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295 日本の支配者は誰か(2)
いつの世も、なぜ支配者は冷酷なのか
2005年6月8日(水)


 年間3万人を超す自死者も支配者どもにとっては、もちろん、ただの数でしかない。時には 破廉恥にも「人ひとりの命は地球よりの重い」などという心にもない歯の浮くような台詞をはくが、 彼らにとって、戦場の兵士と同様、自死者の命は鴻毛ほどの重さもない。彼らの頭の中には、あたかも、 どのようにして支配の永続化をはかるかという問題しかないようだ。

 時は45年の春、すでに硫黄島陥ち、沖縄も亡んで、本土決戦が叫ばれていたころのことである。 時局の収拾に大きな影響をあたえた重臣Aと新聞記者Bとの対談、彼らはほとんど定期的に情報の 交換をしていた。

B、食糧問題を考えても、もう敗け戦をつづける根拠は全くありませんね。昨日出あった政治家某も 考えているようでしたが、最後は、陛下にラジオ放送をやっていただくほかはない……

A、お上は御先祖に対して深く責任を感じておいでのようだな。しかし陸軍がいつ折れるという見透し がつきますか。国民は苦しくなっているだろうが、これは固まった政治力にはならないし、それを使 うことは問題にならんでしょう。(手帳をめくって)いまソ満国境でソ連が急速に兵力を充実させて いる。八月ごろには彼我の兵力比が多分三対一以上になるでしょう。(つまり戦争がはじまる公算が つよくなる)そのとき果して軍がどうでるか。そこでしょうねえ、問題は。

 遠山茂樹氏は戦争政治にあらわれた日本支配層の政治意識を分析して次のように書いた。

 深夜ひそかに訪い、遊びに事よせて集まり、互に腹の中をさぐり合いながら、さりげなく、婉曲に 意を通じあい、人から人へと同志を結びつけてゆくという終戦工作が、いつも戦争のテムポに立ちお くれてしまい、ついに原子爆弾の悲劇を招くに至ったことは、太平洋戦争史を読むものの心を痛まし めることである。(『改造』三月号)


 言ってみれば、そういうことである。(中略)その当時天皇制支配機構の最上層にあって 事態の収拾にあたった一指導者は、何百万、何千万の飢餓を黙殺しながら、凄惨なもう一つの機会の 到来を待ちうけていたのである。
 この言語に絶する冷酷さはどこから生れてくるのだろうか。現在の支配体制 は将来とも動く筈がないし、動かすべきでない、それをいかにして無傷で維持するかのみが関心事である、というおそろし くねじ曲った「信念」以外には、このような考えを裏づける根拠はないのである。


 支配体制維持のための冷酷さは、何も天皇制ファシズム下の為政者に限ったことではない。

 問題はどこにあるのだろうか。戦後の出発点においては ―― 国民はほとんどそれを信じな かったが、政治の方から、国民に対して国民との結びつきを強めようとする呼びかけがおこなわ れた。たとえ上からであろうが、外からであろうが、「民主化」とはそういうことでなくてはな らぬはずだった。もしそれができるならば、社会の矛盾を力ずくで押えつけるというやり方にか わって、矛盾を取り上げ、それを具体的に解決しようとする近代的な方法がわが国の政治生活に 取りいれられるわけであった。近代的な方法といっても、それは所詮社会的に対立している諸勢 力を将来の発展に適するような形で社会の表面に引き出してくるだけのことかもしれない。だが、 それは重要なことであり、またそれだけのことをするのにも、おそらく支配者の顔ぶれを取りか えるという問題がおこらざるをえないだろう。ところである意味ではたしかにその顔ぶれもかわる にはかわったが……たとえば、われわれは国会で公然とのべられた次の言葉を何ときけばよいのだ ろう?
 例の破壊活動防止法案の審議に際して、労働組合、民主団体、学界代表等が、戦争防止および人 権擁護の立場から猛然と反対したのに対し、吉田首相の答弁はこうだった。

「この法案に反対するものは、暴力団体を教唆し、煽動するものである」 (朝日 52/7/2)


 戦前と戦後とその政治のありようは、何が変わり何が変わらなかったのか。
 戦後の日本再生は、良かれ悪しかれ、敗戦国日本が受託したポツダム宣言規定のもとで行われる はずであった。ポツダム宣言には次のくだりがある。
 われわれは無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは平和、安全および正義の新秩序が生じ えないことを主張し、この理由で日本国民を欺瞞し、世界征服の挙に出るような過誤を犯させた者 の権力および勢力は永久に除かれねばならない。

 われわれは日本人を民族として奴隷化しようとし、または、国民として滅ぼそうとする意図はな いが、われわれの捕虜を虐待した者を含む一切の戦争犯罪人に対しては、厳重な処罰を加える。日 本国政府は日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障害を除去しなけれ ばならない。言論、宗教および思想の自由ならびに基本的人権の尊重は確立しなければならない。

 以上のような事実を列挙した上で「日本の支配者は誰か」の筆者はいう。

 過ぎ去った七年間を顧みると、中身を失った単なる言葉の山うずたかい。口にと なえられる政策と実現される事実との間の背離は、戦後の「民主化」の過程におい ては、むしろ必然性であり、「原則」であったとさえいえるだろう。

(中略)

 今の政治が国民との間の緊密な結びつきを振りすてて、軍国主義やファシズムの 方へますます移行しつつあることは周知の事実である。それは国民の頭を次第に低 くたれさせ、言葉を失わせるような傾向をまねいている。だが、そのような傾向が、 日本資本主義のいかなる矛盾によって生み出され、またそれをいかに深めてゆくか、 つまり、それが日本社会の歴史的な運動をいかに発展させるかということは、まず 第一に、支配者の階級的な性格と、彼らのおかれている実際的な客観条件の特徴に 依るところが大きいのである。日本の支配者はだれか? 彼らはどうして反民族的 な反民主的なコースを選ばねはならなかったのか。われわれは権力の所在に対して 政治分析のためのラジオ・カーを次々に巡廻させてみたい。

 この論文の研究者たちは戦後7年目にしてすでに「軍国主義やファシズムの方へます ます移行しつつあることは周知の事実である」という認識を持っていた。
 建前と現実は、戦後7年たった当時、どのようにどの程度に背離するに至っていただろうか。 A級戦犯を問われた岸信介が総理大臣になるのは、この論文が発表された4年後であった。
 次回から、敗戦時から戦後7年当時までの政治状況、とくに統治形態の推移と実態を見ていくこ とになる。
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