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252 日本のナショナリズム(5)
大衆ナショナリズムの原像(3)「青葉の笛」
2005年4月24日(日)


「二宮金次郎」「冬の夜」「故郷」などの唱歌が『社会にたいする大衆の「ナショナリズム」 の一側面をそれぞれ主題のうえに抽出して』いるのに対して、「青葉の笛」「夏は来ぬ」「すずめ雀」 「七里ケ浜の哀歌」などの唱歌は『大衆の心情そのものの核に下降した表現』と言える。そして、明治 の大衆「ナショナリズム」の表現のうち大正期の大衆の「ナショナリズム」に引継がれていったもの は、政治や社会の主題をとり出したもののなかにはなく、『大衆の心情そのものの核に下降した表現』 であった、と吉本さんは述べている。
青葉の笛


青葉の笛

一 一の谷の 軍破れ
  討たれし平家の 公達あわれ
  暁寒き 須磨の嵐に
  聞えしはこれか 青葉の笛

二 更くる夜半に 門を敲き
  わが師に託せし 言の葉あわれ
  今わの際まで 持ちし(えびら)に
  残れるは「花や 今宵」の歌
     『尋常小学唱歌』1906年(明39)

雀


すずめ 雀

すずめ雀 今日もまた
くらいみちを 只ひとり
林の奥の竹薮の
さびしいおうちへ 帰るのか

いいえ皆さん あすこには
父様 母様 まって居て
楽しいおうちが ありまする
さよなら皆さん ちゅうちゅうちゅう
  『幼稚園唱歌』1901年(明34)7月

七里浜


七里ケ浜の哀歌

一 真白き富士の根 緑の江の島
  仰ぎ見るも 今は涙
  帰らぬ十二の 雄々しきみたまに
  捧げまつる 胸と心

二 ボートは沈みぬ 千尋の海原
  風も浪も 小さき腕に
  力もつきはて 呼ぶ名は父母
  恨は探し 七里が浜辺

三 み雪は咽びぬ 風さえ騒ぎて
  月も星も 影をひそめ
  みたまよ何処に 迷いておわすか
  帰れ早く 母の胸に

四 みそらにかがやく 朝日のみ光
  暗にしずむ 親の心
  黄金も宝も 何しに集めん
  神よ早く 我も召せよ

五 雲間に昇りし 昨日の月影
  今は見えぬ 人の姿
  悲しさ余りて 寝られぬ枕に
  響く波の おとも高し

六 帰らぬ浪路に 友よぶ千鳥に
  我もこいし 失せし人よ
  尽きせぬ恨に 泣くねは共々
  今日もあすも 斯くてとわに
     1910年(明43)2月

 『ここには大衆の「ナショナリズム」の表面にある心情のル・サンチマンが、きわめ てよく表象されている』と吉本さんは言っているが、こうした唱歌に思い入れて感傷に耽る心情 =センチメンタリズムを私も多分に持っていることに思い当たる。
 センチメンタリズムは『なぜ「くらいみちをただひとり」雀はかえるのか? なぜ帰らぬ十二人 の中学生のボート死に「胸と心」を「捧げまつる」のか?』などと問わない。問う必要はない。ひたすら 感傷に没入できればよい。
 それらの歌詞は『敦盛が、熊谷から首をかき斬られたとき、どのように血が吹き出したか、雀はその巣にかえるとき どのように本能的なものにすぎないか、ボートが沈んだとき中学生たちは、いかにもがき苦しみ、 われ先にと生きのびようと努めたか』というセンチメンタリズムの裏面に付着したリアリズムを忘却す るように書かれている。しかし、と吉本さんは次のように述べている。
 しかし、忘却しているのではない。このようなセンチメンタリズムの表現こそは、銅貨の裏表のよ うに、大衆の「ナショナリズム」のもつリアルな、狡猾で計算深い(知識人などのような空想的にで はない)認識をも象徴しているのである。大衆の「ナショナリズム」の心情は、そのセンチメンタリ ズムをそのまま総体としてみることによっても、その裏を返しても、拾いあげることはできないだろう。 わたしたちが大衆の(ヽヽヽ)「ナショナリズム」としてかんがえてい るものは、この表面と裏面の総体(生活思想)を意味するもので、何らかの意味で、その表現にすくい あげられている一面性を意味しているものでないことを強調しておかねばならぬ。
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