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214 国民学校の教科書より(2)
全教科総動員しての狂気
2005年3月17日(木)


 現実に目にしている自然を楽しむことと唱歌や教科書などがことさらに取り上げる自然とは 千里の径庭があります。唱歌や教科書が自然や風景の素晴らしさをめでるとき、その裏面にある 汚さ・過酷さ・悲惨さを取捨した上で何かしらの心情をそれに託します。その心情は自然への 共鳴共感でしょうか、没我没入への希求でしょうか、望郷の念でしょうか、あるいは共同性 への帰順でしょうか。ときにはその心情はナショナリズムとして暴威を振るいます。
 そういう意味で唱歌や教科書の自然や風景は現実に目にしているものとは違う虚構です。ことさら 言挙げして他国との差異を自慢するほどのことではないでしょう。ましてや「神の国」は児戯にも 等しいまがいものです。こんなものを本当に信じるあるいは信じたがる精神は未成熟な精神という べきでしょう。今大きな顔をしだしている保守反動は未成熟の謂いです。

 このことに関連して、次のような文章が目に留まりました。記録しておきます。
自分の国を凡そ不自然な具合に見て機会に恵まれなければそのことに気付きさへもしないでゐるのは それだけの空白が精神の世界に出来ることで自分の国と言つてもそれは結局は自分の周囲と同じなの であるからその不自然が一切を歪めずにはゐない。かういふ歪みには何か病的なものがあつてこれを 修正する試みにも病的に作用し、かういふことになつてからのさうした企てでは目星い所で神国日本 の説が行はれた。日本が他の国並に世界の一国であるのと反対にその国々の中でも特殊なものだとい ふのである。日本といふのがないのも同然の国だとするのも不自然であるが又とない大変なものであ る積りでゐるのも不自然であることに変りはない。さういふことになればどこの国も二つとないもの で特殊な点を探せば幾らでも出て来る。
(「ユリイカ1973年12月号」所収・吉田健一「覚書」より)

 さて、「御民われ」では「修身」以外の教科書の狂いぶりを紹介しています。まず『初等科地理・下』から。
 もともと、わが国は神のお生みになった尊い神国で、遠い昔から開けて来たばかりでなく、 今日も、こののちも、天地とともにきはまりなく、栄えて行く国がらであります。これまで、外国の あなどりを受けたこと一度もありません。遠い昔はいふまでもなく、近くは日清・日露の両戦役に よって、国威を海外に輝かし、更に満洲事変・支那事変から、大東亜戦争が起るに及んで、いよいよ その偉大なカを全世界に知らせることができました。

 「つくる会」の教科書もこんな調子です。日本の歴史を神話から始めています。少し紹介します。 (「子ども教科書全国ネット21」のパンフから)
(歴史p.62)
「天照大神とスサノオの命」
 そこで神々は策を考え、祭りを初め、常世の長鳴き鳥を鳴かせる。アメノウズメの命が、 乳房をかき出して踊り、腰の衣のひもを陰部までおしさげたものだから、八百万の神々 はどっと大笑い。

 歴史を神話から始めるデタラメさもさることながら、中学生になぜ「アメノウズメの命」なのか、 その意図をはかりかねます。これが強調したい「日本の伝統文化」なのでしょうか。
 また躍起になって戦争を正当化し賛美しています。
(歴史p.216)
 日本に向けて大陸から一本の腕のように朝鮮半島が突き出ている。当時、朝鮮半島が日本に敵対的 な大国の支配下に入れば、日本を攻撃する恰好の基地となり、後背地をもたない島国の日本は、自国 の防衛が困難となると考えられていた。

(歴史p.276)
『大東亜戦争(太平洋戦争)』
 自転車に乗った銀輪部隊を先頭に、日本軍はジャングルとゴム林の間を縫って‥快進撃‥わずか70 日でシンガポールを陥落させ、ついに日本はイギリスの東南アジア支配を崩した。

(歴史p.282)
 これらの地域では、戦前より独立に向けた動きがあったが、その中で日本軍の南方進出は、アジア 諸国が独立を早める一つのきっかけともなった。

(歴史p.278)
 アツツ島では、わずか2000名の日本軍守備隊が2万の米軍を相手に一歩も引かず、弾丸や米の 補給が途絶えても抵抗を続け、玉砕していった。

(歴史p.279)
 沖縄では、鉄血勤皇隊の少年やひめゆり部隊の少女までが勇敢に戦って、一般住民約9万 4000人が生命を失い、10万人近い兵士が戦死した。

 国定教科書の方に戻ります。『初等科理科三』です。
 戦争ヲスルニハ、軍艦・鉄砲・大砲・戦車・飛行機・弾ナドガイル。コレラヲ作ルニハ、イロ ィロナ種類ノ金物ガ必要デアル。私タチハ、イツモ氣ヲツケテヰテ、金物ヲムダナク使ヒ、少シデ モ捨テナイデオイテ役ニタテヨウ。

 次は『初等科算数・五』です・
神武天皇が、即位ノ礼ヲオアゲニナツタ年ガ紀元元年デアル。今年ハ紀元何年カ。
紀元千九百四十一年二、元の大軍ガオシヨセテ来タガ、ワガ国ハ、ミゴトニコレヲ撃チ破ッタ。 ソレカラ六百十三年後ニ、ワガ国ハ清卜戦ヒ、マタ十年タッテ、「ロシヤ」ト戦ツタ。ドチラモ、 ワガ国ノ大勝利デアッタ。昭和十六年十二月八日ニ、米・英ニ対スル宣戦ノ大詔ガクダサレタ。
コレラノ戦争ノオコッタ年ハ、ソレゾレ紀元何年デアルカ。

 山中さんは次のように述懐しています。
 どう考えても、この徹底ぶりは異常としか言いようがない。敢えて言えば狂気ある。しかし、 ぼくらはそれを狂気とは思わなかった。疑うには幼なすぎた。それが当然あるべき姿だと教え られれば、そうかと思った。そして、ひたすら、この狂気をまともに学ばされてしまったのである。

 集団狂気です。オウムの狂気と同質の宗教的な集団狂気です。いままたその集団狂気が蔓延し つつあります。大日本帝国時代のように、やがてその中で醒め続けるものが受難する最悪の状況 になるのではないかと懸念します。
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