2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
431 天皇制の基盤を撃つ ― 真説・古代史(82)
近畿王朝の成立
2006年2月1日(水)


701年(長安元年)
 十月、日本国、使を通わし、其の大臣、人を貢し、万物を貢す。『冊府元亀』外臣部、朝貢三)
702年(長安2年)
 冬十月、日本国、使を遣わして万物を貢す。(『旧唐書』本紀巻六、則天武后)

703年(長安3年)
 其の大臣朝臣真人、来りて万物を貢す。
 「朝臣真人」は、猶(なお)中国の戸部尚書のごとし。冠は進徳冠。其の頂、花を為し、分れて四散す。身は紫鞄を服し、帛を以て腰帯と為す。真人、好んで経史を読み、属文を解す。容止温雅。則天(則天武后)之を麟徳殿に宴し、司膳卿を授け、放ちて本国に還らしむ。(『旧唐書』日本伝)

 中国史書では701年以降、「倭国」ではなく「日本国」が正式の国名として使用されるようになる。この長安元年は、則天武后の年号である。またこれと時を同じくして日本国の天皇も年号を持つようになる。近畿王朝の最初の年号は文武天皇の大宝(大宝元年=701年)である。

 また、日本国の公式史書は文武天皇の項から「続日本紀」に引き継がれる。そして、上記703年の記事のような中国への使節の記録は、中国側と日本側の記録(続日本紀)とがピッタリ一致し始める。

 「世にも不思議な物語」(白村江の敗戦直後のヤマト王権のはしゃぎぶり)を解明した文の最後で古田さんは次のように述べている。


 中国側(唐朝)の対倭国外交記事は貞観22年(648)で終り、そのあと「白江の戦」の記事につづいている。これに対し、代って「日本国」との友好的な国交記事が長安3年(703)からはじまっている。
 つまり、中国側(唐朝)の目から見て、明らかに相手国は交替した。白江の戦の「主敵」ともいうべき「倭国」は七世紀未、崩壊した。そして「倭国の別種」と記されている「日本国」、すなわち近畿天皇家によって吸収されてしまった、というのである。
 これなら、これが史実なら、先のような「不思議」はない。きわめて通常である。人間の理性でうなずくことができる。



 さて、古田古代学の紹介を今回をもって終わります。ずいぶん長くなりましたが、それでもほんの一端の紹介に過ぎません。
 古田さんの著作に出会って、私の目からはいくつものウロコ落ちました。私の視界はずいぶん開かれたように思います。
 興味をもたれた方は、ぜひ直接古田さんの著書をお読みください。容易に手に入る朝日文庫版をあらためて紹介しておきます。
『「邪馬台国」はなかった』
『盗まれた神話 ― 記・紀の秘密』
『風土記にいた卑弥呼 ― 古代は輝いていたⅠ』
『日本列島の大王たち ― 古代は輝いていたⅡ』
『法隆寺の中の九州王朝 ― 古代は輝いていたⅢ』

 最後に「日本古代新史」(新泉社)の最後の一節を掲載して結びとします。


 人々よ、「世にも不思議な物語」と、「人間の理性でうなずける話」と、いずれを自分の国の歴史事実として認めようとするのか。それは、すでに敗戦の日、わたしたちが心に刻んだ真実への憧憬、それによって見れば、疑う余地はない。「神風」がはばをきかせるような、いたずらに奇蹟をうけ入れるような歴史観、それにわたしたちは決然と別れを告げたのではなかったか。
 占領軍が、戦前の教科書を墨で塗らせたとき、かれらはそこまでは考えていなかったかもしれぬ。当然のことだ。かれらなどに、わたしたちの奥深い歴史の真相などわかりようはない。それは知れ切ったことだ。
 そんなこととは無関係に、かれらの思わくなどとは何のかかわりもなく、わたしたちは、真実を見よう、そう望んだのだ。虚偽の歴史では満足すまい、そう心に誓ったのだ。それは少なくともわたしの青年の日の、他にたぐいなき「事件」であった。

 今、わたしは見る、歴史の真相を。日本列島の古代の新たな山並みを。そして心の底で叫びかけることができる、「歴史よ、こんにちわ」と。
 わたしが別れを告げたのは、天皇家一元主義という虚偽の史観だ。だが、九州王朝中心主義をもって、これに代えるべきか。 ――否。

 近畿においても、すでに天皇家以前に銅鐸国家があった。九州には、天皇家の母国があった。沖縄列島やその彼方には、そのさらにはるかなる祖源の地があったのかもしれぬ。
 また関東や東北、北海道には、卓抜にして秀麗な縄文文明があった。甲・信・越にももちろん。
 それらの全光景を視野におさめつつ、わたしはいわねばならぬ。 ――多元的な古代世界が、わたしたちの愛する山河、この日本列島の上に存在していた、と。

 そのような展望の中でこそ、近畿天皇家がその中で果した、相対的な、適正な位置、それがハッ キリと浮かび上がってくるのである。そしてよき面も、悪しき面も、冷静に、 真実(リアル)に理解することができるのだ。そのような新鮮な目が若い人々の中に誕生したとき、新たな数々の独創の湧き上がる時代、そのような豊かな未来がわたしたちの眼前に待ちかまえていることとなろう。




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