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15. 銀行型教育
 2004年8月29日


(以下引用文はすべて、パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」から。)


 一方的語りかけ(それはつねに語りかける人である教師によるものであるが)は、生徒を語りかけられる内容の機械的な暗記者にする。さらに悪いことに、かれらはそれによって容器、つまり、教師によって満たされるべき入れ物に変えられてしまう。入れ物をいっぱいに満たせば満たすほど、それだけかれは良い教師である。入れ物の方は従順に満たされていればいるほど、それだけかれらは良い生徒である。
教育はこうして、預金行為となる。そこでは、生徒が金庫で教師が預金者である。


 フレイレはこういう教育を「銀行型教育」と呼んでいる。「銀行型教育」で教師が日々行っている行為や態度は、抑圧社会を全面的に反映し、その矛盾を維持しているものであると言い、次のように列挙している。


「1 教師が教え、生徒は教えられる。
 2 教師がすべてを知り、生徒は何も知らない。
 3 教師が考え、生徒は考えられる対象である。
 4 教師が語り、生徒は耳を傾ける---おとなしく。
 5 教師がしつけ、生徒はしつけられる。
 6 教師が選択し、その選択を押しつけ、生徒はそれにしたがう。
 7 教師が行動し、生徒は教師の行動をとおして行動したという幻想を抱く。
 8 教師が教育内容を選択し、生徒は(相談されることもなく)それに適合する。
 9 教師は知識の権威をかれの職業上の権威と混同し、それによって生徒の自由を圧迫する立場に立つ。
 10 教師が学習過程の主体であり、一方生徒はたんなる客体にすぎない。


 この項目を読んだとき、「おれがやってきたことそのものじゃないか。もしかすると、おれは、無自覚にとんでもないことをやってきたのかもしれない」と思った。 フレイレは厳しく指摘する。


 銀行型教育方法のヒューマニズムの裏には、人間をロボットに変えようとする意図が隠されている。それはまさに、より豊かな人間になるという存在論的使命 の否定である。このことを知ってか知らずにか、当人は善意のつもりでも、自分のやっていることが非人間化にしか役立っていないことに気がつかない銀行員教師bank-clerk-teachersが無数にいる。そして、この銀行型の方法を用いる人びとは、預金それ自体のなかに現実の矛盾が含まれているのを知ることができない。


 そしてさらに、「銀行型教育」は抑圧者の利益に仕えるものだと言う。


 銀行型教育概念が、人間を順応的で管理しやすい存在とみなしても驚くにほあたらない。
 生徒が自分たちに託される預金を貯えようと一生懸命に勉強すればするほど、 世界の変革者として世界に介在することから生まれるかれらの批判意識は、ますます衰えていく。押しつけられる受動的な役割を完全に受け入れれば受け入れるほど、かれらはますます完全にあるがままの世界に順応し、かれらに預け入れられる現実についての断片的な見方を受け入れるようになる。
 生徒の創造力を最小限に抑え、摘み取り、かれらの軽信をあおりたてる銀行型教育の機能は、世界を解明したいとも思わなければ、それが変革されるのを見たいとも思わない抑圧者の利益に仕えるものである。


  いわば「銀行型教育」は「抑圧者の抑圧者による抑圧者のための教育」に他ならないと言う。
 ならば「銀行型教育」を棄揚して、真に「被抑圧者の被抑圧者による被抑圧者のための教育」を創り出せれば、これは教育現場にたいへんな「孔を穿つ」ことになる。
 しかし、そのような教育に対して、抑圧者側は拱手傍観はすまい。
 都立高校の教師たちは「銀行型教育」にかなりの穴を穿っていたと思う。石原の教育現場への攻撃は「銀行型教育」の補修・強化という観点から捉えることもできる。


 抑圧者は、批判能力を喚起し、現実についての断片的見解には満足せず、点と点、問題と問題を相互につなぐ絆をつねに探究しょうとする教育の、どのようなこころみにもほとんど本能的に反対する。
 実際、抑圧者の関心は、『抑圧する状況をではなく、被抑圧者の意識を変えること」』(シモーヌ・ド・ボーヴォワール『右翼の政治思想』)にある。なぜなら、被抑圧者はその状況に順応するように導かれれば導かれるほど、それだけ容易にかれらは支配されるようになるからである。


 石原の腰ぎんちゃく・都教育委員らや三浦や江崎や大方の高級官僚や、「知的エリート」の多くが抑圧者や抑圧者の下僕に成り下がっていくのは「銀行型教育」の成果だといったら、牽強付会に過ぎるだろうか。
 また、「問題児」と呼ばれ、教師たちに厄介者扱いされている生徒たちは、無意識ながら、「銀行型教育」への反抗者・反逆者なのではないか。
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