FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
243 むかしむかし、こんなことを考えていた。(3)
夜間中学(3) 2005年4月15日(金)


三、夜間中学
     特権性を拒むかどうかは、個人にとってはたかだか自己
     倫理の問題にすぎないが、特権性にたいして自覚的であ
     るか否かは、感性的な変革の政治的課題でありえる。
                           (吉本隆明「情況」)

 恥ずかしいことだが、ぼくが夜間中学の存在を知ったのは教師に なって八年目わずか四年前のことである。たいへんな衝激だった。 夜間中学の存在が衝激とは、思えばうかつな話しである。

 ぼくは三十近くになるまで、政治・経済・社会の問題についてほ とんど無関心であった。自然成長的に身につけた程度の認識しか持 っていなかった。敗戦後二十年ほどのぼくの家庭はたいへん貧乏で ぼくはあの頃のぼくの家庭ほど貧しい家庭はないと思っていた。そ んな中でかなり恵まれた教育階梯をはせのぼってきたのは、兄や姉 たちのおかげであるが、それ以上の内省はなく、しごく当り前のこ とのように見過してきた。だから、どんな家庭の子でも義務教育は 必らず受けているはずだと思っていた。その義務教育を受けられな い子がいるという事実がまず衝激的だった。さらにそうした子に普 通の子と同じように義務教育を受けられる充分な手だてをせずに、 夜間中学を思いつく教育行政の無体さを改めて知って、今さらなが ら怒りを覚えた。

 「義務教育」というときの「義務」とは子どもが負うべきもので はなく、子どもにはただ教育を受ける「権利」があるばかりだ。子 どもの側からは「権利教育」というのが正しい。小学校を終えたば かりの子どもが暖い団欒を望み得べくもない環境のもとで、苛酷な 労働に従事しながら夜間中学に通っている。経済大国という虚像の 裏側で最小限の権利さえ蹂躙されている人がたくさんいる。

 今ぼくが勤めている高校には地域の中学校卒業生のほとんど全員 が入学している。中には漢字の読み書きが小学校二、三年程度だっ たり、くり上り、くり下りのある加減のできないような生徒もいる。 夜間中学の存在は四年前に朝日新聞にのった中岡哲郎氏の文章によ って初めて知ったのだが、今それを読み返してみると、一層のリア リティがあり多くの刺激と示唆を受ける。

 中岡氏はまずある夜間中学の国語の教師の実践を紹介している。 漢字は勿論、ひらがなもろくに読めない生徒に一時間に五つという 目標をきめて新しい漢字を教える。時間の終りに生徒に漢字カード を作らせる。生徒は職場で作業の合間や昼休みにそれをくりながら、 次の時間までにその五つの漢字を頭にたたきこもうとする。一年間 で五百以上、二年かければ当用漢字は全部覚えられるはずだと、そ の教師は言う。「途方もなく気の長いその作業をとおして、彼はし かし、生徒の中に少しずつ確実に自信を育てていった。彼のクラス のダイナミズムの中に組みこんでいった。」と中岡氏は報告している。

 ぼくが現在の高校に転勤して二年になる。この二年間、小中学を ほとんど空白として過したと言っても過言ではないような生徒と初 めてぶつかって、ただ暗中模索するばかりであった。ぼくは彼等の 中にどれほどの自信を育て得ただろうか。彼等をクラスのダイナミ ズムの中に組むことができただろうか。赤面するばかりである。日 日ただ徒労感ばかりが残る。「このような根気よい努力をとおして、 一体何ほどのことが教えられるか。何ほども教えられはしない。」

 だがあの国語の教師は言う。「彼等が生きてゆくために最小限ぎ りぎり必要なことが教えられれば成功であり満足だ。」と。この言 葉は重い。ぼくは目からウロコが落ちる思いがした。過去十年間、 ぼくは高校教師として「よりよい生活のための最大限」を求め、あ るいは求められる教育の場しか知らなかった。そこで身につけた学 校に対する認識がなかなか払拭しきれなかった。「僕たちのまわり ですべての親と教師たちが熱中している『よりよい生活のための最 大限』とでも言うべき教育の全体系を、その彼の言葉が告発してい る。」

 続けて中岡氏は、「よりよい生活のための最大限」の追求の下に足 げにされてうめいているのは「人間として最小限」である、という。 足げにされ続けてきた「人間として最小限」はぼくの高校でさらに 足げにされる。大多数の教師や親や生徒はことあるごとに言う。 できない者のためできる者が犠牲になる、できない者自身が苦しむ だけで本人にとってもマイナスであると。こうした優等生論理が臆 面もなくまかり通る中で、「低学力」の生徒たちは「学業不振」そ れ故の「度重なる問題行動」を理由に退学させられていく。こうし た状況を打破できない自分の実践や力量の弱さに滅入ってしまう。

 教育とは何か、と改めて自らに問う。指導要領をなぞる教育観か らは決して見えてこない視座がある。中岡氏は先の夜間中学生の履 歴を紹介して言う。「『生きてゆくための最小限』の教育は何より もまず子どもの背後にあるものとの格闘である。」「読めない漢字を とおして、教師はそのすべて(子どもの全生活史……仁平)と向き あうのだ。そのすべてとたたかうことが、彼にとって教育である。」
この視座に立てば、文部省が決めた「学力」を基準に「できる子」 「できない子」と振り分ける教育の犯罪性は明らかだ。

