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218 国民学校の教科書より(6)
詩・短歌・俳句
2005年3月21日(月)


 山中さんは「初等科国語・四」(4年後期)からは詩を2編書き出しています。 その中から1編を紹介します。

 <観艦式>

朝もやが晴れて行く
海 ― 見わたすかぎり、
くっきりと、 堂々と、
帝国の艦艇、 おお、 その雄姿。

第一列から 第五列まで、
旗艦長門以下百数十隻、
さんさんと秋の日をあび、
今日、 おごそかに観艦式。

皇礼砲二十一発、
御召艦比叡は進む、
巡洋艦高雄を先導に、
加古・古鷹をうしろに従へて。

マストに仰ぐ
天皇旗、ああ、天皇旗。
すべての艦艇は うやうやしく、
登舷礼、君が代のラッパ。

大空の一角に、
飛行機の爆音、
たちまち数百機が、
空をおほうて分列式、分列式。

御召艦ははるばると、
艦列をぬって進む。
青空ははてもなく澄み
秋風はさわやかに海をわたる。

軍国少国民に仕立て上げられつつある国民学校4年生にはそれなりの高揚した感動を与える 出来になっています。私はこれを書き写しながら、これと同じような調子の詩を読んだこと があるとに思いました。
 見つけました。

 世界地図を見つめてゐると
世界地図を見つめてゐると
黒潮はわが胸に高鳴り
大洋は眼前にひろがり
わが少年の日の夢が蘇ってくる
われ海に生き海に死なんと
海軍兵学校を志願し
近視の宣告で空しくやぶれ去った
わが少年の日の夢が ―
万里 波涛を蹴り
わが鋼の艦は行く。
夜を日につぎ
われら民族の血と運命を賭けて
海の闘ひは陸の闘ひにつづく。
わが少年の日の夢が
新しい世紀を創る、刻々の
壮烈な現実となってかへってきた。―
(吉本隆明「叙情の論理」所収「前世代の詩人たち」より)

 教科書掲載の詩の第二連として置いても違和感はないと思います。この二つの詩の作者は もしかすると同一人物ではないかと、私は疑っていなす。最もこの種の詩はステレオタイプ にしか成りようがなく、誰が書いても似たようなものになってしまうのかもしれません。
 後者の詩人は岡本潤です。アナーキスト詩人が戦意高揚詩人になり、戦後はプロレタリア 詩人になりすまします。
 私はたまたま岡本潤の詩を思い出したので、岡本潤個人を貶めようとしているのではありません。 こうした精神的退廃は岡本潤だけの問題ではありません。大方の知識人と呼ばれる者たちが同じよ うな軌跡をたどっているのです。教育学者たち・教師たちも例外ではありません。いつかそれにも 触れようと思っています。
 どうしてそうなってしまうのかは検証すべき課題です。もちろん私にそんな力量はありませんし、 すでに若き日の吉本隆明さんが見事な分析をしています。それを引用します。同じく「前世代の詩 人たち」からです。
 岡本の戦争期におけるアナキズム的な立場は、その骨格をかえずに、ただちにファシズム理論 へ移行できるところに特徴があった。それは岡本が、内部世界を、外部の現実と相わたらせ、 たたかわせることによって成熟させ、その成熟させた内部世界を、外部の現実とたたかわせる相互 作用によって思想を把握したのではなく、内部的未成熟のうえにイデオロギイを接木したため、 現実の動向によって密通的に動揺できるものだったためである。したがって、岡本の立場は、永 久に、「日本庶民」プラス「イデオロギイ」であり、確立され、論理化された内部世界が、現実 と思想との間を、実践的に媒介することはないのだ。

 「内部的未成熟」というのは保守反動派だけの問題ではないのです。革新進歩派を自認している人たち の問題でもあります。私はそれを「わが内なる保守反動」と言ってきました。それを放置しているものは 時流に流されてどの方向にも流れていきます。
 今テーマにしている国定教科書に関連しても同じ問題があり、それは現在にまで引きずられてい るのです。次は「神の国」からの引用です。
 以上の特徴をもつ国民学校の教科書は、戦後の民主主義教育への転換とともに、「醜悪な教 科書」「軍国主義の生んだ鬼子」として、無視されてきた。扱われる場合にも、軍国主義時代 の例証として部分的に、あるいは人間形成上の加害者として情緒的に引用されることはあって も、教科書そのものを正面からとりあげての分析は、ほとんど行なわれていないといっていい。
 期間的に1941(昭和16)年4月から1946(昭和21)年3月までのごく短期間しか使用 されなかったこと、その間題部分はいわゆる「墨塗り」の対象となって抹消されていることを 挙げ、したがってそれほどの影響があったとは考えられないとする人もいる。
 しかしそのような理由で、問題を積み残してきたことによる禍根は、私たちの社会に多く残 されている。戦後第六期の教科書に、この戦中の教科書と同じスタッフがかかわっていること も含めて、この皇民教育のイデオロギーは地下水脈となって、文部科学省官僚のなかに受け継 がれているようだ。近年、教科書検定の度に問題となる付箋の文言もまた、この戦前の教科書 のイデオロギーに限りなくちかいものがみられる。
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