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581 唯物論哲学 対 観念論哲学(4)
「きっこの日記」は科学的な哲学です。
2006年8月17日(木)


 昨日の「哲学入門」からの引用文の一節を再掲載する。

『わたしたちは生活のうちに知らず知らず哲学的な見かたを身につけてい ます。これはありのままに世界を見ようとする科学的な哲学、正しい哲学の 方向に沿っているわけです。』

 毎日 「きっこの日記」 を読むのが日課の一つとなっている。8月16日の日記はいま私がテーマとしている問題 と重なる内容なのでうれしく読んだ。「きっこの日記」は上の文章でいう 「科学的な正しい哲学」の見事なお手本だと思った。一部を引用します。

‥‥そんなワケで、あたしは、「死んだ人の霊と交信できる能力」なんてもの が、あるとかないとか言う以前に、「死んだ人の霊」って何?‥‥って思って る。小学生くらいならともかく、いい年こいた大人が、守護霊だの背後霊だ のって、バッカじゃないの? そんなもん、あるワケないじゃん。前世だの生 まれ変わりだのって、そんなもん、あるワケないじゃん。天国だの地獄だのっ て、そんなもん、あるワケないじゃん。神様だの悪魔だのって、そんなもん、 あるワケないじゃん。すべては、人間の空想に決まってんじゃん。人間は、 地球上の他のすべての生き物たちとおんなじように、少しずつ進化して来て、 今の形になっただけじゃん。人間だって、猫だって、虫だって、木だって、 そのルーツは、おんなじなんだよ。それなのに、なんで人間だけが特別で、 死後の世界だの霊だの神様だの悪魔だのって、アホな妄想なんかに右往左往 してんの? 人間も、他のすべての生き物とおんなじで、「死んだら終わり」 に決まってんじゃん。

 だけど、前頭葉が発達しすぎちゃって、「死」に対して恐怖を感じるように なった人間は、その恐怖を少しでもやわらげるために、天国だの神様だのって いう夢物語を作り出して、それが、そのうち、宗教になっちゃったんだよね。 そして、現代では、この宗教っていうデタラメを悪用して、私腹を肥やすペ テン師どもが、次から次へと登場するようになったってワケだ。


 私はコイズミのガキの喧嘩なみの靖国参拝という愚行に関連して「へえ、皆 さん霊の存在を信じているのですかねえ」と書いた。(「第576回 8月12日」) また度々吉本さんの口癖の「死ねば死にきり自然は水際立っている」を引用して いる。これらと同じ認識をきっこさんは実に簡明に述べている。「哲学する」 とはこいうことなんですねえ。私も哲学をこのように簡明に語れたらと思うが、これがなかなか 難しい。わたくしの語り口はどうしても硬直したものになってしまう。

 さて、「天国だの神様だのっていう夢物語を作り出して」しまう観念の世界 の仕組みを明らかにするのが今回のテーマなのでした。

 近代日本の哲学会を代表する西田幾多郎や田辺元の哲学も宗教と同じ論理構造を 持っている「神がかり哲学」です。神の存在を表向き承認しなくとも実際には 神を承認しているのと同じ理論もたくさんある。無神論とか科学的な哲学とか を標榜していてもそれだけで「神がかり哲学」ではないと言うことはできない。

 では科学的哲学の根本原理と神ががり哲学の根本原理はどう違うのか。その違いは どうして何処から生まれるのか。バカバカしい「夢物語」が作り出される られる仕組みを明らかにするためには「人間の観念的な自己分裂」の仕組みを 知る必要がある。この課題については中学生向けに書かれた「こころとことば」(1977年初版)の中の「もう一人の自分」を読むことにする 。分かりやすい文章のうえに、イラスト入りで楽しく読める。

 なお、イラストの作者はいまは動物画で知られている木村しゅうじさんで す。子供向けのたくさんの絵本を手がけている。「笑点カレンダー」の絵の 作者は木村さんだそうです。

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