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226 そのとき「大国民」たちは?(2)
大真面目に狂気の投書1
2005年3月29日(火)


 山中さんは次に、意見を公開し社会にアピールすることを目的にした投書を取り上げます。
「政府のPR誌である週報の「通風塔」と名づけられた投書欄にあらわれた主張は、当時の一般状 況を如実に物語るものであり、戦争に対する一般の認識がどのあたりにあったかを知る手がかりにもな る。」と述べて、「週報」の1943年上半期分から目ぼしいものを拾い挙げています。たくさんの投書か ら選ばれて掲載されたものですから、国家権力の御意にかなった優等生の投書ということになりましょ うか。
 英語追放論(325号=1月6日号)
 街に、家に、われわれの周囲には、ローマ字、英字が氾濫してゐる。とくに看板や包装紙に甚だ しい。共栄圏の人達が日本を訪れた場合、彼等はこれを何んと感じ、何んと観るであらう。彼等と 同じやうに、米英「文化」に支配された日本と見、指導国日本に対する信頼の念を薄くすることが ないと、果して断言できようか。
 街から、家から、われわれの生活から、あつて益なきローマ字、英字を追放し、われく本来の文字 を以て街を、生活を充さうではないか。(一帰還兵)

 「敵性語追放」は既に権力側から強力に推し進められていた事でした。例えば、1940年には芸能人の 芸名から欧米風のものをー掃するように厳しい警告が出されています。山中さんは当時の朝日新聞(19 40年3月29日)の記事を要約しています。
 改名命令を受けた芸能人は、ミス・ワカナ(漫才)、平和ラッパ(新興演芸部)、ミス・コロンビ ア(歌手)、ディック・ミネ(歌手)、サワ・サッカ(日蓄)、エミ・石河(松竹)、南里コンパル(同) 、尼リリス(日活)、その他、エデカンタ、星へルタなどであった。
 同時にこれは不敬に亘るものとして、園御幸(宝塚)、御剣敬子(同)、熱田みや子(日活)、 吉野みゆき(新興)に改名命令が出された。
「みゆき」=行幸(天皇の出御)ということであり、「御剣」といえば三種の神器のひとつである 草薙剣に通じるといぅことであった。「熱田みや子」は「熱田神宮」をもじった疑いがあり、不敬であ るというのである。
 このほかに、改名命令の対象となったのは、歴史上の偉人の尊厳を著しく傷つけるということで 藤原釜足(東宝)、さらに風紀上芳しからずということで、稚乃宮匂子(宝塚)にも同様の措置が とられた。

 何度も同じ言葉でしか評しようがないのですが、本当に噴飯ものでもあるし、狂気の沙汰です。
 「通風塔」の投書記事の紹介を続けます。
 「ギャング」と「海賊」(327号=1月20日号)
 近時米英に対する敵愾心の昂揚がしきりに問題となってゐる。そして種々の会合において米英誹謗の 適当の言葉はないかとの声を聞く。「ヤンキー」「ジョンブル」の呼称は彼等にとつては相当に強く響 くらしいが、われわれ日本人からするとあまりにやさし過ぎる。そこで、米国を呼ぶに「ギャング」、 英国を表はすに「海賊」と呼称することが、彼等の本性をうがってゐると思ふ。富山文化協会では、差 当り今後この語によって敵愾心の昂場に邁進することに、元旦の祝賀式において申合わせた。(富山・加 藤宗厚)
 ただただあきれるばかりです。「富山文化協会」というのは自治体お声掛りの法人でしょうか。 「敵愾心の昂場に邁進する」とは全く文化のかけらもない野蛮な「文化協会」です。
 米英の呼称(334号=3月10日号) 「英機撃墜」はともかくとして、「米を大切に」とある新聞の 同じ紙面に、「米窮迫す」とあったり、まことに煩はしい限りである。  昔は知らず、彼等を敵として戦ひつゝある今日、彼等を遇するに美称を以てする必要がどこにあらう か。これは一見些事に似て事実は然らず。些事とするは、未だ敵を憎む心に徹せざるためと深く省みる べきである。(本郷洋八)

