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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
245 むかしむかし、こんなことを考えていた。(5)
なぜ教師か(2)
2005年4月17日(日)



 差別と選別の教育体制のもとで、いためつけられ、黙殺されてきた生徒たち ― その生徒たち をほんとうにできるようにする。一人前の人間に育てあげていく。そのことと、私たちの生活や 権利を守ること ― 首切り合理化阻止のたたかいとは、深く結びあわされていたのだった。
 つまり、この職を離れてどこにもいくところはない。私たちの生活の基礎はこの職場をおいてほか にない。だとするならば、この生徒たちをまともに引き受け、まともに育ててゆく、それ以外に私たち の生きる道はないのではないか ― これが私たちの、いつわりのない裸のままの姿であった。 (正則学院教職員組合編「高校生活 ー青春をきずく生徒と教師たち」)

 つねに首切りの問題に立ち会わされている正則学院の教師たちのこの問題意識は、僕ら都立高校の 教師には欠落しがちである。都立高校の教師にはクビになる心配はほとんどない。もう少し正確に言 えば、意識的であろうとなかろうと、積極的に国家権力の代弁者代行者の役回りを担うか、積極的で はなくとも従順にその役回りから逸脱しないか、あるいは常識的に適当にやり過ごしている(これは これで充分に体制擁護者である。)限り、絶対にクビにならない。ぼくは最後の部類だろうか。まず はご同慶のいたりというべきか。

 さて、正則学院の教師たちが優れた実践を担い通せたのは、彼らの教育活動が何よりもまず、自分 のためのものだったからにほかならない。彼らには理念皆無の現実論も、イデオロギー至上のタテマ エ論も無縁である。<教えるものー教えられるもの>という構図を突出して、彼らは生き生きとした 人間ヅラをしている。


 「社会」であれ「生徒」であれ、教師であることの根拠を「自分」以外のところに置く限り、僕ら の実践は中途半端なツジツマを合わせるだけのものに終わってしまうことを痛感する。ぼくは、今ま で放置しておき、意識化・論理化できていなかった「自分のため」という根拠を掘り下げてみなけれ ばならない。

 「自分のため」というもの言いには<自己の人格完成>というような倫理的な響きもあるが、ぼく の言う「自分のため」は、勿論のこと、そのような意味合いは含まない。
 また、先の正則学院の教師たちの手記からの引用文では、「自分のため」は単なる<なりわいのた め>のように誤解される恐れがあるが、ただそれだけではない。<なりわい>はあらゆる活動の基盤 だから、言うまでもなく大事である。しかし単なるなりわいのための実践がぼくらを強く打つはずが ない。
 問題を問い直せば、「自分のため」のうちの<なりわい>以外の何が実践を優れたものになし得る のか、なぜそれは普遍的な価値や意味を持ってぼくらを打つのか。


 ぼくは6月問題の後も、尼崎工高を訪ねた。前川さんや福地さん(仁平注:ともに尼崎工高の教師) から当時の模様を聞き、生徒たちも偉かったが、それを真正面から受けてたった教師集団も大したもの だと思った。ある生徒は「わしが、そこらのパチンコ屋で時間を過ごすよりも、ここに居てよかったと 思うような充実した授業をしてみい」と教師に迫ったという。こうして教師たちは鍛えられ、成長して いった。中には、この厳しさに耐えられず、ノイローゼになり転勤したり、退職したりした教師も居た そうである。
 僕は一種羨望の念を抱きながら、前川さんたちの話を聞いていた。無論僕がこうした状況に耐えられ る力を持った教師であるという自信はない。もしかするとノイローゼになる方かも知れない。しかし、 教師などという大それた職業を選んだ以上、それだけの覚悟はついていた。むしろ生徒たちの打倒目標 となり、ついには彼らに乗り越えられることこそ、教師のしあわせではないか。そのときこそ、ニッコ リ笑って僕が教師を辞められる時だろう。 (菅龍一著「教育の原形を求めて」)

