなっているだろうか。
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