 我が方の損害(336号=3月24日号)
 大東亜戦争開始以来、皇軍将士の善戦勇戦に対しては、たゞたゞ感激、感激のほかはない。われわ れは、大本営発表の度に、遥かなる戦線に想ひを馳せ、銃後の敢闘を誓ってゐるのである。
 ところで、戦果と共に我が方の損害も発表されるが、これに対する新聞・雑誌の扱ひ方は、戦果には 大活字を用ひ、我が損害に対しては小活字を用ひてゐる。これは宜しく、反対または同等の活字を用 ひ、「この犠牲を忘れるな、この恨みを米英にたゝきつけろ」等の辞をもって米英に対する憎悪、敵 愾心の徹底を期して欲しい。(高知 石黒生)

「撃ちてし止まむ」の濫用(同前)
 過日の陸軍記念日を中心に「撃ちてし止まむ」の合言葉が全日本に、大東亜全域に力強く叫ばれ、い よいよ米英撃滅の信念を新たにしたことは、まことに結構である。
 しかし、その後の新聞、雑誌を見ると、ホルモン剤の広告とか、洋裁学院の改名募集にまで便乗的に 使用され、この厳粛なるべき合言葉を冒涜してゐるのは、言語道断と思ふ。
 大東亜戦争を戦ひ抜き、敵米英「撃ちてし止まむ」の一億民族の、十億東亜民族の、逞しき決意を示 す合言葉に、われわれは常に慎重な態度をもつて臨み、単なる流行語に終わらせることのないやうにした いものである。(茨城 北条生)

米英撃滅は子供から(337号=3月31日号  子供が何か遊戯をしてゐるのを見ると、案外無味乾燥なものの場合が多いやうだ。私達が子供の時は、 その時その時の時代思潮といったものを織り込んだ遊戯が流行したのを覚えてゐる。
 今日の子供は、遊戯に飢ゑてゐる。貧困を感じてゐる。そこで私は提唱したい。何かうまく米英撃滅 の思潮を織り込んだ遊戯を創作し、あちらの街でも、こちらの村でも、子供が唄って遊べるものを普及 したらよいと思ふ。(清水市 遊戯生)

米英色の実体(338号=4月7日号)

 過日の写真週報で「米英色一掃」を強調されたが、我等は心からこれに共鳴し、その成果の大ならん ことを祈ったのであった。
 しかし、その後の様子を見ると、依然として米英色に恋々として、敢へて反省しない者の多いこと は、まことに遺憾である。
 また一方、現時局を表面的に取り入れ、或ひは時局に便乗して、これまでの米英色を一擲したかのや うに見せかけてゐる者も少くないやうであるが、これに対しても当局の善処を切望したい。
 例へば最近流行の軽音楽の実体を何んとみるべきであらうか。或ひはまたカフェーニューヨークと か、ハリウッドとかいつたものが、大東亜会館とかカフェー興亜とかに改称したとしても、それが果し て真に日本的なものになり得る筈があらうか。
 我々は、形式や表現を尊重すると同時に、いや、それ以上に、その内容を、その精神を尊重したい。 即ち正しき精神の充実、顕現こそは、大東亜戦争を戦ひ抜く指導原理であると信ずる。従って米英色一 掃も、単に表面的なものに止まるべきではない。米英色ー掃に対する当局の方針がより一層厳ならんこ とを切望する所以である。(実体生)

 今回掲載した投書のほとんどがアメリカ・イギリスへの憎悪を焚き立て敵愾心を煽る類のものです。
 これらの投書をした人たちはどういう階層の人たちだったのでしょうか。
 「政府のPR誌」など読まないし、自分の考えを文章にすることもない圧倒的多数の一般的な大衆がこれほ ど狂っていたとは思えません。自らの無関心が凶暴な圧制を許し、その圧制に正面切った 抵抗はせず、首をすくめて嵐が通り過ぎるのを待つほか術をもたない人たちです。しかし、例えば「第 67回」(2004年10月20日)や「第78回」(2004年10月31日)で紹介したような生活思想がその一般的な 大衆の本音ではないでしょうか。この面従腹背への批判は今はおきます。ただし、私も大衆 の一人ですし、単純に非難・裁断すれば済む問題ではないとだけは言っておきたいと思います。
 ともあれ上記の投書者たちのように狂気を積極的に担った者の多くはやはり「神官、僧侶、予備・退役 軍人(在郷軍人)、町内会・青壮年団等各種報国団体役員・国民学校教師たち」だったのではないかと 推測します。そしてこれらの人たちがいわゆる知識人たちの言説の影響を受けて、それをさらに過激な 言説にして「忠誠競争」に奔走しているのだと思います。「大国民」の次には当時の「知識人」の言説を 検証する必要がありそうです。
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