2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。

432 久しぶりに本を買いました。
2006年2月4日(土)



 今日久しぶりに本屋に行きました。日本古代史関係の書棚を覗いてみて、読むに値するものありやなしや、何冊か手にとって中身を調べてみました。
 古田さんによって論破された「定説」はたくさんありますが、とりあえず次の四点をチェックポイントにしました。

1. 相変わらず、邪馬壱国の所在地を「ヤマト」の同名地に求めているか。
2. 相変わらず、卑弥呼や壱与をヤマト王権の誰かに比定してるか。
3. 相変わらず、倭の五王をヤマト王権の王に比定していりか。
4. 相変わらず、「日出ずる処の天子」を聖徳太子としているか。

 残念ながら、私が手にした本の中には読むに値する本はありませんでした。
 上記の事項を真面目に検討し直している著者はいません。古田さんの諸論考が発表される以前ならまだしも、それ以後(中にはつい2,3年前が初版の本もありました。)のものも相変わらず「定説」を前提にした偽古代史を書き散らしています。
 古代史について一家言をもつほどの知識人にして、知的な誠意や羞恥心はひとかけらのないのでしょうか。「採択せず・論争せず・相手にせず」の「三せず」手法をもって「定説」という殻のなかに閉じこもっている古代史学会の知的退廃はいまなお続いているようです。


 ガラッと話が変わります。
 「『日の丸・君が代』強制反対予防訴訟をすすめる会」の会報「おしつけないで(21号・1月29日発行)」に弁護団団長の尾山宏弁護士が次のような文章を寄せています。


年頭にあたって私が願うこと



 正月早々からオドロオドロしいお話をして恐縮ですが、いまこの国の民主主義はポロポロと崩れつつあります。大田尭先生は、証言のなかで「わが国の民主主義は未成熟」とおっしゃいましたが、その未成熟な民主主義さえ奪われようとしています。大田先生は、『証言一良心、の自由を求める』(一ツ橋書房)の「まえがき」のなかで、徐京植氏の「日本で民主主義が死のうとしている。抵抗しながら殺されるのではない。安楽死しつつあるのだ」(『新しい普遍性』影書房)という言葉に衝撃を受けたと書いておられます。
 そして民主主義が確固として存立していなければ、世界平和に貢献することもできないことは言うまでもありません。


 この国の民主主義が危機に瀕していることはいろいろなところに出ていますが、その典型的な例が、学校における日の丸・君が代の強制です。それは次代を担うべき子どもたちと教職員の精神の自由を剥奪するものにほかなりません。このような精神の自由の剥奪が、ほかならぬ学校という場で起きていることは、民主主義の現在ばかりではなく、その未来にも大きな災いをもたらすものです。


 しかしこのような事態は、逆に言えば自由と民主主義を立て直し、より確かなものにしていく絶好の機会でもあります。
 私たちが裁判と運動を通じて、思想・良心・信教・表現の自由および寛容の精神をこの国に根づかせることに貢献することができれば、わが国の民主主義の歴史に輝かしい一ページを加えることができます。私が願うことは、ただこの一点に尽きます。そのために必要なことは、私たち自身が自らの意識を点検し改革するとともに、多くの幅広い人々とマスコミに働きかけて自由と民主主義の思想を広げることだと思います。



 この現状認識および現状変革の意思と方向づけに賛同するとともに、それをひとりでも多くの人と共有したいものと、掲載させていただきました。(無断掲載です。お許しください。)

 特に私は「私たち自身が自らの意識を点検し改革する」という点に注目したいと思います。私の問題意識に引き寄せると、これまでに何度が書きましたが、「わが内なる保守反動の止揚」ということになります。このHPを始めた一つの理由はその点にあります。

 私が特に注目する点がもう一つあります。「思想・良心・信教・表現の自由」に並べて「寛容の精神」を取り上げていることです。これは私たちがよって立つべき立場を構成する基盤の一つとすべきであるとともに、「権力を行使する者」側への批判あるいは呼びかけの言葉ではないかと、私はとらえています。

 集会で何度か尾山さんのお話を直接聞く機会がありましたが、その度に「寛容の精神」を強調されていたように思います。そして「寛容の精神」を詳しく論述している本を紹介されていました。私はその書名を聞き流して記憶にとどめませんでした。

 ところで今日、「寛容の時代へ」という副題を持つ本に出会いました。尾山さんが紹介していた本はこれに違いないと確信して、それを購入しました。(勝手に確信しましたが、違うかもしれません。)

土屋恵一郎著「正義論/自由論-寛容の時代へ-」(岩波現代文庫)

 読み始めてみると、なんとその前半は、私が自らの宿題としていた問題に重なりそうなのです。収穫でした。
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