 だがこの視座はおそらく通りが悪い。この視座を肯んじない主要 な論理を二つ考えることができる。

 一つは自称進歩派教師たちの考えである。勤評闘争の敗退期に論 争された問題で、教師は「教室で勝負」すればよいとする。子ども たちの内部に好ましい資質・傾向をつくりあげれば、やがてその子 どもたちが政治や経済にはたらきかけ社会の進歩に寄与すると言う。 つまり教育をまっとうすることによって政治を超えるというわけで ある。この論理を俗に「二十坪の論理」という。なんというオポチ ュニズム!足げにされている「最小限」への目くばりがすっぽり落 ちている。

 これに対して中岡氏は「二十坪」の外を切り離してはまともな教 育はあり得ないと主張している。勿論ぼくは中岡氏に共鳴する。「 二十坪」の外との対決を孕んだ緊張関係を欠落さすとき、教育は政 治を切り離した一つのイデオロギーとしての機能を現実的に果すほ かない。現状を補完するだけである。

 二つは現体制に埋没している教師たちの論理である。「最大限」 の教育が「最小限」を足げにすることによって成り立っているとい うことそのものを肯んじない。この国ではすべての国民がその能力 と勤勉さに応じて、より豊かで文化的な生活を保障されており、貧 困であったり文化の享受と無縁なのは当人の資質的欠陥や怠惰な生 活態度の当然の結果であるという。この論理はこの国が民主的な自 由国家であるということを先験的に前提とすることで成り立ってい る。

 はたしてそうであろうか。現在のこの国の体制は貧困が貧困を生 み、無教育がさらに無教育を強いられる仕組になっている。「低学 力」の生徒たちの全生活史がそのことを雄弁にものがたっている。 1961年の日教組教研大会で二十才の夜間中学生古江美江子さ んが行なった鋭く正当な告発がある。「生活に追われ、四才頃から 子守り、コンブ拾い、農家、パチンコ屋、飯場の飯炊き、バーのホ ステスなど手取り早く金になり、学歴を必要としない仕事だから学 について考えた事がなかった。学とはなんだろう? ― 空、山、川 など簡単な字以外は新聞も読めないし、九九もわからない。足し算 引き算の計算は、指や足でやればできるが、34+12=式になる と、前からやるのか後からやるのか全然見当がつかなかった。時計 の見方や電話の掛け方など日常生活に必要な知識がなんにもわから ず毎日苦しんだ。こんな私でも九年間の義務教育を受けたことにな っているのです。」
 古部さんは夜間中学ではなく普通の中学校を卒業したことになっ ている。
 「臭い、バカ、貧乏たかれ ― などとののしられながら、学校に 行きたくとも行けず、夢中に働き必死に生きてきた。 今ようやく ― 勉強したい ― と思ったら法律が目の前に立ちふさがり私の道をじ ゃまする。」
 古部さんは義務教育を終えたことになっていたので夜間中学への 入学の資格がなかった。古部さんは一人でがんばって、とうとう夜 間中学入学を果す。

 今、夜間中学は古部さんのような人たちが勉強 をするための大事な場となって、新たな存在意義を持っている。こ の夜間中学を教育行政は、今度は、夜間中学誕生当初の存在理由は なくなったとしてつぶしにかかっているという。

 「学とはなんだろう?」という古部さんの問いかけは無視できな い。ぼくの問題で言えば「高校とは何だろう?」「高校の水準」を 守るという観点に一体どれほどの正当性と意味があるのだろうか。 ぼくの高校の「古部さん」を切り捨てることによって維持する「高 校の水準」とは何だろう。

 古部さんは全員が何らかの疾病に苦しみながらもがくように生き ている家族を紹介し、次のように続ける。「私自身も小さい頃の肺 炎がもとで両耳があまり聞こえない ― 我が家には健康で満足なの は一人もいない!もし、お金があったら、病院に行っていたら、学 校に行っていたらこんなことにならなかったのだ!私や私の家族を こんなめにしたヤツを殺してやりたい!私たちが何をしたと言うの だ。われわれ形式卒業者を作ったヤツは責任をとれ!(中略)そし て、私のようなかけ算の九九も時計の見方もわからないような形式 卒業者をこれ以上一人もつくらないでほしい!そのために私や私の 家族が食うものも食わないで働いた税金をつかうべきだ!」

 古部さんがこう告発してから十年以上たった。今なお形式卒業者 はあとをたたない。そして、教科書=文部省の手本を金科玉条のご とく忠実になぞることで、自らが「できない生徒」を作っているこ とに思いも及ばない教師にかぎって、「きびしく落第させろ!」と 臆面もない。古部さんに、ぼくら高校教師もうたれている。いや現 教育体制総体がうたれている。

四、おわりに
 未整理のまま書きついできて、冗長さと欠落ばかりが目立つが、 問題点の摘出と自らの間題意識のあり所の整理はある程度なし得た と思う。そして、今、自分の生存の拠り所の一つである教育の総体 の絶望的状況と自らの実践の卑小さを改めて自覚して、苛立ちと羞 恥で胸がつまる。このいささか大げさな言辞は、しかし決して単な るレトリックではない。日々思う。どのつらさげて生徒の前に立と うか。このつらさげて立つことに堪えるほかない。自らの欠落は自 らの生きざまを通して徐々にうめていくほかはない。自己教育の契 機を失なったとき、ぼくは教師をやめるだろう。
                           (1973年12月)
スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/497-70a80f84
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック