2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
579 唯物論哲学 対 観念論哲学(2)
番外編・私の師匠
2006年8月15日(火)


 今回のテーマは「認識論と矛盾論」の続編なので、師匠はやはり三浦つとむ さんです。お手本としては、今回のテーマに対して適切な内容を提供してくれ そうなだなというカン程度の判断で、次の著書や論文をとりあえず手元に置く ことにした。

お手本
① 「哲学入門」(仮説社)
② 「こころとことば」(季節社)
③ 「宗教論と言語論とのむすびつき」
④ 「哲学の教訓」
  ③④は「文学・哲学・言語」(国文社)所収の論文
⑤ 「現実の世界と観念の世界」
  これは「生きる学ぶ」(季節社)所収の論文
⑥ 再び「認識論と矛盾論」
  これは「認識と言語の理論第一部」(勁草書房)の第一章

 ずさんな事で恥ずかしい限りですが、まだ全体の構成ができていない。上記 の論文を全部利用するかどうかも分からない。どうなることやら…。

 何度か言ってきたように、もとより私には独自の研究などない。今までの 読書暦の中で出会った信頼すべき著者たちの思索を追体験するばかりです。 このつたないホームページを覗いた人たちが、私が取り上げた著書に興味関心 をもたれて直接その著書を手に取ってくだされば、このホームページをはじめた 甲斐があったと言える。

 ここまで書いてきて、本題から離れるが、私の師匠たちのことを書きとめ ておきたくなった。

 私が若い頃から親しんだ師匠は、吉本隆明さん・三浦つとむさん・遠山啓さ ん・板倉聖宣さんです。どの方も「先生」なんで呼ばれることを快く思わなそ うなので、かってに親しみを込めて「さん」付けで呼んでいる。この4人の方 からものの見方考え方あるいは生き方をたくさん学んできた。残念ながら三浦さん と遠山さんは故人です。それぞれ1989年、1979年になくなられました。
 最近になって、シリーズ「日本とは何か」を取り上げていたときに古田武彦 さんに出会った。新しい師匠です。古田さんにもっと早くに出会っていた かった。

 この方たちには知識人としての共通の生き方がある。権威・権力と いったものから自由にラジカルに研究・思索を重ねている。それぞれの 研究対象の本質にせまる見事な仕事を残している。そして、学会という 権威・権力の傘の下から出られないでいる象牙の塔の住人らからは見事に無 視されている点でも共通している。この私の師匠たちはネットのような自 由な情報源を通してでなくてはなかなか知られる機会がないのではなか。 だいぶ以前のことになりるが、吉本さんはご自分の著書の読者はせいぜい 2000人ぐらいだと言っていた。ぜひ多くの人にこれらの人を知ってもらいた ものです。

 実は先の四人の師匠はそれぞれに太い糸で結ばれている。

 吉本さんは敗戦直後の大学で遠山さんの講義を聞いて深い感銘を受けて いる。就職の世話までしていただいてる。遠山さんが亡くなられた時、心の こもった追悼文を書かれています。

 遠山さんは「数学教育協議会」という民間の数学教育研究団体の委員長として その会のよきリーダーでした。その会は官製の研究機関では決して見たれない 斬新な理論と授業を創造している。実は私は自分の授業に行き詰まって手探り をしていたとき、この会の存在を知って夏休みの大会に参加したのだった。 この会では委員長であろうともなんら特権はない。部屋割りは申し込み順のよ うだ。なんと私は初参加で遠山さんと同じ部屋に割り当てられていた。部屋 には会のいろんなモサがやってくる。いきなり「数学教育協議会」精神を目 の当たりにした。遠山さんのお話を直接伺う幸運な機会を得たのでした。

 同じ頃、板倉さんは理科教育の分野で斬新な理論と実践を積み重ねていた。 その研究成果は「仮説実験授業」というすばらしい授業に結実する。その 授業の全指導過程を記載した授業計画書は「授業書」と呼ばれている。その 授業書を読んで私の丸暗記の科学知識がいかにいい加減なものであるかを 私は思い知らされた。「授業書」は大人が読んでもワクワクするほど面白い。

 同じような教育理念と方針を持った「数学教育協議会」と「仮説実験授業研 究会」は共同の催しもしていた。遠山さんと板倉さんは個人的にも近しかった のではないかと推測している。お二人の教育論からもたくさんの示唆をもらって いる。お二人の目指している教育はまさに課題提起型教育です。(課題提起型教育 については「第17回 2004年8月31日」を参照)しかしこの二つの会が創ってきた すばらし授業も、教育行政が教育の中身や方法にまで介入してきている昨今、 学校での実践ができなくなってきているのではないかと危惧される。権力は 課題提起型教育を敵視する。

 さてその板倉さんは三浦さんの著書によって、それまでなじんでいた観念論 から唯物論に転じたと言っている。「仮説実験授業」の誕生には三浦さんとの 出会いが大きな要件となっていると思う。もちろんお二人には深い知的交流が あった。

 三浦さんは吉本さん主宰の雑誌「試行」に盛んに論文を投稿していた。 私は1974年9月号から「試行」を購読していた。シリーズ「国家について」や 「統治形態論」でお世話になった滝村隆一さんの存在は「試行」に掲載された 論文で知った。残念なことに「試行」は1997年12月号をもって終刊になってい る。吉本さんは最近の著書では三浦さんのことを「私の師匠」と呼んでいる。

 これで私の四人の師匠を結ぶ糸が一巡した。

 思わず大脱線をしてしまった。次回から本題に入ろう。

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