菅龍一氏自身が川崎のある定時制工高に勤める優れた実践者であるが、尼崎工高の教師たちが担った 状況は、氏をして「耐えられる自信がない」といわしめるほど厳しいものであった。僕などは「転勤し たり、退職したり」の部類になるだろう。しかし、やはりぼくも尼崎工高の教師集団に「一種羨望の 念」を抱く。
 「わしが、そこらのパチンコ屋で時間を過ごすよりも、ここに居てよかったと思うような充実した授業 をしてみい」(この言葉は、ぼくらのもの言わぬ問題児たちの沈黙を代弁している)という生徒を真正面 から受けて立つ教師集団とは一体なんだろう。そのよって立つ根拠は一体なんだろうか。

 ぼくの知る限りでは、都立高校ではこういう教師集団は想像もできない。くだんの生徒は「生徒のくせに」 とか「この不良が」とかの一言で一蹴されるだけだろう。「教師の指導に従わない」ということで処分の 対象になるだけだろう。

 学園闘争を思い出した。教師たちの多くはあの学園闘争が僕らにつきつけた問題の本質を理解していな いし、ほとんど何も学んでいない。いま話題にしても、単なる暴力沙汰としか回想しない。
 さらに横道にそれるが、この国の知識人の戦争のくぐり抜け方にも思いが向いて行く。多くの教師たち の学園闘争のくぐり抜け方は、あの戦争のくぐり抜け方と見合っている。僕らは負の遺産を清算し得てい ないばかりか、さらに増幅している。これは戦後責任の問題につながる。だがこれも、稿を改めるべき問 題である。

十一
 正則学院や尼崎工高の教師たちの置かれた状況とぼくらのそれとは大いに異なるが、そのよって立つ べき根拠には何ら違いはないはずだ。僕らの場所も深く掘り下げていけば、同じ鉱脈に達するに違いない。 そうでなければ彼らの実践がぼくらを打つはずがない。

 ぼくらが「楽しい授業」を目指すのは何故か。ぼくらが問題児を「宝」と呼ぶのは何故か。ぼくらが 民主的な生徒集団・教師集団を希求するのは何故か。ぼくらが公教育という閉じた空間の形式的な仕組 みに大きな違和感を持ち、変革を試みるのは何故か。総じてなんのための教育活動か。
 ぼくらが強いられている教育活動がよそよそしいことを実感し、その実質を自らのものとしたいから ではないのか。

 正則学院や尼崎工高の教師たちの優れた実践とは、菅氏の言葉を借りれば、「体制から<与えられ>た 労働の部署で<生かされ>ている」ものが、「その労働を通してしか自己が実現できない口惜しさを抱 えながら、労働の実質を自らの手に<奪い返し><生きる>ための苦しい闘い」である。
 自分の労働が<与えられた>ものであり、自分の人生が<生かされ>ているものであるという<口惜 しさ>を共有できるかどうかはイデオロギーの問題では決してない。おそらく認識の問題である前に 感性の問題であると、ぼくは思う。ここではぼくらのイデオロギーではなく、感性が問われている。

 <与えられ、生かされている口惜しさ>を、生徒は学校の窮屈さ・授業のつまらなさとして日常的 に味わっている。ぼくらは<与えられ、生かされている口惜しさ>を生徒と共有している。しかしこれ は<教えるものー教えられるもの>という構図の中に安住しているものには分からない。そこから抜け 出る営みを始めるためには、多くの教師はすでに感性を磨耗し切ってしまっているのだろうか。

 うちの学校のええ所は卒業したら分かるんや。うちの先生は、こちらがあれたり、問題を起こした とき、一緒に歩いてくれる。これが励みになるんや。べつに問題をかいけつしてくれんでもええんや。解 決するのは 自分や。そやけど、一緒に歩いてくれるいうことは、こらたいせつなこっちゃ。

 尼崎工高のある生徒の言葉を引用して、菅氏は言う。「教育の営みとは、教師と生徒が互いに生きる 意味を検証し合う」ことだと。
 これが「自分のため」ということの本当の意味である。「自分のため」の実践が、優れたものとなり、 普遍的な価値なり意味なりを持つ根拠である。
実質を自らのものとした労働を通して「生きる意味の検証」をする教師たちに、理念皆無の現実論も イデオロギー至上のタテマエ論も無用であることは論を待たない。

十二
 ぼくは「生徒のため」と言うべきではなかった。「生徒のため」という決まり文句を、以後ぼくは 使わない。  (1974年11月)
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