FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
233 教師の戦争責任(3)
児童は「常在戦争」の兵士
2005年4月5日(火)


 「御民ワレ」からの引用です。
 太平洋戦争期にはいると、学校は<皇国民ノ錬成道場>であるばかりではなく「常在戦争」(常に 戦場に在るとの意識で戦地銃後一体化のスローガン)が言われ始め、学校は<戦場>であるという意 識が絶えず植付けられた。教場では子どもたちは兵士であり、教科書、文房具の類は武器と看倣され た。忘れ物をしようものなら「武器を忘れて戦場に来る兵隊がいるか!」と厳しい体罰が科せられ た。つまり鉛筆一本、雑記帳一冊に、学校にいる限り、殺戮のための道具としての観念が与えられた のである。特に教科書に対する扱いは厳しかった。教科書を粗略に扱うことは絶対に許されなかっ た。地方の学校によっては、授業の始まる直前に、教科書を恰も勅語騰本のように拝礼させたり、お しいただかせたりした。教科書には天皇陛下のおさとしがしるされているというのである。まさに軍 隊に於ける<菊の御紋章>を付した小銃と同じ扱いであった。
 所持品検査などというのもしばしば行われた。これは学校へ持ち込むことを禁止された物品を摘発 するためばかりでなく、筆箱の中の筆記用具、あるいは教科書、雑記帳が<八紘一宇ノ聖戦>の武器弾 薬として、いかに丁重に扱われているかという検査の意味も兼ねていたのである。ちびたケシゴム、 鉛筆の類が武器弾薬に変化し、それを疑いもない当然のことと思いこませる教化の徹底度は、国民学 校期が最高のものである。


 それにしてもひどかった。雨の日、始業前の教室で騒いでいたところ、道化たのがひとり、「先生 来たぞ!」と警告した。一瞬、教室は静かになり、みんなは廊下に目をやった。廊下に姿を現わした のは、ぽくらの担任教師ではなかった。みんなで道化者をなじってぶうぶう言った。ところがその教 師はいきなりぼくらの教室へはいって来るなり、「先生を犬猫同然に『来た』とは何事か!」と件の 道化者が鼻血を吹いてぶったおれるほどに殴りつけ、あまつさえ、そうした不心得者を出したのは連 帯責任であるとして、全員を廊下に二列横隊に並べ「前列一歩前へ進め、廻れ右」で<相互びんた> をやらせた。
 しかし、これなどは扱いはともかくとして、一応原因があるのだが、教師がわけもなく殴るという ことだってあった。ぼくらの学校ではなかったが、女子の学級で第一校時が始まると、教室へはいって 来て、やにわに竹の棒でクラス全員の頭をしびれるほどの激しさでぽかぽか殴って廻る教師がいたと いう。「これで少しは目がさめて緊張したろう、その引きしまった気持ちで勉強しろ!」というので ある。これが毎朝恒例であったという。これなどは体罰というよりも、まるっきり暴力でしかない。 もっとも、この学校の校長は、大東亜戦争も末期になると、毎朝、朝礼で日本刀の抜き身をふりまわ したというから、それぐらいのことがあっても不思議ではなかった。
 自分で体罰を加えるのが面倒なのか、級長、副級長あるいは学習班長を呼びつけ、手を出させ、竹  の棒でいきなりその手を殴りつけ、自分が指名する生徒のところへ行き、その痛みを忠実に伝えろと  命令した横着な女性教師もいた。

 国民学校のこの酷い状況に親たちはどう対処したのでしょうか。
 また、ぼくに限らず、学校で教師から厳しい体罰を加えられたとしても、余り名誉なことではなか ったから、子どもたちはそんなことを親たちには報告しなかった。何かのはずみで親が知ったとして も、親は親で、自分たちも多少似たような経験をして小学校を出ているので、教師が殴るのは当然の 教育的行為で、殴られるようなことをした子どもの方がよろしくないと頭から決めこんでいた。何か のはずみで、教師が全く不当な体罰を加えたとしても、子どもたちは黙っていた。そんなことで親が 学校へ抗議にでも来たりしたら、いい恥だと思っていたのである。<過保護>という言葉は無かった が、過保護のめめしい奴だと思われたくなかったのである。だから、実際に親たちはその実態を知ら なかった。

 それでも中には子どもがそんな酷い扱いを受けていることに抗議する親もいたに違いありません。 それに対して、前回登場した坂本一郎という主事がこんなことを書いています。
 時々新聞面を賑はす記事に、体罰を加へた先生を子供の親が告訴する事件があります。もちろん体 罰をみだりに加へることはよいことではありません。しかし、その鞭によって、子供は国の子として の覚醒を求められたのであって、さうするより外に手段がなかったとすれば、やむを得ぬことだとし なければなりません。それがたとひ先生の過失であったとしても、子供の非は棚にあげて、親の体面 を傷けたとか何とか息まき、表沙汰にするのは、先生に復仇することはできるかもしれませんが自分 の子供の魂はまったく親の手で虐殺するも同然です。その子供は将来、学校教育を素直にうけて国の 子として成長することは断じてできなくなります。のみならずその影響は広く他の子供にも及ぶので あります。いつまでも子供を、家の子として独専してゐては、決して有為の日本国民とはすることが できないのであります。子供をかはいがる心持の裏には、国の子としての頼もしい成長を念願すべき であります。そのため、家庭教育を、学校中心の教育方針に立ててゆくべきであります。 (坂本一郎『国民学校と家庭教育』)

 「体罰をみだりに加へることはよいことではありません。」と一応「体罰」を批判するポーズはとり ますが、「しかし」と今度は体罰批判を全面否定する理屈を書き連ねていく詭弁を展開しています。今でもよくお 目にかかるレトリックです。それにしても体罰批判が「子供の魂」を「親の手で虐殺する」ことと同然と は、まったくあきれた神経と頭脳の持ち主です。この男が児童文化の功労者というのですからこの国は一体どう なっているのでしょうか。
 若者たちの「脆弱ぶり」を嘆き、「軍隊(自衛隊)生活を経験させればすぐシャッキッとする」などと いうような発言が政治家の中から出てきています。政治家に限りません。教育とは「練成」であるとい う教育観は一般にも根強くはびこっています。教員の中にも、と私は思っています。もっとも今では 「練成」を「しつけ」と言い替えています。

  今はそれを論じる場ではありませんが、「しつけ」について一言だけ付け加えます。
 一般に「しつけ」という言葉によって期待されているものにはうさんくさいものもありますが 、私は全面否定しているわけではありません。しかしそのましな部分も訓練や説教によって押し付けるもの ではなく、人と人との深い関わりを通して一人一人が自ら考え選び取っていくものだと言いたいのです。 学校とは「人と人との深い関わり」を創る場でありたいものです。
スポンサーサイト



 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/486-064301fd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック