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256 日本のナショナリズム(9)
第2国歌「海ゆかば」
2005年4月28日(木)


 ちょっと横道へ。
 前々回、朝鮮人の周旋屋に売り飛ばされて異国の地で狂死していった少女たちの無残を色川さん は怒りを込めて描き、「草むす屍」という言葉を用いた。この言葉からすぐ思い出したことがあった。 もちろん色川さんもそれを念頭に置いて用いていると思う。「海ゆかば」である。いつどう覚えた のか、実は私はこの歌を歌える。

 大伴家持が長歌(万葉集巻18・4094)の中で祖先が「言立て」た言葉だとして歌い込ん でいる一節。

 海行かば 水浸く屍 山行かば 草生す屍 大君の 邊にこそ死なめ 顧みは せじと言立て ・・・

 1937年(昭和12)年10月、国民精神総動員運動の一環として、これに信時潔が曲をつけた。

海行かば


 1937年10月13日(私はまだ生まれていなかった。)から1週間繰り広げられた「国民精神総動員 強調週間」の折、ラジオ放送に「国民朝礼の時間」という番組が設けられた。毎朝『「君が代」斉唱、 宮城遥拝、著名人の訓話、「海ゆかば」斉唱』という内容の番組が放送されたのだ。「海ゆかば」は まずラジオ放送を利用して広められていった。

 いまNHKの政治権力に対する脆弱な体質が問題になっているが、マスコミを掌中にした権力は絶大な 力を得ることになる。もちろんNHKだけの問題ではない。これも何度も指摘してきたことだが、 多くのメディアがいま権力の手先に成り下がっている。現今の反動的な政治状況を促進している推進力の 一つがマスコミなのだ。

 さて、1942(昭和17)年12月15日、大政翼賛会が「海ゆかば」を国歌「君が代」に次ぐ「国民の歌」 に指定して各種会合で必ず歌うようにと通達した。いわば第2国歌というわけだ。
 国民学校の教科書では「高等科音楽(1)」に収録されている。

   狂気の大東亜戦争末期、敵性音楽撲滅運動の折、国民学校の卒業式ではそれまで歌っていた 「蛍の光」を取りやめている。敵国イギリスの民謡だから不適当だという理由だ。そして 「蛍の光」に替わって歌われたのが「海ゆかば」や「愛国行進曲」だった。これから社会人として 門出する卒業生に送るはなむけの歌が「海ゆかば」とはすさまじい。「海や野に屍となって身を晒 すことも辞するな、天皇のため死ぬことこそよろこびと思え」と送り出したのだ。

 「海ゆかば」は第2国歌だった。「君が代」と「海ゆかば」は同じメタルの表と裏だ。「君が代」 の意味するところはこの2曲のセットでより明らかになる。
 「君が代」の意味は「世襲君主の支配が永久に続くように」という意味以外のどんな解釈も できようはない。「世襲君主」に服従することは、どんなに美辞麗句と理屈を連ねても奴隷の 思想だ。「主権在民」とは相容れない。「海ゆかば」がその行き着く果てを如実に表わしている。 「君が代」大好き人間はもとより、『「君が代」、平和な歌で、別にいいんじゃないの』という人たちは、常に 「君が代」と一緒に「海ゆかば」も歌うといい。歌わないまでも、「君が代」の裏にピタッと密着して いる「海ゆかば」を常に意識すべきだ。天皇制の本質・「君が代」の隠された意味が明々白日の下に 表れることになる。

 学校の先生へ提案。どうしても「君が代」を教えざるを得ないのなら、「君が代」の本質を 考えるてだての一つとして、一緒に「海ゆかば」を教えましょう。
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 コメント
この記事へのコメント
当時の日本の状況を考えれば
天皇陛下=日本国であるので
表面のことばだけを見て天皇制云々と言うのは如何なものかと思います。
戦争で亡くなった方々は何を守りたかったのか
たくさんの方々が命を落とされたからこそ
しっかり本質を見極めて考えるべきだと思います。
2012/08/30(木) 11:45 | URL | #-[ 編集]
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